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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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常連の店 4 -英雄史と吟遊詩人と文化輸入- [修正版]


 話が一段落いちだんらくすると、シューちゃんの視線が厨房から移っているのに気付いた。

 あのよだれをあふれさせていた幼子が、他のものに興味を向けていたのだ。

 同じ食いしん坊としては気になるところ。

 視線を追ってみると、店内壁際の小舞台ステージに辿りついた。

 それは4人掛けのテーブル席が丸々入るだろう広さで、真ん中には一見すると絵画の額縁を連想させる木枠がある。

 その中には絵ではなく、演劇の舞台に倣ってカーテンが掛かっていた。


「あれは人形劇の台ですよ」

「……にんぎょー?」

「はい。お人形さんの舞台です」


 目を離さないままでいるシューちゃんに、指差して答えた。


「レウノアーネは建国を始めとした歴史に、英雄譚が大きく関わっているんです。

 歴史の順に挙げてゆくと、

 第一英雄史 オストアンデルの《大森林創生と建国英雄譚》。

 第二英雄史 マースの《国堕とし討伐英雄譚》。

 第三英雄史 ヒーネとメネデールの《世界樹復活英雄譚》。

 これら大きな出来事を小さい頃から学べるようにしたのが、あの人形劇です。

 英雄や国王陛下、国民やエルフに怪物まで、みんなお人形さんになって登場するんですよ」

「……おーぅ」

「大体は昼ごろから夕方に掛けて人形劇が開かれて、夕方から夜は吟遊詩人のために片付けられるんです」

「……みたい」

「ふむ。では昼食か夕食もここにしようか」

「……ん」


 フードを深く被ったままなので表情はわからないが、代わりにトーガさんがとてもうれしそうにしていた。


王都レウノアーネでは屋台を除いたレストランや酒場には、必ずこういった小ステージが設置してあるんです。

 店の空気に合わせた興行組や吟遊詩人がやっていますから、同じ話でも違った面白さがありますよ」

「ほう。それはまた興味深い話です」

「……です」

「吟遊詩人のためにわざわざ・・・・ステージを設置しているとは。さすが王都ですね」


 若干トゲのある言い方だが、トーガさんの認識は正しい。

 一般的に吟遊詩人は場所を選ばない。

 歌う場所がステージとなり、どこであろうと生計を立てる。

 しかしそれを許すと要らぬ争いを生むのはどこも同じで、縄張り争いが始まってしまう。


 他にも問題はあった。

 営業店の前や建設作業場で突然歌い始めて、チップをもらうまで居座るという性質タチの悪い乞食崩れが現れるのだ。

 非常に迷惑な話だが、この手の自称吟遊詩人は他都市では少なくないらしい。


 元々吟遊詩人は前世でいうところの新聞のような意味合いも強く、遠地の情勢を知る身近な存在だった。

 そのため特定の国や商人が援助することで、世論の誘導や流言による混乱など、損害を与える目的に利用されることも多かったのである。


 レウノアーネでは治安維持も含めて、各組合ギルドと区会の協力でこういう輩をのさばらせないよう、娯楽や芸術として腕を磨いた吟遊詩人が活躍できる場所を作る方針を取った。

 それがレストランや酒場の小ステージというわけだ。


 ちなみに許可を取らずに吟遊詩人が『営業』を行った場合、見回りの衛兵や冒険者によって連行される。

 ボクも何度か流れの吟遊詩人が連行されるところを目撃していた。

 トーガさんの反応からも彼らの迷惑ぶりに覚えがあるのだろう。


「あとは、吟遊詩人を生業にしていなくとも、英雄譚を語りたい人が自由に語れるようになってるんです。

 王都の人はみんな、英雄譚を聞くのも話すのも好きですから」


 本職を別に持っていても、聞く者を夢中にする語り手は多くいる。

 ここのニコさんもその1人だし、息子のケイシーさんだってなかなかのものだ。

 女神の収穫亭では、話術を学ぼうと吟遊詩人が客としてやってくるのはその筋では有名で、店の小ステージに上げてもらうのは1つの目標になっているのだとか。

 知らず知らずのうちに英才教育を受けている孫のオーリンも、いずれボクを夢中にさせるような語り手になることだろう。


「王都の人たちは英雄譚を愛しているのですね」

「はい。とっても!」


 王都民として最もうれしい言葉に、つい笑顔でいっぱいになってしまう。

 トーガさんは相手の気分をよくするのがうまいなぁ。

 聞き上手となる基本的なテクニックだったか。

 よく観察して相手の喜ぶ言葉を選び、気持ちよく話してもらう。

 ボクはガイドでもあるのだ。

 話せることはどんどん話していこう。



「最近では輸入された新しい吟遊詩人も流行りでして、影響は大きいですね」

「新しい吟遊詩人、ですか?」

「はい。噺家はなしかです」

「ハナシカ?」


 今から10年ほど前に、水の王国ヴァスティタと交易を結んだ国がある。

 その名はヒノモト。

 独自の製法によって切れ味を追求した武具。

 極限にまで無駄を削ぎ、相手の動作に合わせて戦う武道。

 騎士と似て非なる忠義の侍。

 多彩で貪欲な食文化を持つ――日本に限りなく近い・・・・・・極東の島国だ。



 王都で暮らすようになってそれほど間もなく、米や醤油、味噌といった食品に遭遇したボクの気持ちは、今でもどう表現していいかわからない。

 こちら・・・で過ごしてすでに6年が経ち、馴染み始めた新たな故郷から離れてのことだから特にだ。

 複雑な心境だった。

 うれしかったと言えなくもないし、懐かしく感じたと言えなくもない。

 ただハッキリと言えるのは、ヒノモト人に会いたい衝動に駆られたということ。

 そしてその邂逅は、改めてここが異世界なのだと認識した瞬間でもあった。


 和服に身を包んだ侍や袴姿の女性に、日本語が通じなかったからだ。


 妙に落ち込んだのを覚えている。

 追い打ちを掛けるように、食事処で取ったヒノモト食の味もよくわからなかった。

 うまいまずいの話ではない。

 比べられなかったのだ。

 前世では味覚があまり発達していなかったために、違いを知ることが出来なかった。

 精々わかったのは、米の粒があちら・・・よりこちら・・・の方が小ぶりだったくらいか。

 当時はそれがなんだかとても悲しい気がした。


 家に帰ると、普段イヤミな姉がボクを見て黙って抱きしめてくれるものだから、ボロボロと涙があふれてしまった。

 声を上げて泣いたのは、今生では2度目だった。

 あれはもしかすると、自分がこの世界にとっての異物なのだと初めて意識した――孤独感だったのかもしれない。


 そんな出来事から7年。

 今ではもう吹っ切れて、ヒノモトの文化を楽しんでいる。

 なにせ異国文化の輸入である。

 たのしまなければウソだ。

 そう思えばなんでも新鮮で、日本とヒノモトの文化を比べてみるのもおもしろかった。

 刀剣や反物に帯留め、かんざしにつげ櫛、茶碗に壺に掛け軸に屏風。

 母の影響でそれなりに目が利くこともあって、ヒノモト人との話のネタは尽きなかった。



 ヒノモト国がレウノアーネに与えた影響は、小物や美術品もさることながら食文化などは計り知れない。

 特にサシミは鮮度を保つ血抜きや活き締め・氷締めの他に、徹底した衛生管理をせねばならず、現在の魚料理の根底を支える技術となりつつある。

 干した魚や海藻を煮出したダシと味噌を使った鍋料理は、臭みのある肉を食べやすくした革新的な食材として一部のレウノアーネ民を虜にした。

 ここ数年の野生の猪肉シシにく卸値おろしねが少し上向いたのも、この味噌の影響と言えよう。


 そしてそんな文化とともに持ち込まれたのが、娯楽の殿堂”噺家はなしか”である。


 噺家はなしかとは本来、巧みにオチをつけて終わる滑稽な話をする落語家のことだが、こちらではヒノモトの武勇譚ぶゆうたん――英雄譚えいゆうたんの語り手のことも含んで言う。

 一人で何役も演じ分け、扇子1つを小道具に身振り手振りで物語を聞かせるスタイルは、幅広い年齢に受け入れられた。


 中でも知られるのは、

《テツゾウと7人の魔女セブンスウィッチの戦い》。


 この『魔女』というのは文字のままに魔法を使う女という意味ではなく、

”悪魔と交わり凶事を撒き散らす者”の意味の方の『ウィッチ』で、女であるとも、人のなりをしているとも限らない。

 ヒノモトの英雄譚においては、強大な力を持つ『海竜マリニスドラゴン』である。


 つまりこの英雄譚を正確に表わすのなら、

《テツゾウと7海竜セブンスウィッチ英雄譚》だろう。


 飢饉に苦しむ極東の島国ヒノモトを舞台に、結託した同国人の裏切りによって孤立した老侍テツゾウ。

 彼は志半こころざしなかばで倒れてゆく息子同然に育てた部下たちの意志を背負い、

 7海竜セブンスウィッチを相手に大小2振りの刀で激闘を繰り広げる。

 時に辛勝し、時に散った部下の亡骸を置いて敗走する彼の姿に、胸や目頭が熱くならないわけがなかった。

 まさに不屈の精神ここにあり、の英雄譚である。


「それはまた、ウケそうな英雄譚ですね」

「……ですね」

「大ウケです。しかもこれ、話がおもしろいだけではなくてですね。その英雄の血族がレウノアーネに滞在しているんですよ」

「ほう。その方は強いんですか?」

「はい。水の王国全土でたった2チームしか居ない、冒険者組合ギルドで文句なしのS級チームです」

「S級ですか」

「文句なしのS級です!」


 S級冒険者といえば、英雄譚に登場するレベルの実力者として『英雄級』とも呼ばれる最高位の存在だ。

 文字通りに一騎当千の、人間の領域を逸脱した存在と言われる。


 ただしそう評される彼らに言わせると、まだ英雄の”入り口”に立てたに過ぎず、英雄譚の英雄には遠く及ばないらしい。

 そう感想をこぼすのも仕方のないことだろう。

 水の王国第二英雄史、マースの《国堕とし討伐英雄譚》の爪痕を見てそう思わない人間はいない。

 彼はたった一人の魔法によって、大陸北部の一帯を消失させた。

 同一帯を焦土に出来る魔法詠唱者マジックキャスターは現代にも片手で足りる程度に存在するが、彼の場合は規模が違う。


 大地ごと抉り取った・・・・・・・・・のである。


 一瞬にして文字通り消失した場所には外海の水が浸食し、大陸に新たな湾を誕生させた。

 悲劇性の強い被害と破壊力では、一、二を争う英雄譚だ。


「子孫がS級ともなれば、先祖が竜を倒したというのも真実味が深まりますね」

「……ますね」

「……そう、ですね」

「どうかしましたか?」

「いえ。ところで7海竜セブンスウィッチの名前に興味はありませんか?」

「ほう。名前持ちの竜なのですか」

「……ですか」


 竜というのは存在するだけで脅威であることに間違いないが、出現や遭遇というのは非常に稀で災害として扱われる。

 今年で1000年となる水の王国ヴァスティタでも、竜の出現はたった3度のみ。


『ラトレス北西山岳林 氷竜災害』

『レウノアーネ北東海岸 海竜災害』

『ルシフス南西金鉱山脈 地竜災害』


 大陸全土の人類史で数えれば、知られているだけでも20に満たない程度である。

 歴史の記録としては被災地名と特徴を冠した竜で事足りるため、個体に暫定的な名前を付けるという習慣はなかった。


 しかし、自らが名乗った場合は話が別だ。


「エクソニア、モールヴィルネ、リフォルニア、ガルフィーナ、スフュエル、リティットロリアム、ヤルダシェール」

「それはすごい。名前持ちの竜討伐となると、英雄譚ではオストアンデルのグレンデバルト以来ですね」


 そう。名乗るということは他種族の・・・・言語をかいするということ。

 それは極めて高度な知能を持つ証明であり、強靭な肉体と強烈な息吹ブレスの他に、他種族を支配下に置いた戦略的行動・・・・・という武器を有しているのである。


 テツゾウが相対した7海竜セブンスウィッチは、そんな優れた知性を持つ竜だった。


「倒したと言っても撃退に留まるので、話の結末も随分違います。最終的には5海竜と同盟関係を結んだようです」

「同盟? あの竜種と?」

「ウソのような話ですが、レウノアーネとヒノモトで交易がされているのが証明ですね」

「なるほど。ヒノモトは大陸最東端の王都レウノアーネの、さらに東の島国でしたね」

「ですから、あの・・外海を渡らねばなりません」


『外海に船は浮かばず』


 簡潔にそう認知される世界。

 大陸は外海と隔絶するかのような崖地となっていて、その下の砂浜には一年を通して巨躯獰猛きょくどうもうな海獣が闊歩する。

 その代表がグレートシーファングと呼ばれる、全長9メートルを超えるアザラシの怪物だ。


 アザラシと聞くと水族館の愛嬌ある姿を思い出すかもしれないが、彼らは肉食で、種類によってはペンギンや同じアザラシ種であろうと捕食する海の狩人だ。

 このグレートシーファングも例にもれず肉食で、狡猾。

 硬く分厚い皮に覆われた流線形の体は刃を通しにくく、常に群れで行動し、大型の船でさえ体当たりで容易く沈める力と強度を持っている。


 時折C級の冒険者チームが徒党を組んで狩ることはあれども、弱体化する陸上でも駆逐など到底出来ない戦力差があった。

 正面から戦えば被害は甚大。

 囲まれた時点で巨躯に殴殺されるか牙で引き裂かれるかのどちらかしかなく、乱戦に持ち込まれれば勝ち目はない。

 かといって弓矢や魔法で距離を取って戦うと、海に戦場を移されかねない。

 あくまでグレートシーファングにとって優勢に思えるよう囮を使って大多数を誘導し、孤立した個体を誘い込んでの狩猟となる。


 長い年月を掛けて計画的に駆逐することは可能かもしれない。

 一流冒険者や英雄級の力を借りれば、その期間を短く済ませることも出来るだろう。

 けれどもそれが出来ない理由もあった。


 砂浜の暴君グレートシーファングは十数年に一度、一斉に姿を消すことがある。

 そしてそんなときは決まって、砂浜に彼らの天敵たる18メートル級の怪魚古代大顎鮫カルカロドーンが数匹転がっていた。

 みな腹を喰いちぎられて――。


 そう。グレートシーファングは外海の食物連鎖の上層ではなく、下層に位置する。

 過去の記録をさかのぼれば、他の危険生物が流れ着いた・・・・・ものはいくらでも出てくる。

 こんな環境で駆逐に成功したとしてなんの意味もない。

 船を沈め、崖下を根城とするのが他の危険生物に取って替わるだけだ。

 むしろグレートシーファングの駆逐で生態系が崩れた場合、より危険な結果を生む可能性の方が高いと言える。


 なぜなら、十数年に一度接近する謎の怪物がいるからだ。

 グレートシーファングを主食とするカルカロドーンの数が減れば、

 それを喰らう謎の怪物の空腹を、なに・・が代わりに満たすのか。


 これを外海の食物連鎖ゆえに陸上が安全と考える者はレウノアーネにはいない。

 姿を見せずともその怪物に心当たりがあるからだ。


『レウノアーネ北東海岸 海竜災害』


 記録によると、レウノアーネから北東に15キロ離れた外海側の砂浜に出現した海竜に戦意はなく、波打ち際でまどろんでいただけだったという。

 ところがそれを無害と勘違いした一部の野次馬が集まったために、海竜が激昂した。

 崖下からの咆哮ほうこう1つでそのほとんどを気絶、または絶命させたとされる。

 息吹でもなくただの咆哮1つで、だ。

 その後は討伐する間もなく、海竜は外海の沖へ姿を消した。


 海竜がその気になれば、爪と息吹を駆使して崖を切り崩すことも出来るだろう。

 そうなればレウノアーネは格好のエサ場だ。

 総力を上げて討伐に成功したとしても、切り崩された崖からは海獣もやってくる。

 藪が揺れたからと言って、つついて蛇を出す必要はないのだ。



 そしてそんな怪物の飽和した外海を、テツゾウの血族は安全な船旅をするように何度も往復している。

 S級冒険者チームが常に同行しているからと説明されるより、5海竜と同盟を結んだからだと言われた方がよほど納得が出来るというものだ。

 驚愕の事実であることに変わりはないが――。



「古代竜を討ち滅ぼしたオストアンデルと、5海竜と同盟を結んだテツゾウ。武勇や功績はどちらが優れているのでしょうね」

「う……ぐぅ……」

「どうかしましたか?」

「いえ。オストアンデル――というと、贔屓目なのかと思いまして」

「自国に関係ある英雄を応援したくなる気持ちはわかりますよ」

「それに……」

「それに?」

「英雄テツゾウはかなりの商売人でもありまして。

 地産地消をとして、各地で多くの人材――商人や職人を育てました。

 そうしながら、5海竜を説得した功績は……」


 オストアンデルの英雄譚は大国を救う規模のものが4つあり、いずれも古代竜に勝るとも劣らない怪物を討ち滅ぼしている。

 武勇も功績もケチのつけどころのない大英雄だ。


 逆にテツゾウの英雄譚は1つであるが、7海竜を退けた後に5海竜と同盟関係を結び、優秀な人材を育て続けた一生をつづる物語だ。

 商売に少し関わっているボクとしては、とても魅力的な人間なのである。


 二人の英雄の偉業は、単純には比べられない。


「ウルールさんも商売に心得があるようですしね」

「実を言うと、レウノアーネに滞在する血族の方も、かなりの商売人でして」

「ほう。オストアンデルとは正反対ですね」

「そうなんです。かなりの知識人だったというのは同じなのですが……」


 オストアンデルは建国からしばらく王都に滞在し、ガラーテ国王陛下に有用な助言をいくつもしたという逸話がある。

 上下水道構想の草案はオストアンデルだったとも。

 しかし彼は自らの地位や権力、利益を望まず、異国の危機を聞きつけて着の身着のまま旅立ってしまうのである。

 まるで創作物フィクションに登場する無敵のヒーローだ。

 そんな、苦境に立たされた民衆の理想が体現したようなオストアンデルに対して――。


「英雄テツゾウは人間の幸福を追求するために戦い、次世代を育てる現実的な人物像ですね」

「……ですね」


 トーガさんたちも同じような感想を持っているらしい。


 レウノアーネに滞在するテツゾウの血族も、先祖に倣って現地の人材を教育して接客させている。

 これがまたうまい。

 和服を着たレウノアーネ民が接客することで、具体的な試着モデルとして見せているのである。


 前世の記憶を振り返れば「ああ、そういえば」と心当たりは見つかるが、こちらの常識では出ない発想だった。

 水の王国ヴァスティタでも地域によっては、手癖の悪い勤め人は少なくないからだ。

 よほどの人心掌握術を持っているのか人徳なのかはわからないが、その結果和細工小物わざいくこものはよく売れた。


 ブランド化も忘れず、レウノアーネの工房組合と提携して安価なレウノアーネ産と高価なヒノモト産を区別して売り出した。

 安価な品は平民にまたたく間に広がり、高価な品は貴族や豪商にじわりじわりと浸透した。

 和服と帯どめ、かんざしにつげ櫛など、伝統熟練者の技術に値段差が付くのは当然だが、平民層で爆発的に流行らせることで貴族や豪商の選民意識を刺激したのである。


 正直見習いたいところではあるが、難しい。

 現地での人材育成と技術供与は、コストが掛かる上に技術の持ち逃げや粗悪なニセモノを出回らせる結果も招き得る。

 そうなると本家のブランドにも傷がつくのだ。

 エルフィンの弓や杖は大陸でも名の知られたブランドだが、壊れたまったくのニセモノを持ちこんで騙されたと苦情を並べる輩はとても多い。

 そもそも素材が違うし、わからないのなら買わなければいいのにと思うのは、わかる側だからだろうか?

 なんにしろ、下手に真似ると痛い目を見るタイプのノウハウだった。



「《テツゾウと7海竜セブンスウィッチ英雄譚》が、ジェーネクラモール劇場で開演される予定はないんですか?」

「ええ。残念ながらまだその予定はありません」


 テツゾウは小柄な老侍だし、誰が演じるだろうか。

 ハセガワは精悍で若々しく、細身で筋肉質な男性のイメージがある。

 タケチは異国語に堪能だし、知的でちょっと神経質な印象だろうか。

 陰ながらテツゾウを支援し続け、英雄にまでしたヒダはおだやかで上品な風流人。

 配役をイメージするだけで楽しくなってくる。


 しかし、ヴァスティタ国とヒノモト国は交易が始まって所詮10年。

 噺家はなしかがヒノモト文化を理解してもらえるよう、ヴァスティタ語やヴァスティタ文化を学んで広める努力はしたが、大衆がみなを理解しているわけではなかった。

 その場で情報を補足出来る言葉の娯楽と違い、動作や空気を重要とする演劇では伝わらないことの方が多い。

 大衆にとってせぬ演劇ほどつまらないものはなく、赤字開演を望むスポンサーや興行組もないのである。


「お互いの文化がもっと浸透したら、そういう企画が上がると思います」

「物珍しさで客を釣り上げても、帰してから悪評が広まったら意味がありませんしね」

「そうですね」


 幸いエルフは寿命が長い。

 そんな日が来ることを気長に待つとしよう。


「ちなみに英雄テツゾウの血族の方はお2人居まして。

 リーダーで物静かなご老人と、視線を交わしただけで男性を魅了するようなエキゾチックな黒髪の美少女なんですよ」

「おや? 水の王国民はエルフのおかげで、整った顔立ちに耐性があるのでは?」

「え」


 好きな話の終わりが見えて、ほんの少し興奮が落ち着きを見せた瞬間。

 不意打ちの言葉がすぽんとハマって、頭が真っ白になった。

 彼の言うエルフが、ボクだと理解してしまったからだ。


「あ、いや、その……ありがとうございます」


 こちら・・・に誕生して13年。

 容姿を褒められることは少なくなかったし、普段なら簡単に受け流せたはずだった。

 求婚だって1度や2度じゃないし、南の大森林エルフィンにも婚約者候補が何人もいる。

 それなのにボクは今、生まれて初めて――。


「あなたは自分が思っているよりも、かわいらしいですよ」

「ああっ! ちょっ、やめてください!」


 視界の端で赤くなった尖った耳がらぴょこぴょこと跳ねていた。

 あまりにわかりやすい感情の表面化に驚いて、ちょうど厨房から出てきたニコさんを指差した。


「ほら! 朝食! 朝食が来ましたよ! お待ちかねの朝食です!」


 そして身にまとったサリーを引っ被ってボクは、覆いきれない感情を彼から隠すのだった。



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