#11「青春へ巣立ち」
しばらく泣いて、涙を枯らして、もう涙が出なくなって。左袖で流しそびれた雫を拭い、僕はこれから新たな学校での生活のために色々と準備を進めていた。衣服はもちろん、教科書やノートを始めとした学校で必要となるあらゆるものを調達し、全て黒のリュックサックに詰め込む。
まだ8月だからか、暑さとの戦いがこれにて幕を閉じそうだ。
「ふぅ……こんな所かな」
今回通う高校――陽翔学園は従来の高校とは異なり5年間、高校生として通う事となる学校だ。それにこの高校は生徒がそれぞれ時間割を作成し、そのカリキュラムに沿った授業を受ける――所謂総合学科と呼ばれる高校だ。更にこの高校は最初の3年間でそのカリキュラムをこなし、残り2年を自身がカリキュラムで選んだ科目一つを専門的に学ぶという仕組みになっている。まぁ、ほぼ高専のようなものだ。
「お、準備は終わったか?」
もういつでも出れる状態になった所で、零さんが部屋に入ってきた。
「はい。いつでも行けます」
「おっし、じゃあちょいと待っててくれ」
そう言って零さんはすぐに部屋を後にした。一体何をしているのだろうと考えながら沈黙が続くこと約3分後、思ったより早く零さんが戻ってきた。
「こっちも準備オッケーだぞ」
「あ、はい……!」
少し慌てながらも僕は左腰に零さんから貰った『双陽剣カストル』を帯刀し、リュックサックの肩ひもを両肩にかける。 これで身支度が終わり、部屋を出ようとしたその時――
「――美尊」
零さんの横切ったと同時に名前を呼ばれ、振り向くと、そこには零さん……ではなく、ゼロヴィオンの姿があった。
前に突き出された右手には深紅の鞘に収められた剣があった。
「こ、これはっ……!」
「受け取れ。こいつは俺からお前へのお守りだ。抜いてみろ」
ずっしりと重みの響く剣を両手で受け取り、ゆっくりと……静かに鞘から柄を離していく。その境界から徐々に露となる白銀の刃が煌めく。
「――この刃は俺の愛用していた短剣を素材に戻して刃に形取り、最初にお前さんが使った剣の柄に取り付けたもんだ」
「……! そんな、こんなの受け取れないですっ! 零さんの……大事な武器なのに……!」
「最初に言ったろ。お前さんは俺の『後継者』なんだ。これくらいさせてくれ。いつまでも俺がお前を守れるわけじゃ、ねぇんだ……」
「零さん……」
「こいつは俺の全てだ。俺がこの道を行くと誓ったガキの頃から灯し続けた、決して消えさせねぇ炎が灯ってんだ。俺はもう歳だからよ、消えねぇ内に……託しておきたかったんだ」
その表情には、安堵と僅かな寂しさで埋め尽くされていた。段々と、寂しさが勝っていくように、表情に笑顔が薄れていく。
「3ヶ月くらいしか見てあげられなかったが……ここまでよく頑張ったな、美尊。お前なら、きっと助けられる。全てを取り戻せられる。俺の唯一の、自慢の弟子なんだ……今日まで、ずっと見てきたんだ。軽々しいかもしれんがな」
「いえ……っ、そんな、事はっ……!」
「……達者でな、美尊。次戻って来た時は、ここがお前の墓場だと思え――なんてな」
「――ぐすっ、零さんっ……初めて貴方を、かっこ悪いと思いましたよ」
お互い涙を頬に伝えながら微笑み合う。その後、零さんが僕の両肩を強く叩き、僕が振り向いた途端に勢いよく背中を押し出した。
そのおかげで前へ進む覚悟を決め、僕は振り向かずに呟く。
「――行ってきます、零さん」
そして静かに古巣の扉を開け、その先に右足を踏み入れた。いつの間にかこちらを向いて微笑むあゆさんを追いかけるように――
――その瞬間、黒い雷が目の前で落ちた気がした。
◇
彼がここを出た直後、紅零は家の扉の鍵をかけ、ほっと胸を撫で下ろした。この3ヶ月間、どれだけ鬼畜だった事か。でもこれで本業に集中できる。寂しい気持ちが大きいが、元の生活に戻るだけだ。
……そのはずだった。
「――行っちゃったね」
突如、見知らぬ女性の声が左から聞こえる。ふと聞こえた方向へ振り向くと、そこには白の鎧と仮面に身を覆った騎士の姿があった。その重厚感ある格好とは裏腹の柔らかい声……その中は女性だとすぐに分かった。いつから入ってきたかは無論不明だ。
「……あぁ、そうだな」
「――楽しかった? それとも、辛かった?」
「……両方、だな。がっつり有給使われたからこれからほぼフル出勤だし、金もねぇからもっと働かねぇとで大変だな。でもその対価を払えるくらいには、あいつとの日々は最高だったよ。何だか親父になったような気分だった」
「ふふっ……」
騎士は笑う。それにつられて零も笑う。笑いすぎたのか、何だかお腹が痛い。そんなに大笑いするような内容だっただろうか。
……ただの腹痛か。
「あいつはやっぱり逸材だよ。俺なんかより、ずっと強くなれる。今はまだまだってとこだけどな。何処ぞの君も、もしあいつに会ったら見守ってあげてくれ。その時は……あいつの望みが叶うまで、ずっと。俺の代わりに……あいつの拠り所でいてあげてくれ」
「……うん、分かった」
……あれ。何だか眠くなってきた。あぁ、今日まであいつの面倒見てきた分の疲れが今になって来たのか。ここずっとまともに休めてなかったし、明日のためにも少しは寝とかねぇとか。
「……眠そうだね」
「あぁ……疲れてんだわ、俺。会社員と掛け持ちで師匠役すんのは身体に来るわ、流石に」
「ふふっ、お疲れ様。起きてる内にベッドに戻って、寝ちゃっていいからね」
「そうする……おやすみ」
「うん、おやすみ」
零は騎士の元から離れて、ゆっくりと寝室へと向かう。痛かったお腹は段々と温かくなっていく。一歩踏み出す度に、咳き込んでは血を吐き出す。
……あれ、何か変だ。
そう気づいた時だった。
「ゴボッ――」
口と腹部、そして背中から大量の血が噴き出す。あまりの痛みが零の身体を襲う。下を覗くと、腹部が貫かれている跡があった。いつの間にか刺されていた。
「まさかっ……あの騎士っ……!」
見知らぬ奴だなとは思っていた。仮に暗殺されるとしても、それより先に身体が動けると思っていた。暗殺のタイミングは完璧に読めるのだから。しかし、今回はそのタイミングが無かった。ただ単に雑談を交わしていただけだった。
「くっ……ほんと、馬鹿だな……俺……」
「仕方ないよ。この技を避けられる人なんて、存在しないから」
さっきの白騎士が零をベッドまで追い詰める。もう零はまともに身体を動かせない。これ以上の展開など分かりきっていた。
「今度は私が、彼の行く末を見守るから。だから安心して、あの世で見守っていてね――」
「こ……い、つ…………」
(まさか、あいつが戻ってくるより先に俺が墓場になるなんてな……)
白騎士の右手が零の視界を遮り、目を閉ざす。意識が消えていく。肉体から魂が引き剥がされていく。
(あいつに託しておいて、正解だったな。頼むぜ……こいつは、将来お前が倒すべき……)
この瞬間、紅零は息を引き取った。たった一瞬……謎の白騎士の暗殺によって。
「その彼も、このフィリアが連れてきてあげるから」
仮面を外し、屍と化した零に微笑んでから再び仮面を付け、彼女は部屋を後にして空へと身を乗り出した。
妖精の翼をはためかせながら――




