『猟犬』
店の扉を開けて入ってきた巨漢の厳つい面がまえに、酔漢たちは一斉に目を逸らし、「この席、空いてるか?」という質問に、「はい」と酒瓶と料理の皿を抱えて、別の席に逃げていった。
スプルスは、完全に意気消沈して、肩を落としている。
その隣でライアが、腕を掴んでいた。
「先生。お腹空いてますよね? まずは、ご飯にしましょう?」と言って、見上げられたスプルスは、普段は見せない弱気な表情で「そうだな。おまえも、疲れただろう。雨にまで濡れて・・・」と、呟いた。
「おい、メニュー持ってこい」とギリクは、給仕を呼びつけて、メニュー表の上から下までを指でなぞった。
意味がわからず、首を傾げている給仕に「今の部分、全部だ。先に茶をだせよ?」とメニュー表を給仕の胸に押し返して、どかり、と椅子に腰を下ろした。
慌てて、厨房にかけて行った給仕から注文を聞いた料理人は、冷やかしか? と、テーブルに目をやって。
「さっさとしろよ・・・」と、すごむ巨漢の眼力にあえなく敗退した。
◇◇
「落ち着いたか、じい様?」
「ああ・・・。すまない、もう・・・平気だ。」
紅茶をゆっくりとすすりながら、スプルスは肩を落としている。
しかし。その言葉を、ライアもギリクも信用してはいなかった。
──竜種の『約束』に対する執着は、この程度で収まったりしない。
スプルスの白いシャツは返り血でうすらと赤く染まっていた。
財布狙いの盗人どもは、実は強運だった。
なんせ、狂いかけの竜種相手に命を取られていないのだから。
「大口径魔弾3発分の代価はじい様が保てよ。それでいいな、嬢ちゃん」
湯気を立てている熱い紅茶でメガネを曇らせながら「はい。無名型の代金は先生に全額支払ってもらいます」と言って、ふー、ふー、と息を吹きかけた。
「・・・通常弾の分は?」
「そっちは、ヴァルクルのご主人様に請求する。必要経費としてな」
粗塩をまぶした丸ごとの鶏をぶつ切りにした料理の腿の部分に、フォークを突き刺して豪快に噛みちぎる。
骨を床に、ぷっ、と吐き捨てて「もちろん。ここの会計も、だ」
テーブルの上には、実にたくさんの料理が乗っていたが問題ない。
クォーターだが、ティタンの自分に、肉大好きな石ころ嬢ちゃん。そんでもって、竜種のじい様。
カゴ入りのバゲットに、豚のリエット。タイのカルパッチョ。サフランライスに、牛肉のタリアータ。娼婦風パスタに、チーズケーキ。プラムのタルト。と、なかなか、いい品揃えだ。だから、惜しい。
「スラム街の店にしちゃ、いい店だな。おい?」
「ええ・・・、お陰様で」
ギリクは料理を運び終えた給仕の口にバケットを突っ込むと、「なんか違法品でも裏で扱ってんのか?」と質疑の目を向けると、給仕は目を逸らした。
そして、ギリクの手の甲に浮かび上がっていた紋章に息を飲み込む。
「──ッ、こ、こいつッ、ヴァルクルの猟犬だぁ!!」
「がう」と犬のように一声鳴いてから、プラムのタルトをかじると。
その横では、再び怒りの炎を瞳に宿したスプルスが立っていた。
先程まで座っていた椅子を掴み、放り投げる。
壁に当たって砕ける音を、開幕の合図に、ギリクの拳銃が火を吹いた。
スプルスは、動かない。ライアが手を握って静止していた。
「・・・駄目ですよ。まだ、ご飯中です」
「──。そうだな。奴に任せて・・・食事にしよう」
奥歯が砕けそうなほどに、噛み締めてスプルスは己を律した。
隣のテーブルの椅子を拝借して、スプルスは座り直すと、フォークを手にした。
「帰ったら、シャツを汚したこと。ヴィエッタさん、怒るでしょうね」
「・・・。巻き尺の女王よ、許せ。不可抗力だったのだ」
眉を寄せて、脂汗を流す姿に、ライアは、クスクス、と笑顔を浮かべた。
ありがとう、ヴィエッタさん。ちょっとだけ、いつもの先生に戻りました。
さすがは、巻き尺の女王様です。
悲鳴と怒号と銃声が鳴り響く店内で、二人は料理を片付けて皿を重ねていった。




