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体験版 後編

 それを唱えると同時に、身体の中を何かが巡る。

 何も考えられない頭の中に、皆の悲鳴だけが聞こえてきた。


 大人の悲鳴、知り合いの悲鳴、誰だか分からない悲鳴。

 そこに奈月の声は無い。俺が消した、殺した、絶った。


 その事実が、俺の身体を空にしている。

 空になった肉体に、得体のしれないものが満ちていく。


 ……不快感の塊だった。感じたことの無い気持ち悪さだった。

 それ以上に、確信出来るほど強大だった。


 この力があったなら、誰一人喪わずに済んだかもしれないと思う程に。


 「俺は……」


 正しく在りたかった。強くなって、頑張って、真っ当な手段で、手の届く皆を守りたかった。


 『正義の味方? よく分からないけど、格好いいね! なれるよ、浩介なら』


 昔に聞いた、声が反芻する。もう聞くことはない、一番大切だった人の声。

 けれど、比較してしまったら――多くを選ぶことしか、出来なかった。


 「ごめん……ごめんよ、奈月」


 それだけ呟いて、前方へ意識を向ける。

 三つ首の魔獣が、生徒の一人へ飛び掛かろうとしている最中だった。加速した車のような速度で進む魔獣は、着地するだけで生徒を轢き殺すだろう。


 ……追い付ける。


 全身を駆け巡った不快感は力となり、背中から翼となって突き出ていた。

 その名前と共に、力の使い方は理解している。


 キィィィ、と金属音が翼から響く。音と共に魔力が全身に行き渡り、この身体を強化していた。

 翼をはためかせ、地面スレスレを飛行する。向かうは直線、魔獣に横からぶつかるように。

 ジェット機のような加速をもって、突撃していく。


 「――ヂ、ァア!」


 着地寸前の魔獣へ向けて、サッカーボールを蹴りあげるように足を振り抜いた。

 足に伝わったのは、途方もない重量感。まるで壁を蹴り付けているような、頑として動きそうもない感触。


 ……更に、力を込める。振り抜く力を足に、突き進む力を翼に。

 出来ないはずはない。この力は異端の証。

 『神』より与えられた、世界の道理を狂わす力なのだから――――!


 身体ごと回転する勢いで、足が真上に振り抜かれた。

 巨体が、吹き飛ぶ。魔獣は驚いたように目を見開き、こちらを見据えながら宙を舞う。


 『傲、慢……!!』

 「逃げろ! こいつは俺が……!」


 やぶれぶれになりながらも、こちらから遠ざかる叫び声を背中で聞きながら、魔獣を睨む。

 未だ宙にある魔獣は、三対の瞳を全て俺に向けていた。


 息を吐いて、魔獣の動きに注意する。


 直ぐに追撃しなかった理由は単純。

 ……足に伝わった衝撃が、僅かな痺れとして残っていたのだ。

 動きはする。どこか壊れた訳でもない。ただ、人生で一度も感じたことのない衝撃に、身体が驚いているのだろう。


 力を得たのは一瞬前。

 使い方は分かっていても、それはマニュアルを読んだ程度のもの。


 戦いは、初めてだ。一方的な被害者でもない。一方的な、加害者でもない。暴力を、更なる暴力で押し潰すための闘争。


 痺れが取れたのは一瞬で、魔獣が着地したのも同じくらいであった。


 「……くっ」


 力の使い方は、分かっている。

 この翼は何のためのモノなのか。この翼で何が出来るのか、一通りの把握はしている。


 それだけだ。

 何が出来るかを知っていたとしても、何が最適解かを即座に導き出せるほど、俺の判断力は高くなかった。


 『……その程度では』


 疲れも、痛みも感じさせずに淡々と紡がれる言葉。

 全速力で振り抜いた一撃のつもりだったが、有効打ではないように思えた。


 『このまま死んで、終わりです』


 一呼吸の後に、魔獣が大地から弾け飛ぶ。

 進行方向は前。今度こそ魔獣は俺を敵と見なし、排除しようと行動を始めた。


 ただの突進だ。

 だんだんと加速してこちらへ向かう、巨大な質量。


 「迎撃……いや」


 翼から右腕へと魔力を回し、掌を魔獣へ向ける。


 この翼は見た目通りの翼ではなく、いわば魔力の増幅器。

 俺の意志に応えて、事象を巻き起こす万能の力。


 何でも出来る。だからこそ、選びとらねばならなかった。


 「……くそっ」


 思考が固まらない。最適な攻撃が分からない。

 最善なんて教えてくれない。最悪だって理解していない。


 咄嗟に選んだのは、回避行動。

 掌を自身の右側へ向け、噴射と同時に飛び跳ねた。


 自分の視界から一瞬、魔獣か消えた。直ぐに首を捻って、魔獣が居るはずの方向へと視線を向ける。


 あくまで無機質な、三対の瞳と目が合った。

 言葉さえ交わさなくとも、それが何を意味しているかは分かる。


 この程度なら、見えていると。

 咄嗟の行動では、力を発揮することは出来ない。

 翼を媒体に力を増幅するというのなら、翼に力を込める段階で、何に使うかを明確にしなければならない。


 それが出来なければ――――。


 魔獣が、踏み込む。

 真ん中の首を伸ばし、巨大な口が更に大きく開けられる。


 一足で、それは俺を捉えられる距離にまで近付いた。そのまま口を閉じてしまえば、俺の体は二つ以上に分割されてしまうだろう。


 「避けろ」


 自分に言い聞かせて、次の行動を決定する。

 翼に魔力が集まる、回避行動と決め打った今回は、先ほどよりも高純度の力を集めることが出来た。


 翼を広げると同時に、魔力が放出される。

 早送りのような勢いで、地面が俺から遠ざかった。

 ガキン! と冷たい音が、少し遅れて耳に届く。


 ……視線を魔獣に固定する。加速の勢いはそのままに、体は空へ舞い上がる。


 「炎には――」


 視線を下ろしたまま、右手に力を集める。

 今まで移動の為に使っていた形の無い力を、暴力の為に固めていく。


 「『翼より右腕へ、青よ』」


 起こしたい現象をイメージして、頭に浮かんだ文字列を言葉にした。


 力が、走るように伝っていく。

 翼から肩、二の腕、肘を通って手の甲へ。五本の指に達した力はそれぞれ掌の前へ集まっていき、球状の青色を形作っていく。


 「『狙うは魔獣、象るは光線、魔を討つ為に』」


 まるで双眼鏡でも覗いたかのように、視野が魔獣のみを映し出す。校舎より高い位置に居てなお、俺の目は魔獣の体毛一本さえ捉えていた。


 掌に集めた力は、今やバスケットボール程の大きさになっていた。圧縮されたそれは、縛られた獣のように内側で荒れ狂う。


 「炎には水だろ、『水となれ』!」


 言葉と共に、力を解放する。視界が水で染まり、爆発音が耳を突く。

 掌から放たれた光線は、真っ直ぐに魔獣へと落ちていった。


 放射の反作用により、更に地上が遠ざかる。

 翼による浮力をキャンセルする……だけでは足りない。同時に、翼によって体をその場へ固定した。


 「……そろそろ、だな」


 視界が水で埋まっている。これでは、魔獣の様子が確認出来ない。一度掌の前で力を集めている関係上、水が魔獣に当たっているのかも分からない。


 放射を止めて、即座に地上へ降りる。

 地上では水飛沫が舞っており、視界が悪い。それでも、魔獣が形を保っていることくらいは判別出来た。


 「どうだ」

 『想定通りの使い方ですね。正攻法のままであれば、まだ不充分です』


 口から出た言葉に、返事があった。

 一拍置いて、水飛沫で出来た霧を裂いて何かが飛んでくる。


 咄嗟に「守れ」と唱える。機械音と共に翼を巨大化させて、その場で回転。飛んできたものを弾いた。


 翼を打ったのは鉄のような感触。

 飛んできたそれが何だったのかは分からないが、少なくとも俺を傷付けて余りある代物であることは確かだろう。


 「……そうかよ」


 次の手を考える。

 先程は、大きな光線を撃って視界が遮られた。

 規模が大きくなる攻撃は、なるべく避けるべきだろう。


 起こしたい現象をイメージ。

 頭に浮かんだ言葉を――一部分を切り取って口にした。


 「『右腕へ、雷よ、刃となり、飛べ』!」


 ……まだ長い。

 作られたのは、三本のナイフの形をした雷。


 握ったそれを力任せに投げると、ナイフは魔獣目掛けて真っ直ぐに飛んでいく。


 「目視で狙いを付けられる、か」


 魔獣が腕を振うと、三本のナイフは霧散した。

 単純な火力不足。遠距離での攻撃は、相当な火力を出さねば通りそうにない。


 『詠唱の短縮を確認。まだ、不充分です』


 ……雷が通じた様子も無い。魔獣が電気に強いのか、それとも魔力の雷では感電しないのか。


 「『火よ』」


 次の技を考える。

 油断しているのか、警戒しているのか。どちらなのかは判断がつかないが、魔獣の動きはまだまだ必死とは言い難い。

 それは有効な攻撃を与えられていないということだが、今は様子を見られているということでもある。


 俺が限界を見せるか、俺が魔獣を害する攻撃を放つか。

 そのどちらかが起こるまでは、試すことが出来そうだ。



 そうして、幾ばくかの時が経った。

 魔獣の挙動は未だ変わらず、様子見を貫いている。俺は詠唱を短縮し攻撃を続けているものの、決定打は与えられていない。


 「『炎よ』」


 段々と魔力の出力が上がっていくのを感じる。このまま攻撃を続けていれば、いつかは魔獣に届き得るのではないかとさえ思う。

 掲げた腕から、青い炎を解き放つ。本来なら広範囲へ飛び散るはずの攻撃は、俺の意志に従って魔獣の下へと収束していく。


 『関門、突破』


 機会音声が頭に響く。紛れもなく魔獣の、俺を認めたような言葉。


 「――ああ」


 つまりは、そういうことなのだろう。

 思考を攻撃から回避に切り替える。変わる戦況に対応出来るよう、翼に魔力を凝縮させる。


 『制限解除。是より当機の全力を以てして、異端者を抹殺します』


 青い炎が、赤い炎に搔き消される。その後の挙動を見るまでもなく、翼を駆動させた。


 「回避だ」


 斜め後ろへ高速移動し、魔獣と炎を視界に納める。眼前を通過していった赤い炎は、電柱に着弾。無機物であるはずのそれを、燃やして行っている。


 (当たれば問答無用で燃焼される。水の魔法で消せるかもしれないけど、当たらないに越したことはない)


 前方から感じる『圧』が膨れ上がった。ぎょろりを眼球を動かして、それを睨む。

 眼前の魔獣は、まだ何もしていない。膝も曲げていない、力を溜めている様子もない。けれども、その事実とは異なる直感――予感が、俺を後ろへ突き動かした。


 「ち、ィ!」


 縦横無尽に飛び回る俺が居た場所に、次々と炎のトラバサミが出現。地面を突き破るように出現したそれは目にも止まらぬ速度で刃を閉じており、全速力で逃げなければ捕まってしまう程に速かった。


 「地面から突き出ているのなら――――」


 二次元方向への飛行から、上空へ。回転しながら逃げ続けて、トラバサミが空中に展開されていないことを目視した。

 魔獣はこちらをただ見つめている。俺は速度を緩めつつ、攻撃手段を考えていた。


 (炎は突き破られた。相手が炎なら風は駄目だ。水は攻撃力が高くない)


 じきに、痺れを切らして魔獣が攻撃してくるはずだ。やはり使うとするなら雷か土――――。


 「あ」


 激しい痛みを知覚すると同時に、ガキン! と大きな音が耳元で鳴った。目だけを動かして、音源……自分の右肩を見つめる。

 まず目に入ったのは、揺らめく光。橙色に煌めくそれは、獣の歯のような形状をしていて。


 「『み――」


 先ほどまで地面から突き出るものでしかなかったトラバサミが、俺の肩に食らいついている。すぐさま水を出して消火を試みようとしたが、遅かった。


 視界が橙色で染められると同時に、右目が見えなくなった。起点は肩に噛り付いていたトラバサミ。

 周囲に広がる爆風は炎となり、俺の全身を包み込んだ。


 「が、あああぁぁぁあああ!!!!」


 表皮が焼け焦げる。神経に灼熱が駆け巡る。俺の命を、食らっていく。

 視界は炎に、思考は痛みに埋め尽くされた。制御を失った翼は力を失い、肉体は落下を始める。


 「アアアァァアアアア、ぐ……!」


 呼吸をしようとする。もちろん、口を通り抜けるものは痛みでしかない。

 判断が甘かった。先の攻撃で地面から突き出ていたものだから、そのようにしなければ出せないものであると決めつけてしまっていた。


 後悔してももう遅い。もはや手は動かない。脳は危険信号のみを発し、こうしている間も自身の肉体は悲鳴を上げ続けている。

 魔法を行使する呪文を紡げず、解決策を考えられず、ただ悪あがきすることさえ叶わない。


 そうして、遂に俺は地面に墜落したのだろう。

 永遠のように光り続けていた視界は、いつの間にか暗黒に染まっていた。



 何度目の、気絶になるだろう。それとも、今度こそ死んでしまったのだろうか。

 今の自分に思考が出来ることを確認したものの、それで出来ることは何一つ無い。手は動かない。目は開けない。


 ただ、苦しくないだけ。ここでは何も出来ない代わりに、先ほどまで全身を侵していた痛みも無かった。


 (負けたんだ)


 まともに働く思考をもって、あの戦いを分析する。とは言うものの、直接的な敗因は明確だ。

 炎のトラバサミ。初めて見た時は地面から。そして上空に逃げてから暫くは襲ってこなかったことから、空への展開は出来ないものと思い込んでいた。

 冷静に考えると、そんなことはあり得ない。地面から生え出てくる前に、何らかの手段でそれを仕込む必要があるはずなのだから。


 (アレは元々、どこにでも出せるものだった。それほどの化物だったんだ、アレは)


 水の魔力で消化出来たかは、もう分からない。

 もう終わったことだ。俺は負けた。仮に死んでいなかったとしても、あの状態ではもう戦えない。


 諦めると、次に浮かんだのは逃げて行った皆のことだ。

 長い間戦っていたから、きっと生き残った皆は遠くまで離れていることだろう。あの魔獣がどう動くかは分からないが、最悪の事態は免れた。そう思いたい。

 そう、思いたかったのに。


 「奈月」


 自分が消してしまった光を、思い出す。夢と現実。自分自身の意志で二度、手に駆けた大切な人。

 彼女を殺してまで、皆を守る力を手に入れたのだ。何のために、お前は彼女を殺したのだ。


 「ざっ、けん、な」


 全て自分の意志でやったことだろう。本当は殺したくなかった? 選んでおいて何を言う。

 そのようなことを考える権利は存在しない。それほどのことをしたにも関わらず、お前は無様に倒れ伏している。


 「……俺は」


 彼女の死を無駄にしない? そんな綺麗事を言う権利は無い。

 ただ、俺は、せめて。


 「ここで終わる訳には、いかないんだよ! せめて、せめて――」


 自身が朽ちて、地獄の底へ落ちる前に。

 この状況を、この元凶を、魔獣を、異端者を、あの神を。


 「終わらせてみせる」


 感覚が、返ってくる。全てが炎に焼かれている、数舜前まで感じていた地獄。

 視界は炎に覆われている。神経は灼熱に侵されている。理論的な思考は纏まらない。

 呼吸は成立せず、肌は絶えず焼き焦がされ。それでも、その衝動は胸に残っている。


 「……」


 翼へと、魔力を送る。今までしてきたこととは逆――大気から魔力を取り入れ、翼を介して全身に巡らすのではない。

 心臓から送り出された力を絞り出し、血管を通して全身を巡らせ、存在しない架空の経路を用いて翼へと逆流させていく。


 「う……」


 翼の駆動音が、甲高い音から今にも爆発してしまいそうな重低音へと変化する。同時に込み上げた吐き気に従って喉を動かすと、水たまりを作る勢いで血液が排出された。

 肉体に相当な負荷が掛かっているのだろうか。どうだっていい。今、動く程度には直してやる。


 心臓から供給した力を翼で増幅させ、それを更に心臓へと送り込む。

 高圧の力に耐え切れなくなったためか、胸の中で何かが弾ける音がした。暴力的に体内へ拡がる力に、癒しの指向性を持つよう命令する。

 ……少しだけ、楽になったような気がする。今だ燃え盛る炎の中で腕の動作を確認するが、問題なく動いてくれるようだ。


 「まだ、巡れ」


 その工程を数度繰り返す。心臓が暴れ続ける、身体が軋む。けれども、癒しの力がそれを直していく。

 もはや翼の駆動音は聞こえない。人間が聞こえる域では無い高周波あるいは低周波になったのだろう。


 「『散れ』」


 幾度も循環させた高密度の力の内、僅かな一部を放出する。たったそれだけで、全身を覆っていた炎は霧散した。

 立ち上がって、前を見る。開けた視界の先にあるのは魔獣の姿。心なしか、そいつは初めて動揺した表情を浮かべている気がした。


 『死ぬつもりですか?』

 「今更だろ」


 常に息が詰まっている。痛みはあるが、けれど動くことは出来そうだった。

 先ほどの処理を再実行して、力を増幅させる。魔獣がなぜ警告したかは分からないが、それが嘘でないなら好都合だ。

 翼を拡げて、標準を定めるかのように魔獣へと向ける。呟く文言は、長めに一言。


 「『穿て雷』」

 『ガ――』


 空が震える。世界が白に染まり、力が駆け抜けた。

 宣言と共に放たれた神速の一撃は、魔獣の首を二つ吹き飛ばしている。極限まで増幅された最速の攻撃に、魔獣さえ反応が追いつかなかったようだった。


 『クビが、二つも……』

 「正面の首は防いだようだな。……再生はしないのか?」


 魔獣は答えない。ただ、残った首から炎を吐いて、二つの首の断面を焼いている。炎が収まった後も、首が生える気配は無い。

 つまり、破壊した部位は再生しないということになる。残りの頭も潰すことが出来たなら、視覚や嗅覚などの感覚器官を無効化することが出来るかもしれない。


 「その程度で倒せるとも思えないけどな」

 『■■■■■■!!!!』


 魔獣が吼える。それに呼応するように周囲から感じる圧力が上がっていく。きっと厳密に言うのなら、魔力の濃度が上がったと言うべき現象。

 魔力が地面から迫ってきていた。先ほどのトラバサミなどと比較にならない勢いで地面を突き破ったそれは、十数にもなる巨大な蛇。

 いずれもが赤い炎を纏っている。いや、その質量の全てが炎で形成されている。


 「もっと、もっと、廻れ」


 今にも襲い掛かってきそうな大蛇を見つめながら、翼をもっと強く駆動させる。例にもれず全身が焼け爛れるような感覚に襲われたが、そちらの対策は既に用意出来ている。

 増幅した魔力の一部を肉体の修復に回して、限界へ、限界へ。


 もう一度、魔獣が吼える。それを皮切りに、十を超える大蛇が殺到した。

 それを迎え撃てるのは、たった一人の小さな自分。背に生えた翼を震わせ、全身に廻らされた神経を拡げ、この双眸で全ての標的を見定めた。


 溜めた力を、銘と共に解き放つ。ただの機構でしかない翼が絶叫した。


 「【傲慢の翼(ヒューマウィング)】!!」


 現象と化した雷が、またもや全身を焼き焦がす。翼から放たれた雷光は、ただの一撃で炎の化身を打ち砕いた。

 目を凝らした先に、魔獣が口に炎を溜めようとする様子が見えた。彼もこちらを睨め付けていて、口から放った炎でこちらを斃そうとしていたのだろう。


 その結果は一目瞭然。翼から放たれた光は、魔獣が力を溜めきる前にその頭蓋を撃ち抜き――――。


 「これで、終わりか」


 光が体内の核らしき箇所に届いたのだろう。攻撃を受けた魔獣は一瞬身体を膨らませたかと思うと、その勢いのままに爆発した。


 力を使い切った俺はその場に跪いて、目を凝らした状態で爆裂した魔獣を見つめる。空中に飛び散った肉片や血液は、地面へと落ちる前に紫色の粒子となって消えて行っていた。

 同様に、真っ先に下へ飛び散り地面を汚していた血だまりなども、時間経過で消えていく。


 「……倒した、のか」


 五分ほど体制を維持したまま、周囲への警戒を持続する。

 いつまでも魔獣が復活するようなことが無いまま、先に俺の意識が途切れて行った。



 ――神の手により、七人の異端者が追加された。


 それは始まりの時のように人類へと通達されることはなく、もはや日常と化してしまった魔物の襲撃の裏で起こった出来事。

 元々の異端者とは異なり、彼らは普通の人間だった。不可解な出来事に遭遇せず、理不尽な扱いを受けることなく、孤独になる必要もなく。

 そうしてただ生きるだけだった、あるいはこの状況で命を失うただの一人だった彼らを、無理やり舞台へと押し上げた。


 今回語られたのは、その一人。

 漠然として夢を追い、誠実に公平に価値を見定め、全てを守ろうとした正義の味方の成れの果て。

 彼は最も大切であったはずの少女を犠牲に力を手に入れ、多数の人間を守り抜いた。

 もう彼は止まることはい。このゲームを終わらせるまで――全ての異端者を抹殺するまで、傷だらけになりながらも歩き続けるのだろう。


 さて、次は違った話をしよう。

 この世界には、自分そっくりな人間が三人生きているという言説がある――――。


 「なるほど、これは私たちを試す門番のようなものであった訳だ」

 「なんでそんなことする必要があるんです? ……うぇ、鉄マズ」


 理知的な少女と、常に下品な笑みを浮かべる少年が居た。彼女らの傍らには、今にも消えようとしている二頭の魔獣(ケルベロス)と、生きたまま糸のようなものに縛られている魔獣(ケルベロス)が横たわっている。


 「なん、で……わたし、たち」

 「妙なことを聞くんだな、君は。私たちは今日が初対面だ。まさか、異端の力を手に入れたから仲間だなんて思っていたのか?」


 それだけではない。生け捕りにされている魔獣と同様に、一人の少女が糸に絡めとられている。

 魔獣の高速と異なる点は、その『糸』は理知的な少女の腕から直接伸ばされたものであることと、被害者の少女の下半身が溶かされつつあることだろうか。


 この状況になった経緯は単純だ。

 【傲慢】の異端者――井刈浩介と同じように、彼女ら三人はそれぞれ異端者に選ばれた。

 そうして同じように試練として魔獣と戦うことを余儀なくされ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 戦わずに済んだ残りの異端者は、各々自分の調子を確かめようとしていた。

 具体的には、少年は試練のために亡くなった人々の遺体を丸呑みし初め、少女は一度だけ尋常ならざる力で地面を踏み抜いたのだ。

 その様子を見ていた糸の少女は、怪力の少女を捕縛し――このように、殺害しようと試みている。


 「強いて理由を挙げるなら、『欲しい』からだ。直接言葉を交わしてはいないが、どうせこの少年の力は【暴食】辺り。私のものとは系統が似ている」

 「や、だ……」

 「君の能力は分からないが……もし七つの大罪が我々に割り振られているのなら、単純な筋力強化は【憤怒】辺りの管轄だろう。もちろん外れている可能性もあるが」

 「たす、けて……」

 「異端者の能力を吸収出来るかはやってみないと分からないが、もしかしたら可能かもしれないだろう? だから試す。動機は以上だ」


 異端者の能力は、全てが人間を超越している。肉体の半分が欠けてなお、少女は未だ絶命していない。気絶さえ出来ていない。

 少女は、助けを求めるように少年を見つめる。糸の異端者に【暴食】と推測された彼は今、鉄パイプを噛み砕きながら顔を顰めている最中だった。


 「助けるのは無理っすねぇ。だって、もし万全の俺ら二人で手ぇ組んだところで勝てないっしょ」

 「……ね、やめて、たすけてよ」

 「ではね、明城さん。自己紹介くらいは、しておいて良かったようだ」

 「お願いだから、ナツキさ――」


 説明を終えた異端者は、大量の糸を吐き出して少女を飲み込んだ。消化は直ぐに完了し、異端者は彼女を取り込むことだろう。


 「さて、試してみよう。【憤怒】」


 そう呟いた異端者の手には、刺々しい棍棒が握られている。まるで物語の鬼が持つそれらは、さっきまでの異端者が持っていなかった武装であった。


 「ところで試練を用意した、と私が思っている理由だが」

 「ふぁい?」

 「単純に、『この程度の魔物を倒せないようでは、残りの異端者に勝てないから』ではないかと思っている。聞いたことは無いかい? 魔物・異端者を問わずに惨殺する【死神】の噂を」

 「知らねぇっす。うーん、安請け合いしたのはマズかったかなぁ。でもそうすると魔獣に殺されてたか、そうか。ナツキさん、次はどうします?」


 鉄パイプだったものを丸呑みして、少年は立ち上がった。ぎらついた瞳は、異端者になってから宿したものか。それとも元々彼が逸脱していただけなのか。

 糸の異端者は軽い調子で伸びをして、次の目標を――何が欲しいかを考えていた。


 「次、か。もちろん、他の異端能力も欲しくはあるが……そうだね」


 少女の体つきは華奢で、もし表情を作ることが出来たならば可憐と評される容姿をしている。

 その髪は明るい茶色。一般的……という表現が似合う姿だが、もう一つ。


 ここでは無い誰かに伝わる表現をするのなら。



 「せっかくのこの状況だ。私は、『正義の味方』が欲しい」



 この異端者の容姿は、【傲慢】に命を奪われた少女――真野川(マノカワ)奈月(ナツキ)に酷似している。



 To be continued?

「普通を求める殺し合い ~傲慢の異端者~ 体験版」クリア特典

用語解説


「異端者」

 当作品における、特異な能力を持つ存在。

 本来はこの世に生を授かる際に抱くものであるが、井刈浩介たちは事件の黒幕より与えられる形で異端者となった。


「【傲慢】」

 当作品の主人公、井刈浩介が持つ能力。

 機械仕掛けの翼――魔力という特殊エネルギーの増幅器を装備する。

 本来であればそれ以外にも能力があったはずであるが、他者と関わらなかったため詳細は不明。


「【憤怒】」

 明城望未アカギ ノゾミが持っていた能力。

 巨大な金棒を装備し、全身の膂力が飛躍的に上昇する。

 本来であればそれ以外にも能力があったはずであるが、他者と関わらなかったため詳細は不明。

 現在は【■■】を持つ少女に吸収されている。


「魔獣・ケルベロス」

 神によって創造された、異端者の選定を行うための殺戮機構。

 最優先事項として神からの命令――異端者の実力を測ることが設定されているため、彼らが立ち上がった場合はその使命を全うする。

 異端者が何もしなかった場合は、他の魔獣と同じように、人類を積極的に害する。


 巨大な体躯を活かした膂力、三つ首から成る正確な空間把握能力、魔力を利用した消えない炎などを用いる。

 神により追加された異端者には一頭、これまで生き抜いてきた異端者には一人当たり二頭が立ちはだかる。



「【死神】」

 ■■■■が持つ能力。

 大鎌を装備する。自身の殺意と呼応するように各能力が上昇するため、非常に戦闘向きの能力とされている。

 戦闘用の能力とは別に、『一般人の運命力を大幅に削り、近い将来に死を招く』能力も保有している。

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