表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
49/77

トーガの授業 1


 ホーリィのやる気と期待に満ちた家庭教師の時間がやってきた。

 その興奮は鼻息に表れてしまうほどで、隣りに座るヘレナとメネデールに笑われてしまった。

 しかし血がたぎってしまうのだから仕方がない。

 昨晩はどれだけ実践してもうんともすんとも言わずに終わり、今朝はマニュアル魔法の凄まじさの片鱗を見た。

 午前中も魔力の無駄は一つもせず、満ち満ちているに違いない。

 結局図書館では手掛かりとなるものは掴めなかったが、鮮明なイメージとなる文章は改められた。

 今なら鉄の塊りを焼き払える気がする。

”常識”が重要であるなら、思い込みは大事だ。


「家庭教師初日です。明確な目標を知る方がよいでしょう」


 木陰に用意された椅子に座る4人を前に、トーガ・ヴェルフラトはそう言った。

 目標はマニュアル魔法の習得のはずだが、改めて説明するとは律義な家庭教師である。

 彼はおもむろに10メートルほど先にある、黒い庭石を指差した。

 子供の背丈ほどあるようで、所々硬質な反射を見せている。


「……あんなところに庭石なんてあったっけ?」

「アレ、トーガさんが出したんだと思う」

「授業の前から用意してたってことね。用意のいい先生ってのはすばらしいわね」

「……やっぱりそう思うよね」

「うん?」

「すぐにわかるよ」

「……そう?」


 なにか言いたげにしていたウルールは、視線を黒い庭石に戻した。

 目は真剣そのものだ。

 このところの魔法授業では見せなかった顔だ。

 そういえば今朝、テストであれに似た石を削り取ったんだった。


「アレってどれくらいの硬度なわけ?」

「今朝のテストと同じなら、8割は鉄だって言ってたよ」

「……うん、それは鉄ね」


 鉄が8割といえば、質の悪い鉄のインゴットと同等だ。

 質が悪かろうとあの厚みの鉄塊になれば、鍛えた鋼鉄製の全身鎧フルプレートメイルなどよりはるかに強固だろう。

 あれを魔法の一撃で半分近く削り取ったウルールは、対人戦闘においての一撃必殺の切り札を持つ凶悪な後衛だ。

 いや、下手な亜人や怪物を相手にしても負けないだろう。

 属性や種類などの多様性や魔法習熟は確かに自分の方が上ではあるが、単純な破壊力に焦点を絞れば圧倒的にウルールだ。

 この事実を知ったら、組合に所属する冒険者や魔法詠唱者マジックキャスターはウルールへ向ける目を一変させるに違いない。

 優先護衛対象から、怒らせてはいけない存在に。


「では、はじめますよ」


 トーガは微笑んで右手のひらを黒い庭石へ向けた。


「”天と分かちし すべての母よ

 立ちはだかりし我が敵を 貫き砕け”」


 なんだ?

 なぜ詠唱をはじめるのだろうか?

 これは地属性魔法の代表的な――。


「<岩石の射撃ロックショット>」


 トーガの手のひらの上に生み出された大人の拳大こぶしだいの岩が、黒い庭石に真っすぐ飛んでぶつかった。

 放たれた岩がバガンと景気よく砕け散る。

 小さな砂煙を発生させてから、砕けた<岩石の射撃ロックショット>の残骸は光の粒子となって消えてゆく。

 当然の結果だ。

 ただの岩が、硬度で大きく上回る鉄塊に高速でぶつかって砕けないはずがない。

 地属性魔法を得意とするヘレナが放つ物より大きく、正確で速くはあったが、所詮はちょっと大きな石ころだ。

 全身鎧フルプレートメイルを身につけた戦士の頭部に当てて脳震盪を起こさせるのが精々だろう。

 丈夫な盾をうまく使える戦士であれば、バランスを崩させるか、一瞬の足止めくらいだ。

 本気で命を狙うなら、質量と硬度で勝る〈鉄塊の射撃アイアンショット〉や、割れると鋭くなる性質の〈硝子の矢グラスアロー〉や〈黒曜石の弾雨オブシティアンレイン〉にする。

 とはいえ、生身の部分に直撃すれば、死ぬこともありえる。

 亜人討伐――ゴブリンやオークの討伐で、内臓の破裂や頭蓋骨陥没ずがいこつかんぼつはよく聞く話だ。

 北部や西部で聞く不死者アンデッドのスケルトンや動死体ゾンビの類にはかなり有効で、


”頭部の破壊には〈岩石の射撃ロックショット〉”


 と言われるほどに重宝されている。

 しかし、今のは従来の自動想起オートマチック魔法だ。

 属性魔法とはいえ、なぜ今更見せるというのだろう。


「今のが現代魔法で最大限まで威力を高めた〈岩石の射撃ロックショット〉です。

 〈魔法強化ブースト〉を掛ければ威力を上乗せできますが、比較対象としては不適切なので割愛しますね」


 ああ、なるほど。

 マニュアル魔法との比較をしようというのか。

 なんとも丁寧な家庭教師だ。

 わかりやすさは大事だ。


「では、もう一度」


 そして彼の指差す先には新たな黒い庭石が、先ほどの物の隣りに並んでいた。

 まるで最初からそうであったように双子岩然と並んでいるが、ついさっきまではなかった代物だ。


「……なにが起こったの?」

「今トーガさんが出したんだよ」

「は? あの距離であの大きさの石を?

 音もさせずに生み出すなんて出来るわけないじゃない。

 神秘の光の集約も魔法陣もなにもなく――」

「……私も今朝まではそう思ってた」


 補足するウルールの目は真剣そのもので、こちらの戸惑いには大きな理解があった。

 実体験らしい。

 ああそうだ。

 忘れていた。

 彼は非常識なマニュアル魔法という秘義をメネデール邸へ持ち込んだ男だった。

 そしてそれを習うために自分はここにいるのだ。


「……常識が吹き飛ぶわね」

「だよね」


 ウルールの話が本当だとすると、彼は10メートル射程範囲ならば、地属性魔法で狙った位置に寸分たがわぬ大きさのものを作り出せることになる。

 そうでなければ音をさせずにあんな代物が出現するはずがない。

 他の魔法詠唱者マジックキャスターが真似すれば、〈鉄塊の射撃アイアンショット〉を代用することになるし、形成する時の神秘の光の集約や、魔法陣が展開されて目立つことになる。

 さらに中空に作り出した鉄の塊りが地面へ落ちれば、ドスンだのドシンだのといった音がすることだろう。


 これは脅威だ。

 彼は生徒を相手に説明をしながら行っている。

 なんの予兆も嗅ぎ取らせずに、あんな巨大な物体を魔法で作り出せる技術があるのだ。

 詠唱者を特定されずに魔法を発動させるだけでなく、10メートル射程で音もなくあの精密精製が出来るなら暗殺も簡単だ。

 頭上にアレを作りだすだけでいい。

 あとは重力が対象を押しつぶしてくれる。

 人の賑わう場所であろうと関係なく、対象だけを狙って殺せる。

 もしも彼が間者スパイ暗殺者アサシンであったならと考えると背筋が寒くなる。

 逃げ切れる気がしない。

 トーガ・ヴェルフラトの本気がどれほどのものか想像がつかない。


 視線を戻すと、トーガは宣言通りにもう一度詠唱を始めた。


「”天と分かちし すべての母よ

 立ちはだかりし我が敵を 貫き砕け”

<岩石の射撃ロックショット>」


 確かに同じ文言に同じ魔法だ。

 拳大こぶしだいの岩で、狙いも先ほどと同じくらいの黒い庭石。

 ただ、軌道が違った。

 音が違った。

 先ほどはヒュンと風を切ったが、今度のはシュルンと不思議な音をさせた。

 そしてそれが目標にぶつかると、ゴガッという一瞬重々しい音を上げてから砕けた。

 確かに<岩石の射撃ロックショット>は砕けた。

 だが、黒い庭石も割れた。


「……は?」


 振り返ると、トーガはいつものニコニコ顔だ。

 前後二つの魔法に違いがあることはわかるが、なにが違うのかわからない。

 目で見てわかったのは速さと軌道。

 鋭く――そう、安定して見えた。

 耳で分かったことは、風切り音と衝突音。


「先ほどと今のものとの違いがわかりますか?」


 喉元で引っかかるように出ない答えに焦りを覚える。

 よく思い出せ。

 一発目は、景気よく砕けた。

 二発目は、砕けはしたが対象を割った。

 音の違いの正体はなんだ?

 どこかで聞いたような音だ。

 それがどうにも思い出せない。


「トーガ殿。二発目の<岩石の射撃ロックショット>は、回転していませんでしたか?」

「さすがメネデール公。よい目と耳をお持ちですね」


 師の言葉にいつのまにか下がっていた頭を持ち上げた。

 回転――そう、ヒノモトの独楽コマだ。

 確か紐を巻き付けて投げるものが、妙な音を立てて回転していた。

 ブンともシュンとも表現できるような奇怪な音。

 あれが威力の正体?


「今のはマニュアル魔法でしょうか? 詠唱をしておられましたが……」


 メネデールの声はどこか非難するような色が含まれている。

 気持ちは同じだ。

 威力の正体には興味がある。

 しかし、マニュアル魔法を教わるものだと思っていただけに、素直に喜べない。

 拍子抜けするという感覚がどうしても沸いてしまう。


「いいえ。あれは現代魔法――自動想起オートマチック魔法に、回転というプログラムを追加したものです」

「追加……ですか?」

「現代魔法をすでに習得している生徒に、これからなにを学ぶのかを理解してもらうためのデモンストレーションみたいなもので、地属性魔法を覚えろということではありません」

「ああ、それはよかった……属性魔法は適性があるので、どうなることかと」


 メネデールはチラリとホーリィを見た。

 ああ、そういうことか。

 水属性、火属性の順に魔法を覚えたとき、地属性についても学ぼうとしたことがあったが、うまくいかなかった。

 どうにも自分には地属性には適性がないというのが、当時メネデールと話し合った結論だった。

 師に心配されていたようだ。


「もっと具体的にいえば、四元素魔法というのは物質が持つ重さを武器として利用するものと、そうでないものに別れます」


 トーガはそう言って、両手のひらに神秘の光を集約させる。


「地属性と水属性がまさにそれで、これは生み出しただけでは大した力を持ちません」


 右手には透明な水が作り出され、その中を石がくるくると泳ぐように回っている。


「火属性と風属性はエネルギーの塊りで、生み出した瞬間に大きな力を発します」


 左手の上では炎が生み出され、大きく揺らめいている。

 所々で乱暴に炎がはためくのは風に弄ばれているのだろう。


「今回はこちらの質量を武器とする魔法を起点にして、マニュアル魔法の一端に触れてもらおうと思ったのです」


 当たり前のように彼が披露しているのは、マニュアル魔法による上級――混成魔法だ。

 こんなにおだやかな混成魔法は見たことがない。

 おとぎ話の一幕を夢想しているのではないかと疑うほどの光景だ。


「丁度いいことにヘレナさんは地属性、ホーリィさんは水属性をそれぞれ習得していますから、少しずつマニュアル魔法の基本成果を取り込んでゆけば実感も持ててモチベーションが保てるでしょう?」


 呆ける4人を前にトーガは笑顔のまま言った。


「長く成果を実感できないと自分の才能を疑い始める。

 それなら開花した才能に新たにつぼみをつけるカタチで学ぶ方がいい。

 これでも私は魔法を教えることに、そこそこの自信があるんですよ」


”師匠が凄すぎて言葉が弱い傾向があるから、トーガさんがそこそこと言ったら期待していいと思う”


 昼食の前に話したウルールの言葉がよみがえった。

 そうか。

 なら、間違いない。


 私は今よりずっと強くなれる。




――――――――――――――――

まえがき

 いつもの時間と比べて随分おそくなりました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ