尾行開始(即バレ確定
夜の外出は制限され、母さんの危惧していたらしい「いかがわしい店」に誘われることもなく、昨日は早めに宿で休息に入ったのだが。
「……眠い」
宿の一階にある酒場兼食堂にて。
朝食をとっているのだがもうマジで眠い。
油断したらうっかり顔面からスープにつっこみそうだ。
あと昨日の夕食もだったけど、スープ含む食事が家で食べてたのより微妙に薄くて物足りない。
もしかして都会では薄味がトレンドなのか……?
パンはうちのよりやわらかくて甘みがあるけど。
「なんだ。寝れなかったのか」
「むしろ何であんなにうるせぇのに寝れるんですか」
心底疑問に思ってる風に効いてくるロイスさんだが、逆にあの状況でなんで寝れるんだよ。
さっきも述べたようにここの宿は一階が酒場だ。
要するに夜遅くまで酔っぱらい共が騒ぐことが確約されている。
都会の夜は田舎と違って騒がしいとは聞いてたけど予想以上だった。
というかあの酔っぱらい共は今日も仕事だろうにいつ寝てるんだよ。
「しかしヴィオラはけろっとしてるぞ」
「私はそれなりに旅にも慣れてますから」
ロイスさんが言う通り、俺の隣で場にそぐわない上品さでスープ飲んでるヴィオラは平気そうだ。
そりゃ遠路はるばるうちの村まで来てるんだから、旅はしたことあるだろうけど……。
「ん? もしかして結界で防音できるのとかあるのか?」
「あるわよ」
あっさり認めやがった。
そりゃ快適に眠ることができただろうよ。
「仕方ないでしょう。防犯も兼ねてるんだから。私は事前に気配感じて起きたりできないんだから(こんなお粗末な鍵しかない安宿で)無防備に寝れるわけないじゃない」
「おまえ……」
途中を小声で言う配慮はあるのに何で普段俺には遠慮なしなの。
言ってることはごもっともだけど。
「まあ確かにヴィオラが普通のお嬢さんならもっといい宿をとってたな。むしろ文句を言われるかと思ったんだが」
「さっきも言ったように旅には慣れてるので」
この場合の「旅に慣れている」というのは、お偉いさんのおしのびもどきではなく、必要経費もギリギリまで切り詰めるような贅沢の欠片もない旅を指してのことなんだろうなあ。
神父様に師事してる時点で嗜みではなく泥臭い実戦まで想定してるんだろうし。
「朝の内は教会もバタバタしてるからな。行くのは昼過ぎにするとして、それまでは自由にしてていいぞ。ただし廃城には行くな」
「いや念押さなくても分かってるって」
わざわざ付け加えなくても、昨日の今日で忘れてねえよ。
いくら俺でも魔王の影響でダンジョン化してるとかいう伝説級の危険地帯に突撃したりしないっての。
「アンタ結構トラブルが向こうから寄ってくるタイプだから心配なのよね」
しかし年下のお目付け役からこの評価である。
もう昼だからって下手に油断せず宿で大人しくしておいた方がいいのかもしれない。
・
・
・
「ところがどっこい!」
初めての街で大人しくしていられるか?
否。できるはずがない。
「ちょっと知り合いに会ってくる」とロイスさんが宿を出ていった後しばらくボーっとしていたが、やはり暇と好奇心には勝てず、一応装備は整えて街へ繰り出す俺。
大丈夫。今歩いてるのは人の多い大通りだし、なるべく兵士たちが居る場所から外れないようにするから。
「その兵士もピンキリなんだから絡まれないようにしなさいよ」
「絡まれるの!?」
え? 民を守るべき兵士が恐喝や暴力ふるってきたりするの?
罰とか与えられないのかそれ。
「一応公的には処罰対象だけど。直属の上司が腐ってたら握りつぶされるわよ」
「マジかよ上司最低だな」
それ物語のお約束だったら、さらに上の上司にバレてまとめて首切られるやつでは。
いやそんな都合よくいかないから物語なんだろうけど。
「よく言われてる騎士道っていうのは、そういう悪事を戒めるために教会が積極的に広めた政治的な側面もあるのよ。逆に言えば騎士道で縛らないと騎士にもヤバいのがいるわけね」
「俺の夢をこれ以上壊さないで」
騎士って言ったら清廉潔白、公明正大な曲がったこと大嫌いな堅物で、物語の主役や頼れる相棒ポジションじゃん。
弱気を助け強きを挫く英雄のお手本みたいな人たちじゃないのか。
「物語のお約束な悪役領主も立場的には騎士じゃない」
「チクショウそうだった!」
この国には領主じゃない騎士も居るらしいけど、領主は大体騎士なわけで。
あれ? もしかしてよくある正義感の強い騎士によって領主の悪事が暴かれるのって、実は内輪もめ?
いや内輪もめじゃなかったら無関係の国や土地の人間による干渉になって、政治やら利権やらでさらにややこしい事態になるのか?
いかん。頭がこんがらがってきた。
「……え」
「ん? どうした……って!?」
小さく驚きの声を漏らすヴィオラ。
何事かとその視線を追えば、その先には予想外の光景が。
「ロイスさん……と女の人?」
大通りの少し先を横切るように、人ごみの中でも頭一つ以上高くて目立つロイスさんが歩いていく。
そしてその隣を歩く、これまた背が高い女性……女性?
いや背が高すぎでは?
ロイスさんと同じく人ごみの中から顔が見えるほど頭飛び出してるし、多分ロイスさん除いた村の男衆よりも背が高いぞ。
しかし見えてる顔は中性的とは言え女性に見えるし……というかその中性的なのに美人顔な人間に心当たりが。
もしかして神父様の同類では?
見た目は肌は白いし銀髪だしで神父とは真逆の色合いだが、むしろ対になる存在的な人外仲間では?
「あの人は正真正銘人間よ。先生と違って」
「先生と違って」
ナチュラルに自分の師匠に人外判定下すヴィオラ。
一応自分の先祖らしいのにいいのか。いやむしろ自分の先祖が推定不老不死な人外なのどうやって受け入れてんだこの娘っ子。
「あー、とりあえず尾行してみるか」
「何でそうなるのよ」
「だって気になるだろ。なんか親しそうだったし」
「それは……」
言葉尻を濁すものの、顔が全力で気になってるヴィオラ。
よし。後は俺が動けばそれが言い訳になって勝手に追ってくるな!
昨日慎重に生きようと決意したような気がしたけどきっと気のせいだ。
「ぼやぼやしてたら見失うし、細かいことは後で考えようぜ!」
「細かくないし後から考えなくてもいけないことだって分かるでしょう!?」
この上ない正論で返されたけど好奇心には勝てないぜ。
つっこんではくるけどロイスさんには気付かれない声量なヴィオラを引き連れて、女性連れなロイスさんの尾行を開始した。
うん。後から考えなくても隠密スキルもあるっぽいロイスさんにバレないわけがなかったけどな。