第4章―5 夜
部屋に戻ると、湯浴みの用意ができていた。
どうやら、ヴェガが出かける前に用意させていたらしい。
あたしはその意図に気がついて、真っ赤になる。
「あなた、あまりに無頓着だから……さあ、今日は、侍女をつけてあげるから、しっかりと磨いていらっしゃい」
「――ひとりで入れます!!」
「だめ。どちらにせよ、これからずっとそうなるのよ? 明日からでも今日からでも変わらないんだから、あきらめなさい」
あたしは、何も言い返せずに、ため息だけつくと、仕方なく湯殿へと向かった。
全身を痛いほどこすられ、あまりの痛みに悲鳴を上げつつ、なんとかその苦行を終える。
――こ、これが毎日だと、皮がなくなっちゃうわ………。
へとへとになって部屋に戻ると、すでに着替えが用意されていて、あたしはそれを強引に着せられた。
絹で出来た薄い白い衣で、ボタンなどは何もついておらず、ただ前で合わせを重ねただけのそれを腰の辺りでひもで縛った簡単な格好だった。それだけなら何とも思わないのだけれど――
問題は、その衣がかなり薄手で、体のラインがほとんど隠せないことだった。
「こ、こんな格好でいいんですか……?」
「だってすぐに脱ぐんですもの」
ヴェガが当たり前のように言う。
あたしは赤くなりつつ、とりあえず寒いので、上から厚手の衣を重ねた。
「これからどうすれば――」
あたしは不安で堪らなくて、ヴェガを見つめる。
「……シリウスの準備ができ次第、迎えが来るはず。もうすぐだと思うわ」
その言葉の通り、迎えはすぐにやって来た。
あたしは飛び出しそうな心臓を抑えて、おとなしく付いて行った。
断ってもいいと彼は言ったけれど、あたしの覚悟はもう、彼がそう言ってくれた時に決まっていた。
それに、あたしだって、彼を誰にも渡したくなかったのだ。
唯一の不安。
それは、今からの行為が、シリウスとあたしにどんな影響を与えるのか。
ヴェガがルティから聞いた話を教えてくれたけれど、そんなに簡単な事とは思えなかった。
力の制御というのが本当にできるようになる自信が無かった。
心の奥の何かが警鐘を鳴らす。しかしその正体をつかむ事が出来ぬまま、あたしはシリウスの待つ部屋へと通された。
*
シリウスはあたしと同じような服を着て、ベッドの上に静かに座っていた。
部屋は、このための特別の部屋なのか、狭く、寝台が一つ置いてあるだけだった。明かり採りの窓が天井付近に一つだけ開いている。そこから見える夜空はシリウスの髪の色ほどに濃い黒。暖炉の火だけが部屋を照らしていて、部屋は薄暗かった。
あたしが部屋に入り、案内役が下がると、彼はあたしを見て誘うように微笑む。
部屋の入り口から動けずにいると、彼はベッドを降り、あたしの側に近寄ってきた。
そうしてあたしの手首を掴むと、そっと自分の方へと引き寄せる。
「来てくれてありがとう」
彼はそう言うと、切なそうに息を吐いた。
吐息が耳にかかり、そこだけ急に熱を持つ。
「ひょっとしたら断られるんじゃないかって……自分で言っておいて馬鹿みたいだ。……でも、断れない形でプロポーズした事、後悔してて……」
彼は、そう言いながら、あたしを抱きしめる。触れた部分から、彼が焦りを必死で押さえてるのが伝わって来て、あたしはその熱さに少し戦いた。
「あ、あの、皇子」
「こんなときに、名を呼んでくれないの?」
彼は不満げにあたしを覗き込む。
そうだった、もうここにはあたしとシリウスしかいないんだ。
自分が思ったよりも動揺している事に気がついた。
「……シリウス。あたし、気になる事がたくさんあって……力の事とか」
シリウスは、あたしの手を引くと、ベッドまで引っ張っていく。
そうしてあたしをベッドに座らせると、自分も隣に座った。
「僕は、この五ヶ月ずっと考えたよ。僕らの力について。でも、やってみないと分からない事をいつまでも悩んでも仕方ないだろう?」
「それは、そうだけど……でも、ルティが何か企んでるんだったら、あの情報を鵜呑みにするわけにいかないし、それにあいつったら」
突然口を塞がれ、言葉を奪われる。
目の前にシリウスの黒くて長い睫毛が見えた。
――もうルティの話はいい。こんなときに他のヤツの話なんか聞きたくない
胸の中で彼はそう叫ぶ。そしてそのままあたしを抱きしめ、ベッドに押し倒す。
薄い衣を通して、彼の体熱と滾るような情熱を同時に感じ、あたしは頭が沸騰しそうだった。
「スピカ……スピカ……」
彼は、しばらく切なそうにあたしの名を呼びながら、あたしを抱きしめていたけれど、やがて思い切ったようにあたしの衣を脱がせていく。
さすがにそういう風に出来ているだけあって、するりとそれは肌から離れた。
肌寒さを感じる間もなく、シリウスが再びあたしを抱きしめる。熱い肌があたしの肌の上に重なる。彼も既に何も纏っていなかった。
――好きだ
触れ合う唇から、抱きしめる腕から、想いが伝わってくる。そうして、肌を重ね合ううちに、彼の意識があたしに流れ込み、あたしは次第に自分の意識を手放していった。