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中世から来た魔女は、ひとりぼっち。――9

 食事を終え、悠莉に風呂に入れてもらう頃には、エリーの怯えは少しとれ、落ち着いた表情を見せるようになっていた。


「あたしはそろそろ帰りますね。エリーちゃんの服とかは、明日持ってきます」

「ああ。助かる」

「それじゃあ、おやすみなさい」


 玄関に向かい悠莉を見送るとき、


『……お、おやすみなさい、ユーリ』


 寝間着の代わりとして、ワンピースから俺のシャツに着替えたエリーが、わずかに緊張しながらも、悠莉に挨拶(あいさつ)した。


「なんて言ってるんですか?」

「おやすみなさいだってさ」


 悠莉が目を丸くして、エリーに柔らかい笑みを向ける。


「うん。おやすみ、エリーちゃん」


「またね」と手を振り、悠莉が俺の部屋をあとにした。


 ドアがパタンと閉まると、隣から可愛らしいあくびが聞こえてくる。


 そういえば、エリーは一睡もしていないんだったな。


『今日はもう寝るか?』

『うん』


 目をこすりながらエリーが答える。


 俺たちはリビングダイニングに戻った。


『真ん中の扉が脱衣所に続いてるのは知ってるよな? 右の扉は俺の自室に、左の扉は仕事部屋に続いてる』


 俺の住む部屋は2LDK。仕事部屋が欲しかったので、あえて部屋数が多いものを選んだ。


 自室に続くドアを開け、エリーを案内する。


 六.五(じょう)の洋間には、デスクにウッドラック、ベッドと三台の本棚がある。


 俺は読書好きなので、本棚には、小説・マンガ・ラノベ・学術書・ビジネス書と、大量の本が敷き詰められている。乱読派(らんどくは)なのだ。


『エリーは俺のベッドを使ってくれ』

『ヨーイチはどうするの?』

『俺はリビングで寝る』

『えっ? どうして?』

『いや、エリーは男と一緒の部屋で寝るのは嫌だろ?』

『……ヨーイチは、嫌?』

『そんなことはないけど……』

『一緒がいい。まだ、不安なの』


 シュンとしたエリーを見て、俺はポリポリと頬を掻く。


 まあ、エリーが気にしてないならいいか。


『わかった。同じ部屋で寝よう』

『ありがとう、ヨーイチ』


 エリーが安堵(あんど)の息をつき、かすかに口端(くちはし)を上げた。


 硬さと怯えのない表情ははじめてで、俺は温かい気持ちになる。


 クローゼットからマットレスを出し、フローリングに敷き、俺たちは眠りについた。




     ○  ○  ○




 深い眠りのなか、突如(とつじょ)として悲鳴が聞こえた。


『いや!! 来ないで!! 許して!! お願い!!』


 何事かと飛び起きると、エリーがベッドの上で暴れていた。


 寝ぼけた頭が一気に覚醒(かくせい)し、エリーが暴れている原因を悟る。


 エリーは魔女狩りに遭い、異端審問官に殺されかけた。当然、ひどいトラウマになっているだろう。


 エリーは悪夢を見たのだ。おそらく、異端審問官に襲われる夢を。


『エリー!』


 (たま)らず俺は、暴れ回るエリーを抱きしめた。


『やめて!! 助けて!!』

『落ち着け、エリー! 俺だ!』


 呼びかけるも、錯乱(さくらん)しているエリーには届いていないようだ。


 なおもエリーは暴れ、俺の背中をひっかき、胸元に噛みついてくる。


 奥歯を噛んで痛みを(こら)え、俺はエリーの背中を優しくさすった。


『大丈夫だ。ここにエリーを傷つけるやつはいない。きみは助かったんだ。怖いものなんてどこにもない』


 フーッ! フーッ! と荒かった息遣(いきづか)いが落ち着いていく。ガリガリと背中を掻きむしる手が止まる。


 エリーが俺の胸元から口を離し、焦点(しょうてん)の合わない目で俺を見上げた。


『ヨー……イチ?』

『ああ。俺だ』

『異端審問官じゃ、ない?』

『ああ。全部夢だったんだ。エリーが傷つくことはもうないんだ』


 背中をポンポンすると、エリーはコクリと頷いた。


『あ、あの……乱暴して、ごめんなさい』

『気にしなくていい。俺だって、殺されそうになる夢を見たらきっと取り乱す。怖かったんだから仕方ない。エリーの所為じゃない』

『……ありがとう』

『じゃあ、改めて眠ろうか』


 背中に回した腕を()いたとき、エリーが俺のパジャマをキュッと握ってきた。


『エリー?』

『……一緒じゃ、ダメ?』

『怖いのか?』


 エリーがうつむき、小さく頭を縦に揺らす。


 しばらく考えて、俺は答えた。


『……悠莉には内緒だからな』

『うん。約束する』


 ベッドに横たわると、エリーが身を寄せてきた。


 先ほどと同じように、エリーの背中を優しくポンポンする。


『大丈夫。俺がここにいるから。痛いことも苦しいこともつらいことも悲しいことも、ここにはないから』


 何度もエリーに言い聞かせる。


 五分ほど経った頃、穏やかな寝息が聞こえてきた。


『――おやすみ、エリー』


 あどけないエリーの寝顔を眺めながら、俺は(ささや)く。


『もう、ひとりぼっちじゃないからな』

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