表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇の眼 光の手  作者: 碧檎
第一部 闇の皇子と世界の始まり
43/124

第6章―6 感覚と記憶

「――記憶を壊したくない時。注意するべきは、『自分の心をしっかり持つこと』だ。おぬしは幼い頃から人の気持ちが流れ込むことに慣れているだろう? その流れ込むものに流されないようにすること。何でもよい。自分が自分である事を忘れないような何かを、強く心の中に思い浮かべればいい。それがコツだ。最初からうまくは行かないだろうが、自分を見失いさえしなければ、もうおぬしは力の量をうまく調節できるはずだ。ルティなら、記憶がなくなる心配はない。少々の事では動揺しなくなるように、せいぜい励め」

 カーラは淡々と説明を始めていた。

 しかし、あたしの耳には半分以上届いて来ない。

 ルティや、カーラに対する怒りで、今までの無気力が吹き飛んだ気がした。


 あたしはもう何が何でも逃げることを心に決めていた。――だけど、その前にどうしても聞いておきたいことがあった。

 あたしはカーラの言葉を遮って聞いた。


「……あの。壊れた記憶を元に戻す方法は?」

「うむ? ……そんなものは無いぞ」

 今初めて聞いたというような表情でカーラは答えた。

「え?」

 あたしは思わずルティを見上げた。

「……記憶を戻せるというのは嘘だ」

「どうして、そんな嘘!」

 あたしはかっと頭に血が上って、ルティに詰め寄る。

「知ってたら、君はシリウスと寝なかったろう? だいたい、恋敵にそんなに親切にしてやる謂れは無い。……手段を選んでいるほど余裕も無かったしね」

 ルティが平然と答え、あたしが愕然としていると、カーラがぼそぼそと補足してくれた。

「記憶は消えはせんのだよ。ただ心の奥深くに潜り込んで、思い出せなくなるだけだ。きっかけさえあれば、思い出すこともある。……ラサラス王がラナを思い出さないのは、彼が思い出すきっかけを全部封じ込めたからだ」

「きっかけ……」

「感覚と記憶というのはかなり密接に繋がっておる。記憶から感覚が浮かび上がることがあれば、その逆もあるんだ。我らの力が消せるのは思考に関する記憶 ――我らは『頭の記憶』と呼んでおる――つまり何かを見たり聞いたりして感じたことだが、実際にそのとき感覚器から流れ込んだ情報――『体の記憶』――までは消せぬからな。何かの拍子に感覚から記憶がよみがえることはあり得る。

 だからラサラス王にはそれをいっさい与えなかったんだよ。…… 彼がラナを抱いて眠っている時に、我らはラナを盗み出し、隠した。ラナに関するすべてのものを排除して、そして極めつけは、そっくりの従姉妹をあてがった。……もしラナのことを思い出そうとしても、目の前のおなごのことと勘違いさせるようにな。

 ……おぬしの場合も同じだ。皇子が記憶を失った直後にお前を攫えば、追いかけてこない限りはおぬしを思い出すことも無かろう」

 カーラは得意そうに話していた。その計画に酔っているようだった。

 本当に……この家の人間は人の気持ちなんて考えないんだわ……。人を駒としか見ていないんだ。

 ……父さんが、この家と縁を切った気持ち、よく分かる。


 知りたいことはもう聞いた。

 ……それが、もう、なんの役に立たなかったとしても。

 こんな所には居られない。もう逃げるしかなかった。

 ――でも、どこに、どうやって?


 *


 部屋に戻るとあたしはすぐに作戦を立て始めた。

『明日、簡単に結婚式をする』

 さっきカーラの部屋を出る間際に、そう宣告されたのだ。

 ――冗談じゃないわ。もう一刻の猶予も無い。

 

 とにかく、ジョイアへ帰ろう。ハリスまで行けば、騎士団の皆にとりあえず匿ってもらえるはずだもの。

 ……ふとそう考えたけれど、自分の今の姿を思い出し、駄目だと思った。

 騎士団に居たときは少年姿だったんだ……。今の姿だと分かってもらえないかもしれない。

 髪を掴んで握り締める。

 ……また髪を切る?

 そう思ったけれど、あたしは、それがどうしても出来そうにないことに気が付いた。

 ――髪を切ったら、今度こそ妃には戻れない……。

 あたしは大きくため息をつく。

 ……未練たらたらだわ。もう髪が長かろうが短かろうが、何の意味も無いのに。


 それでもあたしは行き先を即座に変えた。ツクルトゥルスに帰ろうと。

 あたしの故郷だ。あの土地なら、少しは心安らかに過ごしていけるかもしれない。


 あたしは結局髪をまとめると、部屋の中を物色して、動きやすそうな服と、厚手の上着を取り出した。

 急いで着替えると、硝子の小さな窓を空け、外に顔を出す。

 冷たい空気が頬に刺さるようだったけれど、あたしはあるものを見つけてホッとした。

 ――やっぱり。

 窓の横には細い柱が付いていて、ハシゴのようにところどころ足がかりになりそうな突起があった。おそらくラサラス王はここを使ってよくこの部屋に忍んできていたのだろう。


 ツクルトゥルスまでは、馬で急いでも二日。しかも、途中に国境の山もある。

 となると、人の足ではどのくらいかかるのかしら。

 厩を襲うのも手だけれど、騒ぎを起こしたらすぐに捕まりそう。避けた方がいいと思った。

 ……途中で馬を手に入れられるといいけれど。

 あたしはとっさに部屋の中を物色して、換金できそうな宝石類をポケットに詰め込んだ。

 ……いいの。あたしの母さんのものなんだし!

 もうどんな手段でも使ってやる、あたしはそう思っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ