32 間接キス(紫苑視点)
僕は雅樹の存在を無視して斜め向かいの席へと腰を下ろす。
ここに来るまでに誰がどこに座るかを話し合っていた彼女達も自分の席に座る。
雅樹も僕に気付いたようだが、こちらにチラリと視線を寄越しただけで特に声をかけてこなかった。
そのままお互いを無視した形で座っていると、雅樹のテーブルの上にあった呼び出しベルが反応しだした。
雅樹が立ち上がると、続いて榊も立ち上がった。
どうやら二人で取りに行くようだが、少し迷った素振りをしているのは、他の客に席を取られないか心配しているのだろう。
お昼時が近づいてきたせいで、フードコートは徐々に人が増えている。
声をかけるべきか迷っていると、僕の前に座る女子生徒が「あれ? 榊じゃん」と声をかけた。
どうやら彼女は榊と仲が良いらしい。
榊はホッとした声で彼女に席の確保をお願いしている。
「コップがあるから大丈夫だと思うけど、いいよ」と彼女は告げているが、中には確かめもせずに座ってくる奴がいるからな。
幸いそんな面の皮が厚い奴はいなかったようで、すぐに雅樹達は戻ってきた。
どうやら二人とも同じメニューらしい。
ぶっかけうどんか?
僕もそれにすれば良かったかな?
そのうちに僕達のテーブルの呼び出しベルも「ピピピッ」とうるさい音をたて始める。
「ちょっと行ってくるね」
「……ああ」
彼女達は立ち上がると、注文品を受け取りに動き出す。
雅樹が座ったままの僕にチラッと視線を寄越してくるが、あえて気づかないふりをする。
やがて彼女達がトレーを手に次々と戻ってくる。
「はい。これ、紫苑君の分」
僕の注文したハンバーガーセットが僕の前に置かれる。
「ありがとう。ご馳走になるよ」
お礼を言って受け取ったが、その途端、雅樹が少し驚いたような顔をした。
どうやら僕が彼女達に昼食を奢ってもらう事に驚いたようだ。
なんだかムシャクシャしたような顔で目の前のコップを取り上げた。
ちょっと待て!
それは榊のコップじゃないか!
雅樹はコップを取り上げると同時に一気に飲み干した。
「あ、それ、俺のコップ……」
遅いよ、榊!
心の中でツッコミを入れていると雅樹が謝った。
「あ、ごめん。間違えた」
「いや、いいけどさ。俺が口を付けた所だったら間接キスになっていたな」
ケラケラと笑う榊に思わずハンバーガーを持つ手に力がこもる。
ハンバーガーを握りつぶしそうになる寸前で、ハッと気づき力を緩めた。
幸いハンバーガーを包んでいる紙に隠れていたので誰にも気づかれなかったようだ。
僕は平静を装うと、再びハンバーガーにかじりつくのだった。




