中世から来た魔女は、ひとりぼっち。――1
ピポピポピポーン! と、そそっかしくインターホンが鳴らされる。
「来たか」
リビングダイニングのソファで待っていた俺は立ち上がり、念のため、来訪者をモニターで確認した。
事情が事情だ。間違っても赤の他人に、少女のことを知られるわけにはいかない。
モニターに映っていたのは、赤茶色のナチュラルショートヘアをした女性だった。
ダークブラウンの、猫を連想させる瞳。顔立ちは非常に整っており、女優と言われても違和感はない。
カチリ、と通話ボタンを押す。
「いきなり呼びだして悪いな、悠莉」
『構いませんよー! 先輩のことですし、悠莉ちゃんが恋しくなったんでしょう?』
「違ぇよ」
ニヤニヤとからかうような顔をする彼女――茜井悠莉に、俺はすげなく返した。
悠莉は俺のひとつ年下で二六歳。大学・高校時代の後輩で、現在、俺と同じ高校に勤務する体育教師だ。
悠莉とは長い付き合いになるし、素っ気なくしたところで機嫌を損ねることはない。実際、モニターに映る悠莉はケラケラと笑っていた。ご近所迷惑になるからやめてほしい。
「いま出る」と告げ、俺は玄関へ向かい、ドアを開ける。
「先輩、こんばんはー!」
「おう」
ヒマワリみたいに明るく、仔犬みたいに人懐っこい顔で、元気よく片手を挙げる悠莉に、俺も片手を挙げた。
オレンジのパーカーとグレーのロングパンツ、グレーのスニーカーを身につけた悠莉は、中背でスレンダーな体型だ。ただし胸だけは豊かで、パーカーに大きな膨らみを作っている。
「それで、頼んだ品は持ってきてくれたか?」
「もちろんです!」
悠莉が手に提げていた紙袋を渡してきた。
中身を確認すると、俺が注文した、女性ものの下着が入っている。
「サンキュー」と礼を言う俺に、悠莉がイタズラげな笑みを向けた。
「で、先輩はなんのために下着なんか欲しがったんです? 女装の趣味に目覚めちゃったんですか? あ! 脱ぎたてのほうがよかったですかね?」
「スマンな、悠莉。今日はお前の冗談に付き合ってられないんだ」
俺が望んだ反応を示さなかったからだろう。悠莉が唇を尖らせた。
「つまんないのー。ていうか、先輩、なんかピリピリしてないですか?」
「非常事態が発生してな」
「非常事態?」と悠莉が首を傾げ、怪訝そうに眉をひそめる。
その顔が、驚きに染まった。
俺の背後に隠れていた少女が、顔を覗かせたからだろう。
「ちょ……っ! 先輩、その子どうしたんですか!? ボロボロじゃないですか!!」
悠莉の大声に、少女がビクリと震え、慌てて俺の背中に隠れる。
俺はかがみ、衣服の胸元を握りしめる少女と、目線を合わせた。
『大丈夫だ、エリー。こいつも味方だから』
『……本当、ヨーイチ?』
『ああ。俺が保証する』
まだ震えてはいるが、少女――エリー・ヴォワザンは、『ヨーイチが言うなら……』と衣服の胸元から手を離す。少しは安心してくれたのだろう。
「なにがあったんですか、先輩?」
悠莉の声が固くなる。
顔を上げると、先ほどとは打って変わって、悠莉は真剣な表情をしていた。傷だらけのエリーを前にして冗談を口にするほど、悠莉はバカではないのだ。
「説明はあとでする――というか、正直、俺も状況がつかめてないんだがな。わかってるのは、この子の名前がエリー・ヴォワザンで、年齢が一六歳ってことくらいだ」
立ち上がり、俺は悠莉が持ってきてくれた紙袋を返す。
「ひとまず、体を洗わないと感染症に罹ってしまうかもしれない。エリーを風呂に入れてくれないか? 俺のティーシャツも渡すから、上がったら着替えさせてほしい。それから、傷の手当てもしないといけないな」
「下着を用意させたのは着替えさせるためで、あたしを呼び出したのはお風呂に入れさせるためですか。確かに、いまその子が着てる服は変えないといけませんし、体の汚れをお風呂で落とさないといけないでしょうね」
ぼろ切れみたいな衣服と、薄汚れたエリーの肌を見て、悠莉が渋い顔をした。
「悪い。お前以外に頼れるやつがいなかったんだ」
「いいですよ。あたしと先輩の仲ですしね」
「助かる」
溜息をつきながらも請け負ってくれた悠莉に、俺は口元を緩めた。