魔法の真髄 4
どこまでも白い世界。
天と地の境界線さえ曖昧な広大にも狭小にも見える世界。
気がつけばまたこの地に立っていた。
「えっと……」
靄のかかった意識で、自分の置かれた状況を振り返る。
パッと浮かばないのは、場所の名前だ。
ここはなんだったか。
あー、そう。夢だ。
夢の中の世界。
ここは今朝見た夢の世界で――ということは眠っているわけで、もう今朝ではなく昨日になるのだろうか。
そうだ。
日が落ちて真っ暗になった自室に戻り、くたくたになった体を引きずってベッドに潜り込んだ。
日付が変わっているかはわからないが、感覚で言えば昨日と言える。
だからここは昨日見た夢の世界で、妙な縁が出来た場所だ。
モコモコ毛玉に四本の足が生えたような物体なのに、やたらと立派な巻き角を持つ羊っぽいナニカが現れた。
背中には申し訳程度にコウモリの羽があって、どうやってその浮力だけでまかなっているのかさっぱり分からないが、空を駆けるようにしてやってきた。
そして魔法の真髄を授けてくれた。
そのおかげでトーガ・ヴェルフラトに弟子入りを認められたんだった。
うん、だいぶ意識がハッキリとしてきた。
名前はメー。
本当の名は秘密で、メルなんとか。
家名はメサなんとかという美女の血統らしい。
ふとラトターナの家紋が思い浮かぶ。
ラトターナ侯爵家の紋章は、聖剣を立派な角で掲げる牡鹿だ。
確か信仰する湖の乙女に仕える動物が牡鹿で、侯爵家が聖剣を下賜されたことを表わしているんだったか。
羊はまったく関係ない。
郷土料理のジンギスカンは羊肉を使うが、今思い浮かんだ理由は別だ。
昼間の図書館での調べていたときに引っ掛かったキーワード。
家紋だ。
水の王国ヴァスティタには、羊の紋章を掲げている侯爵家がある。
王都レウノアーネの南に位置する海岸沿いの山岳地帯、黄金の城塞都市ルシンコス。
富と豊穣の象徴である黄金の大角羊の紋章のルシフス侯爵家だ。
600年前の事件から南の大森林との交流をすっぱり諦め、領内の金鉱山の採掘に精を出した氏族で、250年前の溶岩魔人との決戦本拠地となった領地。
しかし、ムフロンと言えばメスの角は小さいし、メーの毛並みはラトターナの家畜羊に近い。
やはり勘違いか。
そもそも彼女は紅茶とハチミツに関して”よくわからない”を答えていた。
水の王国領内で隠遁生活する大魔法詠唱者が、エルフィンの自分に接触を図ってきたという線は薄いかもしれない。
”お? 約束か! そうか約束するんじゃな!”
ああ、しまった。
詮索しないという約束をしたんだった。
トーガ同様に人知を超える技術を持つ上に、謎の多い存在のためについつい色々な想像や推測をしてしまう。
母ララーナや商人ボレールに言わせると、魅力的であればあるほど人をそういう思考に陥らせるものらしい。
メーが魅力的と問われれば、認めてしまうところだ。
大陸中の自信をかき集めたかのような尊大な態度なのに、嫌味っぽくなくて寛容。
会話がかみ合わずにいることに苛立ちを隠さないが、質問には丁寧に答えてくれる。
駄々をこねてひっくり返るし、自分では起き上がれないしで手間は掛かれど、不快感を覚えない。
時折ドキリとする艶めかしさを持っていることに戸惑うが、それを後に引きずらない空気を持っている。
妙な付き合いやすさのある毛玉なのだ。
”大丈夫ですよ。広めるつもりはありませんから。約束もしましょう”
トーガとした、ヒーネ・ルットジャーに関する秘密の約束を思い出した。
これ以上はいけない。
「うん、約束は絶対に守らないとね!」
状況の確認を終えて、一息吐いた。
昨日と同様にメーが現れるかもしれない。
そう思って辺りを見回してみるが、目に映るものはただただ白い。
まぶしさを錯覚して痛いほどだ。
一周すると元々どちらに向いていたのかさえわからなくなる。
目印になるものは一つとしてなく、時間の経過がひどく遅いものに感じられた。
呆けて変化を待つのも精神的に疲れそうだ。
なにか出来ることはないだろうか?
着衣は普段のエメラルドグリーンのサリーに、革のサンダル。
道具らしい道具はない。
もしここにコマがあれば、マニュアル魔法の訓練で時間を潰せたことだろう。
〈魔法の川魚〉を実戦で使えるように反復発動をしてみようか?
いや。無計画に魔力を消費してしまうより、自然に発動できるようイメージ訓練をしっかりしてからの方が効果的だ。
焦って魔法を乱発したところで身には付かないと姉にも言われたばかりだ。
起きているときは疲労困憊で頭は回らなかったし、ゆっくりと今日の授業を振り返るのも悪くない。
特に実践訓練。
悔しい結果に終わった。
ホーリィの提案で始まったトーガ1人を相手にした3姉妹の実践訓練では、一撃見舞うどころか触れることすらままならずに無力化された。
これはある意味わかっていた結果だ。
余裕と自信に満ちたトーガが申し出を受け入れ、大イノシシを仕留めたのを目の当たりにしていた自分としては、もしもに期待していたにすぎない。
問題はその後だ。
液状型魔法生物のスーを相手にしたのだが、これもほぼ一方的にやられて終わった。
最初は弱点を知っているという驕りがあった。
湯船に溶ける姿を目撃していたし、生みの親であるトーガからは雨に流されたり、凍らされたり、蒸発させられたりといった笑いを誘うエピソードを聞かされていた。
足止めの手段が多くある、ちょろい相手という思い込みがあったのは間違いない。
加えて死ぬことがないため、なんの遠慮もなく攻撃出来るという点で圧倒出来るという自信があった。
だが、いざ相手にしてみてその凶悪さを理解した。
まず、スーには物理攻撃がことごとく無意味だった。
これは知っていた。
知ってはいたが、理解にまでは至っていなかった。
まさかこちらの武具による防御まで無意味だとは気付かなかった。
ナイフで防ごうとしたら、スーの水の拳はそれにあっさり切り裂かれ、そのまま直進してアゴやみぞおちなどの急所を撃ち抜いてきたのだ。
しかもこの一撃が重い。
水のたっぷり入った皮袋をぶつけられたようだった。
3姉妹は早々に意識を刈り取られてしまった。
立ち会ったメネデールの話によると、1分持たなかったらしい。
目覚めてからのトーガの評価は、遠慮や慰めを一切含まないないものだった。
”想像力の欠如。判断が甘く、遅い”
さすが歴戦の英雄ということだろうか。
メネデールも隣りで頷いていた。
その後も姉妹での作戦会議と実践訓練は繰り返し続いたが、決定打を与えることも足止めに成功することもなく終わった。
ホーリィとヘレナの属性魔法による凍結、爆散、蒸発、霧散のコンボも一瞬の硬直時間を得たに過ぎない。
またたく間に元に戻って臨戦態勢だ。
「スーちゃんってあんなに強かったんだなぁ……」
10分の制限時間が設けられてはいたが、5分も持たない有様だ。
ナイフもレイピアも意味はない。
弱点を突いたはずの属性魔法による攻撃も有効打にはならない。
明日もスーを相手にした実践訓練はある。
「どうすればいいんだろう……」
お手上げだと顔を上げると、真っ白い空が見えた。
そして、その視線の遥か先から豪快な笑い声が聞こえた。
「フハハハハ! 妾が答えてやろう!」
豆粒のようにも見えたそれは、あっと言う間に白い地面へと降り立ち、自慢げに腕を組んでいた。
いつも自信たっぷりのホーリィが控え目に見えるほどに胸を反らした、モコモコ毛玉のメーだった。
いざ振り返って読んでみようと思ったら、
各話タイトルがシンプルすぎて目的の話を探す羽目になったので修正しました。
内容の推敲修正の予定はありますので、
それが完了した場合はあとがきにて報告させていただきます。
(物語の大筋は基本的になんにも変りません)
次回の更新予定日は7月7日(木)です。
更新時間はやっぱり未定ということでお願いします。




