『ハンドレッドオーバー』
アリエートの内側から尋常ではない魔力が噴出し、血煙となる。
観戦席から、我先に逃げ出す者が続出し始めた。
「アリエート!! もうやめろッ、死んでしまう! 私は、おまえを失くしたくないんだ!」
たった一人の親友に届け、とユリファスは懸命に声を上げる。
だが。
『アリエート、を、、王に。テキ、壊す』
彼の血涙を流す両眼には、破壊の意志。
そして、わずかに残る。彼の希望。
「アリ、エート……」
ユリファスは、友のもとに行こう、と手すりに足をかけるが、臣下達に無理矢理抑えられた。
「離せ、離してくれッ!! アリエートを助けるんだ!!」
だが、臣下達は冷酷に。
「アレは、もはや『剣』などではござません。御身に相応しくありません。──捨てなさいませ」
血の気がひいた。怒りが湧いた。
寒くて、暑くて。
……悲しかった。苦しかった。寂しかった。
彼等は──自分のことを思ってはくれない。
アリエートのようには。
「おい。我が従兄弟よ」
「ダーイング、か……。頼む、殺さないで。彼だけなんだ、僕の大事な剣……」
「善処はしよう。だが、俺も女王への勝利の誓いを果たす為、剣として義務を果たす」
ダーイングは、怪物と成り果てた獲物を見据える。
「騎士としての腕は貴様が上だった。邪魔をした輩には、いつかこの報いを受けてもらおう」
静かな怒気が鎧から滲み出る。
「いくぞ、アリエート・ウル・メリック。これぞ我が絶技。──単純でわかりやすい力比べだ」
◆◆◆◆
ダーイングは剣を鎧の肘で挟み、滑らせる。
錆を落とすように、黒い剣身が剥がれ落ちて、鮮やかな真紅があらわになる。
その色味に、スプルスは眉を歪める。
「──貴様をどこまでも、私は嫌う。嫌い続ける。そして、さらに嫌いになった」
白いシャツの背から怒気がゆらり、と立ち昇っているのを幻視した一同は口を引き結んで、そっぽを向いた。
ライアは、真紅の魔剣を手にして喜んでいたダーイングを思い出していた。
「貴方の夢は、貴方の呪い。だから、私は喜べませんでした。──ごめんなさい」
「いつか、恨まれる日が来るんでしょうか?」
「それは大公次第としか、答えられないが。誰しも秘密のひとつふたつ、抱えているものさ」
アルフレドは、皮肉気に口の端を吊り上げてライアの頭をなでる。
「だが。剣を持てないままよりはマシではないかな? 祖王の置き土産に食い殺されるところだったしな。
──まさか、異界大戦の時に祖王が己の内側に封じたパンドラが原因で、剣を持てないなど」
そう。ダーイングの内側にもいるのだ。
『パンドラ』が。
それが、彼から力を奪っていた。
『剣』という力の象徴を奪い、やがてはその身を破り、戒めから自由になろうと足掻いていた。
しかし。『パンドラ』は失敗した。
ダーイングはライアと出会い、『剣』を得た。
今はもう、ダーイングの一部として取り込まれ、血と共に身体を循環している。
『人間』であり、『災厄』を宿す者──『魔人』。
祖王の子孫だから、『魔王』と呼ばれても違和感はない。
◇◇◇◇◇
アリエートからは魔力の波動がビリビリと肌をさしている。しかし、ダーイングの周りの空気は凪いでいた。しん、と静まっている。
スプルスは足を組んで補足する。
「魔力が、ある一定の値を超えると『人間』には知覚できなくなる。──だから、ここにいる人間どもには、アレがわからない」
「僕達だけがわかるんですね」
「そうだ。カミュ」
ダモスの煙草は、ギリギリまで灰になって、ポトリ、と床に落ちた。
「祖王ってのは、怪物以上の怪物だな。人間の類に入れていいのか?」
問いかけに、スプルスは答えない。
ただ、古い記憶の中の祖王がちらつき、消えた。
──寂しい、ひとりきりの王だった。
それでも、心はいつも子供のように光をなくさなかった。
◆◆◆◆◆
「人の域を越えた王よ。血は巡り、帰還をなした偉大なる我等が祖よ。
──約束は果たされた。その尊き願いを引き継ぎ、俺はあなたをも越えてみせる!!」
「呪われし王の裔。魔王よ、私達の運命すらその剣でいつか……」
あの日。彼と出会った裏路地の石畳の上で本当は願っていた。
自分を助けてくれる誰かを。
スプルスではない、別の誰かを。
──それが、ダーイングだった。
ひび割れて、ボロボロなのに。
その眼光は鋭くて。
眼を離せなくなった。
ああ、きっと──『輝ける女王』も見ただろう瞳の強さ。感じただろう胸に灯った光の瞬き。
ライアは。
初めて『恋』を知った。知ってしまった。
先生に知られたら。
投げられるでしょうか?
でも。片想いくらいならいいですよね。
ライアは恋しい騎士の勇姿を見守る。
その熱い視線に気付いたアルフレドは「なるほど、そういうことか」と、静かに口元を上げた。
罪つくりな大公殿下だ。
◆◆◆◆
魔剣が天に掲げられる。
振り下ろされるのを、真紅の刀身が輝きを増して待つ。
魔力をまとったアリエートが踏み込んだ瞬間。
『100over/王の剣域』
ダーイングの剣が振り下ろされ、丘を割り砕いた。
観戦席の壁まで被害が及ぶ、激烈な一振り。
レイゼンとザイルなど、丘の上にいた者達はからくも余波を回避していた。
「ダーイング様に殺されるとこじゃった……」
「あ、ん、の、野郎……」
ザイルはレグに抱えられて壊れかけた壁にいた。
「ご無事でなにより」
「あんがと、おっさん」
レグのタフさに、ザイルは素直にお礼を返した。




