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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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トーガの授業 3

 手のひらの上でコマを弄びながら、トーガは向き直る。


「”奇跡は形に残らない”という魔法詠唱者マジックキャスターの残した言葉がありますが、奇跡の痕跡は残ります」

「痕跡……ですか?」

「魔法で具現化したものは時間とともに消滅しますが、魔法によって現実に干渉した結果は残る。

 池のそばであなたが放った魔法の爪痕はまだ庭に残っているでしょう」


 トーガの言うとおり、彼が今朝作りだした庭石は昼食後の授業が始まる前に姉妹で再度確認しに向かったが消滅していた。

 自分の放った〈魔法の川魚マジックトラウト〉などは、庭石を削り取った直後には影も形もなくなっている。

 しかし、〈魔法の川魚マジックトラウト〉によって耕された地面・・・・・・はそのままになっている。

 つい昨日までは魔法の発動に至らなかった身としては刺激的な光景ではあるが、それは魔法詠唱者マジックキャスターならば当然のものだ。

 ヘレナやホーリィが授業で放った魔法の痕跡だって庭の練習場に残っているし、マトとなっていた岩や木は砕けていたり、焼け焦げていたりと様々だ。

 岩が割れることなど滅多にないし、使用済みの木は薪として使うためにまとめられている。

 これらは定期的にゼシオンがラファナスを連れて集めてくる代物なのでなくなることはない。


「確かに魔法の痕跡は残りますね」

「これから覚えてもらうのは、その痕跡のみを利用する訓練です」

「痕跡のみを? 利用?」


 トーガの意図を掴み切れずに首をかしげる。

 奇怪なことを言う。

 読み違いでないのなら、まるで痕跡だけを意図的に作って、魔法そのものを発動させないような言いざまだ。

 魔法の発動で与える被害だけをどうやって体現するというのだろう。

 あれは結果や副産物のようなものであって、それだけを取り出すなど行動と結果があべこべだ。


「こんな感じです」


 トーガは4人の前で、右手を少し持ちあげて見せる。

 手のひらの上にはコマが1つ。

 皆が皆それに視線を集中させた。

 疑問はとりあえず二の次だ。

 彼はすでに”実技”と宣言しているのだ。

 なにかが始まるのは明白だった。


 そしてそれは、唐突に立ちあがった。

 まるで今まで眠っていた動物のように、むくりと起き上がり、立っている。

 コマが。


「……え?」


 トーガは右手を差し出すだけで、自然体で立っているだけだ。

 左手をコマの上に持ってきているわけでもなく、糸で引っ張り上げて吊るしてもいない。

 それに微動だにしないのだ。

 しっかりと立っている。

 それが、ようやくくるくると回転を始めた。

 本来コマが立つのは、回転しているからだ。

 立ちあがってから回転するのでは原理が逆だ。

 トーガはさらに右手に角度をつけると、コマ上に向かって・・・・・・人差し指の先に留まる。


「これが魔法の痕跡です」

「……なんで……?」

「魔力でコマを回転させているんですよ。

 言い方を変えると、

 魔力によってコマを回転させたという痕跡です」

「あっ! さっきの〈岩石の射撃ロックショット〉ですね!」


 トーガは微笑んで見せ、コマは回転の速度を上げたり下げたりを繰り返している。

 果てはゆっくりと降ろす手から離れ、中空でコマは回転をし始めた。


「あれ? じゃあもしかして今朝の砂煙を一瞬で地面に落としたのって」

「ええ、これと同じものです」

「これがマニュアル魔法の練習法なんですか?」

「そうなります」


 なんだかすごくおもしろそう・・・・・・だった。

 興行組の奇術師を真似るようで、わくわくする。


「転がっている石を持ち上げるという方法もありますが、動いていない物を動かすより、動いている物を加速させたり減速させたりする方が簡単です。

 だからこれをみなさんに贈りましょう」


 トーガは足元に転がる様々なコマを浮き上がらせ、4人の目の前へ留めた。

 ウルールは真っ先に手を伸ばして受け取り、ホーリィは妹に負けじと力強く掴み取り、ヘレナはどこかおそるおそる指でつついてから受け取った。

 メネデールはそっと壊れものを扱うようにして手に取った。

 金属製の一番丈夫なコマを――。


「手でひねれば簡単に回るものですから、その回転速度を上げるところから始めるといいでしょう。

 コマを一から回転させることが出来るようになれば、次の段階への授業とします。

 疑問があれば受け付けますので、いつでもどうぞ」


 真剣な眼差しでコマとトーガを見つめる3姉妹は習得への意気込みをそれぞれ露わにしているが、メネデールだけは違っていた。

 珍しくも鼻歌をしながら、コマを一輪の花のように空にかざしたりしている。

 若干反応が変だ。


「トーガさん。これってマニュアル魔法の”動作”ですよね?」

「ええ。そうですよ」

「他の”放出・維持・具現”の授業じゃなくて、なんでいきなりプロセス最後の”動作”なんですか?」


 魔法のプロセスは、放出、維持、具現、動作の順に行われる。

 プロセスの最終段階を最初に習うというはなんとも不思議な話だ。


「4人ともすでに魔法の発動は出来ますからね。

 放出も維持も具現も動作も、乱暴に言えば”魔力の操作”なんですよ。

 魔力を意思によって体外に放出するよう操作し、

 それを霧散させずに維持するよう操作し、

 形状や属性に変化させるよう操作し、

 弾道や速度を調整するよう操作するのです」

「あれ? じゃあ神の贈物ギフト魔力自在マナフリュリィ》を持ってるホーリィってすごく有利なんですか?」


 視界の端でホーリィの耳がピクリと反応した。

 トーガに目を向けられても愛想の一つもなく、ただただ聞き逃すまいと微動だにしなくなった。


「そうですね。彼女はコツを掴めばこの中で飛躍的な成長を見せるでしょう」


 その言葉に、ウルールの顔には笑みが浮かぶ。

 トーガが”飛躍”という強い表現を使うのだからよっぽどだ。

 また自信たっぷりの――いいや、ホーリィはいつでも自信たっぷりだ。

 でも彼女が誇らしくしている姿は好きだ。

 口は悪くてうるさいけれど、頼りがいがあっていつでも背中を押してくれる。

「次はアンタの番よ」と笑う姉はカッコイイ。


「それにこの物質の操作を習得すれば、擬似的な属性魔法が扱えますからね」

「……うん?」

「一般的に属性魔法は魔力によって具現化したものを操作しているわけですが、

 現実に在る物を魔力によって操作してしまえば同じような効果は得られるでしょう?」


 一瞬言っている意味がわからなかった。

 言葉はわかる。

 聞きとれたし、反芻も出来る。

 だが、あり得ない情報に頭が拒否して耳を疑ってしまった。


「たとえばこんな風に」


 そういってトーガは足元の小さな石ころを指差した。

 そしてその指差された小石がふわりと浮き上がる。

 それはくるくると中空で回転を始めた。

 やがて形状が確認出来ないほどにギュンギュンと音を上げ、大気を切り裂くようにして10メートル先の庭石にぶつかった。

 カッという乾いた小石の破砕音が聞こえる。

 小石は跡かたもない粉微塵だ。


「あれでも一応地属性魔法としての効果はあるんですよ」


 呆気に取られたが、言われてみればそうだ。

 現物を魔力で動かすことが出来るなら、属性魔法だ。

 一気に世界が広がった気がする。

 無属性魔法の〈魔法の川魚マジックトラウト〉しか使えなかったが、これを習得するだけで四元素魔法を扱えてしまう。

 魔法の真髄に触れたおかげで、マニュアル魔法の一端は掴んでいる。

 もしかしたら、の夢想が現実になる。


「トーガさん! つまりこれを1つ覚えるだけで、全部の属性が簡単に使えちゃうわけですね!」

「そう思いますか?」

「――あれ? 違うんですか?」

「石ころを手で拾って持ち上げるのと同じ方法で、水を持ちあげられますか?

 水は掬いあげるし、風は手で掴めない。

 光も闇も同じです」

「あー……」

「それに、常にそれが目の前にあるわけじゃありません。

 水のないところで水は操作できないし、

 火のないところで火を操作はできません。

 メリットはデメリットとセットになっているものなのです。

 そんなわけで、質量を持ち、基本的にどこに行っても足元に存在する地属性の操作を学ぶわけです」


 世の中そんなに甘くない。


”おまえ、だいぶ調子に乗りやすいタチじゃの”


 よみがえる夢の中の牝羊の声がグサリと胸に突き刺さった。




 ブックマーク25件になったどおおおおおおおおおおおおおおお!!(狂喜乱舞)

 まだ冒険が始まってすらいないハイファンタジーですが、末永くお付き合いいただければと思います。


 次回はあの謎の物体が再登場です。


 体調を含めた諸事情あって、

 次回の更新は 7月1日(金)を予定しています。

 投稿時間も未定です。


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