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闇の眼 光の手  作者: 碧檎
第二部 闇の皇子と緋色の花嫁
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第12章―2

「とりあえず、宮へ戻りましょう」

 あたしは、まだ呆然としているシリウスに帽子をかぶせるとそう言った。

 一気に大粒の雨が髪の間にしみ込んで来る。

 彼は黙ったままで馬に乗ると、あたしに手を伸ばした。手を差し出すと、それを掴んで馬上へと強く引っ張り上げられる。

 頭に帽子がかぶせられて、視界に映る鼠色の空が半分に切り裂かれた。いつの間にか雷鳴は遠のき、少しだけ雲の色も薄くなっていた。

 触れているのは僅かな部分だけなのに、そこから体全体に熱が広がる。背中全体にシリウスを感じていた。いっそのこと抱きしめてくれたら良いのにって、そう思った。



 あたしは彼から逃げようと必死だった。だからこそ、かけられた容疑にも黙っていた。罪を被って、彼から逃げようと思っていたのだ。

 だけど冷えて固まったあたしの心を暖めて、彼の元に戻したのは――あのひとこと。


『……君を愛してる』


 * * *


 彼の気持ちは知っていたはずだった。

 でも、今まで、どんなときにでも、たとえ体を重ねている最中にでも、聞いた事が無かったその言葉。

「好きだ」と言われた事も一度きり。

 今さらずるいと思った。勝手だとも思った。でも……どうしようもなく心が揺さぶられるのを感じた。だって、その言葉はあたしが心の底から待ち望んでたものだったから。

 知っていても、聞きたい言葉だったから。

 

 そして、震えるあたしに傍で見守っていたシュルマが手渡したものは、揺れるあたしの気持ちにさらにとどめを刺すかのようだった。それは陛下からの手紙と、それに添えられた――シリウスからの手紙だった。



 スピカ殿


 シリウスの行動について、まず、謝らせてくれ。あの子が何をしたかは詳しく知らないが、あなたをひどく傷つけてしまったようだ。

 しかし、あの子を追い込んだのは全て私の指示なのだ。私は、あの子の覚悟を試す必要があった。立太子が迫っているのに、まったく危機感を持たない、あのままではいつかつぶれてしまうと思ったからだ。

 同時にあなたも試させてもらった。妃として披露されてしまえば、この先どれだけ辛くても、逃げられない。逃げるなら今のうちだと分かってもらうために、セフォネをはじめとする侍従や侍女にも少々辛く当たらせてしまった。


 ただ、今回の事はあまりにも荷が重かっただろう。私も不測の事態に驚いているところだ。

 そのことについては深く謝りたい。

 私は、あなたがやったとは思っていない。まだ調査は始めたばかりだが、すぐに犯人が見つかると思う。

 おそらくあなたには犯人は既に分かっているはずだし、協力をしてもらえば解決も早いだろう。

 しかし、イェッドとも相談したのだが、このことはシリウスが皇太子としての自覚を身につけるための、いい材料となりそうなのだ。

 あの子が、自分で考え、自分をみつめるための、材料に。


 そこで頼みがある。

 しばしの間、黙って罪を被っては貰えないか。

 シリウスはあなたのためなら、必死になるだろう。色々なものをその目で見ようとうするだろう。立太子も迫っている。どうしてもこの機会を逃したくないのだ。

 もし、シリウスの事をまだ見捨てずにいてくれるのなら、シリウスのために、この国のために、もうしばらく我慢してくれないだろうか。

 勝手な願いだとは承知している。シリウスを見放したのなら、断ってもらって構わない。その時は、すぐに解放させるよう手はずを整える。望むのであれば、国外への亡命も手伝おう。

 しかし――出来る事ならば……

 添えた手紙はシリウスが書いたものだ。これを読んで、あなたがシリウスに心を戻してくれる事を願いたい。



 それは、陛下の手紙に挟まれていた。触れたとたん、想いが流れ込んできた。あたしは、もうそれを読まなくても良かった。十分だった。便箋を開く前に、気持ちは伝わっていた。

 それでも、確認するかのようにそれを開いた。

 初めて見る彼の書く手紙は、彼らしい、繊細な文字で綴られていた。



 スピカへ


 手紙なんか書いた事が無いから……なんて書けばいいかよく分からない。

 でも、昨日も一昨日も君に会えなくて。

 君が不安になってるんじゃないかって、そう思うと、たとえへたな文章でもちゃんと伝えておいた方がいいと思ったんだ。

 ごめん。君に会いにいったけど、君を見つけられなかった。

 部屋を間違ったのかな? そんなはずは無いと思っていたんだけど。

 まだこの時期は、一人で寝るのは寒かった。君の隣で眠りたかった。


 妃候補がたくさん来ていて、君が嫌な思いをしてるんじゃないかって心配だ。

 でも、僕は、決して君を裏切らない。約束するよ。

 それだけは絶対伝えておきたかった。

 君を悲しませれば、君はきっと僕の元から離れていってしまうだろうから。


 君が隣にいない世界は僕にとって意味は無いんだ。

 君のためなら、僕は何を捨ててしまっても後悔しないと思う。

 そんな事をすれば、きっと君は怒るだろうけどね。


 君に逢いたい。

 逢って、僕の色に染めてしまいたい。

 絶対に他の誰にも渡したくない。

 僕だけのものにしてしまいたい。

 君が目の前にいると僕はきっと余裕が無くなってしまう。

 君が大事で堪らないのに、壊してしまいそうだ。

 どうかしてるよね。


 君が好きだ。言葉では伝えられないくらいに。


 シリウス


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