第7章 雨の音
微かに雨の音がした。それから雨の匂いも。
夏の雨の匂いって、独特。……焼けた大地の匂いが混じって、なんだか苦い匂いがするの。
祭りは無事に終わったものね――花火も綺麗にあがったし。無事に雨が降って良かった――。これで今年も豊作で、ジョイアはますます豊かになる。シリウスの国。ジョイアが――
シリウスの顔とともに、ふと今朝の事を思い出して泣きたくなる。
あたし、結局記憶を消せなかった。彼はあたしの心も身体も離してくれなかった。
シリウスが眠った後、起こさないように腕の中から這い出たのはいいけれど、髪をしっかりと掴まれている事に気が付いた。それは彼の指にしっかりと絡み付いてしまっていて、どうしても全部を引き抜く事が出来なかった。手がかりを残すわけにはいかなかったのに。ああなってしまったら、彼に会えなかった時のために書いておいた手紙を使うしか、なかった。誘拐と誤解されたら、騒ぎになるに決まってたから。
あたしは、一束の髪と手紙を残して、彼の元を去った。あたしが望んだ通り、彼は幸せそうな顔で眠っていた。起きてその顔がどれだけ変わるのかを考えると、身を切られるようだった。
ごめんね。ごめんね。ごめんなさい。あなたを傷付けたくなかったのに。こんな事なら、黙って出て来た方がどれだけ良かっただろう。
あたしは大きく息を吸込んで、涙を飲み込む。薄く目を開けると霞んだ天井が見える。模様に見覚えは、無い。宿かもしれない。馬車の中でない事だけは、確か。だって、背中に当たるものは木の板ではないもの。
あたしと父さんは祭りの行商人に付いて、とりあえず南へ向かっていた。南西のオルバースから船に乗って国外に出ようと思っていた。ハリスを抜け、その後山沿いに南に下るルート。見つからないように遠回りして都を避けて行くつもりだった。
父は何も聞かずにあたしについて来てくれた。労るような目で優しく見つめるだけだった。長い旅になるから休んでおけって言われて、安心してすぐに眠ってしまった。久々に力使いすぎちゃって、しかも徹夜だったから……馬車に乗るときは既にちょっと意識が怪しかった。どのくらい眠ってたんだろう。どこまで進んだのかしら? もう都は抜けた? ねえ、父さん?
あたしは父を捜して重い身体を叱咤する。身じろぎしてまどろみを振り払う。
――ん?
手首と足首が布で固定されてる。起き上がれない!
うそ――これ……って、どういうこと?
「と、うさん」
自分の声でようやく本当に目が覚める。
「ああ、起きたかい」
声のした方向を見上げると、見た事の無い男が数人。そして彼らの視線を追う。視線の先、彼らの足下には――
「父さん!!!!」
父が傷だらけで転がされていた。ぴくりとも動かないその姿にどんどん血の気が引いて行く。
男たちの中から一人、ひときわ大きな男が前に進み出た。茶色の目。茶色の髪。濁って大きな声。
「殺すなと命令されてたからこっちも必死だった。なかなか難しかったよ、強いねえ、このひと。お前さんがいなければ、逃げ仰せたんだろうけれどな」
「う、そ……――父さん」
「生きてるって。お前さんに手を出すって言ったら、すぐに大人しくなった。だから動けない程度に痛めつけただけだ。あとで手当てしてやるよ」
青ざめるあたしの前で男は父をゴミのように足蹴にする。父が小さく呻き、父が生きている事にほっとすると不安は急激に怒りに変わった。男を睨み上げる。
「……どういうつもり。――あの行商人の人たちは?」
あたしは思い出す。早朝ヴェスタ卿の伝で迎えに来てくれた、あの人の良さそうな、おじさんやおばさんたち。あたしが疲れてるのを見て、荷物の隙間に寝る場所を作ってくれて……労るように声をかけてくれた。彼らは――
「逃げたよ」
男がニヤニヤしながら答える。
その目が残忍そうな光を宿すのを見て、あたしはそれが嘘だと分かる。父の命を取らなかったのは――命令されていた、と。
命令って、一体誰に? あたしは、一体――
ふと、彼らの着ているものに見覚えがある事に気が付く。これは、明らかに軍服。この、襟の詰まった濃紺の服――どこかで……
突如一年前の記憶が蘇った。
――まさか
扉が開く音がした。頭上からその声が響いたのは、あたしが口を開いたのと同時だった。「ここは」
「――アウストラリスへ、ようこそ。スピカちゃん」
あたしは口を開けたまま、固まっていた。
「――どうして」
からかうような口調が降り注ぐ。
「君、そんなにお馬鹿さんだったかな。もうちょっと賢いと思っていたのに。ま、余裕が無い事は知ってたし、追い込んだのも作戦のうちだったけれど。でも――」
男は大きくため息をつく。
「知ってて来たのかと思っていたんだけどね。俺は君には分かるようにヒントを出していたから。だから俺を選んだんだって喜んでたのにな。だって少し考えれば分かるだろう? ジョイアの塩はどこからどこを通ってやって来ているのか」
その言葉が理解できない。言われている事はとても簡単なことみたいなのに。
「ルティ」
「なんだ?」
「――どこまでがあんたの仕業?」
あたしは冷静を装うのがやっとだった。
「全部」
「ぜんぶ?」
「水不足でアウストラリスから難民が流れ込んだのも、塩が値上がりしたのも」
あたしの聞きたい事とは違う答えが返って来て、あたしは戸惑う。それが今あたしがこうしてここに居る事とどう繋がっているっていうの?
雨の音が部屋に充満する。――雨? そう言えば、アウストラリスが乾いていると言ったのは一体、誰?
訳も分からぬまま、ルティの冷たい笑みに身体がどんどん冷えて行く。彼はひと際魅力的に笑うと、とどめを刺すかのように言う。
「それから――君が赤毛の子を産んだのも」
「――――うそよ」
動揺した心に言葉が突き刺さり、視界が揺れる。目が回る。
「ルキアはシリウスの子供よ!」
「それはどっちでもいいよ。俺にとってはね。ああ、置いて来たのは――唯一賢い選択だったかもしれないね」
「どういう意味」
「連れて来たら連れて来たで、俺の子供として発表するけれど――俺は子供が嫌いだしね。可愛がられた覚えが無いから、きっと可愛がれない」
そう言うと、彼はあたしの拘束を解き抱き上げる。隣の部屋に連れ込むとベッドにあたしを投げるように置く。のしかかりながら耳元で甘く囁く。
「――子供を作る行為は好きだが」
首筋に唇が落ちる。服の中にあっという間にその大きな手が忍び込んだ。
「――――やめて!」
燭台の火が天井の模様を揺らす。二つの影が妖しく揺れる。
彼の手は止まらず、あたしは胸元を開けられ、目を瞑った。
「…………っ」
小さな舌打ちが聞こえた。片胸を掴んだまま突然止まった手にあたしは目を開ける。
視線を下ろして、ルティが見ているものに気が付く。
「何、これ? 別れる直前までよろしくやってたわけ?」
「…………」
あたしは唇を噛むと胸を隠す。そこにはシリウスとの夜の名残が派手に残っていた。
「――つく」
「え?」
今、なんて言った?
「むかつくって言ってる」
その瞳の熱にあたしは思わず後ずさる。ベッドの端まで下がって、壁にぶつかった。
前攫われて来た時と――違う。同じ状況でも前はこいつ、全然平気そうだったのに。なにか嫌な予感がして、問う。
「あんた、あたしの事、単なる道具としか見てないのでしょう?」
そうよね? そうだったわよね?
「――本気になった」
彼は苛ついたようにあたしの右手を取ると、傷跡に口づける。その熱い舌がてのひらを這い、鳥肌が立つ。
「だから、この使えない〈手〉でも執着しているんだろう?」
「――やだ!」
あたしは手を振り払って上着で手のひらを拭う。でも、彼はめげる事無くもう一度あたしの手を取った。
「君は言った。『力を使って、腹の探り合いをしなくても、俺自身の魅力を使えば、なんでも出来るんじゃないか』って」
「……」
確かに、あたしはあのとき彼に伝えたかった。そのやり方を変えて欲しかった。
「俺は、その言葉通りやり遂げた。あの言葉が無ければ、俺は王位を手に入れられなかっただろう。そう気が付いたら何が何でも君が欲しくなってた」
うそ。こいつ――まさか、ほんとうに真剣なの?
「もともと、あいつになんか勿体ないと思ってたよ。あのどうしようもない甘ったれの坊やなんかには、君は勿体ない。君がどうしてあんなのが好きなのか、俺には分からない」
ルティは以前とは別人なんじゃないかと思えるような態度であたしに接する。いや、別人じゃない。以前の彼には無かったものが、そこにあるだけで。
「俺のものになれ、スピカ」
「――いやよ」
即答する。あたしにはもう、誰かと幸せになる権利なんか無い。特にこの男と一緒になることは死んでも嫌だった。
「シリウスは、もう、他の妃を迎えるのだろう? 君が仕組んだ策によって」
「――あたしが、仕組んだ……」
なんでルティがそんな風に言うの――? 仕組んだって言われれば、確かにそう。あたし、シュルマのお母さんの髪の色を見て……そしてシュルマがシリウスを好きだって聞いて、それならシュルマがルキアのお母さんになれば全部うまく行くって……そうよ、ヴェスタ卿もそう勧めてくれて。
あれ? でも……そういえばどうしてシュルマのお母さんはあたしが白紙の手紙を読めるって知っていたの――――
「まさか」
あたしは目を見開いた。
「ようやく分かったのか」
少々呆れ気味にルティは息をつく。
「ヒントを出したって言っただろう。君が気づいて、俺のところに来るように仕向けたのに」
すごく、すごく嫌な予感。あたし、あのシュルマのご両親だからって全く疑わなかった。彼らの好意を前提にしてたのに、もし違ったら――
「オルバースが君に近づいたのは、偶然じゃないよ。あの狸には俺も何度騙されかけたか。餌の出し方が巧妙なんだ。あの頭は取り込めなかったのが惜しいくらいだ」
あっさりとルティがあたしの僅かな希望を打ち砕いた。さっき言われたルティの言葉はなんだったか。――塩? 塩はアウストラリスから……オルバースを通ってやって来る――
うそ。あたし――騙されたの?
あたしはどうしてもそれを事実として飲み込めず、あがく。
「え、でも……シュルマは……シリウスの事が好きって、だからルキアのお母さんになって、妃になりたいって……。あたし、シリウスのこと好きな子が沢山居てもおかしくないって……」
呆然と言うあたしを、ルティが心底呆れた顔で諭す。
「一体君ってどんな感覚してるんだ……。まずそこを疑えばいいのに。っていうか、普通疑うだろ。妃になりたい女はそりゃ沢山居るだろうけど、君がいなければめそめそ泣くような男だ。あの皇子の子守りなんて、大抵の女は嫌がるに決まってる。身分と外見取っ払ったら誰も寄って来ないって。考えただけで面倒くさい。それ以外のものに惚れてる君は、はっきり言って特殊」
「な――――」
なんでシリウスってこんなに男の人からの評価が低いんだろう……。確か、父とイェッドの評価もそんな感じで……
辛辣な評価にすぐには反論が思い浮かばず、口が固まってしまった。というか反論をしている場合じゃないような気がする。嫌な予感がどんどんと沸き上がり、あたしの心を真っ黒に染めて行く。ルティは甘い瞳をしてさらに言う。
「ジョイアにいる時から、あいつの母親みたいだって思ってたけど、相変わらずだな。……俺の元なら、妻の顔をしていればそれだけでいいんだ」
再び伸びる手を振り払うとベッドを降りた。
「やめて。あたし、――戻らなきゃ」
あたしが騙されたのだったら――シリウスは? そしてルキアは? 誰があの二人を守ってくれるの?
「ハ。どこに? 自分で居場所を潰しておいて。もう君の居場所はあの国には無い。ジョイアは、君がこちらに来ると同時に国境を閉じたよ」
「国境を閉じた?」
考えたくもない現実が胸に迫る。あたしは縋るようにルティを見上げた。あたしは――
そんなあたしをルティは冷たい言葉で切り捨てる。
「言っておくが、『俺』は直接手を下してないからな。これは誘拐でも何でも無い。『君』が勝手にジョイアを飛び出した。君はシリウスを捨てたんだ――そうだろう?」
喉はいつしか干上がっていた。掠れた声で問う。
「あたしが……シリウスを捨てた?」
「そうだろう?」
ルティはもう一度念を押すように言った。
「子供も一緒に捨てて来たってわけ。あいつもそう思ったから、連れ戻しにも来ずに、国交を閉じたんだろう。つまり『もう帰って来るな』ってこと」
アハハと軽く笑い、ルティはあたしの腰に手を回す。
「君は俺のところ以外、もう行くところはどこにも無いんだ」
「……うそよ」
だめ、信じちゃ駄目。だって――
「あんたは嘘つきよ」
「じゃあ、確認してみるか?」
彼はそう言うと、有無を言わせずあたしを抱き上げて部屋から運び出す。そして彼は廊下の窓を開けた。腰から上が突然光に照らされる。
――ここは
あたしは目の前に広がった景色を見て目を見張った。思わず窓の桟にしがみつく。
深い山の中。夏の色をした森の中に、細い道だけが白く延びて行く。その先に忘れもしない国境の関所が見えた。そこはあたしが以前シトゥラから逃げ出して遭難した、ハリスとムフリッドに挟まれた山の麓だった。
「ほら、あの警戒態勢を見れば分かるだろう」
指の先を見る。ジョイアの軍服を着た兵士もアウストラリスの軍服を着た兵士も、以前見たより随分数が多かった。そしてジョイア側で関所の前には板で柵が築かれ、山の中にもちらほらと兵の姿が見える。彼らが持つ槍や剣が時折煌めく。それは、まるで、こちらを威嚇しているよう。
――嘘じゃないんだ
ぽつり、窓から雨が降り込み、あたしの手の甲を濡らす。呆然と呟く。
「雨……」
降らないと聞いていたのに。あの報告は一体なんだったの。何かが心に引っかかるけれど、それの正体がつかめない。
「ああ。ジョイアの調査団にうちのものを混ぜていたからな。疑わないのも、なあ。……あの国は相変わらず情報を軽く見すぎている。君を軽く見てるのもそのせいだろ。本当に馬鹿な国だ。……まあ、だから国境を閉じられても、別にアウストラリスは、困らない。大きく出て困るのは――ジョイアだろうな」
「困るって、どうして? ――どうしてそんな嘘を」
聞きたい事がありすぎて、もどかしい。
「さあて、どうしてでしょう」
ニヤリと茶化されても怒りも湧いて来ない。分からない自分の馬鹿さが恨めしくて、泣きたかった。
「君は何も心配しなくていい。俺に全部任せていれば、幸せにしてあげるよ」
後ろから優しく抱きしめられる。振り払う気力がどんどん消えて行くのが分かる。こいつはいつだって飴と鞭の使い分けがひどく上手いのだ。ひたすらに鞭を振るい続け、あたしを絶望の縁に追いやり、落ちる寸前に甘い蜜を餌に拾い上げる……――だめよ、このままじゃ、またこいつの思うつぼじゃない!
「君は、今までが頑張りすぎてたんだ。あいつは君に甘えるばかりで、甘えさせてもくれなかったんだろう? だからこそこうして、君は何もかも捨てて国を出た」
――甘えさせてくれなかった? ちがう。あたしが甘えなかっただけ。いつまでも彼を大人だって認めなかったのはあたしだった。
彼はあたしの腕の中から必死で這い出ようとしていたのに、あたしは気が付かない振りをしていた。だって、彼を守る事が小さい頃からのあたしの役目。それを手放せば、あたしの居場所なんかあっという間になくなってしまいそうで、――怖かった。
彼はいつの間にかあんなに強く大きくなっていたというのに。あたしはいつまでも子供扱いしてた。あの夜、初めてそれに気が付いた。
愛想を尽かされるのも、当たり前。――あたしは最低の妻で、最低の母親だ。
閉じた国境があたしに向かって叫ぶ。『二度と帰って来るな』と。
涙をこらえて歯を食いしばる。あたしには泣く資格なんか無い。
ふ、と暖かな気配を感じて見上げると、口を塞がれた。目を見開き、目の前に赤い髪から覗くルティの耳を見て、口を塞いだのが唇だと気が付いた。
「――――」
あっという間に舌を絡められる。後ろから抱きしめられていたから、重心が狂って上手く抵抗できない。爪を立てるけれど、腰に巻かれた腕はびくともしなかった。
そして空いている方の手が、身体をなぞる。――いや!
「ん、――んっ!」
あたしは、この男のこういうところが大嫌い! 同じ強引でもシリウスはもっと優しい。少なくとも嫌がってるって分かったらすぐに止めてくれるのに!
「――お前は、俺のものだ」
ようやく解放されたかと思うと、すぐに言葉で拘束される。
「――……っ」
あたしは息が上がってしまって、すぐに反撃できない。改めて、どれだけこいつが女に慣れてるのかが分かった。分かってしまった自分と分からせたルティ両方に嫌悪感が湧く。
「今度はきちんと王都に連れて行く。父も俺が伴侶を持つのをずっと待っている。王位を継ぐには妻が必要だからな。逃げたら……レグルスを殺す。もちろん、君が自ら死のうとしても、だ」
「――――!」
茶色の瞳が真剣な色であたしを睨んでいた。こいつはこういう事では嘘を言わない。本気だった。
「不本意だろうけどね、本人は。君の足かせになるなんて。まあ、そんな事を知ったら、自ら命を絶ちそうだから、内緒にしておいた方がいいと思うよ」
唇の前に人差し指をあて、くつくつと笑うと、ルティは続ける。
「悪い話じゃないはずだ。俺は君を愛す。一生君一人をね。――その言葉は、君が心の底から望んでるものだろう?」
*
あたしは大人しくせざるを得なかった。
父は荷物のように丸められ、馬車の床に転がされている。あたしは父のことを念入りに頼み込み、馬車が出発するのを見届ける。
――父はムフリッドのシトゥラへ。あたしはエラセドの王宮へ。父だけが頼りだったというのに、あっけなく道は別れてしまった。
あたしは目の前の男を静かに見つめる。
ルティは馬の上から甘い瞳であたしを見下ろしていた。満足そうな顔。こんな方法で、あたしを捕まえた気になってるみたいだった。
この男は、やはり愛を知らない。あたしの事が欲しいというのも……幼子がおもちゃを欲しがるのと何の変わりもない。単なる執着だ。あたしに関わる全てのものを包もうとする、シリウスとは全く違う。
それが怖くてたまらなかった。
――だって子供は手段を選ばない。おもちゃが欲しければ、きっと壊してでも手に入れようとするのだから。
「さあ、出発だ」
声とともに馬上に引っ張り上げられる。腰に手を回され、あっという間に唇を奪われる。抵抗する気力なんか、どこにも無かった。
心に重い枷を付けられ、父という人質も取られた。ルティの肩越しにエラセドへ続く道が細く長く横たわる。あたしは――さらなる裏切りの道へ、足を踏み入れようとしているようだった。