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闇の眼 光の手  作者: 碧檎
第一部 闇の皇子と世界の始まり
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第3章―8 対決

「いろいろ、分かったわ」


 彼女が目を開けると、ふっとスピカの周りの空気が元に戻った。

「シリウス、あのね。今から話すこと、みんなに聞かれたくないことかもしれないの。どうする?」

 スピカが僕を心配そうに見つめる。

 その瞳の色の重さに、僕はぎくりとした。

「でも、解決には必要なんだろう? ……僕は大丈夫だ」

 本当は逃げ出したい気分だった。でも、ここで逃げるわけにはいかなかった。



 レグルスが戻るのを待って、スピカは静かに話し始めた。

「まず、10年前のことだけど……。后妃様、やはり、シリウスのお母さんのこと、凄く恨んでた。毎晩のように、鏡に恨み言を言っていたわ。

 ……あと、今回のことも……シリウスのこと、というより、シリウスを通してお母さんを恨んでたみたい。……后妃様、可哀想なくらい、純粋に陛下のことがお好きなの」

 スピカはなぜか泣きそうになっていた。

「どういうこと……?」

 義母上が、父上を好き? そんな綺麗な想いが、暗殺に発展するものなのか?

 スピカは顔を曇らせると、僕を悲しそうに見つめる。

 言葉になるまでに少しの躊躇いがあった。

「后妃は、陛下のあなたへの想いを知っていたの」

「……」

 目をそらし続けていたことだった。

 ――やはり避けて通れないことなのか。

「『せっかく殺したのに、陛下の心が手に入らない』そう言っていたわ」

 一様に皆黙り込んだ。

 僕を気遣ってくれているのが分かった。

 ルティでさえ、話の深刻さに触れてはいけないと思ったのか、余計なことを言わずに黙り込んでいる。


 スピカは恐る恐るのように言葉を続けた。

「『シリウスが男だということを、陛下に分からせてやろう』、『シリウスをその気にさせて、襲わせてやろう』って……」

 まさか、それであんな風に僕を誘惑したって事――。もし僕が、そうしていたら……父に対する不敬罪で、死刑、だ。思い返して、背筋がぞっと泡立った。

「后妃がそう言ってたんだな?」

 スピカは頷く。

 こういう場合、女性が被害を訴えれば、男の言い分など聞き入れられない。たとえ合意の上だったとしても、僕が襲ったことにすれば、后妃は罪に問われない。それどころか、父は僕の行動に責任を感じて、一層義母を大事にするだろう。

 あのとき、彼女は僕を罠にはめようとしていたのか。邪魔な僕を消して、被害者の顔をして父の隣に添うつもりだったという事か――。

 そして、僕がそれに乗らなかったから、業を煮やし、今度は暗殺を仕掛けてきたという訳か。


 辻褄は合う。

 何もかも納得がいった。


 でも――

「それで、肝心の証拠品は?」

 レグルスが皆を代表するようにして、スピカに尋ねた。

 スピカは、そこでその果実のような唇を緩ませて、ふっと微笑むと、ポケットから林檎を取り出した。

「これよ」

 顔が映るくらいに磨かれた赤い林檎がテーブルに置かれた。

「これ?」

「さっき触った時に、変だな? って思ったの。この林檎、きっと毒入りよ。昨日シリウスの朝食に付いてたんだけど、これだけルティが残しておいたの」

「……これって、でも普通の林檎にしか見えないけど」

「凄く上手に細工してあるわ。鏡の前で后妃が林檎に細工してるのをあたし、見たの。そして、この林檎からも、后妃の顔が見えたわ」

 レグルスが促し、ルティが突然立ち上がる。そして部屋を慌ただしく出て行った。

「毒見役を連れて来させます。調理されたものしか、毒見はしなかったのでしょう。……まさか青果に毒を入れるとは……盲点ですね」

 レグルスが唸った。

「でも、これを后妃が用意したとは証明できないよ」

 僕が指摘すると、スピカは静かに微笑む。

「細工された林檎はね、1つじゃなかったの」

 そういうことか。

 僕がスピカを見ると、彼女は力強く頷いた。

「――まだ残りが部屋にあるかもしれない」


 ルティが毒見役を連れてきて、林檎を見せると、彼はその林檎を小さく切り取って、持ってきたつぼの中に投入した。

 つぼの中を泳いで居た魚が、しばらくすると白い腹を上にして浮いてくる。

 スピカが小さく悲鳴を上げ、叔母が眉をひそめる。レグルスは大きくため息をつき、ルティは黙って死んだ魚を見つめていた。誰も口をきかず、部屋はいつしか静まり返っていた。

 僕らは毒見役に固く口止めして、彼を部屋から出す。



 やがてレグルスがにやりと不敵に笑った。

「――さて。じゃあ、今夜にでも決戦と行きましょうか」

 見ると叔母も静かだが迫力のある笑みを浮かべている。

 ――10年越しの悲願だ。



 僕らはそのまま、5人で后妃の部屋の扉を叩いた。

 ルティだけを見張りとして部屋の前に残し、驚く侍女の取次ぎを無視して、奥の部屋まで入る。

 部屋は円形をしていて、屋根は円蓋になっていた。明り取りの窓が普通の部屋よりも多く、青白い月明かりが煌々と入っている。照明が消えているというのに、不思議と明るい部屋だった。

 中心の椅子には、その月光を受けて白く淡く輝く、月の女神のような女が一人佇んでいた。

「なんなのです? こんな夜更けに。いくら息子といえど、無礼ですよ」

 彼女は元気な僕を見てもさして驚くことも無く、ゆっくりとそう言うと、その長い長いプラチナの髪を指に巻きつけた。青白い光がそれに反射してまるで流水のようだった。

「これをお返しに参りました」

 僕は一人彼女に近づき、林檎を渡そうと手を差し出した。

 目の前の美しい顔は、少し青ざめて見えた。

「何のことかしら」

 スピカがふと動いたかと思うと、部屋の隅に向かい、窓際の低い棚に置いてあった籠の上から布を取り払う。

 そこには、月明かりの中、いくつもの林檎がつややかに光っていた。

 スピカがその一つを手に取ると、一瞬目を閉じる。そうして目を開けた彼女の瞳には確信が見えた。

「この林檎、そこにあるものと同じですね」

 僕は林檎を彼女の目の高さに持ち上げる。

「林檎なんて、どこにでもあるものでしょう。一体、何を言ってるのかしら」

「林檎自体は珍しくは無いでしょう。しかし、中に入っている毒はどうでしょうね?」

「……」

 后妃は明らかに動揺していた。

 視線を泳がせて、何かを、――誰かを、探しているように思えた。

 その動揺の仕方が少し気にかかる。

 僕は、なにか……大事なことを見落としたのではないか……?

 やがて后妃はあきらめたように僕の手の林檎を手に取ったかと思うと、少し微笑み、突然、それを齧った。

 目の前でプラチナの髪が空を舞うのを、僕は身動き一つ出来ずに見つめていた。



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