『剣は槍へ、槍は──』
レイゼンとカプルの激しい殴り合い。
だが、突然──レイゼンの拳がカプルの顔をすり抜けた。
そのまま体勢を崩した老騎士に重いボディブローが炸裂する。
「ぐぅ……、『囮の山羊』か」
レイゼンは腹に当てられた拳を握り止めて、カプルを捕えていたが、受けた一撃はかなりの痛手。
「祖父から、使いどころを誤るなと助言を受けていたにもかかわらず、コレか。情けない……」
この一撃を決定打として、勝利をつかもうとした。
だが、逆に掴まれたのは己の拳。
ああ。祖父の言葉の意味がようやくわかった──。
幻影の自分が納得した表情を浮かべている。そして、自分も。
「そうか、叶わないのか。──悔しいです。レイゼン卿」
「すまんの。儂も……負けてしもうたら、弟殿下に合わせる顔がないんじゃ」
レイゼンは、大槍を空に向けた。
そこにいるはずの主に、勝利の瞬間を観ていてほしい、そう願いをかけながら。
◇◇◆◆
観戦席のギリクとウィスタードが、両手で耳をふさぐ。
「何してるんですか?」
「すぐにわかります」
ウィスタードとギリクは苦い顔で頭を低くして、背もたれに深く腰掛けていた。
それに倣って、ほかの面々も同じ姿勢になる。
「なんか、嫌な予感がするのは。気のせい?」
◇◆◆◇
ヴリテン島での訓練。第二段階ではウィスタードが加わり、その猛攻は凄まじいものだった。
夜闇の中、狙撃を回避したと思えば木陰から、ガラスの鳥が突進してくる。
それをひたすらに避ける。避ける。
だが、さらに容赦ない事態にレイゼンは追い込まれた。
『バードストライク』
一斉に砕け割れたガラスの鳥達。
その鋭利な破片が全方位から降り注いでくる。退路も進路もない。
レイゼンは、腹をくくった。
レイラインに魔力を流し込む。
永年固まっていた器官が本格可動を始める。
魔槍を構える。
蔦が伸びて、地に根を張ると──。
闇の向こうに、二つの存在を感知した。
地面のレイライン上に立っている。
大きいものと、細いもの。
「捉えたぞ、小童ども」
レイゼンは槍への魔力供給量を最大まで振り絞る。
◇◇◆
「なんかするつもりだな、あのジジイ」
狙撃銃のスコープでレイゼンの姿を覗き見ていたギリクは同じく観測用に残していた鳥から状況を見ているウィスタードにつぶやいた。
「あの槍……私の技に対する防御能力でもあるのでしょうか?」
──その時、槍の穂先が真っ直ぐに二人の方角を向いた。
位置を特定された!?
二人は瞬時にそのことを理解。
だが、次の事態はまったくの想定外だった。
◇◆
「槍よ、地にそびえ立つその姿を顕現せよ」
魔槍は蔦を四方に広げ、その本性をあらわにし。
ギリクとウィスタードは、同時に息を呑んだ。
「ゲ、ヴェーアッ!!?」
レイゼンの武器は大槍ではない。
大砲。
二人は目を見開き、額からは冷や汗が流れ落ちる。
剣王国の騎士、元王剣が。
ランバルトの武器を持つなど予想外にすぎた。
「お嬢様! 素晴らしいおしごとでございます、がッ!」
「魔銃を、あのジジイに持たせるなッ!!」
「照準良し。──戦場に爆ぜよ。魔砲ヴォータン!!」
次の瞬間、バードストライクの破片を一片残らず、吹き散らす砲撃が炸裂。
一直線にギリク達のいる崖に着弾し、爆裂音とともに瓦解させた。
間一髪で崖から飛び降りた二人は、次の砲撃を危惧して、森に入ると全力疾走。位置はばれる。なら、動き続けるしかない。
長身の二人は頭を木の枝にぶつけないよう、根に足をとられないように、注意を払いながら、夜の森を逃走した。
「一矢報いてやったわい」
その頃、レイゼンは。
大の字になって地面に倒れていた。
……もう、身体の節々が限界じゃ。
年はとりたくないのう。
もう少し若ければ、あと一撃いけたかもしれんが、無理じゃのう。
残念じゃが。
星空を見上げて、レイゼンは息を吐いた。
「弟殿下がおられたら、何と言われたかのう?」
きっと。
「すごいね、レイゼン。僕の剣は銃?にもなるんだ」とヘラヘラ笑うのだろう。
そういう方だ。あの方は。
レイゼンは、そのうち、ギリクとウィスタードが様子を確認しにくるだろうと考え、そのまま眠ることにした。
まぶたを閉じれば、老騎士の意識は夢の中に沈み込み、深い寝息をたて始めた。
◇◇◇◇◆
しばらくの後。
ぐっすり、スヤスヤと寝ているレイゼンの元にやってきたギリクとウィスタードは、奥歯を鳴らしながらも、老体を気遣って安全な場所まで運び、夜営をした。
「能天気に寝腐りやがって……」
ギリクは小鍋に湯を沸かすと乾燥魚で出汁をとり、野菜、ハーブをいれて煮込んだスープからは湯気と香気が立ち上っている。
疲れている以上に腹が減っていた。
まずは食わないと、ジジイに文句の一言も言えなかった。
「おいしいです。疲れた五体に染み渡ります」と、ウィスタードは音を立てずにスープを匙ですくう。
服や髪には木の枝や葉っぱがくっついているが、取り払う気力がなかった。
◇◆◇◆
『蔦は捩れ、捩れ。地に根を伸ばし、そびえたつ猛威をここに顕さん。──我が想い、空へと届きたまえ』
『戦撃の蔦』
魔砲ヴォータンから、放たれた一撃はカプルと幻を塵芥のように吹き飛ばした。
壁に激突する間際のカプルを剣王の座から飛び出した祖父が受け止める。
「最優の剣相手に……よく戦った」
最後まで剣を手から離さずに気絶した孫を誇りに思いながら、彼はレイゼンを羨んだ。
「おまえこそ、王剣だ」
老いてなお返り咲いた騎士は、轟然と丘に立っていた。
口から血を吐き、白髭を真っ赤に染めていたが。
その両脚は太い根のように地面に立っている。
観戦席から、救護に来た『魔狩りの剣』の手を振り払うと。
「ダーイング様が一番の獲物と剣を交えるのだ!! 見届けねばならぬ! 弟殿下に代わって儂が見届ける!!」
隊長が頷くと、隊員が動いた。
「わかりました! ならば、我々をその大役を務める支えとして下さい!」
隊員達は、レイゼンの身体を言葉通り支える。
「……頼む」
「ご安心ください。若いので」
「……いまの発言はどいつかの??」
後ろで背中を支えている騎士が押し黙って、下を向いた。




