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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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英雄と血統 4 -精霊魔法との付き合い方- [修正版]


 精霊魔法とは、精霊に呼び掛けて魔法による助力を得る術のことを言う。

 召喚魔法とよく混同されるがまったくの別物だ。


 まず精霊魔法は周囲の精霊に呼び掛けることで可視化を促すのであって、召喚魔法のように遠地から呼び寄せるわけではない。

 それに魔法円も不要で、精霊の力の行使は空気中に含まれる魔力を利用するため基本的に術者の負担は少ない。


 こうして比べると精霊魔法のメリットばかり目立つが、普段から良好な関係を形成しておかねば助力は得られないし、価値観の共有が浅いと細かな指示を出さねば大惨事になりかねない。

 要するに、実行するときよりも日頃の準備の方が重要な魔法なのだ。


 また、ヒト族の分類では従魔術じゅうまじゅつなどが含まれる『契約系統魔法』ということになってはいるが、誰にでも使えるという代物でもない。

 森妖精エルフ渓谷妖精ダークエルフ炭坑妖精ドワーフといった妖精種族にしか扱えないのである。


 しかし何事にも例外はあるもので、獣人に類する人魚族マーメイドはその限りではないとされている。

 オストアンデルの英雄譚に登場する人魚の女王マーメイドクイーンアルレーシャ・シーレーンは、水と月の精霊魔法での協力を惜しまなかったからだ。


 これを特異な例とする説もある。

 その理由が『神の贈物ギフト』だ。


 夜行性の獣人は月の満ち欠けの影響を受ける種族が多く、それは月の精霊の加護によるものではないかと研究する魔導師メイジがいるのだ。

 そういった特殊な条件下の身体的強化の他に、獣人のみに発現する神の贈物ギフトで精霊との交信を可能とするものがあるという説がまことしやかにささやかれている。


 私がこの説をバカらしく感じるのは、神の贈物ギフトを持って生まれる者が非常に希少であることだ。

 わざわざそんな少例を持ちだして理屈をこね、なんでもその恩恵であるとするなど笑わせる。

 内心でねたんでいるのが透けて見えるようだ。


 学者が本気でそう推測を立てたのなら検証に検証を重ねるために奔走し、噂の域を出ない情報を漏らすような真似はしないだろう。

 学者にとって研究情報は秘匿すべき宝である。

 研究中の情報が漏れたのだとしたら、どちらにしろ三流もいいところだ。



 精霊魔法にしても神の贈物ギフトにしても、それを行使するには充分な知識と修練が必要だ。

 エルフというだけでみながみな精霊魔法が扱えるわけもなく、生涯精霊と言葉を交わすことなく大地に還る同胞は少なくない。

 そういったエルフは狩猟や工芸の技術を身につけながらも、諦めることなく修練を続ける。

 これは才能の有無に関わらない。

 エルフがエルフとして生まれた瞬間から自然と感じる偉大な存在への敬意――信仰だからだ。

 精霊の樹はそれら精霊を統べる王であり、豊穣の女神の寵愛を受けた使徒。

 ヒト族の宗教の定義によっては『天使』や『小神』と呼ぶこともあるようだ。


 私は幸運にもその『精霊の樹』に認められ、『豊穣の女神』からも加護を授かった。

 おかげで多くの精霊の使役を許され、良好な関係を築く日々を過ごしている。


 これでも昔はウルールに負けないほどの無才ぶりを披露していた身だ。

 下級魔法を初めて習得したのは22を迎える頃。

 エルフなら8歳までにはなにかしらの下級魔法を習得するのが当たり前で、精霊との交信も出来ず途方に暮れる毎日を送っていた。


 南の大森林エルフィン族長家イスナの娘として生まれた責任を果たすため、努力は惜しまなかった。

 花開いたときの喜びは今でも鮮明に思い出せる。

 だからこそ思う。

 エルフィンであり、盟友の血を継ぐウルールが、たった14歳で魔法のすべてを諦めようとしているのは早計であると。



 現在ウルールは、精霊との交信を試みる修行『精霊との語らい』の真っ最中だ。

 リラックスして木々にもたれて座ったり、草地に寝そべって中空に語りかける。

 精霊に認められれば、周囲の何らかのカタチで応えてくれる。

 それは草花がさざめいたり、蔓が髪や指に絡んできたり、光の乱反射や淡い虹であったりと色々だ。

 環境にも大きく左右される。

 水辺や焚き火の側、朝か夜かというのも重要だ。


 エルフは風・水・木・光・月の精霊と相性がよいと言われているが、彼らがどんな話題に食いつく・・・・かは運次第。

 属性によって傾向はあれども精霊は気まぐれで、関心事というのは個体差があるのだ。

 私の精霊が言うには、容姿や性格といった話し相手そのものの好みもあるようだ。



「いつも思うんですけど、『精霊との語らい』って知らない者から見ると心が病んでるみたいです」

「実際にエルフに憧れて真似た者が、そう扱われる例は後を絶たないな」


 ホーリィのつぶやきに思い浮かぶのは、月に語りかけるパジャマ姿の幼子がヘレナに早く寝るよう促されているところだ。

 具体的に言えば9年前の光景。


「……わたしはしてませんよ」

「墓穴を掘るくらいならそんな話題を振るべきではないわ」

「…………してないもん」


 顔を真っ赤にしてそっぽを向くホーリィの目尻には、小さな水たまりが出来ていた。

 弟子のこういう幼さを垣間見ると、ヤレヤレと思う反面妙に嬉しく感じてしまう。

 師のジレンマというやつだ。

 そんな彼女にゆるむ口元を気付かれぬよう、ゆっくりと息を吐く。


「ホーリィ。いくら緑の多い木陰とはいえ暑いでしょう。館に戻って涼んでもいいのよ?」


 今はウルールの精霊魔法の授業で、ホーリィとヘレナが付き合う必要はない。

 精霊に関する特徴や精霊魔法の対処についての授業ならともかく、ウルールが習得するためだけのものだからだ。

 わざわざ暑い思いをすることもない。


「姉が妹を見守るのに理由はりません。ヘレナもなにかあればすべてを放り投げて飛び出してきます」

「そうね」


 想像通りの応答に苦笑いしか浮かばない。

 ヘレナは今、館で家事を行っている。

 ウルールの授業が終わる頃には冷たい飲み物を持ってくることだろう。

 この子らはすでにルットジャーの姉妹として、役割があることを認識している。

 ウルールの失敗をあげつらうのはホーリィなりの発破掛はっぱがけで、武術の授業ではよき好敵手ライバルだ。

 2人は8年もそうやって競い合ってきた。



「それで、ですね……そぉかたが……ふぅぁ……いぉ……しぃぉ…………」


 そしてそのウルールは私とホーリィが見守る中、木陰の草地でわき上がるあくびに抵抗を見せもせず、言葉を発するのをやめた。


「……メネデール様。アイツ寝てますよ」

「……そうね」

「姉としてはしつけが必要かと思うんですけど。その点、師としてどう思われますか?」

「水の精霊との語らいに変更しようと思う」

「奇遇ですね。水は得意です」

「躾けは加減が肝要よ」

「心得ていますとも」


 私の頷きに、ホーリィが不敵な笑みを浮かべた。

 悪い顔だった。


「”空と大地を繋ぎし たゆとうものよ”」


 ホーリィが魔法の詠唱を始めると、彼女を中心にわき上がる力が着衣とやわらかな髪をふわりと持ち上げる。

 ここ数日のウルールの魔法授業の態度に思うところがあるのだろう。

 その感情が魔法に乗るように、神秘の光は力強く集約されてゆく。

 先ほど失敗したウルールのものとは違い、安定感がそこにはあった。


「”我が呼びかけに その身を起こして――”」


 ホーリィが次の句を紡ぐと、正門の方から訪問を知らせるベルと聞き覚えのある大きな声がした。


「メネデール様! メネデール様はいらっしゃいますか!? 組合の代表として報告とご確認を頂きに参りました!」




■□■□■□■□■□■□■□



 来訪したのは商業組合しょうぎょうギルド職員のコマードと、冒険者組合ぼうけんしゃギルド職員のアドベールだった。

 専用の馬車を走らせてきたようにも見えないので、とりあえずひと息必要だろうと館のテラスで迎えることにした。

 当館のテラスそばには気の利く庭木・・がいるおかげで、暑い日には木陰が、寒い日には陽だまりが用意されている。

 滝のように汗をかく2人にとっては、館内よりよほど理想的な環境だろう。


 ヘレナが冷たい紅茶を配ると、2人は感謝を述べ終えると同時にのどを潤した。

 無理もない。

 商業組合も冒険者組合も第2城壁の向こう側。

 どちらも中央区セントラルではあるが、西区ウェストサイド寄りにある。

 かなりの距離だ。

 しかし火急の知らせでもなければ組合所有の馬車は出さないため、職員の移動手段というのは水路を使った乗合船や乗合馬車になる。

 そうなれば当然歩くことになるし、停留所からここまではゆるやかながら傾斜がある。

 そこに紅玉の月しちがつの日差しが加わるのだ。

 彼らはあくまで事務職員であって、旅慣れた行商人でも屈強な戦士でもない。

 なかなかに堪えたことだろう。


 だからと言って、いつまでも彼らの休憩に付き合ってやるわけにもいかない。

 教育というのはとかく時間が掛かるものなのだから。


「それで、私になにか御用でも?」

「ああ、すみません、くつろいでしまって。いつ来ても風通しのいい素晴らしい庭園なので、つい」

「ありがとう。庭師たちも喜ぶわ」


 コマードのいつもの世辞に笑って答える。

 本心か否かはともかく、庭を褒められるのは素直にうれしかった。

 自慢の庭師は日々交流を深める精霊たちのことだからだ。

 弟子の修練の際に腰の置き場を用意してくれるのも、夏の日差しを遮る木陰を広げてくれるのも彼ら彼女らの心遣い。

 今の言葉にも周囲の木の精霊ドライアード森妖精の隣人トレントは誇らしげで、風の精霊シルフはステップを軽くして上機嫌に舞って見せていた。

 これでうれしくなるなという方が無理な話だ。

 私以外にそれら様子を見ることは出来ないが、木々はさざめき、水辺から心地よい風が運ばれる。

 耳と肌にりょうを届けているのである。

 人、妖精、精霊、どれも意志の疎通が適えば反応に大差はない。

 ゲンキンなものだと自嘲しつつ、2人におかわりを勧めた。



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