道が川になった
街まで近いとカムナが言っていた通り、川で爺さんを拾ってから一日とせずに俺たちは小山みたいになった独特の街に辿り着いた。
というか相変わらずアルフの爺さんを警戒してるっぽいカムナの先導で夜も歩かされた。
爺さん頭怪我してたのに容赦ねえな。
到着したのが夜遅くだったから、飯も食えずにそのまま宿に転がり込んで寝るしかなかったし。
「だから少年は甘ちゃんなんだ。これを見てみろ」
「これって……」
明けて翌朝。
アルフ爺さんの部屋を見に行ったはずのカムナが、一枚の紙を持って戻って来た。
一体何だと目の前に差し出された紙を覗き込めば、そこには「世話になった」と意外に綺麗な字で一言だけ。
うん。つまりは姿を眩ませたなあの爺。
「ええ……。あの爺さんの故郷ってここのことじゃないよな。ろくに持ち物もなかったのに一人で大丈夫なのか」
「……」
「何そのうっかり牛糞でも踏んだみたいな顔」
無一文なのにこの先どうするつもりなんだろうとアルフ爺さんの心配をしていたら、カムナが口角を下げたもの凄く嫌そうな顔でこちらを見下していた。
いやマジで何その顔。
おまえ結構クールなやつだと思ってたのに、そんな顔できたのか。
「なんでそこで真っ先に心配をするんだい。こちとら飯代も宿代も踏み倒されたんだよ」
「あー。でも神父様が借りは忘れてはダメだけど貸しはあげたもんだと思えって」
「おのれ。神父の言う事だけに否定し辛い」
「何でだよ」
こいつの中で神父様どういう立ち位置なの。
そういや黒い人たちの間では賛否両論なんだっけか神父様。
カムナにとっても複雑なのかね神父様に対する感情。
「それにあの爺さんそんな悪い人間とは思えなかったしなあ」
「まあ借金云々の情けないくだりは嘘だろうね」
「え? なんで分かるんだそんなこと」
「さて。朝食をとりたいところだけど、今はタイミングが悪いね」
「何その露骨な話題のそらし方」
いや。そういやカムナはアルフ爺さんのことを知ってたみたいだしな。
もしかして何で川を流れてたのか本当は察してたのか。
石工が川に流される事情って何だよ。
「この宿飯は出してないんだろ。ならどっか食いに行くしかないだろ」
「今はやめた方がいいと思うよ」
「何で? ……て」
安宿なせいか建付けの悪いドアを開けたら、そこは川だった。
いや俺が寝ぼけて幻覚見てるわけではなく。
宿の前に膝より少し高いくらいの段差があるのだが、その段差の下にあったはずの道が水に沈んでいる。
何コレ。
昨夜俺たちここ通って来たよな。
水の中かき分けて来たの気付かないくらい疲れてたのか。
「この街はリオと言ってね。この国の古い言葉で川という意味なんだが……頂上に大きな神殿みたいな建物があるだろう」
「あー。見えるけど」
夜目にも何だかこんもりと盛り上がった街だなと思ったが、日が出て改めて見える街は小さな山みたいに盛り上がり全体に傾斜がついているみたいだった。
そしてその頂点には灰色の飾り気のない石造りの建物。
あれがなんだというのか。
「あの建物は湧き水に蓋をする形で建っていてね。少し蓋を開けてやればこの通り。あふれ出した大量の水が建物より低い位置にある道に沿って流れて水路のようになるわけさ」
「ええ……。何だってそんなこと」
「掃除だよ。朝と夕方にこうして大量の水を流して、道に落ちてるゴミやら埃やら酔っぱらいやらを押し流すのさ」
「酔っぱらい流しちゃダメだろ!?」
いや確かに人でも流れそうな速さではあるけども。
流石に酔っぱらいもこの水に飲まれたら目を覚ますだろ。
「ところがたまにそのまま溺れる人間もいるらしいよ。特に冬は溺れる前にショック死することも多いから、風物詩みたいになっているそうだね」
「何その嫌な風物詩」
というか死人が出てもずっと続けられてるのかコレ。
死ぬ方が悪いとかそういう扱いなのか。
「ともあれ水がひくまでは出ない方がいいよ。少年が泳ぎが得意だというのなら止めないけどね」
「得意でも行かねえよ」
というか泳ぐほどの水深じゃねえだろ。
でも流れが速いから足取られたら溺れるには十分な微妙に嫌な深さだコレ。
もう少し浅くできなかったのか。構造的に場所によって深さに違いでも出てしまうのか。
「え? ということは昨日の晩飯も食い損ねたのに、しばらく朝飯もお預けか?」
「もう街についたから保存食を食べつくしても構わないよ」
「嫌だよ」
何が悲しくて街についてまで保存食たべにゃならんのだ。
とはいえ水が流れていた時間はそれほど長くはなく、半刻もしない内に水はひき外に出ることができた。
実際の利便性はともかく面白い街だなあとこの時は思っていたのだが。
まさかこの水のせいで一騒動起きるとは思わなかった。




