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闇の眼 光の手  作者: 碧檎
第一部 闇の皇子と世界の始まり
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第5章―1 忘却

 ――頭が痛い

 そう思いながら、身を起こした。

 頭がぼんやりとしていた。

 見慣れない部屋に居ることが分かり、僕は記憶をたどる。

 えっと………確か昨日は、成人の儀で……競技が終わって……それから僕は、……どうした?

 髪をかきあげ、ふと目線を下に落として、次の瞬間、僕は固まった。

 隣に、見知らぬ女の子がこちらに背を向けて寝ていた。シーツから裸の肩がはみ出ている。

 僕は下を見て、自分も何も着ていないことに気がついた。

 ――この状況はいったいなんだ!? 昨日が成人の儀と言う事は、え――この子が昨日の相手だったと言う事か!?


 よくよく記憶を探ってみると、誰かとこの部屋で一緒だったような気はする。

 そうして、はっきりと覚えていないが、まあ、そういう事に及んだような……。


 でも――最初の妃にするというのに、なんで知らない娘なんだ……あり得ない。

 自分で自由に選べる最初で最後の妃だ。じっくり選んで、絶対好きな子にすると決めていたはずなのに。

 思い返してみても、誰かを選んだ覚えも何も無い。

 ……この子にどういう事か聞かないと……。


 僕は、少女の裸の肩にそっと触れると、軽く揺すってみる。

 肩は冷えきっていて、人の温かさが無く、思わずびくりとする。い、生きてる? あまりの反応のなさに不安になり、口元に手を当てる。微かに暖かい息を確認してほっとした。少女は、凄く深く眠っているようだった。

 疲れきっているようで、顔色も悪い。その様子に思わず自分を疑う。

 そんな激しい事をしたというのだろうか。嘘だろう、――この僕が? 女の子に?

 僕は思わず想像しかけて、赤くなり頭を振った。

 ……なぜ全く覚えがないのだろう。酒でも飲んでいたのだろうか。

 次第に頭が茹だってくらくらして来た。僕は混乱の極地にいた。


 と、とにかく冷静にならないと。

 ――そうだ、これ、この白い肌がまずいんだよ。

 僕は、とりあえず目の前の刺激的なものをなんとかしようと、服を探した。

 ベッドの下に落ちていたそれをみつけると、彼女の頭を少し起こして、一気に被せた。

 足元まで服を少々強引に引っ張ると、とりあえず、彼女の肌が隠れて、僕はホッとした。

 自分も服を纏うと、ベッドの上に座り込んで、彼女を観察する。

 蜂蜜のような金色の髪は、背中の中程までの長さで、シミ一つない白い肌をしている。長い睫毛は少しだけ赤みがかった金色で、唇は艶やかな桃色だった。顔立ち全体を見ても、全てのパーツが柔らかく優しい。

 すごい美少女だ。瞳が見れないのが惜しいくらい。

 でも、どうしてこんな髪をしているんだろう……? 妃となるような娘には似つかわしくないくらい短い。僕と同じくらいじゃないか――あれ? 髪、って、僕いつ髪を切ったんだっけ……

 髪を切るっていう言葉が浮かんだとたん、急に頭痛が酷くなる。

 同時に胸が妙に騒いだ。

 落ち着かなくて部屋を見回すと、枕元には、同じ髪質の髢が置いてあった。

 とれたというよりは、外したという感じの置かれ方にも、僕は違和感を感じた。

 この子は髪が短いのを隠していたわけではないようだ。

 僕は、彼女の髪が短い事を知っていたという事か? あぁ――くそっ

 とたん、刺すようなひどい頭痛が襲う。

 僕は、頭の痛みに耐えかねて、それ以上考えるのを止めた。

 とても大事な事のような気がするんだけど……


 扉が叩かれ振り返ると、一瞬見知った顔がその隙間から覗いた。

「――ルティ」

「皇子、いつまでも出てこられないから、迎えの人間が困っていましたよ。どちらも身支度されていますか?」

「ああ、大丈夫だ」

 僕はそう答えると、少女を残して、部屋の入り口へと向かった。

 そして、一瞬ためらったけれど、思い切って聞いてみた。

「ねえ、ルティ。………あの娘、いったい誰なんだ」

 ルティはびっくりしたように、目を丸くした。

「……昨日の夜何があったかも、あの子が誰なのかもさっぱり分からない。いったいどういう事だ?」

「……本当に……覚えていないと?」

「ああ」

「そうですか。……とにかく、お召しかえを。ここは冷えます。彼女の事は私が部屋に運びますので」

 ルティは、少女の方をちらりと見ると、笑うのを我慢するような表情をする。

「――なんだ?」

「いいえ、なんでもありませんよ」

 僕が不思議に思って見ると、彼は咳払いをしてごまかした。

 それを見てなんとなく胸がざわつくような嫌な感じがしたのだけれど、確かに暖炉の火が消えた部屋はかなり冷え込んでいた。

 僕は急に寒さを感じ、ルティの言うように、部屋に移動する事にした。


 *


 湯浴みをし、着替えて一息つく。暖かいお茶を飲んでいると、叔母がレグルスを連れてやってきた。

 叔母はなんだかすごく嬉しそうにしていたけれど、レグルスは逆に凄まじく不機嫌だった。

「シリウス。昨日はどうだった?」

 開口一番、叔母がはしゃいだ声で尋ねてきた。

「ど、どうって言われても……」

 何を聞かれてるのか分からない。

「ようやく大好きな女の子を手に入れたって言うのに、なんなの、その反応は」

 はあ? 僕はぽかんと口を開ける。

「……大好きな女の子……?」

「何? 幸せボケしてるって言うの? 我慢したんですものね、感激したでしょう?」

「……我慢?」

 僕の様子に気がついたのか、叔母は不可解そうな表情を浮かべ、一瞬口ごもった。その隙間を縫うようにレグルスが不機嫌な声を上げる。

「ところで、スピカはどこです? ここじゃないんですか?」

「スピカ?」

 誰それ?

「ちょっと……あなた大丈夫?」

「あんまり、大丈夫じゃないかも……昨日の夜からの記憶がおかしくて。……僕の隣に寝てたあの子がスピカって言うの?」

 叔母とレグルスは愕然とした表情で僕を見た。

「皇子、私達をからかってるんじゃないでしょうね」

 レグルスが震える声で、低く言った。その拳が今にも僕を殴りそうに震えていて、僕は目を見開く。なに? なんで怒ってるんだ、レグルスは。

 叔母は、いつの間にか真っ青になっていて、ハンカチでこめかみの汗を抑えていた。

「ど、どうしましょう、まさか本当に……」

 レグルスがひどく憤った様子で、僕を締め上げそうな勢いで近づく。

「とにかく、スピカはどこです!」

「……ルティが、運ぶって言ってたけど……まだ来ないな」

「――ルティが?」

「あなた、それでも平気だったというの!?」

 叔母が絶望したような表情で、僕を見る。

「え? なんで?」

「だって、あなた、……昨日、スピカをルティと奪い合ったばかりだというのに………」

「え?」

 奪い合うって……そんな物騒な。そんな覚えはまったく無い。

 僕の表情を見て、二人ともどうしようもなくがっかりした顔をした。

「駄目だわ。多分……スピカに関係する記憶だけ……すっぽりと抜け落ちてる」

「どうすれば……」

「とにかくスピカを見つけて記憶を元に戻させないといけないわ……」

 レグルスが慌てて部屋を出て行った。

 僕は叔母の非難するような視線に耐えられず、うつむいて黙り込んでいた。

 ……いったい僕が何をしたって言うんだ。起きたら知らない女の子が横に寝てて、びっくりしたのは僕なのに。

「あなたのせいじゃないとは思うけれど……あんまりだわ。レグルスが気の毒すぎる。私も悲しい」

「いったいどういう事なんだよ……」

「あなたの隣にいた女の子は、レグルスの娘よ。……あなたの幼馴染みのね」

 レグルスの娘? ふと心に引っかかるものがあった。

「え? それってスーの事?」

「覚えてるの!?」

 叔母の顔が一気に輝いた。

「覚えてるけど、なんでスーが、こんなところにいるんだ? あの子はオリオーヌに……」

 あれが、スーだって?

 記憶の中の少女を思い浮かべようとすると、突然頭痛がした。

 まただ。

 僕が頭を抱えると、叔母は心配して、僕の背中を摩りながら言った。

「あなた、スピカに記憶を奪われてるのよ」

 そうして、叔母は、僕にその少女のことを話してくれたのだった。


 ――彼女の心を読む力の事。

 ――彼女が僕の命を守るために、力を尽くしてくれた事。

 ――僕が彼女にプロポーズをした事。


 話を聞き終わっても、それは自分の事ではない、絵空事のように感じた。

 嘘だろう? という印象。

 確かに、僕は命を狙われて、城を出て、后妃と対決してここに戻ってきた。でも、その記憶の中に、スピカという少女は登場しなかった。

 僕の表情を見て、叔母は心底がっかりしたようだった。

 滅多に見ないその表情が胸に刺さり、僕は申し訳なくなって、謝った。

「ごめん」


 その時、扉を蹴破るようにしてレグルスが飛び込んできた。

「大変だ!! スピカがどこにもいない!」

「どういうこと?」

 叔母が怪訝そうにレグルスを見る。

 レグルスは真っ青だった。そんな顔の彼を見たのは初めてで、僕は事の深刻さに驚く。

「――ルティは?」

 僕は、なぜかあの時のルティの表情を思い出し、そう尋ねていた。

「彼も一緒に消えてしまったようです。誰も朝から二人の姿を見ていません。皇子、……おそらくあなたが彼らを見た最後の人間のようなのです。……何か心当たりが無いですか!」

 レグルスは必死の形相で、僕に詰め寄った。

「そんなこと言われても……」

 僕はレグルスの迫力に圧されて思い出そうとするけれど、ルティのあの顔くらいしか思い出せなかった。首を静かに横に振る。

 レグルスはとうとう僕の襟元を掴むと、髪が触れるくらいの距離で、僕を睨みつけた。緑灰色の瞳に責められ、なぜだか、レグルスじゃない人間に怒られているような気分になった。

「……どうして! あなたはどうしてそんなに冷静でいられるんですか!!」

「レグルス……だめよ。この子は記憶をなくしてるんだから……」

 叔母が悲しそうにレグルスを取りなす。

「……とにかく、状況を整理しましょう? 本当にルティが絡んでるのか。そうだとしたら、なんでルティがそんな事をしたのか……。それが分からないとどうにもならないわ。――彼の部屋を調べましょう」


 ルティの部屋は、僕の部屋の隣の小部屋だった。

 扉を開けると、燭台の火が頼りなげに部屋の中を照らした。

 部屋は整理されていて、大部分のものが持ち去られていた。残されたのはベッドと、机と本棚、火の消えた小さな暖炉。

「……どうやら計画的に出て行ったらしいな」

 レグルスが顔をしかめながら、あちこちを調べていたけれど、やがて暖炉から紙の燃えかすを拾い出した。

「……これは……!」

 レグルスは真っ青な顔でつぶやくと、焦げた紙を取り落とした。

 僕と叔母はそれを覗き込むと、その切れ端の中のある文字に釘付けになる。――どういう事だ!?


 ――ルティリクス・サディル・アウストラリス王子殿下――


「ルティが…………王子だと!?」


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