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闇の眼 光の手  作者: 碧檎
第二部 闇の皇子と緋色の花嫁
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第11章 最後の日

 僕は宮に戻ると、すぐに父の部屋へと向かった。

 ――しかし、父は僕に会おうとしなかった。

「お手紙を預かっております」

 部屋の前の兵が、一通の手紙を僕に渡す。

『物事の順番を間違えるな。その話は皇太子になってからだ』

 それだけだった。

 僕は、手紙を握りしめる。

 おそらく、言いたいことは伝わっている。それなら、それで良いと思った。



 部屋に戻ると、食事をとり身支度を整える。

 急いで部屋を出ようとすると、セフォネが不安そうに見上げてきた。

「皇子、もう諦められた方が。……せめて、明日お披露目される方を一応選んでおいて頂けませんか。準備がとても間に合いません」

「心配しないでくれ」

 僕はキッパリとそう言うと、セフォネを見つめる。

「明日、僕の隣に立つのはスピカだ。そうでなければ……、僕はこれからずっと一人でいい」

「なんですって! そんなこと、許されませんよ!」

「誰に許してもらうっていうんだよ。……これだけは、譲れないんだ」

 無茶を言ってるのは分かっていたけれど、今はそう答えるしかなかった。スピカ以外を隣に置く可能性なんか考えたくなかった。

 僕は、まだ何かブツブツ言っているセフォネを残すと、部屋を出る。そして、外宮へと向かった。


 ――現場をもう一度見ないと。

 とにかく、そこから始めないとどうしようもない。

 もう調査は終わっているはずだ。遺体も別のところに安置されているはず。

 僕が覗いても問題はないはずだった。

 ――と、そう思っていたのだが……甘かった。

 外宮の入り口で僕は近衛兵に早速阻まれてしまった。

「こちらの館は立ち入り禁止です」

「なんでだよ」

「グラフィアスから、誰も通すなと」

「僕でもか?」

 僕は兵を睨む。

「……皇子は特に、と」

 やはり、スピカの罪が晴れるのは都合が悪いのだろう。

 最後まで気を抜くつもりはないようだった。

 僕は兵を睨みつけたが、兵の方は、僕の方を見ずに目を逸らしたままじっとしていた。

 この間の一件について何か聞いているのかもしれない。こうなると〈あの手〉はもう使えない。

 僕は仕方なく一度退散して作戦を練ることにした。

 渡り廊下を通り、本宮へと向かう。入り口が見えたところで、ふと立ち止まった。

 目の端に映る、丸く・・本宮を取り囲む外宮を見て、ひらめいたことがあった。

 ――父が、母の部屋をあんな端に構えた理由は……

 もしかして。

 僕は渡り廊下を飛び出すと、中庭に出て、まっすぐに西の外宮へと向かう。

 突き当たったところに、外宮と外宮を結ぶ渡り廊下があった。

 そして、少し背伸びをすれば届くところに、人が一人入り込めるくらいの格子のついた小さな窓があるのに気がつく。

 格子に手をかけると、それは簡単に外れた。

 僕は窓に手をかけると腕に力を込めて体を持ち上げる。そして、そのまま渡り廊下の内側へと滑り込む。


 ……なるほどね……。

 ここからならば、ある程度力があれば簡単に入り込めそうだった。しかもほとんど人目につかない。

 つまり、父は、こうやって母の元へと通っていたということ。

 そう考えてふと可笑しくなる。

 そうだとすると、確かに母の部屋は本宮から一番近い部屋だった。父もうるさいセフォネの目を盗んで通ったのかもしれない。

 ……それで、スピカの部屋も、〈あの場所〉ということか。

『道は自分で見つけろ』

 父にそう言われている気がした。

 しかし……こういう道が存在するとなると……

 僕は疑いを抱いている複数の人物の証言を思い出す。


 グラフィアス、ヤツならば、まず、こんなところを通る必要はない。堂々と見回りをしていればいいだけで。

 女性陣は、どうだろう。彼女たちは体を持ち上げるだけの力があるとは思えない。でも……スピカだって見かけは非力に見えるけれど、意外に力はある。人は見かけによらないし。

 大体……この館に入り込めたとしても、部屋から出られないのだ。

 結局、今は考えても無駄な気がした。そこから犯人が導き出せるとは思えない。つまりシロだとしていた人間がそうでない事が分かっただけ。

 僕はとりあえず、その問題は置いておくことにした。

「……さてと」

 僕は、渡り廊下を左側に向った。立ち入り禁止という札とともにかけられた縄をくぐると、母の部屋の前に立つ。

 東側から差し込む光に照らされた廊下は、一番活気のあるはずの時間帯だというのに、嘘のように静まり返っていた。

 僕は扉を見つめて深呼吸をする。

 ――必ず、見つけてみせる。手がかりを。



 現場は未だに血痕が残っていた。

 扉を開けようとすると、部屋の前の乾いた血が足の下で滑る。

 僕はなるべく足跡を残さないよう、慎重に扉を開けると部屋の中に足を踏み入れた。

 そこは何とも言えない生臭い匂いが充満していて、思わずハンカチで鼻を押さえる。

 部屋に入りつつ僕は思い出す。

 あの時、僕はまずスピカが死んでいるんじゃないか、そう思って、動揺して。そうではないと分かったら、次は、スピカの置かれた立場に動転して。その後は「さようなら」と言われたことで打ちのめされた。

 思い返すと、まったく頭が働いていなかった。……当然か。

 

 スピカが倒れていたあたりに白く印が付けられている。僕のせいだろう、血痕が大分剥がれてしまっていて、僅かに床の木材に染み込んだ痕が残るだけだ。凶器の落ちた辺りにも同様に印がついている。

 きっと何人かは目撃しているはずだった。あの時凶器が握られていた、あの手を。

 スピカを犯人に仕立てる側にとって決定的と思えるあの場面――、あれが逆にスピカの無実を示していた。

 おそらく犯行時間が夜であったこと、それからスピカのことをよく知らなかったがためにやった失敗だ。

 遺体を調べればもっと確実になるはず――。

 その辺はあとでイェッドに頼むつもりだった。

 ともかくは……この部屋の謎だ。

 僕は部屋を右回りに歩いた。そして、まず暖炉を調べる。

 べられていた薪などは全て持ち去られていた。後には焦げた石の台が置かれているだけだ。

 下から覗き込むと小さな空がそこから見える。幅は僕が通ればぎゅうぎゅうになるくらいで、僕より体格の良い男となると……まず肩がつっかえて通れないだろうと思えた。周囲を確かめたが……煤がべっとりと張り付いていて、こすれたような痕などは何も見つからない。近衛隊の調査通りのようだ。

 ――ちがう、か。


 僕は次に窓の方へと向かう。

 厚い布に格子の影が映っていた。僕は布を持ち上げると、窓の外を調べる。

 枠を掴むと少し力を入れて揺さぶってみた。ぴくりとも動かない。

 格子の幅は頭の大きさより少し狭いくらいで、子供でさえ通ることは難しいと思えた。

 ここから逃げることは……無理だと思えた。

 ――他に、他にはないのか。

 壁側の棚を揺さぶってみても、やはり抜け道のようなものはないし、天井は打ち付けられていてやはり登れそうにない。床を調べてみても、頑丈な板が整然と並ぶだけ。

 何か見つかると思って、来たのに。……手がかりは見つかりそうにない。

 僕はベッドに腰掛けると、唯一の出口を見つめた。

 通常なら、そこから出たのだろうと、何の疑いも持たない、その扉。

 再び立ち上がり、扉を調べた。


 扉が廊下側に開くのなら、この部屋が密室になることはなかっただろう。

 しかし、扉の構造上、いくら廊下側から引っ張っても、扉の枠に遮られ、外側に開くことはない。

 ため息をつきながら、自分の足元をじっと見つめる。

 僕の足元には血痕が広がっていた。なんとなくそれを追って目線を扉まで移動する。

 そしてたどり着いた場所を見て、僕は違和感を感じた。

 そこにはエリダヌスが倒れていた痕を示す印があった。しかし……白く囲むように描かれたその下にはあるべきものが無い。

「――――ああ」

 足元からじりじりと寒気が登り出す。それなのに、頭だけが妙に熱くなっている。全身に鳥肌が立つのが分かった。

 ――ちょっと待てよ……。あの時――

「そうか。……そういうことか!! ……でも」

 ――『あの人』が、どうして……!?

 僕は、はっとした。

「そうだ、イェッドの宿題!!」

 あいつ、もしかして、知ってたんじゃないだろうな!? その上で、僕を試してたんじゃ……。

 ちらりとそんな疑いが頭の隅をよぎる。

 ああ、でも、イェッドのことだ。

『だから、早くやれって言ったでしょう』

 そう言われるのが目に見えていた。

 つくづく食えない。

 いや、……でもこれで間に合う。きっと。

 僕はあの、百枚を超えるだろうという書類の束を思い浮かべる。

 ――必ず、そこから答えが導き出せるはずだ。



 僕は急いで部屋を出る。そして先ほど通った渡り廊下に出ると、その小窓から一気に飛び降りた。

 なぜか丸裸になった垣根の小枝が腕に刺さり、小さな傷を作るけれど、もう気にしていられない。

 建物の影から飛び出し、本宮に向かおうとしたその時、後ろから声がかかる。

「皇子! まさか、現場に入られたのですか!?」

 見回りをしていたのだろう、先ほどの近衛隊の兵だった。

 僕はそれを無視すると、勢い良く走り出す。捕まってる暇なんかもう無い。

 息を切らして部屋まで突っ走ると、鍵をかけ、机の上に放置していた書類を開く。

 僕の目的、それは――ジョイア国貴族の家系図だった。


 僕はある名前を探して、必死でその厚い束をめくって行く。

 ――ない、ない!

 頁が進むにつれ焦りが募る。

「絶対にあるはずなんだ、あの名前が」

 エリダヌスとどう関わりがあるかは分からない。でも――

「あ、………あった!!」

 分厚い書類の中程。僕は、ようやく目当ての名前を探し当てた。

「……え、でも、そ、そうなのか……? 嘘だろう……」

 その名前がある家系図をしみじみと眺め、酷く納得いかない気持ちになった。しかし今はそんな場合でもない。

「これなら、十分な動機になる。『姿を見られなかった』というのも、納得できる」

 ――スピカ。僕は犯人を見つけた。……これで、君を助けられる!

 僕は立ち上がると、中程までは頭に入れたその書類を閉じる。

 外を見ると、まだ日は高かった。

 ――時間は十分だ。きっと何とかなる。

 僕はここ二、三日で初めて、少しだけ心に余裕を感じた。

 その時、扉が叩かれる音がして、僕ははっとする。

 ――近衛兵か? さっきのことで?

 そう警戒したけれど、扉を少し開けると、そこにはイェッドが立っていた。

「なんだ、イェッドか」

 むっつりと頭を下げると、イェッドは部屋に入ってくる。

「なんだか外が騒ぎになっていましたよ、あの――」

 彼が続けて何か言おうとするのを僕は遮った。

「ああ……。それより、犯人が分かったんだ!!」

 興奮を抑えられずに、イェッドに訴える。

 しかし、彼は特に感動を見せずに、いつもどおり冷静に答えた。

「ああ。ということは、やっと宿題を済ませたんですね」

「やっぱり知ってたな」

「いいえ? ただ、手がかりはあの中にあるだろうということだけは、なんとなく」

「……聞かないのか? 犯人」

 ――なんだ、この緊張感の無さは。そんな些細なことじゃないはずなのに……

 僕は怪訝に思い、尋ねた。

「いえ。あとでどうせ分かりますし。……それより、宿題は全部終わったのでしょうね?」

 ――しつこい。

 相変わらず、こいつは何を言ってるんだ。

「それどころじゃないから、後でやる」

 イェッドはなぜか嫌そうな顔をする。

「間に合うのですか?」

「半分はやってあるし」

「……半分、ね」

 不機嫌そうに、イェッドはため息をつく。

「そうですか。……まあ、いいでしょう」

「なんだよ、その言い方。……はっきり言ってくれよ」

 なんだか腹が立って来た。

 スピカを救えるっていう、逸る気持ちがどんどん萎んで行く気がする。

「やらなければならないことは、ご自分で分かっていらっしゃるのでしょう? 私が口出しすることでもないので」

 確かにそれはそうだ。

 イェッドは……自分の仕事をしようとしているだけなのかもしれない。

 この一連の事件は……僕の事件だ。彼のものではないのだから。

 僕は、無意識に、イェッドがやって当たり前だと思っていたのかもしれない。

 助けてもらっていることを忘れてはいけなかった。


「あ、そうだ。イェッド。頼みがあるんだった」

 僕は気を取り直すと、彼に、エリダヌスの致命傷となった傷について尋ねた。

「……そうですよ」

 彼は淡々と頷いた。

「じゃあ、そっちの方から、近衛隊に進言しておいてくれないかな。僕は犯人に会ってくるから」

「私は丁度そちらに用事もありますし、いいですけれど。――皇子は、お一人で、ですか? 危険は無いのでしょうか? 近衛隊にお任せになっては?」

「うん……でも少し確かめたいことがあって。まあ、一人にはならないだろうし……でも、そうだな。レグルスに一言言っておいてもらってもいいか?」

 イェッドは頷くと、部屋を出て行った。

 僕はその背中を見送ると、続いて部屋を出る。

 ――なんだか、つい最近、こんな気持ちになったことがあったな。

 あれは……そうか。后妃に罪を問いに行った時だった。

 あの時僕は、そう、今みたいに自信満々で、これで全て終わると思っていた。

 でも結局は、影でルティに出し抜かれていて、スピカを自分の記憶ごと失うところだった。

 ――今度は……間違ってないよな?

 急激に不安が押し寄せる。

 さっきのイェッドの態度もやはり少し引っかかっていた。

 でも、あの密室の仕掛けと犯人は間違っていないはずだ。それだけは確信があった。

 ――大丈夫だ。今度はきっと。

 僕は自分にそう言い聞かせると、ある部屋に向かって歩き出した。

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