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闇の眼 光の手  作者: 碧檎
第一部 闇の皇子と世界の始まり
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第1章―5 父と母の過去

 ***


 あれは、冬の寒い日のことだった。

 朝から、私はひどい熱を出していて、姉のリゲルはずっとつきっきりで看病をしてくれていた。

 アルフォンスス家は、貴族とは名ばかりのひどく貧しい家だったから雇える使用人も少なくって、彼らは日々の家事だけで精一杯。

 そんな非常時は、娘であっても看病くらいはこなさねばならなかった。


 たらいにくんだ水もすぐにぬるく暖まり、姉は何度も何度も水を替えに行っていた。

 その日は両親に、私も姉も「絶対に家の外に出るな」と言われていた。そういう事はよくあって、いつも通り、渋々ながら頷いていた。でも、瓶にためていた水も底をついて、姉は仕方なく外へと水を汲みに出た。

 私は姉の後を追いかけた。体は重かったけれど、なんだか胸が騒いで仕方なかったから。


 その日は広場で催しがあると聞いていた。広場は家のすぐ前で、朝から何か騒がしいなって思っていた。

 何気なく広場を覗くと、村の住人ではない大勢の人が広場の中心のある人物に向かって視線を注いでいて。

 その人物は服装から、高い身分の男性だと伺えた。姉は好奇心からか、水をくんだ後、その場に少しとどまっていた。

 なんだか嫌な予感がした。そしてそれは当たった。


 直後、男が体を震わせたかと思うと、姉に視線を定めた。

 男は一気に魂を抜かれたような表情になって。姉は慌てて家の中に逃げ込もうとした。でも、間に合わなかった。

「待て」

 通る声が広場に響いて、姉は扉の前で立ち止まった。私は扉の影で祈ってた。

 姉が後ろを振り向くと、広場の中心に居た男がすぐ間近まで迫ってきていた。

 褐色の髪に、同色の瞳をした切れ長の目。まだあどけなさがわずかに残る端正な顔立ち。……いい男だった。


 男に免疫が無かったからかしら。姉は彼から目をそらすことが出来なかった。

 彼の方は相も変わらず魂を抜かれたような顔をしていて、姉から視線を外すことが出来ないようだった。

 父も母も騒ぎを知って、おろおろした表情で後ろから駆け寄ってきた。

「あれほど出るなと言ったのに……!」

 母は悲しげな顔をして姉を叱った。

「お母様、この方は……」

「……皇太子様よ」

 姉は一気に真っ青になり、雪のつもった地面に膝を折ると、頭を足れた。私も、もちろん真っ青だった。震えが止まらなかった。

「失礼をして本当に申し訳ありません」

 姉は必死で詫びた。

 皇太子様は夢から覚めたような顔になって、足下の姉を見下ろしていた。

「そなたは……」

「リゲル・アルフォンススと申します」

 姉が視線を戻すと、やはり皇太子様は吸い寄せられるように視線を絡ませた。そして彼は姉の手を取って、彼女を立ち上がらせた。そこまで来て、私にもようやく分かった。私たちの力について。両親が外に出るなと言った意味も。

「私は……」

「だめ!!」

 母が思わず叫んだけれど、その声に重なるように彼の声が響いた。

「シドゥス・ファウストゥム・レギス・ジョイアだ」

 母はその場に崩れ落ちるように跪いた。

 姉が立ち尽くすと、父が姉の側に寄って、姉の手を取る。

 その瞳には悲しそうな光がきらめいていた。父は姉の手を優しく撫でた。

「お前は……皇宮に行くことになった」

 父は姉に静かに告げた。

「どういうこと……」

 姉は父と皇太子様の顔を見比べ、戸惑った様子だった。

「皇子の『正式な』名を皇子の口から直接聞いたろう……。それは、求婚を意味するんだよ」

「求婚」

 姉は驚愕して目の前の青年を見つめた。

「何かの間違いでは……今さっきお会いしたばかりなのに」

「間違いではない。私は長い間そなたを探していた気がする。そなたを妃にする」

「そんな」

 父は姉に口を閉じるように言うと、皇太子様に向かい合い、膝を折った。

「ものを知らない娘ですが、どうぞ、よろしくお願いいたします」

 父のその態度を見て、断れないのだと悟った。


 彼らが恐れていたのは、この事態だった。

 その晩、私と姉は両親と長い話をした。

「もっと早く話していれば……こんなことにはならなかったかもしれないが、今更悔いても仕方ない。リゲルは、年明けには都へと出向くだろう。その前に伝えておかなければならないことがある」

 父は辛そうに語り続けた。

「お前の母もそうだったが、うちの家の血を持つ女性は、というより、アルフォンススの家系は代々女系でな。男児はほとんど生まれない。それで私のように婿入りをして、家を守ってきたのだが、生まれる女性は例外無くある力を持つんだ。人を惹き付ける力を。成人前は特にコントロールできないものだから、極力外に出ないように、家の中で育てるのだ。リゲルは15歳。ヴェガは14歳。あと少しだったのだが……」

 父はがっくりと肩を落とすと、その白くなった頭をかきむしった。

「16になったら、『鏡』で自分の力を封じ込める練習をするの。私もそうして力を抑えることが出来るようになったのよ」

 母が父の背中をさすりながら言った。その表情は今朝と比べると10歳も老けて見えた。

「この力は抑えられずにいると、周りが不幸になるの。もちろんあなたたち自身もね。……ふつうの幸せを手にしてほしかったのに」

 母が泣き出し、父も嗚咽を漏らすのを必死で堪えていた。

 姉は言った。

「……お父様もお母様もどうなさったの。せっかくわたくし后妃になれるというのに。……大丈夫よ、私、きっと幸せになる」

 わざとのように明るく彼女は言うと、微笑んだ。

「お姉様……私のために、ごめんなさい」

 謝罪の言葉は涙とともにようやく言葉になった。私はひどく責任を感じていた。自分のために姉は外に出たのだから。

「お姉様、好きな方と結婚できなくなってしまった……」

「あら、これから彼を好きになればいいじゃない。……良かったわ、とてもハンサムだったし」

 姉はきれいな笑顔で元気よく言った。姉は私の事を気遣っていた。それが痛いほど分かって、涙が止まらなかった。

「だって、あの人は」

「……彼のことは何とも思っていない。友達ですもの。いやだ、そんな風に思っていたの。違うわよ」

 そんなの嘘だと思った。私は知っていたから。

 姉は『彼』が好きだった。そして、『彼』も姉を好きだった。どちらも想いを決して表に出しはしなかったけれど、私は勘がいいのだ。

 姉は待っていた。『彼』が姉を娶れるだけの地位を手に入れるのを。彼は、もう少しでそれを手に入れる事が出来たというのに。


 ――私のせいだ。二人を引き裂いてしまうなんて――


 私は、彼らにどう謝罪していいか、分からなかった。


 ***

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