表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/55

中世から来た魔女は、ひとりぼっち。――1

 ピポピポピポーン! と、そそっかしくインターホンが鳴らされる。


「来たか」


 リビングダイニングのソファで待っていた俺は立ち上がり、念のため、来訪者(らいほうしゃ)をモニターで確認した。


 事情が事情だ。間違っても赤の他人に、少女のことを知られるわけにはいかない。


 モニターに映っていたのは、赤茶色のナチュラルショートヘアをした女性だった。


 ダークブラウンの、猫を連想させる瞳。顔立ちは非常に整っており、女優と言われても違和感はない。


 カチリ、と通話ボタンを押す。


「いきなり呼びだして悪いな、悠莉(ゆうり)

『構いませんよー! 先輩のことですし、悠莉ちゃんが恋しくなったんでしょう?』

「違ぇよ」


 ニヤニヤとからかうような顔をする彼女――茜井悠莉(あかねい ゆうり)に、俺はすげなく返した。


 悠莉は俺のひとつ年下で二六歳。大学・高校時代の後輩で、現在、俺と同じ高校に勤務する体育教師だ。


 悠莉とは長い付き合いになるし、()()なくしたところで機嫌を損ねることはない。実際、モニターに映る悠莉はケラケラと笑っていた。ご近所迷惑になるからやめてほしい。


「いま出る」と告げ、俺は玄関へ向かい、ドアを開ける。


「先輩、こんばんはー!」

「おう」


 ヒマワリみたいに明るく、仔犬みたいに人懐(ひとなつ)っこい顔で、元気よく片手を挙げる悠莉に、俺も片手を挙げた。


 オレンジのパーカーとグレーのロングパンツ、グレーのスニーカーを身につけた悠莉は、中背でスレンダーな体型だ。ただし胸だけは豊かで、パーカーに大きな膨らみを作っている。


「それで、頼んだ(しな)は持ってきてくれたか?」

「もちろんです!」


 悠莉が手に()げていた紙袋を渡してきた。


 中身を確認すると、俺が注文した、女性ものの下着が入っている。


「サンキュー」と礼を言う俺に、悠莉がイタズラげな笑みを向けた。


「で、先輩はなんのために下着なんか欲しがったんです? 女装(そっち)の趣味に目覚めちゃったんですか? あ! 脱ぎたてのほうがよかったですかね?」

「スマンな、悠莉。今日はお前の冗談に付き合ってられないんだ」


 俺が望んだ反応を示さなかったからだろう。悠莉が唇を尖らせた。


「つまんないのー。ていうか、先輩、なんかピリピリしてないですか?」

「非常事態が発生してな」


「非常事態?」と悠莉が首を(かし)げ、怪訝(けげん)そうに眉をひそめる。


 その顔が、驚きに染まった。


 俺の背後に隠れていた少女が、顔を覗かせたからだろう。


「ちょ……っ! 先輩、その子どうしたんですか!? ボロボロじゃないですか!!」


 悠莉の大声に、少女がビクリと震え、慌てて俺の背中に隠れる。


 俺はかがみ、衣服の胸元を握りしめる少女と、目線を合わせた。


『大丈夫だ、エリー。こいつも味方だから』

『……本当、ヨーイチ?』

『ああ。俺が保証する』


 まだ震えてはいるが、少女――エリー・ヴォワザンは、『ヨーイチが言うなら……』と衣服の胸元から手を離す。少しは安心してくれたのだろう。


「なにがあったんですか、先輩?」


 悠莉の声が固くなる。


 顔を上げると、先ほどとは打って変わって、悠莉は真剣な表情をしていた。傷だらけのエリーを前にして冗談を口にするほど、悠莉はバカではないのだ。


「説明はあとでする――というか、正直、俺も状況がつかめてないんだがな。わかってるのは、この子の名前がエリー・ヴォワザンで、年齢が一六歳ってことくらいだ」


 立ち上がり、俺は悠莉が持ってきてくれた紙袋を返す。


「ひとまず、体を洗わないと感染症に(かか)ってしまうかもしれない。エリーを風呂に入れてくれないか? 俺のティーシャツも渡すから、上がったら着替えさせてほしい。それから、傷の手当てもしないといけないな」

「下着を用意させたのは着替えさせるためで、あたしを呼び出したのはお風呂に入れさせるためですか。確かに、いまその子が着てる服は変えないといけませんし、体の汚れをお風呂で落とさないといけないでしょうね」


 ぼろ切れみたいな衣服と、薄汚れたエリーの肌を見て、悠莉が(しぶ)い顔をした。


「悪い。お前以外に頼れるやつがいなかったんだ」

「いいですよ。あたしと先輩の仲ですしね」

「助かる」


 溜息をつきながらも()()ってくれた悠莉に、俺は口元を緩めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ