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闇の眼 光の手  作者: 碧檎
第一部 闇の皇子と世界の始まり
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第4章―2 武芸大会

 成人の儀、当日。

 見上げた空は青く、高い空から落ちる空気は肌を刺すほどに冷たい。そんな中、朝から、武芸大会が開始されて、宮はお祭り騒ぎに包まれていた。

 あたしはシリウスが出場するという、弓競技を見るために、ヴェガと的場へと向かった。父とルティは剣術大会に参加するために、別行動だった。

 ちらりと見てきたのだが、どちらも余裕で上位に残れそうだった。いつものことなので、あたしはそんなに興味を持つこともなく、迷わずシリウスの応援に向かった。父は薄情だと嘆いていたが、当然、関係ない。


 弓の競技場は剣術大会の会場とは打って変わって、静寂そのものだった。

 選手が集中力を欠かないよう、物音を立てないよう決まりごとがあるのだ。

 矢が放たれるときに弦をはじく音、それと矢が刺さる音それだけが会場に響いていた。


 シリウスは屈強の騎士達の中で、一人だけぽつんと浮いていた。身体の細さと、髪の長さと、その色とで彼はどこに居てもすぐに分かるくらい目立っていた。

 このごろ身体が急に男らしくなってきたとは言っても、まだ少年らしさが残るため、どこかか弱げに見える。若さを考えれば、当然なのかもしれない。

 彼の髪はあたしと同じくらいに伸び、項の辺りでひとつにまとめていた。でも、以前と違い、髪が長くてもきちんと男の子に見えた。

 それはきっと彼の内面の違いだと思う。

 的を睨むその目はその眼力だけで的を壊してしまうのではないかと思うくらい鋭くて、以前からは想像もできない凛々しさだ。

 ――これは、侍女が憧れて騒いでも仕方が無いわよね。

 あたしも思わずため息をついてしまい、一緒に居たヴェガに笑われた。

「皇子に想われる娘は、周りから嫉妬されて大変ね」

「……そうですね……」

 なんだか憂鬱になってきていた。当然あたしもその選ばれる娘に嫉妬の念を感じていたから。

 あたしを選んでくれると思いたかったけれど、この間聞いた噂が頭から離れず、どうしても楽観的にはなれなかった。



 弓競技は、20射中の的中数で予選が行われ、その後は外した者から脱落するといルールで行われていた。

 的は両腕で円を作ったくらいの大きさで、それを大人の足で50歩ほど離れた位置から狙う。

 シリウスは予選は20射中20中。皆中かいちゅうだった。

 皆中だった者は百人以上の参加者の中僅かに5人。決勝進出者はその5人を含む10人だった。

「……ひょっとしてシ、いえ、皇子って、かなり上手なのかしら」

 思わずシリウスと言ってしまいそうになり、焦って言い直す。

 だめ、まだ彼の名は伏せられてるんだから。あたしは自分を叱咤する。


 でも――それにしても、凄い。



 射場ではいつしか決勝が開始され、シリウスほか、決勝進出者が次々に射に入った。

 シリウスがゆっくりと弓を引き分けたかと思うと、腕の綺麗な筋肉が左右にじわじわと伸び、張りつめる。やがて伸びきった糸が切れるように矢が放たれ、腕がしなる。

 吸い込まれるように的に矢が突き刺さるのを見ていると、あれが本当にシリウスかどうか分からなくなってくる。

 ハリスで何度か一緒に練習したけれど、あんな風に中っているのは見たことがなかった。あれだけの上達を見せるということは、よほど性に合っているのだろう。

 ――外す気がしない。


 一通り順番が回り、休憩が入った。

 ヴェガはシリウスの激励のため席を離れ、あたしはひとりシリウスの射の余韻に浸っていた。

「よお、スピカちゃん。皇子様は頑張ってる?」

 後ろで聞き慣れた声がしたかと思うと、案の定、ルティが立っていた。

「どうしたの? 試合は?」

「俺は去年優勝してるから、試合数が少ないんだよ。決勝まで大分時間があったから、抜けてきた。我が君の活躍を見ようと思ってね」

「すごいのよ、皇子。今のところ一つも外してない」

「ほう。……確かに皇子は剣よりも弓向きだからなあ。あれは精神力がかなり試されるから。あと、皇子は……ちょっと鈍いからね、残念ながら剣向きではない」

 褒めてるのかけなしてるのか……。

 あたしが呆れると、ルティは笑ってあたしの頭を撫でた。

「それにしても、ほんとに外さないなんて。なんだか面白くないなあ」

 ルティが顎をさすりながら、つぶやく。

「ちゃんと応援しなさいよ。あんた皇子の側近でしょう?」

「だってさあ。せっかく俺が優勝しても、皇子が優勝しちゃったら、俺、目立たないじゃないか」

 ……なんて勝手なの……。しかも優勝する自信満々だし。

 あたしはげんなりする。

「それにさあ、優勝商品、なんでも言っていいんだろう? 俺の望む品と被っちゃったら、絶対皇子が優先されるしさあ」

「何を貰う気なのよ……まったく、皇子と張り合おうなんて」

「――スピカちゃん」

「は?」

 何言ってるの、こいつ。

「だから、陛下に、スピカちゃんとのおつきあいを認めて下さいって」

 あたしは深い深い息をついた。

「……あたしは物じゃないんだけど。だいたい陛下に頼むって何よ。それに、皇子が……そんなの望むわけないでしょう。冗談も程々にしなさいよね」

「だけどさあ、去年はそういうやついたよ。まあ、そいつは身分違いの恋人を認めてもらいたいっていうことだったけど。似たようなもんだろう? 怖い親父が許してくれないっていう意味じゃ」

「……悪いけど、それはやめて」

「いいじゃないか、俺のこと嫌いじゃないんだろう? 別に誓い合った男がいるわけでもないだろうに」

 ルティは意地悪そうにあたしを見て微笑む。

 ――あたしにはシリウスが。

 そう言いたかったけれど、辺りを見回してやめた。こんな場所では言えるわけもない。

「あんた、あたしの気持ち分かっててからかってるんでしょう」

「なんのことかなあ」

 とぼけた様子でルティはそうつぶやく。

「さてと。俺も皇子に一言声かけてこようかな。……じゃあ、また後で。俺の決勝戦も楽しみにしててね」

 そう言うと、彼はあたしの髪の毛を一房つまむと、そこに口づけた。

 そうして呆然とするあたしに妖しく微笑むと身を翻し、射場へと向かって歩いていった。



「ちょっとお! スピカったら!」

 派手な声に振り向くと、シュルマが真っ赤な顔をしてこちらに近づいてきた。

「い、今の、ルティリクス様でしょう?」

「そうだけど?」

「ああ、もう! なんて勿体扱いしてるのよ! ――ねえねえ、今の何!? もしかして求婚されたの?」

「なっ!?」

 否定しようと思ったけれど、よくよく考えると、ほぼ事実だった。冗談だと思いたい……。

 いったい何の真似? 今頃になって。

「あの方素敵よねえ。皇子様とは別の意味で。あの顔で、あの体って……もう、彫刻のようなんですもの。去年の剣術大会なんて、卒倒する者が出て大変だったのよ」

 あたしは、その言葉がさっきの会話と被り、シュルマに尋ねた。

「ねぇ。武術大会の褒美に、女の人が与えられることってあったの?」

「やっぱり、そういうこと言われたのね」

 シュルマはにんまりと笑うと、こそこそと話し出した。

「過去に結構例はあるの。身分違いでどうしても親が許してくれないとか、そういうことで。……あと、今の陛下はそういうこと無いのだけれど、昔は帝のお手つきの侍女に懸想した男が頑張ったって言う例もあったらしいわ。……きっとスピカの親は厳しい方なんでしょう?」

「え? ええ」

 親は確かに、厳しい。というか親バカだ。

 ルティがこんなこと言ったって知れば、たちまち駆除の対象になると思う。その辺分かっていて、誰もいない時にあたしに近づいてる気がするけれど。

 それよりも、ルティは、なぜ、わざわざそんな風に言ったのかしら。

 あたしは彼となら身分違いでもないし、あたしはまだ誰の物でもない。どう考えても、帝に頼むような事ではないのに。

 第一に、あたしと彼はそういう仲じゃない。

「あたし、彼のこと何とも思っていないのに……」

「だからこそ、頑張っていいところを見せようとしているんじゃない? ……うらやましいわぁ」

「……そうかしら」

 あたしはルティの軽さを良く知っていたので、そう思えなかった。

 ――きっと、誰彼構わずあんなこと言ってるんだわ。

 悔しくなって、ふと彼の行方を目で追った。

 ルティはちょうど、射場のシリウスに声をかけているところだった。

 耳元で何かささやいている。

 直後シリウスがルティを見上げた。その顔には愕然とした表情があった。

 競技の再開が告げられ、ルティはシリウスの肩を叩くと、笑顔で射場を後にした。

 残されたシリウスは、酷く深刻そうな顔でルティの背中を睨みつけていて、あたしは心配になる。

 いったいルティは何を言ったのかしら……。

「なんだか揉めてるみたいだったわね……どうしたのかしら」

 矢が飛ぶ音が聞こえ、ふと見ると既にシリウスが射位に入っていた。険しい表情のまま、前の人間に続き、弓を打ち起こす。

 ぱっと見たところ肩に力が入っている感じがした。

 大丈夫かしら……。

 見守るあたしの目の前で、シリウスの矢が放たれた。

 ――カツン

 辛うじて枠ぎりぎりのところに矢が刺さる。


「あぶなーい」

 シュルマが息を飲んでつぶやく。

「――――」

 あたしはドキドキしすぎてとっさに言葉が出なかった。

 決勝なので、外したらおしまいだ。

 今まで順調だったのに……。さっきのルティの言葉に動揺してるとしか思えなかった。

 ヴェガが射場から出てきて、あたしを見つけると、駆け寄ってきた。

 珍しく慌てた様子で、あたしも彼女の方に駆け寄った。

「どうなさったんですか? 皇子が何か?」

「……ちょっと来てちょうだい」

 ヴェガはそれだけ言うと、あたしを連れて、建物の裏に回る。そして、裏口の扉を開けあたしを建物の中に入れると、言った。

「ちょっとだけ励ましてあげてちょうだい」



 部屋は暗く狭く、人が3人も入ればぎゅうぎゅうになるくらいの広さだった。

 着替えのための控え室か何かなのだろう。

 奥を覗き込むと、シリウスが壁に寄りかかって、ぼんやりと天井を見つめていた。

 あたしに気がつくとぎょっとしたように身を起こし、やがて顔に少し笑みを浮かべた。

「大丈夫?」

 あたしが尋ねると、シリウスはちょっと顔をしかめて息をついた。

「情けないよな……僕も。ルティのやつにちょっと言われたくらいでさ。あいつ、僕を動揺させておもしろがってるんだ」

「やっぱりルティに何か言われたのね」

「君もだろう?」

 あたしはさっきのやり取りを思い出し、顔が赤らむのを感じた。

「求婚でもされた?」

 あたしは胸を突かれたように息がつまり、何も言えなくなる。そして、それが彼への答えになってしまった。

「そうか。……あいつもなかなかの策士だよな。とんでもない手を打つ。……スピカ」

 シリウスはそこで言葉を切ると、あたしの目を覗き込んだ。

「前に僕が言ったこと覚えてる?」

 夜のような黒い瞳が甘く輝き、あたしの心臓は跳ね上がった。

 あたしは何と言っていいか分からず、ただ頷く。

 シリウスは言葉を続けようとして、結局口ごもる。その目を伏せて、しばらく躊躇っていたけれど、やがて言った。

「キスしていい?」

 ――抗えない。そう思った。それでも、掠れた声で小さな反抗をする。

「だって……記憶が」

「いいんだ。……伝えたいことがあるから」

 彼はあたしに近づき、頬を傾けたかと思うと、あたしにくちづけした。

 触れるだけの優しいキスをすると、彼はすぐに離れた。

 そして心配そうにあたしを覗き込む。たぶん彼の中からはもうその気持ちは消えてしまったんだろう。

「……伝わった?」

 多分あたしは耳まで赤くなっていたと思う。全身の血が逆流しそうだった。

「伝わったわ………」

 ようやく声を絞り出すと、シリウスは安心したように顔をほころばせた。

「じゃあ、競技があるから、僕は行くよ。ルティの思い通りにはさせない。……きっと優勝してみせる」

 そう言うと、彼はあたしを残して部屋を出て行った。

 残されたあたしは、呆然と自分の心の中のシリウスの気持ちをなぞった。


 ――夜までに僕のものになる覚悟をしておいて。


弓の記述は、日本の弓道からそのままとっています。自分の経験に基づいて書いていますが、分かりにくい点がありましたら申し訳ありません。

実際の競技では、的の大きさは直径36cm、的までの距離は28mです。普通は一立4本の的中数で勝敗を決めます。この話では通常より多めですが、五立分の的中数で予選を勝ち抜く事にしました。


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