襲撃のおっさん
結局うちがアルムスターに関係あるのかないのか、あの神官のおっさんが何故俺の剣とアルムスターを結びつけたのかは分からなかったが、分からなくても時間は流れていくわけで。
今日も今日とてカムナの歌に合わせて剣舞やってるわけだが、何か今度は「男性パートは君がやってくれ。その方が臨場感があるだろ」と無茶ぶりをされた。
おまえ剣舞やりながら歌えって鬼か。
それ以前に素人に歌わせて金取る気か。
そう反論したが「じゃあ練習だね」と何故か前向きな結論が下された。
違うそうじゃない。
「おまえは俺を旅芸人にでも仕立て上げる気か」
「身に着けて損になる技能じゃないだろう。それに冒険者になりたいなら副業は身につけておいた方がいいよ。そう都合よく実入りの良い仕事なんて見つからないから、世の冒険者たちは汚れ仕事にも手を出さざるを得なくなるんだよ」
「やだ夢がない」
もはや日課になってきた情報収集兼銭稼ぎの帰り道。吟遊詩人なんて夢を配る生業してるくせに夢をぶっ壊してくるカムナ。
そりゃ前にも底辺の冒険者は傭兵崩れのチンピラ同然だって言ってたけどさあ。
「少年の腕とコネを考えるなら、騎士でも目指したほうがいいと思うけどね」
「えーやだよ堅苦しそうだし。俺絶対主に無礼な発言して追い出されるぞ」
「それは確かに」
カムナから言い出したことなのにあっさり納得された。
どうしよう。今更だがそこまで酷いのか俺の常識。
「白騎士のお孫さんとも面識があるんだろう。その人なら多少の無礼は許してくれるし、教育もしてくれるんじゃないのかい?」
「あークラウディアさんなあ」
確かにクラウディアさんは穏やかな人だったが、流石に仕えるとなれば厳しくなるのでは。
臣下が下手な事すれば家の名にも傷がつくだろうし。
「そういえば白騎士って貴族になったらしいけど、爵位って何なんだ?」
「伯爵と子爵だよ」
「え? 何で二つあんの?」
「爵位というのは領地に付随するものだからさ。つまり領地が複数ある貴族は爵位も複数あるんだよ」
「へー」
※豆知識
爵位は領地ごとに存在するため、複数の領地を持つために複数の爵位を持つ貴族というのは割といます。
慣例として当主は一番上の爵位を名乗り、まだ家を継いでいない跡取りはそれに劣る残りの爵位を名乗ったりすることもあるそうです。
つまり「相手が子爵だと思ってなめた態度とってたら、父親が公爵で未来の公爵様だったぜ!」ということもありえます。
「確かにうちの村以外にも領地あるって言ってたな」
「それこそシュティルフリート伯爵領はあのゼザ山脈の向こう側にあったんだけどね。本当に色々惜しいね少年は」
「その色々には何が含まれてるんですかねえ」
でも確かに。神父様に大陸の何処に出るか分からないと言われた割には、惜しいところに飛ばされてるのか。
あの人間には越えるのはほぼ不可能な禿山が厄介過ぎただけで。
「それに……」
「それに何だよ?」
カムナが何かを言いかけてやめたので、またからかうつもりかと視線を向けたのだが。
「……は?」
そこにカムナは居なかった。
今まで隣を歩いていたはずだったのに、神隠しにでもあったみたいに忽然と姿を消してしまっている。
「……え? カムナ……だけじゃない!?」
慌てて周囲を見渡せば、カムナどころかちらほらと歩いていた通行人まで一人残らず消えていた。
待て。なんかこのシチュエーション覚えがあるぞ。
前にシュヴァーンをヴィオラと歩いていた時にも、こうやって突然ゴーストに精神世界に引きずり込まれて……。
「驚かれましたか? 手荒な真似をして申し訳ない。しかし貴方の存在を他の人間に知られるのは避けたいので」
人っ子一人居ない静寂に包まれた街。
そのしじまを破るように、いやに優し気な男の声が響く。
「……アンタこの前の」
「お久しぶりです。お迎えにあがりましたよアルムスター卿」
にっこりと、人の良さそうな笑みを浮かべて、神官のおっさんが佇んでいた。
やべえ。見た目だけなら神官の模範みたいな良い人な雰囲気を漂わせているが、以前一瞬見せた獲物を狙うような笑みがフラッシュバックした。
しかも俺をアルムスター卿と呼んだこと。
こりゃなんかこのおっさんなりに確信持って行動に移しちまってる、今からお話しても止まらないやつだわ。
「アルムスター卿ねえ。人違いじゃないですか?」
「いえいえ。貴方の曾お爺様。カール・フォン・アルムスター殿とは個人的に面識がありまして。肖像画も見たことがありますよ。カール殿のお若い頃に瓜二つだ」
「へえ」
カール。
確かに曾爺ちゃんの名前だ。
つまり本当にカール・フォン・アルムスターという人間が居たのなら、曾爺ちゃんその人の事でありアルムスター家の人間である可能性が少し高まった。
でも何でこんなヤバそうな神官のおっさんに絡まれる原因になってるのかな!?
「仮にそうでも。今は俺の家はアルムスターさんとは無関係なんで。今更お家騒動に参加する気もありませんし」
「なるほど。貴方は何も知らないわけだ。だからそんなにも無防備に出歩いていられた」
「は?」
何だ。何か微妙に噛み合ってないぞ。
無防備に出歩いていられた?
そんな俺は無防備に出歩いてたらダメみたいな。
「アルムスター家などどうでもいいのですよ。重要なのは、貴方が、あのカール殿の血をひいているということ」
「ええ……」
人の良さそうな笑みをひっこめ、恍惚と、恋に恋して陶酔する乙女のような顔で言う神官。
歳考えろやおっさん。
というかどういう感情だよその顔。
「そう。私が待ち焦がれたのは貴方自身だ! 私と共に来ていただきましょう」
「その口説き文句で靡くと思ってんのか!?」
キモイ顔のままキモイこと言い出したおっさん。
こいつ本当に神官か。というか俺何されるの!?
じりじりと距離をつめてくる神官のおっさんを威嚇するように、引き抜いた剣の切っ先を突き付ける。
しかしそれを気にした様子もなく、いっそ不気味なほど遠慮なく近付き続けるおっさん。
なんかよく分からないまま、なんかよく分からない空間に引きずり込んできた神官との戦いが始まった。
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※メタ的な説明
本編での説明通り爵位というものは領地に付随するものであり、通常爵位で呼ぶ場合は「領地の名前+爵位」で呼ばれます。
しかしこの作品内では分かりやすさを優先するためと作者がめんどくさいので「家名+爵位」で呼ぶこととするのでご了承ください。