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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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英雄と血統 2 -種族と魔法と称号- [修正版]


 この世界において、種族の決定権は母体にあった。

 父親がどんな種族であろうと、母親が森妖精エルフであれば森妖精エルフが生まれ。

 母親が炭坑妖精ドワーフならば炭坑妖精ドワーフが。

 猫獣人シャトスロープであれば猫獣人シャトスロープ生まれる。


 これで問題となるのが、種族が運営する国だ。

 元々同種族が生き残るために団結したものであるため、大抵の場合他種族が家督を継承することは出来なくなっている。


 理由は単純だ。

 種族そのものが取って代わってしまえば国の方針が180度変わりかねず、国民の生活が保証されなくなってしまうからだ。


 たとえばヒト族の国の貴族にエルフが嫁ぎ、長命なエルフ族に代替わりしてゆけば、エルフ寄りの運営方針に変わるのは自明の理。

 そのため各種族は自国を守るのを理由に、家督継承権や家名を称する権利についての区別を徹底していた。


 つまりボクはエルフ族の母を持ち、英雄ヒーネ・ルットジャー公の子孫であるヒト族を父に持つ、とても微妙な立場なのである。



 身にまとう新緑のサリーから伸びる艶めかしい脚を組み変えて、メネデールさまはため息を吐いた。


「ホーリィは結論を急ぎ過ぎるわね」

「でも、ウルールには他の才能があるんですよ。そちらを伸ばすべきです」

「エルフの機敏さは強みではあるけれど……細身の剣レイピアならまだしも短刀ナイフでは、身を守るのが難しいのはわかるでしょう?」


 攻撃の間合いリーチというのはバカにはできない。

 相対する敵と近くなればなるほど技術が必要で、相手の間合いリーチの方が長い場合、圧倒する技量がなければ戦うことすらままならない。

 攻撃が届かないということは相手が攻撃に集中出来る上、遠心力による打撃力差は脅威だ。


「それは……」

「ルットジャーの血統は、守らなければならない。ホーリィなら意味はわかるわね?」


 傍から聞いていても反論の余地はなく、ホーリィも唸りに沈んだ。


 大陸で火山島の溶岩魔人ラヴァゴーレムたちを駆逐した水の大魔術師ウィザードであるヒーネ・ルットジャーを知らぬ者は居ない。

 どこの国のどこの種族も欲しがる血統だ。

 才能の開花をしていなかったとしても、そのまま朽ちても、次代を残せばいいのだ。


 しかもボクは”エルフィン・・・・・でも・・ある。

 他種族よりもずっと魔力保有量の多い長命な種族であり、英雄級の大魔法詠唱者マジックキャスターを孕むことの出来る体。

 英雄譚を知る者なら垂涎すいぜんの存在だった。


 ゆえに自衛のための、より強力で多様な戦闘能力を求められている。

 師のメネデールさまをはじめ、父や母、伯父や祖父や大叔父に至るまで、ボクの魔法習得を切望していた。

 正直言って、周りの期待が大きすぎてついていけていないのが現状だ。


 そんなボクがレウノアーネでそれなりに自由を許されているのには、ある特殊な護衛が関係している。

 護衛対象の危機を予知するように鼻が利き、俊足を持って駆けつける屈強な戦士。

 その護衛もレウノアーネから遠く離れられない事情があるため、ボクはここで商売をして一生を過ごすという計画を密かに立てているのである。


 もちろん自衛の手段を放棄するつもりはないし、持てる技術を研磨することを忘れるつもりもない。

 だからいずれ、王都レウノアーネとルットジャーの本拠地である城塞都市ルセイスを1人で行き来するくらいにはなりたいと思っていた。


 幸いなことに武術はそこそこ才能があるらしく、大叔父さまやお爺さまも褒めてくださっている。

 まあ、たぶん。

 贔屓目ではあるんだろうけれど。



「ウルール、こっちへいらっしゃい」


 メネデールさまの座る木陰の下、ホーリィとヘレナに倣ってボクも腰を下ろした。

 しゃわしゃわと瑞々しい芝が、日に火照った肌に心地よかった。


「少し冷静になるために、問答修学でもしましょうか」

「……はい。師メネデール」


 まだ納得はしていないという顔でホーリィは頷き、それにヘレナが寄り添った。

 この2人の姉は、ボクの計画の理解者でもあった。

 先ほどの師に対する口応えにしても、ホーリィなりにボクの気持ちを代弁してくれていたし、ヘレナもそれがわかっているからこそ強く止めようとはしなかった。

 ただ、メネデールさまが自衛手段の多様性を重要視するのも理解できる。

 みなボクの心配をしてくれているのだ。

 ありがたいことに。


「ウルール、魔法を諦めかけているあなたにも言っているのよ?」

「あ。えっと、はい……」


 本心を見抜かれたボクは、慌てて居住まいを正した。




「ではウルール。魔法詠唱者マジックキャスターとはなにか?」

「魔法を扱う者の総称です」

「大まかに魔法とはなにか?」

「生物が保有する魔力を、様々なカタチで具現化するものです」


「どのような魔法があるか?」

「一般的に知られるのは攻撃や防御に用いられるものと、治療や人々の生活を豊かにするものがあります。

 特に後者は重要で、

 経年劣化を遅らせる魔法円〈品質保存プリザベーション〉をはじめ、

 浄水を目的とした〈純粋浄化ピュアフィケーション〉や、

 食や衛生事情を支える〈発酵促進フェルメンテーション〉は国家運営の基礎として周知されています」


 魔法円とは、魔法に類する1つの秘術。

 生物の血液や魔力含有量の多い鉱石を粉末状にして練り込んだ塗料を用い、地面や羊皮紙などに力の現出を目的として描いた――いわゆる『紋様魔法』だ。

 先ほど挙げた物質に影響を与えるものや防御を目的とした結界の他、『従魔術』や『呪術』といった契約系魔法にも関係する高い汎用性はんようせいを持つ。


「確かに平和な都市にとってはそちらが重要になるな」

「はい。防衛力が盤石であればこそですが」


 ボクの答えにメネデールさまが「そうだな」と小さく笑った。


「では質問の仕方を変えよう。私の下でお前たちが学んでいる魔法とはなにか?」

「無属性の攻撃・防御・強化を基本に。

 地、水、火、風、光、闇の6つの属性に加えて、治癒を目的とした奇跡の具現化です」



「ではホーリィ。魔術師マジシャンとはなにか?」

「……下級魔法を1つでも習得した時に名乗れる称号です。

 興行の『まるで魔法のような技術を持つ大道芸人パフォーマー』から転じた奇術師マジシャンと混同されることもあり、最近では魔法習得者マジックユーザーと呼称されています」



「ではヘレナ。下級魔法とはなにか?」

「魔力を糧に形成した神秘の力を攻撃に用いて放ったり、肉体や物体の強化を行うことです。

 基本的に対象が単体なのも特徴で、『威力増加』や『弾数増加』といった級外補助魔法での強化が容易であるため、術者によっては上位の魔法火力を上回ることもあります」



「ではホーリィ。中級魔法とはなにか?」

「属性を付与した魔法のことを言います。

 先にも挙がった地・水・火・風・光・闇の計6つの属性で、対象や効果範囲が微小ながら広がります」


「中級魔法を扱える者に与えられる称号はなにか?」

元素魔術師エレメンタラーです。

 地・水・火・風の属性――4大元素すべての魔法を扱える者は、四元素魔術師フォースエレメンタラーとも尊称されます」


「その中級魔法の習得の難しさはどれほどのものか?」

「生涯を懸けて一つの属性を習得する者が少なくないレベルです。

 四元素魔術師フォースエレメンタラーともなれば主要都市の城主から勧誘が来ると言われています」


 一目で実力と速効性を確認出来るため、魔法詠唱者マジックキャスターの士官の確実性は高い。

 戦士職と比べて平時に訓練を兼ねた業務・・・・・・・・の種類が多く、雇う側としては使い勝手がよいのもその理由だ。

 城主に仕える以外にも豊穣の女神の大神殿や魔術師組合ギルドなど、働く先には困らない。

 むしろ荒稼ぎを目的とするなら冒険者組合ギルドで階級を上げ、迷宮探索冒険者になる方が早いだろう。


「では上級魔法とはなにか?」

「中級よりも強力な属性魔法で、対象となる範囲も大きく広がります。

 地形を考慮した運用が必要なものが増え、習得の難易度も跳ね上がります。

 しかし大抵の場合、複数の属性を合わせた混成魔法のことを指します」


「どんな称号と立場になるか?」

魔導師メイジの称号が与えられ、才能ある者に魔法を教える資格が認められます」



「ではウルール。上級のさらに上の階級と概要を答えよ」

「王級と英雄級があり、前者は自然現象規模の効果範囲を持ち、後者は厄災と評し得る猛威を秘めています。

 逆に治癒では欠損した手足が生えるといったものもあるようです。

 他にも英雄譚に登場する神話級の魔法も実在するとされ、それが眠るであろう『古代遺跡』の踏破を目指す者も多からずですがいるようです」


 そう。英雄譚に登場する大魔法の規模と派手さは、まさに幻想物語ファンタジーの醍醐味だ。

 目の前のメネデールさまもそんな魔法を使える英雄の1人。


「ではそれら魔法を扱う者に与えられる称号とはなにか?」

大魔術師ウィザードと呼ばれ、得意とする属性を冠することが通例です」


 水の大魔術師ウィザードヒーネ・ルットジャー。

 森の大魔術師ウィザードメネデール・イスナ・エルフィン。


 森というのは精霊魔法に関係しているのだが、メネデールさまご自身も複数の混成魔法を操る大魔法詠唱者マジックキャスターだ。

 母は『280歳は伊達じゃない』とやたら年齢を強調するが、父の話によれば母も似たような年齢らしい。

 やはり才能の違いというのを思い知らされる。



「ヘレナ。今年で17となったお前は、今どこに居るか?」

「中級魔法は地と風を修め、それに属した混成魔法を修学中で――」

「正確に」

「属性単体に限りですが上級の地と風の魔法の習得に成功しています。

 今は治癒の魔法についても学んでいますが、難航しています」



「ホーリィ。今年で15せいじんを迎えるお前は、今どこに居るか?」

「上級魔法では単属性の火と水を修め、それに属した混成魔法を学んでいます。

 特に氷に関する習得を目指していますが、未だ実現していません」

「お前が2つ年上のヘレナと同レベルの魔法習熟である理由はなにか?」

「……理由わけあって、他の兄弟姉妹より1年早くメネデール様の下で学ぶことになりました」


 一瞬ホーリィは顔を歪めたが、努めて平静に答えた。


「それだけか?」

「『神の贈物ギフト』の恩恵を持って生まれたからです」

神の贈物ギフトとはなにか?」

「血統に関わらず、生まれた時に天から与えられることのある才能の総称です。

 私は運よく魔法系統の神の贈物ギフト魔力自在マナフリュリィ》を持って生まれました」

神の贈物ギフト魔力自在マナフリュリィ》とはなにか?」

「魔力を繊細に操作出来る才能と言われています」


「なぜ断定でないのか?」

神の贈物ギフトは神殿の儀式にて神から名称を啓示されて知ることは出来ますが、詳細にはついては黙されています」

「神官が隠すということか?」

「いいえ。神から啓示されるのが名称だけだからです」


 ホーリィの答えにメネデールさまが大きく息を吐き、それを合図にボクたちも倣った。

 問答修学での確認というのはテストに近い。

 記憶力に自信があるとはいえ、師の言葉に耳を澄ませて正確に応答するというのは集中力を要する。

 姉たちも同じだったらしく、ヘレナは額にうっすらと汗がにじんでいた。


「落ち着いたか?」

「はい。メネデール様。ありがとうございます」


 ホーリィは座ったまま身を正して、深く頭を下げた。

 メネデールさまは手を振って応え、楽にしろと笑う。


 そしてふいに、先ほどボクの立っていた辺りに手をかざした。


「”空と地を旅せし 自由なものよ ひと時留まり 踊り戯れ”

 〈そよ風の円舞ブリーズワルツ〉」


 それは目にこそ見えないが、渦を巻くように芝をなびかせてこちらにりょうを届け始める。

 戦闘では敵の足止めや飛び道具への防御措置として使われる中級の風魔法だ。

 

 ああ、やっぱり魔法覚えたいな……。




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