第1章―2 騎士になりたい理由
闇の中、しばらく馬を走らせていると、スピカが次第に苦しそうにしだした。
「大丈夫かい?」
僕が尋ねてもスピカは首を振るばかりだった。
遠くにぼんやりと暖かな光がちらほらと見え出し、もうすぐ街道の集落に入ろうとするときに、レグルスがスピカのその様子を見て、馬をとめた。
「スピカ。ちょっと来い」
僕たちの馬を強引に止めさせると、レグルスは怒ったような声で、スピカを木の陰に連れ出した。
僕は気になって、馬の陰からこっそり彼らの様子を覗く。
レグルスはスピカの腰の辺りをつかむと長いため息をついた。
「……やっぱり……」
「触らないでよ!」
スピカはレグルスの腕を振り払うと激した様子で言った。
「仕方ないじゃない。ばれちゃ面倒なんだもの」
「……そこまでして騎士になりたいのか。お前が騎士になっても何もいい事無いぞ」
レグルスはあきれた様子で大きくため息をつく。
「だって、じゃないと誰がシリウスを守るの!」
その名を聞き、ぼくははっとした。
僕の名だ。
なぜスピカがその名を知っているんだ。
僕の『通称の』名はまだ一般には知らされない。第一皇子で十分だからだ。その名は僕が皇太子として冊立されるときに、初めて世に明かされるのがこの国の掟だった。それを知るのは一部の貴族のみのはず。
ふとある記憶が頭をよぎったけれど、すぐにそれを頭の隅に追いやる。
あれは、ちがう……はずだ。
そんな風に一瞬考え込んでいたが、スピカの小さな悲鳴で我に返る。見ると、レグルスがスピカの上着を無理矢理脱がせ、腰からシャツを引き抜き、その下に手を突っ込んでいた。
スピカは当然のように嫌がり、レグルスを罵倒する。
「ばか、やめろ、変態――」
あまりの光景に、我が目を疑った。――――レグルス!?
「やめろよ!」
慌てて僕は二人の前に飛び出した。
そして目にしたのが、それ以上に驚愕するものだった。
レグルスの手には、大量の布地が握られている。そして体型がすっかり変わってしまったスピカがいた。
……ええと、この膨らんでいるものは一体なんだ。
スピカは愕然とした表情で僕を見ていた。
しばらく何とも言えない生温い沈黙が流れたあと、スピカが突然惚けたように笑い出した。
僕はそんな『彼女』を呆然と見つめる。
「……女の子だったのか」
「そうよ。……やっぱり無理があったかしら」
レグルスが布を地面に放り出し言った。
「まったく無茶をする。ぎゅうぎゅうに締め過ぎ。おまけにまだ暑いのにこんなに着込んで……気分が悪くなって当然だ」
僕はまだ信じられなかった。
「でも、そんな、髪が」
僕は髪の短い女性を今までに一人も見た事が無かったのだ。伝統的に髪の長さや美しさを美の基準とするこの国の女性としては考えられないことだった。まず、あの髪じゃ、嫁に行けないだろう。
「騎士になるには女の子を止めないといけないの。それが父との約束」
「父?」
「むさい男のなかに女の子が一人いるのは危険だからですよ。この頭だと少し見ただけでは気づかれない。かわいい少年でしかないでしょう」
レグルスがスピカの頭をなでる。
「私の娘ですよ」
あまりの事に、ぼくは顎が外れそうなくらい口を開けたが、結局言葉は出てこなかった。
そう言われてみれば、瞳の色も、髪の色も一緒だった。
……他はあまりにも似ていないが。レグルスの体の半分ほどしか無いその体は、柔らかそうで、折れそうなほど細かった。
今のスピカは間違っても少年には見えない。
どうやら凹凸を隠すため胸を相当締めていたらしい。布が外れた今、現れたそれはきれいな曲線を描いていて、シャツ越しでも形が分かるくらいにはっきりと浮かび上がっていた。
「それ、隠すのが無理なんじゃ」
さっきあれにしがみついていたのかとちょっと惜しい気持ちで、思わずじっと観察してしまい、スピカにすごい目で睨まれた。
「シリウスったら! じろじろ見ないで!」
突然名を呼ばれ、衝撃から我に返った。
「なんで僕の名前知ってるんだ? 誰も知らないはず……」
その時、僕のなかでやっと記憶と現実がつながった。
幼い頃、叔母の家で遊んだ小さな女の子。大切な思い出。そうだレグルスの娘ってことは……。
「え、ひょっとして、スピカってあのスー?」
スピカは長い長いため息をついた。
「やっと思い出したのね。そうよ、昔あれだけ一緒に遊んだのに、すっかり忘れてくれちゃって。だいたい名前も覚えてないなんて信じられないわ」
プリプリ怒りながらスピカは言った。もう口調まで以前とは別人だ。
「だってあの頃は髪だって長かったし、ちゃんと女の子の格好だったし。だいたい、なんで言ってくれなかったんだ」
「さっき言ったでしょ。私は騎士になるの。女の子のスピカはもういないの。そのために髪まで切ったんだから」
「騎士って言っても、その細い腕とその、その体じゃちょっと不利なんじゃ」
その胸と言いたいところをぼかして言ったが、目がどうしてもそっちに行ってしまう。
「ふふん、私これでも剣の腕はなかなかなのよ?」
いや、それはこの際関係ない。全然分かってないよ、この子。
「……皇子、このことをスピカのために黙っていてもらえますか」
呆れる僕に、レグルスが静かに言った。
「あなたが暗殺されかけたと聞いたとたん、騎士団に入ると髪をバッサリとやりまして……どうも本気らしいです。そうなると、私でも、もうとめられないんですよ。お分かりと思いますが……」
僕は苦笑いするしか無かった。
幼い日の思い出が蘇る。
スーがどうしても馬に乗りたいと言い出したことがあった。
レグルスは、駄目だと言い、それでもスーはあきらめず、レグルスについて回ってはずっと馬に乗りたいと言い続けた。
根負けしたレグルスは厩の掃除を1ヶ月欠かさずに続けられたら、乗せてやると言った。
ツクルトゥルスは皇都より大分北なので、冬は雪も深い。水も冷たいし、冬の厩の掃除は大人でも辛い仕事だった。
スーは喜んで、毎日厩に通った。僕もつきあわされたのだが、晴れた日はいいけど、雨の日や雪の日はさすがに休んだ。
それでもスーは毎日その小さな手をあかぎれだらけにしながら、その1ヶ月の掃除をやり遂げたのだった。
さすがにレグルスもそこまでやるとは思っていなかったらしく、あきらめてスーを馬に乗せてやる事にしたのだった。
スーはそのようにいったん言い出したら、頑固にそれを貫くのだ。
今でもまったく変わっていないらしい。
そのことが嬉しくて、僕は何でも協力する気になった。
「分かった。この事は誰にも言わない。ただ……」
僕はそこで言い淀む。
「僕もオリオーヌの騎士団に入れてほしい」
「あなたが?」
「どうせオリオーヌについたら、する事が無いんだろう? 守られているだけなんて僕はいやだ。何のために剣の稽古をしてきたのか分からない」
「……分かりました」
あまりにあっさりと了解が取れたので、僕はあっけにとられた。
レグルスは僕を眺めてにやりと笑った。
「実はあなたが嫌だと言ってもそうするつもりだったのですよ。その方が安全なのでね。わたしはこちらにいる間は騎士団から離れられないし、スピカだけに任せておけない。こいつの剣は自分で言ってるほどではありません。あなたの腕もまだまだですし……何かあったときに側にいないのは恐いのでね」
そこまで言うと、レグルスは顔つきを厳しくして僕を見た。
「騎士団に入ってもらうからには、特別扱いはしません。スピカと同じ騎士見習いとして入ってもらいます。そうしないと騎士団の奴らにあなたの素性がばれますからね。……あなたはそこにはいないはずの人間です。心して下さい」
「分かった」
「シリウスと呼ばせていただきます。あと、言葉もオリオーヌについたら改めます。……それではシリウス」
改まった顔でレグルスがこちらを見た。
「騎士団では、スピカを頼みます。虫が付いたら困りますから。もちろんあなたも例外ではないです。……もしもスピカに変な事をしたら、私があの世に送って差し上げます」
レグルスは最後の台詞を、人の変わったような形相で、小声だがドスの聞いた声で言った。
その強面で、その表情は、殺人的に恐い。
僕はしっかりと固まってしまい、レグルスが笑って離れた後も、あきれた様子のスピカに肩を叩かれるまで、しばらく動けなかった。
レグルスも愛娘のこととなると人が変わるらしい。
レグルスが集落で物資を調達し、僕らは街を遠巻きに避けてその一帯を抜けると、メランボスの森の手前で野宿をする事となった。
いくら隠しても、僕の容貌は目立ちすぎるからだった。それほど黒髪、黒い瞳はこの国ではめずらしい。街を歩くのは夜でも危険だ。
ぽっかりと口を開けたような森の入り口の前で、火を起こす。炎が薄い闇を照らしたかと思うと、背後の闇は急に深く濃くなった。
ホウホウとどこかで夜行性の鳥が鳴いているのが聞こえる。闇に飲み込まれそうになり、僕は慌てて炎の光に縋る。
「シリウス、髪を切りましょう」
薪を火にくべていると、突然レグルスが後ろから声をかけた。
「え?」
「髪ですよ、髪。そのままじゃ目立つでしょう」
皇族はみな髪が驚くほどに長い。男児は別にのばす必要も無いのだが、僕は父の趣味で髪がひどく長かった。
「……切っていいのかな」
「髪はまた伸びます。その髪は、騎士団では必要ありません」
一房指で摘むと、目の前に持って来てじっと眺める。
父が今まで決して許さなかった髪の裁断は、父との決別そのもののような気がした。何かが変わるかもしれない。なんとなくそう思えた。
「分かった。切ることにする。スピカぐらいばっさりとやってくれ」
思い切って言うと、レグルスはスピカを促し、自分は水浴びしてくるとその場を離れた。
すぐに側にスピカがやってきて薄い歯のナイフを取り出すと、僕の髪を一房握る。そして確認するように僕を覗き込んだので、僕はその目を見て頷いた。
「……こんなにきれいな黒髪。もったいないわ」
ため息をつきつつ、彼女は髪にナイフを入れた。
黒い固まりが小さな音を立てて地面に落ちる。
僕は思っていたよりも動揺した。ぐっと手を握り、歯を食いしばる。
スピカは僕の顔色を少し伺ったが、無言で、次々と髪を落としていった。
首筋に冷たい冷気が忍び込む。だんだんと自分が軽くなっていくのを僕は感じた。
しばらくして、髪の束がすべて頭から切り離されると、僕は自分が別の人間になったような気がした。
「ふう、これまた大量ね。どう、気分も軽くなったでしょ」
本当に不思議なくらい心が軽くなっていた。
……どういうことだろう。
不思議に思いながら髪の毛をつまみあげていると、スピカがやんわりと注意する。
「ああ、それ触らないほうがいい。なにか付いてる」
スピカは僕の手から髪の毛を取り上げて、残りの髪も地面から全部拾うと、麻袋のなかに仕舞い込んだ。
「なにかって?」
「妄執、かしら」
スピカは空を見上げながら言った。
僕はぎょっとしてスピカを見る。
「君は何を知っているんだ」
「何も知らないわ。……ただ、分かるの。あなたの髪を触ったから」
「どういうこと……」
「……はっきりではないけど、触れたもののことが分かるのよ。あなたの髪の毛はたぶんとてもゆがんだ形で愛されてた。そして、あなたも」
あまりに突拍子もない話なので、僕はスピカが作り話をしているのではないかと思った。
「うそだろう……?」
そういう力がある人間がいるということは、聞いたことがあった。
「信じられないかもしれないけど……。実際、髪を切って気分が軽くなったんじゃない? あたしが言った事に心当たりはあるんじゃないの?」
確かにさっきスピカが言った事は、宮の僕の部屋にでも居なければ知らないはずの事だった。
僕の秘密を見たということか。そう思うとかっと頭に血が上った。
スピカはそんな僕をすまなそうに見た。
「ごめんなさい。いつか言わないとと思ってたの。だけど」
そう言ってスピカは僕に近づこうとした。
「僕に触れるな」
自分でもびっくりするくらい冷たい声が出た。スピカは辛そうに顔を背ける。
「シリウスなら……分かってくれると思った。でも……やっぱり無理か」
スピカは後ろを向いてしばらく黙っていたが、やがてこちらを向いて笑った。
「なるべく触れないわ、それに今は無理だけど、制御する方法もきっと見つける。……だから、昔みたいに仲良くしてほしい」
その寂しそうな笑顔を見て、スピカは僕と同じだと気が付いた。そんな力持ってたら友達なんて作れないだろう。僕がちょうど良い距離の友人を作れないのと同じだ。
「……制御する方法なんてあるの?」
強く詰った事を後悔して、僕は比較的声を和らげる。
「父があると言ってたわ。でも大人にならないと駄目だって。なかなか教えてくれないの」
スピカは僕の様子を見て、少し嬉しそうに顔を赤らめた。
「そういえばシリウスの方の対策ならあるってヴェガ様が言われてたけど……」
「なんだって?」
僕は色めきたって思わずスピカの腕をつかんだ。その直後、はっとしてあわてて腕を放した。
乱暴な動作に、自分でも驚いた。
「ご、ごめん」
「そんな反応しなくったって良いのに……人を汚いもののように……」
スピカはさすがに気分を害したらしく、不機嫌な顔を一瞬したけれど、すぐに気を取り直して答えてくれた。
「シリウスはヴェガ様の親戚だから。あなたの家系、代々そんな問題抱えてるみたい。詳しくは知らないけど、あなたのお母様もそれで皇帝に嫁ぐことになってしまったのだから」
聞いたことのない話に僕は驚いた。昨日から驚くことばかりだ。
「僕、一生このままかと思ってた」
期待が泡のように胸の中に浮かんでくる。僕は一刻も早く叔母に会いたくなってきた。
「今日は、もう寝よう」
スピカはそういうと、荷物をといて毛布を出した。
「これで寝るんだけど、大丈夫? ……3枚しかないから、包まって寝てね」
僕は渡された毛布を受け取り包まって草の上に横になった。
眠るにはちょっと肌寒かった。スピカもそう思ったらしく、こっちを見ると言った。
「2枚重ねて一緒に寝る?」
あまりに含みが無い発言に思わず頷きそうになったが、寸前で思いとどまった。
いろんな意味でやばいだろう。
「……僕は平気だから。寒いんなら君はレグルスと寝なよ」
「いやよ、こんな歳になってまで父親と寝るのは。それよりシリウスの方がいいわ。昔は良く一緒に寝たじゃない」
スピカは無邪気に言うと僕の側ににじり寄ってきた。
「からかうのはやめろよ……」
僕は急に不安になった。まさかスピカまで、僕に変な感情を抱いたんじゃないだろうな……。
いままで、僕の寝床に入りたがった人間はそれこそ数えきれない。その度にレグルスが止めてくれた。
僕は女の子が決して嫌いではないが、未だどうしてもそういう気分にはなれなかった。
深い深い闇。のぞくと頭がおかしくなりそうで。
僕はにじり寄ってくるスピカにたじろぎ、座ったままで腰をずらし後ろに後ずさった。
―――レグルス!
その願いが届いたのか、目の端にレグルスの姿が移った。
「レ、レグルス」
レグルスは腰の抜けた僕の姿を見て慌てて駆け寄ってきた。
「スピカ! お前シリウスに何したんだ!」
スピカは訳が分からないという表情で、レグルスの顔と僕の顔を見比べた。
「えっと、昔みたいに一緒に寝ようって……」
レグルスはその大きな手で目を覆うと、空を仰いだ。
そうして、僕の耳に顔を寄せると小声で囁いた。
「すみません……。スピカは、母親が早くに他界して、その、そういう教育を全くしていないのです……なので、全く悪気も含みもないのです」
「じゃ、あ。一緒に寝ようって、普通に眠るだけってこと……」
ぼくは心底安心した。
レグルスはそんな僕を見て、心配そうに、反面ちょっとホッとしたような顔をした。
「スピカが女の子と分かっても手を出せないようですね。あなたは。……思ったより重症だ」
スピカが内緒話を気にして、口を挟む。
「ねえ、何の話をしているの」
「お前は気にせず寝てろ。剣は届くところに置いてろよ」
そう言い捨てると、レグルスはスピカを置いて、そこから少し離れた岩場まで僕を連れ出した。
「スピカの力はもう知ってますね?」
「ああ、だいたいは。ビックリした」
「実は……私の妻もそうだったのです」
「え?」
初めて聞く彼の妻の話にぼくは興味をそそられた。
「実際、スピカが産まれるまでは知らなかったんです、その事は。……知ったときのショックは……お分かりでしょう」
スピカが産まれているという事は、つまりさっきの僕たちと比べ物にならないくらいたくさん触れ合ったという事だよな……。その間、ずっと心を読まれていたと……。
僕が想像してぞっとすると、レグルスは気まずそうな顔をして言った。
「私が知らなかったから、スピカが産まれたんです。……普通、無理でしょう」
レグルスは息を大きくついて続けた。
「多分、力の事は周りに知らせないのが一番いいんです。そうでないと自分が辛いでしょう。あの子は母をまねるべきだった。でも……隠し事は嫌いだと、そう言って、あの子は力を隠そうとしなかった。だから、未だ友達もいません。……あなたは、それを知っても、スピカの側にいてくれるようです」
なんだかスピカらしい話だなと僕は感心した。
自分を偽らない強さがうらやましかった。
「友達が作れないのは、僕も一緒だったから……それに、スピカは僕の秘密を知った上で傍にいると言ったから」
……だから、僕もスピカの傍にいてみたくなった。僕は素直にそう思っていた。
「なかなかつきあうのが大変な力のようです。一番注意しなければならないのは手です。直接肌に触れたものへの感度はかなり高いので。間に物を挟むほど感度は鈍りますからね。それでも仕方なく触れるときは無心を心がけています」
「気をつければ、読まれずに済むのか?」
「ええ。触れるものが人の場合は、そのときに考えてる事が伝わるので。ちなみに触れているものがものの場合は、その物自体の記憶が見えるそうです。それがどこにあって、どんなものを見ていたのか。……あなたの髪はあれだけ長かったし、本当にいろんな記憶を持っていたのでしょうね」
突然そんな事を説明されても分からなかったかもしれないが、ついさっきの事だったので、なんとなく納得できた。
「一度読まれてしまえば案外普通にしていられますよ」
そう言うとレグルスは岩場を離れ、スピカのいるたき火の近くに戻っていった。
僕も後を追って戻ると、スピカはおとなしくたき火の側で横になっていて、既に寝息を立てていた。
意志の強そうな瞳が閉じられ、長い睫の影が火の動きにあわせて踊る。火に照らされ頬や唇が鮮やかに色づいている。毛布のラインは柔らかな曲線を描いていて、スピカの呼吸にあわせて上下していた。
そうしているとスピカはやはりしっかりと女の子で、僕はなんとなく落ち着かない気持ちになった。
そんな僕の気持ちを察したのか、レグルスは、少し哀れんだ様子で僕を見た。
「……この娘は、可愛いでしょう。……おそらく親のひいき目を除いても、可愛いと思います。でもあの力は……あなたには荷が重いでしょう? だから、友達の距離を超えずに付き合っていただきたい」
「別に、僕は、そんなつもりは」
慌てて僕がいったが、レグルスの父親としての目はごまかせなかった。
「今は、ないのでしょう。だから今のうちに言っておくのです。
……あなたは皇太子だ。その気になれば簡単にスピカを傍に置くことが出来るでしょう。でもあの力をもったあの子に、中途半端な愛情は酷なのです。……これは親としてのお願いです。あの子を少年として、友として見ていただきたい」
僕はその晩なかなか寝付けなかった。レグルスの言った事が頭の中をぐるぐる回っていた。
スピカの事をどう思っているのか、自分でもまだ分からなかったが、彼女が自分にとって特別な存在になる事は予想できていた。
いや、今の段階ですでに特別なのだ。僕の眼をそらさずに見てくれるただ一人の人。
でもスピカをそういう対象とみてどうこう扱うなんて、それは誰が相手であっても同じだったが、今の僕にはとても無理だった。
もちろん僕にだって女性に対する欲望はある。ただ、それは、突然豹変し、僕を闇の中に引きずり込もうとするのだった。
僕はその闇がとても恐かった。
――僕はきっとひどく汚れている。