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闇の眼 光の手  作者: 碧檎
第一部 闇の皇子と世界の始まり
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第1章―7 相反する力

『私も最初聞いた時は疑ったわ。でも、あの子の母親に聞いて、私たちの闇の力と通じるものがあったし、本当の事だと思ったの。

 スピカの力って、もともと外に向かって発散させないといけない性質のものなのですって。私たちの闇の力は逆で引き込むものだから、相反するものね。

 属性の無い普通の人間だと、吸収できる容量が極端に少ないの。だからすぐにその強烈さに参ってしまうそうなの。特にあの子の力は母親より強いみたいで……。

 だけど闇の属性を持つあなたなら、いくらでも受け入れる事が出来る。そして受け入れる事であなたも安定する。一石二鳥って言ったのはそう言う意味よ。

 ……そういう風に手を握っているのでも力は移動するけれど、どうしても移動量が少ないから……。

 一番いいのは肌を重ねることなのですって。彼女達は私たちが鏡で制御するのとは違って、成人と同時にそういう儀式をする必要があるんですって。あ、そんなボーゼンとした顔しないの。ちゃんと知ってるのでしょう? さすがに儀式の詳しい方法は聞いていないけれど、そうやって一度に力を移動することが出来れば、自分の力の容量が分かって、それ以降、力の制御が出来るようになるらしいのよ。ほら、なんて言えばいいのかしら? 例えば、貴方の顔をひっぱたくとしても自分の力の強さを知らないと加減できないけれど、知ってたら加減できるじゃない? そんな感じ。いやね、顔を庇わないでよ。本当にはひっぱたかないわよ。

 分かったかしら? ……スピカを救うのであれば、そういう相手はあなたしかいないの。だって、アルフォンスス家の血を引く男児はあなた以外にいないんですもの。

 あ、嘘だと思ってるわね! 嘘じゃないわよ。あの子の母親、幼いあなたを見てスピカをうらやましがってたんだから。私もそういう相手がいれば苦労しなかったのにって、こっそり言ってたもの――』


 夕立のように激しい叔母のおしゃべりは、レグルスの怒りで遮られた。レグルスはひた隠しにしていた情報を、一番聞かせたくなかったであろう僕にバラされたことに切れて、叔母をののしり出したのだ。

 僕も反応に困った。つまり、それは、僕がスピカを――。

 想像しかけて慌てて頭を振った。

 叔母は楽観的に考えているようだったけれど、僕らの間にはいろいろ問題がありすぎる。

 僕が皇太子だということ、スピカが髪を切り少年として生きる決意をしていること、レグルスのこと。

 しかしおそらく一番大きいのは僕の抱えた傷と、スピカの心を読む力だった。


 僕は相変わらず、あの闇が怖くて仕方なかった。

 それに僕にはあの傷を誰にも曝すことは出来なかった。

 もし彼女と肌を重ねれば、確実にあの傷を彼女が知ることになるだろう。

 今の僕には、どう考えても、そんなことはとてもできそうになかった。



 僕は喧嘩の雨の中から逃げ出し、自室で横になっていた。

 鬱々と考え込んでいると、部屋のドアがノックされ、レグルスが顔をのぞかせた。

「シリウス、ちょっといいでしょうか」

 僕は黙って頷き、レグルスは、部屋に入ってくると、ソファに身を沈めた。

 彼の重みでギシとソファが唸る。

「スピカのこと……どうするのですか」

 いきなりの直球の質問で、僕は戸惑ったが、結局うなだれて言った。

「……僕には無理だ」

「そうですか。……スピカはこのままではかわいそうだとは、私も思います。

 でも、あの子は15歳です。まだ早すぎるし、そういう成り行きでそんなことはしてほしくない。あの子にはちゃんとした恋愛をして欲しいし、普通に幸せになって欲しい。それに、万が一にもあなたが相手というのは、あまりに重い人生を歩ませることになるような気がして……。

 すみません、親の勝手でこんなこと」

 僕が黙って頷くと、レグルスは少々ほっとした様子で、立ち上がったが、ふと何かを思い出したようで、苦い顔をした。

「あの……スピカに『正式名』を教えたことですけど……。あれは子供の遊びみたいなものですよね?」

「……遊びではなかった。そういう意味でもなかったけど。僕はスーが大事だったから教えたんだ」

 レグルスがなんとなく遊びだったと言って欲しがっているのは分かったが、僕はごまかさずに答えた。

 なぜかごまかしたくなかった。

 どうやら僕にとってスピカが大事というのは今も変わらないようだった。

「そうですか……。それでは、やはりスピカは私とともにあなたに一生お仕えすることになりそうです……。ただし、側近としてですが」

「嫌か? 嫌でも取り消せないけど」

「嫌な訳無いでしょう。あなたは私の子供のようなものですよ。スピカ同様に大事に思っています。……スピカを妃として迎えるのなら反対しますが、そうでなければ、あの子もそれなりの幸せを掴めるでしょう」

 僕はその限定的な拒絶に驚き、尋ねずにはいられなかった。

「ねえ、どうしてそんなに妃にすることをいやがるんだ? 普通は逆だろう。后妃だよ? 皆、その座を狙っているんだ。……もし僕が彼女を本気で愛することになったとしても、それでもだめなのか?」

「……后妃になって不幸になった人間を知っているからですよ。……あなたの母上みたいに」

 レグルスは顔に影を作ってうつむいたまま答えた。

 まさか……。

 僕は叔母の話を思い出した。

「母の好きだった人って、レグルス、君なのか」

「……違います。私たちはいい友人でした。それでも……私はスピカを彼女みたいな目にあわせるのは絶対に嫌なのですよ」

 ようやく分かった。

 レグルスは母が嫁ぎ先で死んだこと、それが事故でも病気でもなかったこと。それをものすごく悔やんでいるのだ。

 だから。


「わかった。スピカを妃に迎えたいなどとは言わない」

 僕は心の隅が、針で刺したようにちくりと痛むのを感じたが、今はあまりに小さな痛みだった。

 後々、この言葉を後悔することになるとは、今の僕には予想もつかなかった。


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