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闇の眼 光の手  作者: 碧檎
第一部 闇の皇子と世界の始まり
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第8章―1 一筋の光

 寒い――寒い……。

 もう手足の感覚がまるでなかった。

 ひょっとしたら凍傷になっているかもしれない。


 目に映るのは冬でも葉を落とさない背の高い木々。足に絡み付く、枯れた枝、腐った土、それから、雪、雪、雪――。

 あたしはその場所から、少しも動くことが出来なかった。


 *



 ここは、ジョイアとアウストラリスの国境にある山の中。

 あたしはなんとか昨晩のうちにムフリッドを抜け、明け方にその峠に差し掛かっていた。走り続けてもう足がガクガク。でも立ち止まったら、凍えて死にそうだったから、あたしはまだ走り続けていた。国境を越えれば何とかなる。そう自分に言い聞かせてた。

 でも、――峠の関所を通る訳にはいかない。関所が見えて、そのことに初めて気がついたのだ。

 あたしは身分を証明できるようなものを何一つ持っていなかった。関所を通れば、必ず足止めを食らう。そうなる訳にはいかなかった。


 あたしはそれで、山の中を行くことにしたのだ。

 関所へと向かう道の脇を、道に沿って山沿いにひたすら進んだ。

 山はさすがにこの時期雪が深いけれど、冬も葉を落とさない木々に遮られ、地面の雪は膝までの高さまでしか積もっていない。

 でも、誰も踏み固めていないその雪に足を取られ、なかなか思うように前へ進めなかった。

 あたしは道を見失わないよう、木々の中をひたすらジョイアに向かって歩いた。


 そうして太陽が頭の上に輝き、目の前に関所が見えてきた頃、下の道がにわかに騒がしくなる。

 見下ろすとアウストラリスの兵が集団で関所に詰めかけていた。


 何事かしら。

 あたしは木の陰から、息をひそめてその様子を見つめていたけれど、ふとその中に赤い髪の背の高い男を見つけてぎょっとした。

 ――ルティだ!

 思わずその場にしゃがみ込む。

 こんなに早くここまで追いかけてくるなんて――

 あたしは、朝までは誰にも見つからないと思っていたので、驚いた。

 ……ルティ、ま、まさか夜這でもかけようとしたのかしら………。あいつなら、あり得るわ。

 あたしは想像して冷や汗をかく。昨晩出発したのは大正解だったのかもしれない。


 下手に動くと見つかりそうで、あたしはかがみ込んだまま、這うように前へと進む。

 防水されていない服にじわじわと水分がしみ込んでくる。

 体温が奪われるのを感じ、あたしは焦った。


 ――進まなきゃ。

 

 あたしは、体が冷えるのと同時に、自分の命が縮んでいるのを感じていた。

 それでも、もう、シトゥラに連れ戻されるのだけはごめんだった。

 

 *


 しかし、数刻後、関所を横目に通り過ぎ、それが遠く見えなくなる頃には、手足の感覚が無くなり、あたしは前に進めなくなった。

 ジョイアは東。つまり明るい空を背に進めば間違いないはず。幸い空は晴れている、見失う事は無い――そう自分を励まして進んで来ていたというのに、森が深まるにつれて、太陽はほとんど見えなくなり、もう自分がどこにいるのかさえ分からなかった。

 その上、雪の中に半身が埋もれ、どうにもならない。


 あたしは、観念して、仰向けになると、体の力を抜いた。

 ……もう駄目だ。こんなに埋もれていては、誰も見つけてくれない。

 あぁ……せめて最後に一目、シリウスの顔を見たかったな……。

 うっそうと茂る木々の隙間から差し込む一筋の光を見つめて、あたしはそう思った。

 それは、闇夜に光る彼の名をした星のようで、あたしは彼を思い出さずにはいられなかった。

 あたしは、心のどこかで、期待していた。彼が、あたしを追ってアウストラリスに来てくれることを。

 でもそれは幻想にすぎなかった。


 あたしって、こんなに弱かったかしら……。

 シリウスに出会って、少しずつだけど、彼に寄りかかるようになってしまったのかもしれない。

 彼を守るつもりが、守られたいと思うようになってしまった。

 あたしは、静かに空に向かって笑った。

 ……なんてむなしいんだろう。こんな……こんな風に何も報われないまま死んでいくなんて。

 あたしの望みなんて、本当はたった一つ。あの木漏れ日のように光り輝くシリウスの笑顔を見ることだけだったのに。

 それさえもう叶わないまま……。


 手を伸ばせば手に入りそうに思えて、欲張りすぎたのかもしれない。

 彼の一番近くにいたい、独り占めしたい。

 これは、きっとそんなわがままが増えた罰。

 

 それでも、……あたしはまた望んでしまうだろう。

 何度同じ事を繰り返しても、きっとそう望んでしまう。

 あたしは、彼が好き。彼をあきらめるなんて………そんなこと、無理なんだ。


「シリウス………」


 あたしはそうつぶやくと、かろうじて保っていた意識の糸を手放した。


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