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闇の眼 光の手  作者: 碧檎
第二部 闇の皇子と緋色の花嫁
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第7章 背水の陣―1

 僕は、その晩、叔母とレグルスを部屋に呼び出した。

 一人でなんとかしようと色々と考えてみたのだが、考えが空回りするだけでまったくまとまらないのだ。

 意見を聞いてみたかった。


「スピカがやるわけはありません」

 レグルスはむっつりとそう言い、

「スピカなら……やるかもしれないわ。……前、スピカは言ってたもの。『后妃のようになったらどうしよう』って」

 叔母は悲しそうにそう言った。


「……スピカはやってないんだ」

 僕はため息をつきつつ、犯行時刻にスピカと一緒だったことを二人に伝えた。

 レグルスは一気に不機嫌になったけれど、さすがに何をしていたかなんて聞くことはなかった。

 鋭い叔母は、僕の様子から何か言いたげにするけれど、触ると爆発しそうなレグルスをちらりと見て結局口をつぐんだ。

 詳細をもし彼が知れば、協力なんて一気に見込めなくなる。というか、それどころではない。僕の命はないだろう。僕がレグルスでもそうする。

「でも……殺害現場の状況を考えると……」

 叔母が心配そうに僕を見る。

 そうなのだ。まずはその問題がある。

 僕は最初に確認したのだ。――部屋にはスピカ以外誰もいなかったことを。

 そして、部屋の入り口はエリダヌスの体が蓋をしていた。それもこの目で見ていたのだった。だからこそ、混乱する。あの状況では、スピカ以外に犯行が可能な人間なんていないのではないだろうか……と。

 そう思うと、あの晩一緒に居たのがスピカではなかったのではないか、そんな疑いまで抱いてしまう。

 部屋に入った時は確かに彼女の手を掴んでいたし、ひと月ぶりだとはいえ、しっかりと覚えがあった。

 でも――あれが夢だったら……どこかそう思う僕がいた。

 あんな風に彼女を傷つけたことが全部夢であればいい、そう思わずに居られなかった。

 現実逃避としか言いようがないけれど。

 第一、今朝のスピカのあの瞳を思い出せば、あれが夢でないことなんて分かりきっている。

 そんな風に逃げてはいけなかった。

 

「なんだかひっかかるんだ」

 僕は現場を思い出していた。

 混乱していて記憶がかなり不確かなのだけれど、妙な違和感があったことだけは覚えている。

 ひどく重要な気がするのにそれが何なのか……思い出せなくて、気になっていた。

「……ともかく、スピカはやっていないのですから、他にやった人間がいるのでしょう。そいつを探し出さないことには、スピカの刑は確定してしまいます。……裁判自体はひと月ほど先でしょうけれど……疑いを晴らさない限り、式には出ることが出来ません」

 レグルスが僕をしっかりと見据えて言った。

「立太子の儀まで、実質三日。それまでに、真犯人を挙げられますか?」

 三日。

 指折り数えて待っていたその日が、ひどく近く感じて焦る。

 それまでにスピカの疑いを晴らさなければ……僕は、スピカを妃に迎えることは出来ない。

 この儀式を逃せば、スピカを妃に迎えるチャンスは二度とない。妃として迎えないのであれば、傍に置くだけであれば……可能だけれど……

「もし、スピカが儀式に出られないようなこととなれば、その後疑いが晴れようが、私は、スピカを連れて、この国を出ます」

 きっぱりした声に顔を上げると、レグルスがその目に鋭い光を浮かべて僕を見据えていた。

 僕は後頭部をひどく打ち付けたような衝撃を受ける。

 ――甘えが顔に出たのかもしれなかった。

「傍に置くことは、許しません。約束でしょう?」


『スピカを正妃とするだけの意思があるのなら、私はあなたを認めましょう』


 昔聞いた、僕の覚悟を問う言葉が今更胸に迫って来た。

「……分かっている」

 僕は唇を噛み締めた。

 どこまで甘いんだ。一瞬でも、逃げ道を探そうとした自分に嫌気がさす。

 僕は彼女を正妃にする。それしか彼女を手に入れる手だてはない。

「何が何でも、やってみせる」

 僕はレグルスを見つめると、自分に言い聞かせるように低く呟いた。



 燭台の縮んだ蝋燭がふいに明るさを失い、三人の影の大きさを変える。

 皆それぞれの思惑に沈み込み、部屋には重たい沈黙が漂っていた。

「スピカは……嵌められのではないかと思うのです」

 やがてレグルスが髭を軽くさすりながら、静かに口を開く。

「どういうこと?」

「……スピカとエリダヌス様が同時に邪魔だと思うのであれば……今回の件はうってつけでしょう? スピカに関しては、とにかく式に出られなくすればそれで済む話ですし……」

 つまり彼が疑っているのは……

「他の妃候補が怪しいと?」

 シェリア、タニア、アリエス王女……

 会ったことのないタニア以外の二人の顔を思い浮かべる。……とてもそんなことが出来るようには見えなかった。

「その家族も怪しいわ」

 叔母が手に持った扇をぱちんと閉じると口を挟んだ。

「もともと、南部の人間と北部の人間は仲が悪いし、あのメサルチムもこのごろ拠り所をなくして切羽詰まっているから……やりかねないわ。……ティフォン国としても、ただの平民に妃の座を奪われるのは面白くないでしょうし……」

 スピカとエリダヌスが邪魔な人間、か。それだけでもかなりの人間が当てはまりそうだった。

「本当にそれだけかな……」

 しかし僕は、なんとなく先ほどのグラフィアスの話が心に引っかかっていた。

「……スピカは危害を加えられなかった……。それに意味がないかな? ……被害者がスピカでエリダヌスが加害者という結果もあり得たと思わない?」

 そんな結果は想像するのも嫌だけれど。

「何を言われたいのです?」

 怪訝そうにレグルスが僕を見つめた。

「レグルスは、知ってた? スピカが近衛隊のグラフィアスに好意を寄せられてたこと」

 さっきのことを思い出して、不愉快になりつつも尋ねる。

「ああ……あいつですか。こんなこと皇子の前で言うのもなんですが……近衛隊のやつは、大抵がスピカのことを狙っていましたよ。私が父親とも知らずに、目の前でよく話してましたから。……手を出そうとするヤツは闇討ちしてましたけどね」

「……」

 少し誇らしげに言うレグルスに、僕と叔母は目を見合わせてため息をつく。

 うん。……僕は相当に幸運なのかもしれない。

「グラフィアスが言ってた。……今回のこと、スピカに好意を寄せてるヤツにとっては凄いチャンスなんだと」

「あいつがそんなことを。確かにアイツは他のヤツより熱心だったかもしれませんね。浮ついた感じではありませんでした。――そうですね。皇子の立場では、犯罪者は側に置けませんし……ヤツらにとっては、一番安全にスピカを手に入れる方法かもしれません。もしそうだとすると、何が何でもスピカの刑を確定させようと躍起になるでしょう。面倒ですね」

 迷惑そうに顔をしかめるとレグルスは言う。

「スピカが邪魔な人間か、それともスピカが欲しい人間か……」

 そう呟いて、僕は、ふとあることを思い出す。

 スピカを欲しがっている人間……。心当たりがありすぎる人間がいた。

「ねえ、今この宮にいる人間の身元は、しっかりと調べられてるよね?」

 レグルスは僕が何を言いたいのか察したらしい。一瞬で表情を厳しく引き締める。

「前回のことがありますから、すべて一応審査されているはずです」

「そうか。……念のため、もう一度洗い直すことって出来るかな?」

 もし、アイツが絡んでいるとしたら……

「時間がかかりますが、やってみます。あと警備の強化も出来る限り。……私は今回表立って協力は出来そうにないので」

 苦しそうに息を吐くと、レグルスはそう言った。

 近衛隊長としてなら、捜査に加わることも出来るのだろうけれど……今回は、彼の行動はかなり制限されていた。

「私は、侍女の方から出来る限り探ってみるから」

 叔母が悲しそうに言う。

 叔母としてもこの宮でそんなに力を持っているわけではない。やれることは限られていた。

 僕が動くしかなかった。

「皇子は、イェッドに協力を頼んで下さい。あいつは使えるはずです。ただ……性格に難がありますが……」

「どういう知り合いなんだ?」

 不思議だった。今までに一度も話に出て来たことがなかったのだ。

 レグルスは頭を掻きながら言いにくそうに口を開く。

「アイツは……私が駆け出しの頃、同じ騎士団にいたのです。専属の軍医として。昔からあんな感じで……悪いヤツではないんですけど」

 確かに、あんな風に思ったことをそのまま口に出してしまうのであれば……敵も多かっただろう。

 それにしても、レグルスがこんなに苦手そうにするのも珍しかった。

 それだけくせ者ということか……。

 気が重いけれど協力者が少ない今、選んでなんかいられない。

「明日、声をかけてみる」

 ただでさえ時間がないのだ。使えるものは何でも使うつもりだった。


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