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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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師匠 3


「新しいおもちゃを与えられた子供みたいですよね」


 沈黙を避けるのと照れ隠しに自嘲を口にすると、視界の端のトーガは首を大きく横に振った。


「誰もがそうやって才能を伸ばすのです。進んで経験を積もうとする意思は貴く、笑うものではありません」


 がんばれと言われている気がして、全身にやる気が満ちてきた。

 手のひらをジッと見つめて、握っては開きを繰り返す。

 その動作の刺激に血の巡りが活性化し、ほんのりと熱を持った。


”魔力は血に宿る”


 正確には”血を主とした水もの・・・に宿る”と教わったが、イメージとしては問題ない。

 重要なのはそこに魔力が多く巡っていると意識できる理由・・・・・・・だ。


”魔法の過程プロセスは、放出、維持、変化、具現と、与える動作のイメージによって発動する”


 具現は、強度を意識ながら形成して、威力は……まだピンとこない。

 メーは”バリエーションが知りたければ師に尋ねろ”と言った。

 今朝の館の中は、空気が鎮まっていて生活の匂いがしていなかった。

 家族はみな眠っていたということだ。

 威力については後でいいだろう。

 与える動作は、目標までの距離と弾道に速度だが――。


「とりあえず目標ターゲットはこれにしましょう」


 トーガはそう言って、5メートルほど離れたところにある黒い庭石にポンと手を置いた。

 大きさは1メートルに満たないくらいのもので、メネデールの魔法授業で用いるマトに近い。

 ただひとつ疑問に思うのは、池のそばにあんな目立つ黒い庭石があっただろうかという点だ。

 池というものは、人工的に作られたある程度の深さを持つ水溜まりのことで、いざと言う時の貯水池を目的にしている。

 それを庭の中に作るとなると、景観を意識するのは当たり前で、その側に無造作に庭石が置かれることなどない。


「鉄を多く含んでいますから、思い切りどうぞ」

「……は、はい」


 やはり魔法で作り出したらしい。

 あの大きさの地属性魔法を音もさせずに・・・・・・一瞬で、しかも金属を多く含んでいるというものを――だ。


 地属性魔法は土・石・岩を生み出す。

 大抵の目的は、打撃によるダメージか、貫くか、押しつぶすかだが、それを構成する物質は様々ある。

 理由は、ただの石の塊りをぶつけるよりも、硬度と質量の変化によって破壊力や効果が違うからだ。

 もちろん物質の種類や密度、形状の精密さには高度な魔法技術が求められるが、それを逆手にとって、あえて強度で劣る透明な水晶を好んで使う者もいる。

 高い技術力を見せつけ、美しい魔法で華麗に敵をほふるというのは、よい宣伝文句になるからだ。

 冒険者組合でも、魔術師組合でも、名声はとても重要な”力”だ。

 名指し依頼や専属契約が殺到すれば、仕事を探す身分から選ぶ身分となり、金入りが段違いになる。


 しかし残念ながら、魔法で生み出した物質は長く具現化を保つことはできない。


”奇跡は形に残らない”


 これはとある魔導師メイジの言葉だが、魔力と想像力によって具現化した魔法と言う奇跡は、時間とともに力を失って霧散する。

 昨夜のウルールの生み出した〈魔法の川魚マジックトラウト〉も、10分に満たない時間で消滅した。


 その難しいとされる”維持”を、不格好で比較的作り出しやすい鉄を含んだ岩とはいえ、的として・・・・トーガは用意したのだ。

 維持する時間に自信がなければ出来ない芸当だ。

 臨時とはいえ、すごい師匠が出来たのだと頬がゆるんだ。

 トーガが目標の岩から離れるのを確認すると、気持ちを切り替えるために声を張った。


「行きます!」


 昨夜も、夢の中も、〈魔法の川魚マジックトラウト〉は不特定数を生み出していた。

 今度は一匹だけ出してみよう。

 しっかりとした成功のイメージもあれば、詠唱をまったくしないで魔法を扱う牝羊の姿も鮮明にある。


 まぶたを降ろし、心臓のある場所に両手を当てて深呼吸を3度。

 ゆっくりと目を開き、両手を見つめる。

 今はメーの呪術魔法の影響はなく、なにも見えない。

 だがイメージは出来た。

 体にまとう白い生命力が――。

 血に宿る緑の魔力が――。


 血に宿る魔力だけを手のひらに留め、強度と威力を意識しながらマスを形作る。

 強度は3で、威力も3にしよう。

 威力がどういったものかわからないが、トーガの作りだした岩を少しくらい削ってみたい。

 鉄を多く含むと言っていたし、所々日光を反射した黒い岩だ。

 かなりの硬度を持つに違いない。

 ぼんやりと浮かぶ岩を破壊するイメージに、夢の中の連鎖爆発が重なった。

 あれを魚単体で小規模に起こせないだろうか?

 それが出来れば、おもしろいことに・・・・・・・・なりそう・・・・だ。

 うまく行けばかなり削り取れるはずだ。


 嬉々として生み出された一匹のマスは、ほんの少し大ぶりだった。

 脂が乗っていておいしそうな形をした緑光りょくこうの魚。


 速度は1。弾道は透き通る流水を物ともせずに、縫うように突き進むイメージ。

 距離は5メートルほどで、目標はトーガの生み出した黒い岩。


 手のひらの上で誕生した〈魔法の川魚マジックトラウト〉は、止まっていた時間が動き出すように、悠然と体を揺らして前進を始めた。


 魔法は成功だ。

 気になるのは効果とトーガの反応。

 チラリと視線を向けると、トーガはいつもの笑顔だったが、なにやら感心した様子が見て取れた。

 詠唱をせずに魔法を発動させたことに気付いたのかもしれない。

 もう少し反応があってもいいのでは? などと思うのは、夕食の時に”自らは出来ない”口ぶりだったからだ。

 落ち着いて考えれば、つい今し方彼は無詠唱の魔法を使っていたではないか。

 感心を得られただけでも充分だ。

 満足して視線を戻すと、〈魔法の川魚マジックトラウト〉は着弾目前に迫っている。

 少しだけ身構えた。


 間もなく緑光りょくこうの魚は岩へとぶつかり、強烈な破砕音を上げて砂煙を巻き上げた。

 ドガガガガッとも聞こえる激しいそれは、聞き覚えのない独特な音とリズムで、自分の発した魔法でありながら目をつむって身を小さくしてしまった。


 おそるおそる開いた目を岩へ向けるが、砂煙がうっすらと見たいものを隠している。

 急いた気に押されて目を細めて再度確認を試みるも、よく見えなかった。

 しかし、トーガには見えているらしい。

 拍手をしてこちらを向いていた。


「またおもしろい発想をしましたね」


 そんなふうに評価した。

 なにが起こったのかよくわからなかった身としては、実感の湧かない言葉だった。

 砂煙に浮かび上がる岩の影は、どこかが大きく欠けた様子はなく、丸々残っているようにも見える。

 魔法がぶつかる瞬間は見た。

 目標の中心部分にきちんと着弾した。

 けれど、なにがどうなってあんな砂煙が巻き上がったのかはさっぱりわからなかった。


「ウルールさん、こちらで見てごらんなさい」


 手招きするトーガに従って、一緒に岩へと近づいてゆく。

 息をするのに少し砂埃が煩わしかった。


「ああ、砂埃が邪魔ですね」


 トーガがそう言うと、砂埃が突然晴れた。

 突風に吹き飛ばされたというわけではなく、本当に突然、砂埃が地面へ落ちた・・・・・・のだ。


「は? ……え?」

「さあ、ごらんなさい」


 混乱する頭で促されるまま従うと、荒々しく削り取られた黒い岩があった。

 泥に無数の小石を投げ入れたような、ボコボコに削られた岩だ。


「”威力”におもしろいプログラムを組みましたね」

「いりょく?」

「ええ。着弾と同時に細かく飛散して目標を削り取ったんですよ。初級魔法でもかなりの破壊力ですね」


 改めて岩を見るとトーガの言う通り、すさまじい破壊力だった。

 横から見たマトは、間近で見たのが初めてでも、体積の半分・・が削り取られたというのがわかった。

 半球状になっていたからだ。

 地面も岩の背面以外はまだらに耕されている。

 まるで他人の行いを検分する気分だった。

 幻でないことを確かめるように手で岩に触れると、違和感に眉がしわくちゃになる。

 説明されていたイメージより鉄が多い。

 ほぼ鉄だ。


「トーガさん。これ……」

「鉄を多く含んでいると言いましたよ?」


 拳大で転がる目標の欠片を手にとって打ちつけると、コーンと甲高い音がした。


鉄塊てっかいなんですけど……」

「8割くらい鉄ですね」

「もうほとんど鉄のインゴットじゃないですか」

「テストでもあったので仕方ありません」

「……テスト?」

「メネデール公の申し出で、あなたを弟子として受け入れることになりました」

「え?」


 そんな話は聞いていない。

 夕食を皆で取って、お互いの情報を交換するように話題を持ち寄った記憶しかない。

 臨時や真似ごとでない、本当の師弟となると、ほとんど一生涯の関係だ。

 もしそんな話が上っていたら、気に留めないはずがなかった。


「昨夜、あなたたちが退席したあとの話し合いで、食客として世話になる間。

 ルットジャー家の3姉妹の家庭教師として雇われることになりました。

 また、私のテストに合格した場合、弟子に取るということでしたので。

 ウルール、あなたは今日から私の直弟子じきでしです」

「ええええ!?」


 メネデール邸の庭の中心で、ウルールの絶叫ともとれる驚嘆の声が高らかに響いた。




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