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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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魔法の真髄 3


「まあ、気を取り直してマニュアル魔法のお時間じゃ」


 メーがまた二足歩行で前足を組んで見せた。

 一頻り笑い終えたメーを引っ張り起こしたウルールが、じっとりとした目で見つめている。

 メーと目線が合うようにしゃがみこんで、無言の訴えをするように。


「なあ? その目やめよ? わらわその目 苦手なんじゃ」

「……そうですか」

「だからやめよ? 威厳が保てんではないか……」

「……そうですか」

「その”ソーデスカ”もやめよ! わらわが悪かったから! もう笑わんから!」

「わかりました」


 ウルールは無理をして作っていた顔を揉みほぐしながら、立ち上がった。


「……ふぅ」


 メーは額の汗をぬぐうように前足を動かしている。


「あ゛ぁ゛……まだ背筋がむずむずして落ち着かんわ」

「ひとを辱めるからですよ」

「おまえならやってくれると信じとったんじゃよ」

「……そうですか」

「ああっ! 悪かったやめよ! しゃがむでない! 反らした視界に割り込んでくるな!」


 シューの執拗な追及の視線を真似てみたが、思いの外効果はあるようだ。

 メーはぶるりと体を震わせた後、オホンと咳払いして気持ちを切り替えた。


「まあ、おまえは散々魔法で失敗してきたゆえ、簡単に諦めないとは思う。8年以上メネデールの小娘に教わってきとるわけじゃしな」

「……小娘」

「失敗とは成功に辿りつくための過程じゃ。途中で諦めれば失敗という事象が残り、その失敗さえも無駄にするのも糧にするのも本人次第よ」


 メーの金言きんげんに、ウルールは思わず感嘆の声と一緒に小さな拍手を送った。

 伊達に800年生きていないということだろうか。


「まあ、これ受け売りなんじゃけどな」

「いい言葉ですね」

「そうじゃろ? わらわの大好きな――」

「大好きな?」

「メェー……」


 なにかの禁則項目に触れたらしい。

 メーの情報に興味はあるが、頑なに話そうとしないのには理由があるはずだ。

 出会ったばかりだけれど、嫌われたくない。

 馬が合うなどといえばまた、

「ひつじさんに向かって」などとよくわからない激昂をしそうだが、ちょっと好きだ。

 親しい友人として今後も付き合っていけたらな、と思ってしまっている。

 所詮夢だと割り切れなくなってきていた。


「マニュアルマジックというのは、おまえのようなタイプとは相性がいい」

「そうなんですか?」

「うむ。魔法をどう作用するかをぼーんやりとイメージするのではなく、計算して生み出すからの」


 算術や計画を立てるのには少しだけ自信がある。


「体感的なもんじゃが、経験すれば自分の物差しは掴めよう?」

「紅茶にハチミツを、スプーンで量らずにこれくらいが一杯分かなぁって入れる感じですね」

「おー! そうそう。ようわからんがそういうヤツじゃ!」

「あれ?」


 メーの応答は非常に雑だった。

 日常の1コマを例に出したはずだが、ピンとこなかったらしい。


 大陸共通で、甘味料の類は少々値が張る食材だ。

 砂漠の国カービタラサ獣人王国ウェルイーラで主流のアガベシロップとパームシュガー。

 水の王国では北部ラトレス名産のメープルシロップが有名だ。

 王都ではてん菜の栽培による砂糖の供給が多いので、比較的安値で手に入る。

 そしてどの国にもある甘味料の代表が、ハチミツだ。


 メーがどこの国の出身かはわからないが、高貴もしくは名家の生まれであるだろう情報はあった。

 さすがに紅茶を知らないということはないはずだ。

 水の王国ヴァスティタ砂漠の国カービタラサ獣人王国ウェルイーラでも一般的な飲み物だ。

 子羊の姿をして、帝国や教国というのは絶対にない。


 一般常識にズレがあると例え話が通じないことは多々ある。

 避けた方がいいのかもしれない。

 自分の常識とはかけ離れた価値観をもつことが、妙な現実味をもたらしている。

 ただの夢――という可能性は否定できないものの、そうでない可能性も考えるべきだと改めた。




「本来は生物を模倣する方が難しいもんじゃが、おまえは身近なものを形成する方が性に合っとるようじゃの」


 メーの話によると、生命力の操作は魔力や闘気に比べて難しいらしい。

 魔法として発動するはずのない訓練であったが、生命力で矢を形成していた経験は、魔力を操作する下地となって無駄でなかったと教えられた。

 メーの金言きんげんにハマった事実と早々に出合えて、ウルールは少しうれしくなった。

 なにより驚くのは、トーガの魔法誘導が的確であったことだ。

 すでに固まってしまった常識を矯正するより、使える常識を利用していく方針にしたことをメーは褒めちぎっていた。

 つぶらな瞳をキラキラと輝かせて、まるで恋する乙女だ。

 800歳が乙女に入るかはわからないけれど。


「ウルール、目を閉じてしゃがめ。わらわは気分が良いので特別に面白い経験をさせてやろう」

「しゃがむんですか?」

「決してさっきの目をしてしゃがむでないぞ。絶対じゃぞ!」


 特に意識せずに従おうとすると、メーは慌てて後ろ足の蹄を鳴らした。

 警戒心でいっぱいだった。

 なにやらトラウマのようなものを植え付けてしまったらしい。


「前フリじゃないからの? もしやりおったら、メーちゃんのたのしいまほーきょうしつは廃校じゃからの!」

「理由もなくしませんよ」

「うちの大先生は前フリかと思ったとゆうてようやるんじゃ!」

「大先生?」

「……メェー」


 やはり身元やその関係のものを語るのは禁止事項らしい。

 800年生きたにしては脇の甘い子羊だ。

 警戒する理由とは別のもので廃校になりそうで怖い。


「メーちゃんにも事情があるでしょうから、無理には聞きません。だから距離を取らないでください」


 すでに数歩後ずさりしているのが見えていた。


「本当か?」

「約束します」

「お? 約束か! そうか約束するんじゃな!」

「え、ええ……」


 口約束でそれほどまで安心感を得るのもどうかと思う。

 彼女にとってはとても大事なことなのだろう。

 ウルールもそれを裏切るつもりはなかった。

 ただ少し、メーが詐欺師に引っかからないかという心配が出来ただけだ。


「おー! 本当か。おまえいいヤツじゃの! ママもよくわらわを騙すし、レヴィのヤツも――」

「メーちゃんストップ! 自分から話してどうするんですか」


 ウルールの制止にハッと我に返ったメーは、しばらく固まった後、四足歩行になった。


「……メェー。……ひつじさんは何もゆうてへんよ」

「私は何も聞いてません」


 気を抜くと喋ってしまうほどの話好きだったようだ。

 ぷるぷると顔を振った後、メーは口笛を吹こうとしていた。

 鳴らなかったが――。


「よし。それじゃ気を取り直して、わらわの前に跪け」


 前足の先の蹄だけをちょいちょいと下に向けて振った。

 しゃがむだけでよかったのでは? などとは言わない。

 メーの行いに驚かされて転ぶことを考慮に入れれば、むしろ頭を打つ心配が減ると言うものだ。


 おとなしく従うと、蹄が額に触れる。


「あっぷるじんじゃあ、まとんらむらむじんぎすかん」


 キンと頭の奥が痺れるような耳鳴りがした。


「今のなんですか?」

「一時的にじゃが、生命力と魔力が見えるようになる呪術を掛けた」

「え?」


 そんな呪術魔法は聞いたことがない。

 しかもあんな適当な詠唱で?

 大陸中魔導師メイジが喉から手が出るほど欲しいだろう魔法だ。

 魔法研究に従事する者であれば、他者の命と天秤に掛けるだろう秘術だ。

 それをこともなげに?

 そんな疑問をあざ笑うかのように、ウルールの見る景色はぐにゃりと一瞬歪んでから激変した。


 目の前の子羊を覆う沸き上がる湯気らしきものが見えている。

 色は白く、湯気にしては不自然に留まっている。

 まるでメーの周りにだけ発生する霧だ。


「……これが生命力?」


 ウルールの疑問に答えるように、メーを覆っていた白い湯気は体の中へと収まってゆく。

 自分の手を見るとほんのりと湧き出る湯気のようなものがあった。


「おまえなら操作できよう。常に漏れ出る生命力にフタをかぶせてみい」


”フタをかぶせて”という言葉に、トーガの誘導を思い出した。

 ソーセージにガラス製のフタ。

 ガラスはすぐに曇って見えなくなったあのイメージだ。

 すると先ほどのメーと同じく、体の中へと収まった。


「どうじゃ。実感できたであろう?」

「ええ。なんというか、妙に体がほくほくするというか」

「目で見えた方が操作はしやすくなるゆえな。よい経験じゃろう?」

「……はい」

「カッカッカ! わらわほどになるとこの程度容易いことよ」


 薄々感じてはいたが、規格外の魔法詠唱者マジックキャスターなのかもしれない。

 トーガの辿りついたマニュアルマジックを当然のように知っていて、伝授しようと現れたくらいだ。

 これがもし本当にただの自分の夢の住人だとしても、記憶の整理にやってきた妖精さん・・・・として感謝せねば。


「せっかく実感がわいたんじゃ、キリキリ次の経験を積んでもらうぞ。感動は記憶に深く刻むからの」


 そう言ってメーは前足の蹄を叩き合わせた。

 ウルールは誘導されるままに視線をそちらへ向けると、メーの右前足の蹄に薄緑色の光が集まってゆくのが見えた。

 魔力だ。

 いつも見る神秘の光の集束とは明らかに違う。


「魔法と言うのはの。体内の血液をおもとした水もの・・・に宿っておっての。その巡っておる魔力を体外に放出するところから始まる」


 ウルールはこくりと頷いて見せる。

 目が離せなかった。


「それを霧散させずに維持し、強度と威力を決めて形成・具現化する」


 そう言って間もなく薄緑色の魔力の塊りは、良く見る神秘の光の集約となって魚を形作ってゆく。

 ヒレは丸みを帯び、流線形の体をした魚。

 ピクリとも動かない置き物のようだが、紛れもなくウルールが編み出した〈魔法の川魚マジックトラウト〉だった。


「これがわらわの言うところの、強度1、威力1の形成じゃ」

「威力……ですか?」


 強度についてはわかるが、威力というのがピンとこなかった。

 目標にぶつかった時に与える被害のことを指しているのだろうが、それは”強度”に収まる言葉のはずだ。


 メーは実演の途中の疑問にもかかわらず、落ち着いた様子で頷いた。

 この程度の魔法は遊びだとでも言わんばかりで、光は安定してる。


「”威力”についてのバリエーションが知りたければ、師に尋ねるといい」

「ああ、そうか。メネデール様とホーリィが熱心に聞いてたんだった」


 魔法に精通し新技術にも積極的な二人が、真剣な表情でトーガの説明を聞いていたのを思い出した。


「うん?」


 メーが不思議そうな顔をした。


「あー。そういえばおまえはまだ知らんかったな」

「なにがですか?」

「こっちの話しじゃ」


 メーは一方的に話を打ち切って、


「続けるぞ」


 と緑光りょくこうの魚へと視線を誘導した。


「こやつにどういう動作をさせるかを決めて、

 速度と弾道・距離を組み上げるわけじゃが……そうじゃの。

 エサを与えるつもりで、

 速度は1、弾道は”流水を縫うように”

 とイメージしながら魔力を流し込もうかの。

 射程距離は――」


 メーはウルールの生み出した魚群を見た。

 気持ちよさげに二人の周囲を遠巻きに泳いでいる。


「せっかくじゃから、あるものを有効活用と行こうかの」


 小さな魔法陣が展開し、置き物のように動かなかった薄緑色に光る魚が、メーの言葉通りに生命の息吹を感じさせる動きを見せた。

 空を切るように尾ヒレが動き、推進力を得た緑光りょくこうのマスが前進する。

 ゆるりと進む姿には優雅さを感じた。

 左右に振れながら進む様は、まさに紅玉の月しちがつのマスを思わせる。

 魔法によって放たれた弾道とは思えない美しさがあった。

 自由気ままに泳ぐ魚群の中に、一匹が混ざる。

 そしてウルールの発した〈魔法の川魚マジックトラウト〉の一匹にぶつかった。


 パチンという小さく乾いた、どこか呆気なさを感じさせる音がすると思っていた。

 メーはあのゆるやかに進む速度と同じく、”威力を1”と明言していたからだ。

 ところがそれは、弾けると同時に周囲の魚群を巻き添えに連鎖爆発を起こして、白い世界の大気を引き裂いた。


 直視していたウルールは光に目をやられ、轟音に耳をやられて倒れ伏した。


「おー。ちょっぴり派手じゃったの」


 メーのそんなとぼけたつぶやきに応えられる者は、そこにはいなかった。




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