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闇の眼 光の手  作者: 碧檎
第一部 闇の皇子と世界の始まり
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第3章―5 告白

 叔母は話を終えると、レグルスと共に后妃の元へと向かった。

 例によって、僕とスピカとルティが部屋に残り、僕らはとりあえず食事をとることにした。

 3人でテーブルの上の食事を囲む。

 今日は小麦粉を丸めて練ったものと、野菜、肉が煮込んである汁だった。ルティが兵舎から調達してきたものだ。

 それをすすると、体が温まり、頭も働いてくる気がした。

 ……これからどうしよう。后妃との対決が待っているというのに、僕の頭の中はスピカのことでいっぱいだった。

 彼女を手に入れて失うものっていったい何なんだろう。

 僕は過去を振り返った。

 今までに確実に消えているものがある。――その時の気持ちだった。


「ねえ、ルティ。あなたの一族の女性って、どういう育てられ方をするの」

 スピカが皿を置くと、何か覚悟したような声でルティに問いかけた。

 ルティは眉を少し上げると、食べるのをやめてスピカを見た。

「あなたの一族じゃなくて、俺たちの一族、だ。……どうしてそんなことを聞くんだ?」

 スピカはそれには答えずに、重ねて問う。

「儀式って何かしら」

「……母君について何か聞いたんだ? さっきの叔母さまに」

 スピカは頷いた。

「うーん。実際手伝ったこともあるし……知ってるけど、話せない」

「どうして」

「お子様に話せる内容じゃないし。……スピカちゃん……どうせ聞いたら、そうするって言うんだろう?」

 スピカは再び頷いた。

 その何が何でも聞かせてもらうと言う態度に、ルティはたじろいで、ちらりと僕を見て、ため息をつく。

「それも皇子のためか。……でもこればっかりは多分皇子のためにはならないと思うけどなあ」

 そう言って、ルティは渋々のようにその内容を説明しだした。


 *


「絶っっ対に、駄目だ!!」

 聞き終わる前に、僕は叫んでいた。

 ルティは軽く息を付くと「やっぱりね」と呟き、スピカは僕の剣幕に驚いて、目をまんまるにしていた。

「……どうして?」

 スピカは不思議そうに問うた。

「どうしてって……当たり前だろう。僕のためにそこまで犠牲にする必要なんか無い!」

「大したこと無いじゃない」

 僕は絶句した。大したこと……ない、だって? 好きでもない男と、寝る事が?

 そんな僕の様子を見て、ルティが哀れんだ様子で説明する。

「……これがシトゥラの血ですよ。もともと、そういう性に対する倫理観が欠如してるんです。異性を受け入れることに何の頓着も無い。代々継がれてきた職業上、そうでないと、精神に支障をきしますから。

 ……それから、異常な自己犠牲。自分の価値をちっぽけなものだと考えてしまう……そういう血です」


 そう説明されて、僕は彼女の態度に納得がいった。

 ……僕の記憶の方が、自分よりも大事だと考えてるってことか。

 僕はなんだか無性に腹が立ってきた。

 そんなことされて、僕の気持ちはどうなるんだ。

「ルティ、ちょっと外してくれないか」

 僕はルティを見てそう言う。

 ルティは肩をすくめると、何も言わずに部屋を出て行った。



 ずっと聞きたかった。もう聞かずに居られなかった。

「スピカ、君、僕の気持ち分かってるんだろう? なのになんで」

 スピカは、うつむいたままで、少し伸びた金色の髪がその瞳を隠してしまっていた。僕はその瞳を見て話をしたいのに。

「君の気持ちが知りたい」

 僕がそう言っても、スピカはうつむいて黙っていた。

 焦れてスピカの腕を掴むと、自分の方を向かせる。

 そうして彼女の瞳を見たとたん、先ほどから抑えていた理性が一気に飛ぶ気がした。


 彼女が他のヤツとそうするくらいなら――そんな事させるくらいなら、僕の記憶が消えた方がましだ!


 僕は彼女の腕を掴み、引き寄せると、力一杯抱き締めた。

 スピカは嫌がって僕の胸を押したが、僕は腕を緩めずに、彼女を床に押し倒すと強引に唇を奪う。彼女のその短い髪の毛が、毛足の長い絨毯に絡み付くように広がる。


「だ、だめっ――!!」


 スピカが今までに無い抵抗を見せたが、僕は構わずに、その先へ進もうとさらに深く口づける。

 そうして、シャツの下に手を入れると、厚く巻かれた布を緩めにかかった。僅かにあるその隙間に手を差し込み、力づくで押し上げる。

 彼女の手が僕の腕を必死で止めようとするが、僕はそれを無視し、続けた。そして必死で乞い願う。


 ――お願いだ。僕以外とこんな事するなんて、言わないでくれよ――!


 突然、舌に鋭い痛みを感じ、ハッとして顔を上げる。

 口の中に血の味が広がる。

 ――噛まれた、のか?

 口を押さえつつ顔を上げると、スピカが上気した顔で僕を睨んでいた。

 その緑灰色の目には涙が溜まっている。


「……覚えてないんでしょう? 今何考えていたか」

「……」

 その通りだった。直前まで、彼女への想いでいっぱいだった気がするのに、今はそれがきれいさっぱり抜け落ちている。

 改めて気がつくと、気味が悪かった。

「だから、駄目なの。……あたしは、力を制御できないから。あなたに触れては駄目なの。あなたの大事な思い出、壊す訳にいかないもの。だからシリウスも、あたしがきちんと力を使えるようになるまで、触れないで」

 彼女の瞳を見つめていると、再びじわじわと熱い感情が沸き上がって来た。感情が抜け落ちて空っぽだった心が、怒りとか愛しさとか、ごちゃ混ぜなもので満たされる。

「駄目だ。……君が、その儀式をすることだけは」

「……どうして、そんなにムキになるの」

「君は、僕が誰か他の女の子を抱くと考えてみて、何も感じないのか?」

 スピカの答が怖くて、声が震えた。

 スピカは少し息を飲むと、顔を強張らせた。

「……それは……正直に言うと、嫌だけど。でも――」

 嫌という言葉に力を得て、僕はその先を言わせずに遮るように言った。

「――じゃあ、僕もそう思うっていうのが分からない?」

 スピカは考え込んだが、やがて頭を横に振った。

 そして、部屋の空気を切り裂くようにその鈴のような声が響いた。

「分からないわ。だってあなたは皇太子なんだもの。いくらでも、何人でも……選べるんだもの。立場が違いすぎるわ」

 愕然とした。

 どういう事だ。彼女は、今、嫌だと言ったのに……。それは僕と同じだと思ったのに。

 僕の気持ちと自分の気持ちは等価じゃないと考えているのか? ――僕が皇太子だから?

 立場だって? 何人でも選べるだって? 僕が欲しいのは彼女だけなのに。心を読んでいるはずなのにどうして……。

 どうしたら、僕の気持ちが伝わるんだろう。

 どれだけ真剣なのか、分かってもらえるんだろう。


「僕は……君が好きだ」

 僕はうつむいて呟いた。あれだけ伝わるのが怖かったのに、伝えないことの方がよっぽど怖かった。

「だから、君を独り占めしたい。他のヤツなんかに渡さない」

 今から言おうとしていることは、卑怯なことだった。声が震えるのが分かった。

 僕は大きく息を吸って顔を上げる。彼女はその大きな緑灰色の瞳を見開いて僕を見つめ返していた。

「皇太子セイリオス・ウル・ジョイアとして、言う。スピカ。君を妃に迎えたい」


 僕は答えを待つ。待っている間、心臓が破れそうだった。

 やがて、部屋に漂った沈黙を、スピカの微かな声が破る。

「きさきですって――――」

「分かってると思うけど、これは断れないよ」

 愕然とするスピカに向かって、僕は冷たく言う。

 僕は自分に腹を立てていた。

 ……まったくなんてことだろう。もっとちゃんとプロポーズをしようと思ってたのに……。権力を振りかざすなんて、最低だ。

 それでも、――僕は彼女が欲しかった。

 今彼女への気持ちを示すには、これしかなかったのだ。


 彼女が好きな男と関係を持つなら、まだ、我慢が出来る……かもしれない。

 しかし、彼女がしようとしていることは、そういう綺麗な事ではなかった。

 それも全部僕のため。僕の傷を治すため、そして、僕の記憶を守るため――――。

 それこそ冗談じゃない。

 スピカがそんなことするくらいなら、僕は傷くらい抱えて生きていくし、それか、記憶をなくしてもいい。

 しかしスピカはどっちも許せないらしい。

 彼女は自分を蔑ろにしすぎだった。


「君は僕がもらう。だから、それまで早まった真似は出来ないよ」

「本気なの?」

 スピカがまだ驚きを隠せない表情で僕に聞く。

「当たり前だろう。冗談でこんなこと言わない」

「で、でも。あたしこんな髪だし、貴族でもないし、美人でもないし、父親はあれだし、へんな力も持ってるし……」

「……」

 スピカって、こんなに卑屈だったのか……。自己評価がどれだけ低いんだ。

 美人じゃないって……どうしてそう思うんだろう。これだけ可愛いのに。……鏡を見たことが無いから仕方ないのだろうか。

「だから、無理よ」

「どうしてそうなるんだ!」

 あっさりとそう言うスピカに、僕はがっくりと肩を落とした。

「髪は伸ばせばいいし、君は美人だ。父親と貴族とかそういうのは僕が何とかする。力のことだって、僕を利用すればいい」

 僕は、そうまくし立てると、一番気になってたことを聞くことにした。

「……スピカは、妃になるのが嫌か? 僕が好きじゃない?」

 スピカは真っ赤になって首を横に振った。

「今更言わなくても分かってると思ってたのに」

「僕は、君みたいに力が無いから、言ってくれないと分からない」

 僕はそううそぶいた。


 しばらくの沈黙の後、蚊の鳴くような声でスピカは言う。

「……本当は、ずっとあなたのお嫁さんになりたかったわ。小さいときからずっと。だから……嬉しい」

 スピカは最後まで言い切ると、耳まで真っ赤になった。

 ただでさえ飛び上がりたいくらいの気分だった僕は、その様子のあまりの可愛らしさに、彼女を抱きしめようとした。

 しかし、それよりも一瞬早く、スピカが身を逸らして、僕の腕を逃れる。

 僕が不満げにスピカを見ると、彼女は真っ赤な顔をしたまま僕を睨む。

「だめよ。記憶がなくなっちゃう」

 スピカはどうやってもそこは譲ることは出来ないらしい。

 こんな気分のときにキスが出来ないなんて――

 早く解決方法を探さないといけないな。僕は真剣にそう思った。


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