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闇の眼 光の手  作者: 碧檎
第一部 闇の皇子と世界の始まり
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第1章―1 皇女と少年

 ――――!?


 いきなり意識が闇から浮かび上がる。それは、まるで今初めて世の中に出るかのように唐突だった。

 身体は自由に動かず、鉛のように重い。頭だけ異様に冴えていてそこだけ切り離されているようだ。

 かろうじて動いた目で辺りをうかがうと、見たこともないような、木がむき出しになった壁が見える。あまりに顔から距離のない場所にそれがあったため、そこがとても狭いのではないかと思い当たった。

 次第に身体も感覚を取り戻しつつあり、肩や腰に鈍い痛みが現れている。

 ……いったいこの状況は何なんだ?

 身じろぎすると、ガサガサと壁に体が当たってこすれる音がした。


「皇女様、気づかれました? もう少しの辛抱です。お静かに。我慢してくださいね」

 澄んだ高い声が聞こえ、僕ははっとした。

 ……皇女様だって?

 何かの聞き間違いじゃないかと思いつつ、とりあえず僕は黙る。声に惹きつけられたのだった。――今までに聞いたことのないような透明な声。

 しばらくがたごとと周囲で音がしていたかと思うと、いきなり周りの壁ごとぐらりと動いた。どうやら持ち上げられたらしい。ゆらゆらと箱が動き、僕はだんだんその動きで酔ってきてしまった。

 ああ、吐きそうだ。もう駄目だ……。

 さすがに助けを求めよう、そう思った瞬間、ぴたりと揺れが止まり、どこかに置かれる感覚があった。

「皇女様、お待たせしました」

 先ほどの鈴のような声とともに、天井だった部分が取り払われ、一瞬目がくらみ周りが見えなくなる。

 ようやく目が慣れて最初に目に入ったのは、一人の少年だった。

 あれ? さっきの……女の子は?

 そう思いつつ、周りを見回したけれど、どこにも声と結びつくような人物はいない。

 不審に思っていると、目の前の少年が口を開いた。

「ご気分はいかがですか?」

 その声がその少年の口から出てくるのを聞き、僕はかなり驚き、そしてかなりがっかりした。

 なんだよ、少年か……。

 気を取り直して起き上がろうとすると、あまりの体の重さに驚く。いきなり体重が2倍にも増えたかのようだ。

 少年が体を寄せて、肩を貸そうとした。

 そのときに初めてしっかりと彼の顔を見た。緑がかった灰色の大きな瞳をしており、まつげの色は少し赤みのある金色。髪の色はそれよりも少し明るい蜂蜜色。肌は白く染み1つない。ほおはバラ色で、唇は淡い桃色だった。

 髪は肩までの長さで乱雑に切られており、あまり手入れされていない。服も質素なので目立たないが、よく見ると、可憐、といっていい容貌だった。

 きれいな子だな。さすがに……僕にはそんな趣味は無いけれど。

 あれ……? でもどこかで見た事があるような……。

 記憶を探るけれど、こんな少年はやはり思い当たらない。

 頭を振って起き上がると、自分が祝宴のときに着ていた格好のままだという事に気がつく。


 僕は祝宴の度に父の趣味で女装をさせられていた。

 去年までは正装とはそういうものなのかと思っていたのだが、去年の暮れ、まだ12歳の妹のところに婚約者希望の男がわんさかやってきたときに、そうではないと気がついた。

 男児には男児の正装があることを初めて知り、そうしたいと申し出たのだが、父は断固として16歳になるまでは女児の正装をさせようとしていた。

 理由は、――僕が、僕の母にあまりにも似ているから。

 僕の母は、僕が5歳のときに、亡くなった。ちょうどその後、側室として入っていた今の后妃が正式に、正室となり、今に至る。

 つまり、僕と今の后妃は血がつながっていない。

 父は亡くなった僕の母をとても愛していた。母はつややかな黒髪に黒ダイヤのような瞳をしていて、肌は雪のように白く、唇は血のように赤かった。淡く光り輝く真珠のような人だったらしい。父は生き写しの僕に彼女の影を見ていた。

 それは僕が大きくなるにつれひどくなり、僕に対する愛情は、普通の親が子供に与える愛情を遥かに超えていた。

 その上、后妃から僕に向ける狂気のような熱情はなぜだか日に日に強くなり、この一年くらいは、貞操の危機を感じた事もあった。

 最初は何かの間違いでないかと思った。嫉妬を受けるなら分かるし対策のとりようもあったが僕はどうして良いか分からなかった。

 相手が相手だけに誰にも相談できないし。


 それに、僕が頼れる側近と言えば、騎士団長のレグルスだけ。母が亡くなってからは、後ろ盾の強い妹姫を後継者にという流れができており、僕に付いてくれる人間はめっきり少なくなっていた。

 それでも皇帝の溺愛する息子だという事で、表立って廃そうとはされないと思っていたのだが、今回の事を考えると、甘かったようだった。どうも本気で僕が邪魔だという輩がいるらしい。

「皇女様。さあ、つかまって」

 体つきまで華奢で、女のようだと思いながらも、助けられてようやく箱から出される。

 周りを見ると、木が打ち付けられただけの壁が見える。床も天井もやはり粗末な木で、家具もベッドとタンスが一つで、他はほとんど見当たらない。

 このような部屋は見た事が無く、まるでうまやのようだと僕は思った。

 そして外側から自分が入っていた箱を見て唖然とした。

「か、棺桶」

「危なかったのですよ。今回は」

 聞き慣れた低い声が後方から聞こえ、見ると、レグルスがドアから入ってくるところだった。

「レグルス、いったいここは、……というか僕はどうなったんだ?」

「ここは、私の倉庫です。粗末ですが、ここなら誰も来ません。……皇子、ご無事で何よりです」

「皇子ですって!?」

 少年がすっとんきょうな声を上げ、後ずさる。

 レグルスと僕に睨まれて、少年はたじろぐと下を向いて何かぶつぶつつぶやいた。

「申し訳ありません。で、でも、男性なんて……ってことは」

「こら、スピカ。失礼だろう。皇子、とりあえずお召しかえを。スピカ、お手伝いして差し上げなさい」

「ええ!? わたしがですか?」

「他にできる人間が周りにいるか」

 スピカと呼ばれた少年は、渋々、僕と一緒に隣室へと移った。そうして、無言で僕の後ろに回ると、衣の紐をほどいていく。

 あるトラウマのせいで着替えを手伝うのがレグルスだと確かに辛かったので、その配慮に感謝していた。こんなか細い少年ならまだマシだ。

 紐がゆるむに連れ、体が楽になる。

 僕はようやく腰を締め付けていた布から解放され、下履き一枚になると、用意された質素な男物の服に腕を通した。

「……本当に男の方なんですね……」

 そう言いながら、スピカは複雑そうな顔で僕の裸の胸と僕の顔をじっと見比べた。少しだけその頬が赤い。

「文句がありそうな口調だな」

 僕は彼をじっと睨んだ。

 間違えられることに慣れているとはいえ、やはり不愉快だった。

「いえ。……何でも無いです」

 変な沈黙に目を泳がせ、部屋を見渡すと狭い部屋いっぱいに大量の衣が散らばっていた。

 僕の視線に気づいてか、スピカは衣装の片付けをすると言い、僕だけレグルスのいる部屋に戻った。


「簡単ですが、お食事を用意させていただきました」

 テーブルを見ると、こんがりと焼けたパンと湯気の上がったスープ、バター、そしてチーズとワインが置いてあった。

 いつから食べていないのか……そう言えば空腹だった。それに気がつくと、急に口の中に唾液があふれてくる。

「ワインは、もういい。さすがに懲りたよ」

 赤黒い液体が脳裏によぎる。それを振り払いつつ、パンにバターを塗ると一気にかぶりついた。

 レグルスは僕が夢中で食べているのを安心した様子で見ていた。そうして僕がほとんど食べ終わる頃にようやく話を切り出した。


「あなたに何が起こったか。おそらく、あなたも予想されてるとは思いますが。……あなたは毒殺されるところでした」

 言われた通りに予想していた事なので、僕は黙って聞いた。

「あなたは、毒に耐性があった。それに一口しかワインを飲みませんでしたね。それで、一命を取り留めたのです。――しかしこのまま宮にいては危ない。一応容疑者に后妃が上がっています。彼女は知らないと言い張っていますが……証拠もありません」

「……后妃ははうえではないと思うけどね」

「私もそう思います。彼女はあなたにひどくご執心だった」

 レグルスが静かに言い、僕はその様子にびっくりして彼を見た。

「知っていたのか」

「彼女を見ていれば分かる人間には分かります。いつもヒヤヒヤしていましたよ」

「父上は知っていらっしゃったのか……?」

「帝は、同じような目であなたを見ていらっしゃいました。他は目に入らなかったのでしょう」

 それを聞いて、僕はさらに仰天した。

「そんなこと、無い」

 僕は弱々しく反論した。それを認めるのは許せなかった。僕が父にとって死んだ母の代わりだということは。

 レグルスは僕の様子を伺って黙っていたけれど、しばらくして口を開く。

「早馬で暗殺事件を知ったあなたの叔母君から頼まれました。あなたを城から連れ出すようにと。……まったくいろいろ大変でした」

「叔母が?」

 僕の母は王宮から離れた北のオリオーヌ州の貴族の出で、妹が一人いた。

 謎めいた女性で、母に似て美しく、結婚の話もたくさんあったのに、すべてを断り未だ未婚で通している。

 直感が鋭く、彼女の予見する事はたいてい当たる。おそらくそういう力を持って産まれたのだと思う。

 レグルスは、母と叔母の幼なじみで、仕事の合間に彼女の使いをよくこなしてくれていた。

「ヴェガ様は、昔から、あなたが宮で過ごす事に不安を抱いておりました。あなたに害をもたらすものがたくさんあると。今回、あからさまに命の危険があった事で、なんとしてもしばらくは宮を離れるようにと仰せつかっています」

 叔母にはすべてお見通しなのだろう。僕が皇太子という顔の陰でどんな目にあっていたか。レグルスはおそらくそれを聞いたのだろう。

 僕はため息をついて言った。

「それで? 僕がいなくなった後、どうなるんだい? 父も母もおそらくそんなこと許さないんじゃないか?」

 父と母のあの熱っぽい瞳が浮かび上がり、心が一気に重くなる。

「あなたはあの毒で床に倒れたという事になっています。有能な人物を身代わりとして置いてきました。犯人が見つかるまでです。今回は、命の危険があるという事で、帝には無理にでも納得していただきました。あなたを失うよりはよいと言われていました」

 それは帝としてなのか、父としてなのか、それとも……。

 僕が複雑そうな顔をすると、レグルスは寂しそうに微笑んで言った。

「あなたは一度宮から離れた方がいい。あなたが近くにいると、どうしても、誰もが心惑わされるようです。あまりに前后妃に似ていらっしゃるから。離れれば、近くにいる后妃にもう少し愛情をお持ちになるでしょう。后妃についても同じです。それで今の異常な状況から少しは抜け出せると思います」

「……なぜ僕はこんな風に産まれてしまったのだろう……」

 僕は聞こえないくらいの小さな声でつぶやくのがやっとだった。

 落ち込んだ僕の頭をそっとなでると、レグルスは、旅の準備をすると言って部屋を出て行った。


 いつでもなぜか自分の周りでいざこざが発生していた。

 それは僕が皇太子だからという理由だけではなかった気がする。

 なんだかねっとりした気持ちの悪い感情がいつも僕の周りをどろどろと渦巻いていて、最初は普通に仲の良かった人たちが、しばらくすると、こぞって僕を変な目つきで見るようになり、僕に触れたがった。

 その中で変わらなかったのが、このレグルスで、もう10年来の付き合いだった。

 彼は僕の剣の師匠であり、父のような存在だった。

 最初に会ったときには、あまりに体が大きくて、そして、その顔が恐くてびっくりして泣いてしまった。

 そのくらい強面なのだ。しかし、その緑灰色の目は優しく澄んでいることにすぐ気がつき、僕はすぐに彼に懐いた。

 そして10年が過ぎ、未だ彼だけは、僕を変な目で見る事が無かった。

 一度、聞いてしまったことがある。なぜ普通に接してくれるのかと。すると彼は、その怖い顔を緩ませて言ったのだった。

「耐性があるんですよ」

 そう言われて、初めて思い当たった。叔母のヴェガと幼なじみの彼は、多分この顔を見慣れているのだろうと。


 僕は自分の顔を良く知らない。

 世の中には「かがみ」と言われる魔術品があるらしいけれど、とても貴重なもので、王宮と言えど今は王妃の部屋に1つしか置かれていないのだ。

 なので、自分に似ているという母の肖像のみで自分の顔を想像するしか無かった。

 美しいと言われると、不思議な気分がする。

 確かに肖像の母は美しかった。しかし美しさで言うと今の后妃の方が上なのではないかと思うのだ。あんな美しい人を愛さないなんて、父上はどこかおかしいと思う。ただそのおかしい理由が僕にあるのは間違いないようだった。

 やはり少し離れた方がいいのかもしれない。このままいくといつか取り返しのつかないことになってしまう気がする。


 そんな事を考えていると、隣室のドアが開き、片付けを終えたらしいスピカが入ってきた。

「大変ですよ。あれだけの衣装を片付けるのは」

 そうぼやいて、スピカは僕の席の前に立った。

「申し遅れました。わたくしはスピカ。レグルスの元で、騎士見習いをしております」

 相変わらずの鈴のようなきれいな声で、スピカは言う。

「レグルスのもと? それにしては見た事が無い」

 一瞬スピカは言葉に詰まったけれど、答える。

「……まだ見習いですので、宮へは今回初めて入りました」

 そう言うとスピカはふふと笑った。

「やはり皇子様だったのですね。作戦で知ってはいたはずなのですが、先ほどのお姿はあまりにおきれいで、お似合いでしたので、妹姫の方だったかと勘違いをしてしまいました。失礼して申し訳ありませんでした」

「そんな風に言われても全然嬉しくない」

「しかしお声は……ずいぶんと渋いのですね」

 スピカは僕の不機嫌さをあまり気にせずに、ずけずけと気にしていることを言う。

 僕は最近になって声変わりしたのだが、外見と声があまりに違うと言われ続けているのだった。

 耳慣れない低い声が出てくるので、僕自身、まだ戸惑う。

 祝宴時に話すなと言われたのも、女装姿ではあんまりに気味が悪かったからだそうで。

 僕がその事を話すと、スピカは少し意外そうに首を傾げる。

「いえ、そのお姿ですと、そこまで違和感ありませんが」

 その言葉に俯くと、渋い色合いの簡素なものが目に入る。いつも着ている淡い色の無駄にひらひらした服ではない。

 こういうものを普通の男は着るものなのかと、感心していると、スピカもそれを察したように言った。

「その格好、とてもお似合いです」

「……ありがとう」

 そんな風に言ってくれる人はいままで周りにいなかったので、僕は単純に嬉しくなった。誰も彼もが僕を着飾って喜んでいたのだ。

 彼は、大丈夫だ。レグルスと同じ匂いがする。きっと変わらない。ふと、そんな予感がした。

 それと同時に、先ほどの会話が蘇り心配になる。

「君は、なんていうか、その、すごく細いし、騎士には向かないんじゃないの」

 正直、女みたいだって言いたかったけれど、自分がそう言われたら結構傷つくので、やんわりとぼかす。

「そうかもしれません。でもわたくしは騎士になりたいのです。あなたをお助けするために」

 僕はその言葉に驚いて聞き返した。

「僕を? なぜ?」

 スピカは何か言いたげだったけれど、結局は微笑んで黙っていた。

 しばらく待っても、どうも話す気は無いようなので、僕はため息をついて言う。

「なんだか知らないけど、僕のそばにいても多分いいこと無いよ。わざわざ貧乏くじを引くようなものだ」

 次の瞬間、スピカは僕の目をキッと見つめて強い口調で言い放った。

「そんなことはありません! あなた皇太子様なのでしょう。将来国を支える方でしょう! そんな卑屈な考え方似合いません。もっと自信を持ってください」

 その強い励ましの言葉に、僕は驚く。

 ……今まで周りにいなかったタイプだ。

 だいたい、こんなにまっすぐ目を見て話す人間を僕は知らない。レグルスでさえ、しばらく見詰め合うと恥ずかしそうに目をそらしてしまうのだ。

 僕はどんどんスピカに興味が出てきて、その澄み切った緑灰色の瞳をなんとなくじっと見つめる。すると、さすがに気まずくなったのか、スピカは不審そうに顔をゆがめた。

「どうなさいましたか?」

「いや珍しくって。僕の顔をじっと見れる人間ってあまりいなかったから」

「……そのお顔には耐性があるんですよ」

 ……なんだか聞いたことのあるような台詞だけれど。

「ひょっとしてヴェガ叔母様を知っている?」

 スピカは少し困った顔をして、うつむいた。

「知っていますが……。まあ、そんなこと良いじゃないですか」

 なんだか、極力自分のことを話さない子だな、と僕は不思議に思った。

 何を隠しているんだろう。……まあ、話したくないんなら仕方が無いけど。

 そう思っているところへ、レグルスが戻ってきた。


「お待たせしました」

 彼は大量の荷物を両腕に抱えていて、それをいったん床に置くと、スピカに向けて言う。

「日が暮れたらすぐに出発する。荷物は作ったな? ……じゃあ、それを俺の馬に乗せるんだ。そして、お前は皇子を乗せて行け」

 スピカは目を剥いて聞き返す。

「ええ!? ちょ、ちょっとそれは困る! ……いえ困ります……」

「馬は2頭しかない。俺だけで重量オーバーだ」

「……面白がってるんじゃないでしょうね」

 レグルスはにやりと笑うと、言った。

「約束は覚えてるな」

 レグルスはそう言い残すと、さっさと荷物をまとめて外に出て行ってしまった。

「……ひとでなし」

 スピカは悔しそうにつぶやくと、訳が分からずにいる僕のほうを見て言った。

「そういうわけですから。準備してきます!」

 どういうわけ? 不審に思う僕を残し、扉をバタンと閉めてスピカは隣の部屋の中に消えていった。

 ――あの二人はどういう関係なんだろう。なんだかんだでとても仲が良さそうだ。

 いつも丁寧なレグルスの知らない一面を見た気がして、僕はちょっとスピカに嫉妬した。



 しばらくして隣室から出てきたスピカは、大きな荷物を抱え、暑そうにしていた。

 よく見ると、なんだか着膨れしているようだった。この季節、外はそんなに寒くないはずだ。

「どうしたんだ、そんなに着こんで……」

 僕が驚いて言うと、スピカは黙って首を横に振る。

「気にしないで下さい。さ、早く行きましょう」

 そっけなくそう言うと彼はスタスタと歩いて表へ出て行った。

 しかたなく僕も外に出て、スピカの側に寄ると鞍をつかんで馬に乗る。

 スピカも続いて馬に乗ると、僕を腰につかまらせた。

「しっかりつかまっててくださいね」

 僕がその着膨れして細いんだか太いんだか分からない腰にしがみつくと、スピカはゆっくりと馬を進め始めた。



 夕日に城が照らされ、赤々と燃えていた。

 もともと城の外にほとんど出る事がなかったが、外に出る時もいつも馬車のカーテンの内側にいたため、その外観をしっかりと見ることは初めてだった。

 我が国の城は、鉄壁の城塞を持っている。それは切り立った崖。山の頂上に城を建てているのだった。建設には多大な苦労があった事が、史実に記されている。

 数多くの内乱にも決して屈しなかった城。

 その姿がだんだん小さくなっていき、城を出た実感がようやく湧いてきた。

 ――ここに戻ってくることがあるのだろうか。

 そう思った。


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