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さらば、愛を乞う赫き怪物たち  作者: 曲直瀬トウ
ヴィスコル城編

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第三十九話 いざ奏でよ、隷農狂騒曲

「──だが、幸運にも俺たちはリュミドラの配下を一人捕らえることが出来た。拷問の末にようやく連中の背後に好色の魔女がいること、そして、次の獲物がアルフレート・カタルジュと知ったんだ」


 協会《ギルド》は蜂の巣を突いたような騒ぎだったよ、と、ヴィタリーは当時を振り返りながら言う。


「それで、アルフレートとその家族であるお嬢様共々保護するために俺たちが派遣されてきたわけだ。……結果は惨憺たるものだったがな」


 ヴィタリーは恨めしそうに自分の腕を撫でる。そのわずかな刺激ですら痛みを拾うのか、彼は時折鋭く息を呑むことがあった。


「……仲間割れを起こしたのかもしれないと修道院長様は仰ってました」


「……仲間割れというよりは騙し討ちに近いかもな。俺は最低限の手勢を連れてヴィスコル城に向かっていたんだが──」


 その日、吸血鬼狩り(ヴァンパイアハンター)たちの夜の行軍は、夜目の利く馬と角燈《ランタン》の灯りだけを頼りに速やかに、そして秘密裏に行われた。だが、二発の銃声とともに夜空を駆け上る赤と橙の閃光弾によって中断を余儀なくされる。


 それは信号弾だった。吸血鬼狩り(ヴァンパイアハンター)同士で交わされる遠距離での通信手段である。赤い閃光は撤退を、橙の閃光は退避すべき方角を教えるものだった。


 仲間の姿はきちんと確認できなかったものの、馬の嘶きが荒野に木霊し、薄い紗幕のような土煙が闇に棚引いていた。


 街《ミラ・パドゥーレ》の吸血鬼狩り(ヴァンパイアハンター)が何者かに襲われていることは明らかであった。


「そして、俺たちは仲間を見捨ててでも辺境伯の保護を優先すべきだと判断して、閃光弾の示す方向に走り出した。だが──」


 突如として仲間だと思っていた吸血鬼狩り(ヴァンパイアハンター)たちが発砲してきたのだ、とヴィタリーは当時の混沌を淡々と語る。


「……恐らく最初から洗脳されていたか……俺たちのことを吸血鬼《ヴァンパイア》だと錯覚するような幻覚を見せられていたんだと思うぜ」


 仲間の一人が凶弾に斃れたのをきっかけに、その場は銃弾の飛び交う戦場と化した。


 ヴィタリーたちが騎乗していたのは軍馬ではなかったため、銃撃音に怯えた馬に振り落とされる者さえいた。


 その際、ヴィタリー自身も左肩を撃ち抜かれた。太腿にも軽い傷を負って半ば転落するように馬から下馬したものの、斃れた馬を遮蔽物にして辛くも難を逃れたという。


「その直後に銃撃が止んだ。俺が様子を窺うと、硝煙の煙の向こうに、仲間のものじゃない赤毛の男の姿を目にしたんだ。そいつは仲間たちの死体を前にして──楽しそうに笑っていやがった……!」


 ヴィタリーは無念と怒りのままに吐き捨てるように言う。


 気付けば、ヴィタリーは弾倉《シリンダー》が空になるまでその男に銃弾を叩き込んでいた。


 男は銀に灼かれる苦痛に苛まれ、醜く表情を浮かべたまま絶命していた。


 その後のことはよく覚えていない、とヴィタリーは正直に告白する。


「……あるのは俺の証言だけだ。証拠はない。それでも俺のことを信用してくれるだろうか」


「信用していなければ、そもそも今日会おうとは思わなかったわ」


 ヴィタリーはほっとしたように相好を崩した。


 しかし、エリシュカが彼を見つめる目は依然として厳しい。


「……兄様を、あの女から取り戻すことは出来る?」


 ヴィタリーは真っ向から繰り出された問いに、思わず喉を鳴らした。


「アルフレート・カタルジュは吸血鬼《ヴァンパイア》に変化したばかりで個体としては弱い部類だ。応援さえ来れば生け捕りにすることは出来るはずだ。しかし……」


「……貴方以外にこの村に辿り着いた吸血鬼狩り(ヴァンパイアハンター)はいないはずよ」


 そう言って、エリシュカは難しい顔のまま窓の外を見る。今はもう梢の音すら聞こえなくなっていた。


「……俺が派遣されてから、もう三日は経過している。定期報告が途絶えているにも関わらず応援が送られてこないと言うことは、あちらも応援を出す余裕のない状況なんだと思うぜ。街も、首都もな」


 それに、とヴィタリーは言葉を続けた。


「兄を取り戻して、その後どうする気だ、お嬢様?」


「……どう、って?」


 エリシュカは焦燥に胸を裂かれそうになりながら、縋るように年嵩の男を見る。


「協会《ギルド》では生け捕りにした吸血鬼《ヴァンパイア》に血を与えるなんてことは絶対にしない。薬を投与し続けて眠らせる事はできるが、血を与えなければ吸血鬼《ヴァンパイア》はいずれ死ぬ。それでもお嬢様よりは長生き出来るだろうがな」


 とくんと脈が一拍打つたびに、エリシュカの耳の奥が大きく、強く疼くようだった。


 ヴィタリーはエリシュカよりもずっと年長者で、経験も豊富だ。だから、ヴィタリーならエリシュカには思いもつかないような、素晴らしい知恵を授けてくれると何となく思っていた。


 だが、その希望は今、裏切られようとしている。


「そ……そんな……吸血鬼《ヴァンパイア》を人間に戻す方法は……?」


 無い、と短く返ってきた答えがエリシュカの絶望を一層深くした。泣きたくはないのに、目頭がかっと熱くなる。


 ──ひどいわ。


 年長者だからと言って何でも出来るわけではない。不可能を可能に変える力を持つわけでないと、エリシュカも頭では分かっている。


 だが、それでもヴィタリーに対する腹立たしさはリュミドラに対する憎悪を一瞬とはいえ上回った。


 何故大人は訳知り顔で未来の可能性を狭めるのだろう。若者に妥協を強いて幸せを夢見ることすら打ち砕くのだろう。


「すまない……」


 ヴィタリーも、そんな風にして年を重ねてきたのだろうか。挫折と失敗を味わい続けたのだろうか。


 搾り出すように出て来たその声は、ひどく掠れていた。


「……俺も、一つ聞きたいことがあるんだが。いいだろうか?」


「……なに?」


「何故お嬢様は吸血鬼《ヴァンパイア》に殺されず、なおかつ奴らに手傷まで負わせることが出来たんだ? 一体どうやって──」


 ヴィタリーの言葉を遮って、客間の扉が乱暴に叩かれる。


 びくりと肩を震わせるエリシュカに代わり、控えていたネリーが慌てて扉を開けた。


 僅かな隙間から身体をねじ込んで雪崩込んできたのはオクタヴィアンと修道女ベアトリスだった。


 予期せぬ乱入にエリシュカは驚き、席を立つ。


 彼らはエリシュカの腕にそれぞれ縋ると、客間から引きずり出そうとでもいうのか、ぐいと力強く引っ張った。


「お嬢様、今すぐお逃げください!」


「ちょっと待って、何事なの……?」


 村人たちが、とベアトリスは半狂乱の状態で叫ぶ。


「村人たちが武器を持って集結し、この城に向かっています──エリシュカ様を弑するために!」

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