第3章―3 発覚
翌朝、目が覚めると、スピカとルティが朝食を食べていた。トレイの上の食事からは湯気があがり、食欲をそそる香りが漂っている。互いに食事を分け合う姿が、妙に仲が良さそうで、なんていうか、夫婦みたいに自然に見えて、起き抜けからムッとした。
「あ、シリウス、おはよう」
スピカは僕に気がつくと、いやにすっきりした顔で微笑む。
その笑顔に拍子抜けする。――昨日、何事も無かったかのようだ。
この間もだったけど、なんでそんな風に普通にしていられるんだろう……。やっぱりあんなことは、スピカにとって大したことでは無かったのだろうか。まさか――、ルティが言ったように、犬に舐められたくらいのことなのか?
僕はそう考えてげんなりとしたけれど、表面上は冷静さを保って、食事をとることにした。
ルティが用意してくる食事は、僕のために持ってこられる食事よりずいぶんと質素だけれど、いつも出来たてで、とても美味しそうだった。
今朝は、卵や、肉や、野菜が挟んであるパンで、包んである紙には肉汁が染み出していた。
隣には暖められた牛の乳と、磨かれて毒々しいくらい赤く光る林檎が置いてある。
「皇子もよかったらどうぞー」
僕がじっと見ていたのに気がついたらしい。ルティが僕にもそれを勧めてくれた。思わず喉が鳴る。
「いいのか?」
「今日は、皇子の分も用意してきましたから」
「え?」
そういえばと、僕は自分の食事を探すけれど、見当たらない。
「今日のは毒入りだったので、下げさせました」
「!」
……とうとう来たか。僕は身が引き締まる思いだった。
よくよく考えると、今まで無事だったほうがおかしいのだ。
「今日がはじめて?」
「いえ。皇子不在中はしょっちゅうでした。おかげでお腹がすいて大変でしたよ」
「その時は、どうしてたの?」
スピカが不思議そうに問う。
「まあ、いろいろとね」
ルティはにやっと笑うと、僕に顔を寄せてささやいた。
「皇子の替わりに侍女に言い寄って置いたから、後始末はお願いしますよ」
――は? 侍女? 後始末?
「ちょっと待て。どういうことだよ」
「何人か味方につけただけですよ。だってねえ、腹が減っては戦は出来ないですから。ついでに女の子も居ないと人生つまらないですからね」
僕はひどく嫌な予感がして、確認した。
「まさかとは思うけど……僕の名を騙って、侍女に手を出したりしてないだろうな?」
「そう言っちゃあ、身も蓋も無いけど」
ルティは悪びれる風でもなくあっさりと認めた。
僕はショックで目を回しそうだった。
――最悪だ。つまり、こいつのせいで、僕が宮に居ないことがばれたってことじゃないか……。
知っているやつは知ってる。僕が、女の子(男もだけど)を寄せ付けないこと。その僕が、そんなことする訳が無い。――大体、療養中だというのにそんな元気な訳ないだろう! 普通に考えろよ!
僕が頭を抱え込むと、ルティは心底不思議そうに言った。
「なんかやばかったですか? ……あんまりにたくさんやって来るもんだから、いつもそうなのかなあと思って。いちいち、断るの面倒になっちゃったんですよー。さすがに男は趣味じゃないから撃退しておきましたけど。……大丈夫ですよ、間近で世話をするような人間には手を出してませんし。暗かったから、皇子じゃないってばれてません。あ、当然、子供が出来るようなへまもしませんよー」
自信たっぷりに言われて、僕はルティの頭の中の構造を疑った。
いや、もし本人にはばれて無くても、他のやつにばれてるよ……。というか、気づかない相手もおかしい。悔しいけれど、体格がこれだけ違うんだから。
レグルスめ……なにが仕事が出来るだよ。余計な事をやりすぎだ。
でも、女の子に手を出せないことをルティに知られるのは、どうも嫌だったので、僕は文句も言えずに黙りこんだ。そんな僕を気にせず、彼は軽い調子で続ける。
「ああ、ここのところ、急に寄せ付けなくなったから、怪しまれて、バレちゃったんですかねえ? なんなら、夜は外しましょうか。あ、でも刺客だったらまずいか」
さすがに頭にきた。――いい加減にその口を閉じろ!! スピカに聞こえるだろ!
「僕にそういうのは必要ない」
「あれ……そうなんですか。……てっきり、欲求不満でスピカちゃんにあんなことしたのかと……」
「君と一緒にするな!!!!」
僕はたまらず叫ぶ。
「……後で、僕じゃ無かったって、撤回してもらうからな、絶対」
僕はルティを睨みつける。
「ええ? わざわざ? どうせ、たくさんお妃を迎えるんだから、いいじゃないですか。どこの王子でも普通ですよ、そんなこと」
「いや、駄目だ。絶対に撤回してもらう」
僕の『計画』に、このルティの行動は、大きな妨げになる可能性があった。だから、絶対に譲るわけにはいかなかった。
僕の気迫に押されたのか、ルティはしぶしぶ、それを承諾した。
ふと気になってスピカを見ると、彼女は、食べ終わったパンの包み紙をいじりながら、ぼんやりしている。何かを考えているようだった。
ああ、もう。ルティのせいで、昨日のことをどう思ってるか聞きそびれちゃったよ……。
僕はパンを手に取ると、やけくそでかぶりついた。