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闇の眼 光の手  作者: 碧檎
第一部 闇の皇子と世界の始まり
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第7章―4 仮面の裏で

 僕たちはしばし黙り込む。じっとしていると、身体が重い事に気が付いた。随分疲れている。傍にあった石の壁に寄りかかると、背中からみるみるうちに体温が奪われる。

 その冷たさで、ふと暖炉の薪が燃え尽きようとしているのに気がつき、部屋の隅に積んであった薪を暖炉に放り込む。炭が乾いた音を立てた。

「ねえ、ここから出られないかな」

 次第に焦りだしていた。

 こんなところでじっとしているなんて、頭がおかしくなりそうだ。

「私はともかく……あなたは明日の朝までは無理よ。表には見張りが居るし、この部屋には窓があの1つしか無いの……。暖炉から隣の部屋に移ってもそれは同じだし」

「隣?」

「隣とこの部屋は暖炉を通じて繋がってるの。――ほら、よく見て。格子があるでしょう? あれ、実は外れるの。ここの地下には三部屋あってね、ラナの旦那さんだっけ? 彼は隣にいないみたいだから、廊下を挟んで反対側の部屋に居ると思うわ。あちらだったら、まだ何とかなったんだけどね」

「……ここってこの家の住人が入るようなところには思えないんだけど。外側から鍵がかかる部屋なんて……なんていうか、牢みたいだし。中に入る事なんて無いだろう? なんでそんなに詳しいんだ?」

 僕は純粋に不思議に思い尋ねる。

 メイサは一瞬言葉に詰まったけれど、やがてその顔に曖昧な笑顔を浮かべて言った。

「昔ね、ここから逃げようとした事があったから」

「……逃げる?」

 不穏なものを感じ、僕はおそるおそる続きを促す。

「この部屋、何のためにあると思う?」

「……」

 僕は部屋の様子を改めて観察する。

 部屋の広さは普通だが、牢にしては造りが上等すぎた。

 特記すべきはその寝台の広さと造りの丁寧さ。寝具もよく見るとかなり上質な綿で織られていて、端には金糸で刺繍まで入っている。こんな部屋には勿体ないような代物だった。

「私が送り込まれた理由分かってるでしょう?」

 ……まさか。

 僕は答が予想できて、息を呑む。

「――ここ、シトゥラの娘の儀式をするための部屋よ」

 メイサは、無表情で淡々と話していた。

「……五年くらい前かしら。私が15歳、ルティが14歳の頃だった。おばあさまは私を少しでも『使える』娘にしようと思ったの。それで、一時的にジョイアから戻ってきていたルティと叔父――つまり私の実父、を相手に私は儀式をさせられかけたわ。あの時のこと、私、絶対忘れられない」

 あまりに酷い話に、僕は耳を塞ぎたくなる。自分の過去と重ねると余計にだった。

 ……ひょっとしたら、彼女は僕に何か自分と通じるものを感じているのかもしれない。だから――

 メイサは今にも壊れてしまいそうなくらい儚げで、僕は彼女の話を聞かなければならない気になっていた。

「そのときに、知ったの。叔父が父だって。……父は絶対に嫌だと言って、そうするくらいなら死ぬと言っておばあさまに訴えた。それで、ルティだけがこの部屋に残されたの。彼は、義務感から必死で訓練をこなそうとしたわ。しかも私を傷つけないようにって。あの子、優しいから。――でも、それは14歳の男の子には無理だった。閉じ込められているうちに、彼は最後には理性を失った。そして、それ以降の儀式を放棄してここから逃げたのよ」

 ルティが儀式について話す時に辛そうだったのはそのせいだったのか。

 僕は、心底驚いていた。それと同時に、彼が僕の過去を聞いてもそんなに驚かなかいのにも納得いった。

 14歳。僕もあんな目に遭ったのは14歳だった。

 ルティの仮面の裏に隠れた、本当の顔が垣間見れたように感じた。

 ……だからといって、彼のやっていることを許そうとは思えなかったけれど。


「もちろん私だって嫌だった。けれど、あの時のルティがどうしても忘れられないの。でも、彼が私をそういう対象としてみることは、もう無いでしょうね。多分、あの時に、彼は決定的にねじ曲がってしまったんだから」

 メイサはそう呟くと、その大きな瞳からボタボタと涙を落とした。

「だから私、おばあさま……というよりシトゥラを許せないの。どうしても」

 彼女はきっと顔を上げると、潤んだままの瞳で鋭く僕を見つめた。

「私がこんな話をしてるのは、あなたに協力したいから。スピカをジョイアに連れて帰って欲しい。なんとしても。彼女さえいなければ、シトゥラはもう力を保つことが出来ず、崩壊するわ」



 僕は、メイサの協力を受けることにした。

 正直に言うと、ありがたかった。僕たちがシトゥラについて知っていることは本当に少なく、そのせいで今僕たちはこんな目に遭っているのだ。

 僕は彼女から、シトゥラについて彼女が知っている限りの話を聞くと、暖炉の火を叩いて消し、隣室へと移動した。

 だって――さすがに、一晩中一緒にいるのはまずい。

 まるで姉のような彼女が相手なら理性を保つ自信はあったけれど、せっかく隣室に移動できる手段があるのなら、それは利用しておきたかった。

 何も無かったとしても、誤解をされるのは間違いない。レグルスは疑うだろう。想像つかないけれど、スピカも怒るに決まっている。

 立場が逆ならば――……好きな女の子が、誰か他の男と一晩同じ部屋で過ごすなんて……何も無かったと知っても、嫌だし。


 僕は煤だらけになりながら、レンガで出来た暖炉をくぐると、隣室に移動する。

 隣と左右対称になっただけのその部屋は、メイサが言う通り、扉以外にどこにも出口は見当たらなかった。

 僕はため息をつくと、煤を軽く払ってベッドへ潜り込む。そして自分に強く言い聞かせながら、目を閉じた。


 ――今はじたばたしても仕方が無い。

 すべては、ここを出してもらってからだ。


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