序章
それは、僕の十五歳の誕生日のことだった。
季節は晩夏。山に囲まれたこの地では、昼間の暑さはまだまだ厳しいが、夜になるとずいぶん気温が下がってくる。ひんやりとした空気が外から流れ込み、肌の出ている部分をそっとなでていく。
僕はいつもより派手に着飾り、広間の中央の席に黙って腰掛けてその苦痛な時間を過ごしていた。
――こんなこともう来年は絶対にしない。父が泣いて頼もうと絶対に。
そう力強く考えていると、ちらと赤黒いものが視界をかすめる。目線を上げると〈義母〉が傍にやってきていた。目をかすめたもの正体は、その白い手に握られた美しい壜の中で気怠く揺れる葡萄酒。その壜は異国のものだろうか――色硝子が散りばめられ所々星のように輝く。そんな細やかな意匠が施された見事なものだった。
「今日は絶対に口を利いては駄目よ」
見とれる僕に彼女は釘を刺す。僕はただ無言で頷いた。
〈義母〉は美しい。まだ若く、僕と十歳ほどしか離れていないので、母と言うよりは姉のような存在だった。
美しいプラチナの髪をしており、瞳は湖の底のような青。肌は陶器のように白く、滑らかだ。血色がなく、一見弱弱しく見えるものの、意外な情熱家。
そして僕は知っている。――皆に隠してはいるけれど、僕への愛情は親子のものというより男女のものだということを。
葡萄酒は、やはり美しい色硝子で作られたグラスに注がれる。それを受け取ると、微かな異臭が鼻を刺した。渋いような、それでいて甘いような。
しかし、同じ壜から注がれた酒を母は普通に飲み干していく。血のような色のそれが瞬く間にグラスから消え、後には妖艶な笑顔が残る。
一瞬躊躇ったけれど、その青い瞳に促され、一口、口に含む。
「――――!」
次の瞬間、呼吸の仕方を忘れた。舌が痺れ、視界がゆがんだ。
――来年の心配は無用だったかな……
そう思ったのが最後だった。目の前の光は消え、僕の意識は闇の中へと沈んでいった。