7.“光落ち”
騒ぎの中心にいる生徒達は、どれも見知らぬ顔だった。
場所と訓練着から、新一年生らしいということは分かる。
「あれは……はぁ。白騎士団の見習いだ」
クリストファーが嫌そうに呟いた。
「そうなの? 合同訓練とかでも見たことないけど」
「最近白騎士団に入団してきたばかりから、ライが知らないのも無理はない。囲まれているのがノーリッシュ侯爵家の三男で、中心で詰っている方がマガリッジ子爵家の長子だ」
「へぇ、ノーリッシュか。たしか魔導師を多く輩出している家だったね。で、マガリッジは――あぁ、典型的なパターンのやつ」
家を継ぐ長子が騎士団に入る理由は一つ。ただの箔付けだ。
「魔法で駄目なら、剣でなんとかなると思ったのか? 浅はかだなぁ“光落ち”! おまえなんて何をやっても無駄に決まってるだろう! 騎士科には将来性のある奴しかいらないんだよ。分かるか? なぁんでおまえなんかがここにいるんだろうなぁ!?」
マガリッジの詰る内容に不快感を覚えるライアス。
"光落ち"とは、光属性適性者のなり損ないという意味が込められた蔑称である。光属性適性と判定されたにも関わらず、光魔法をほどんどもしくは全く扱えない者を指す。"光落ち"は恥であるとされ、隠されることも多い。
「……」
ノーリッシュは唇を噛みしめ、俯いて震えている。
勝手な同情はしたくないが、魔導師を多く輩出する家に生まれた彼が、"光落ち"だと周知されている状況は、決して良いものではないはずだ。
「言い返せもしないのか。まあ事実しか言ってないからなぁ。ハッ! これから同じ空間にいなくちゃならないのかと思うと、虫唾が走る!!」
あー。駄目だこいつ。殴りたい。
"光落ち"ということで貶すのも、騎士団の身分関係無くの度を超しているのも、何もかもが腹立つ。
「いい加減にしろ」
見かねたクリストファーが、彼らの間に入った。
「あ? あっ、え、エッジ様!!? お目に掛かり光栄です! 白騎士団では正式にご挨拶したことは無かったですよね」
一言目に凄んでみせたマガリッジは、クリストファーと分かるや否や、謙った態度に変わる。
父は白騎士団長を務め、兄も副隊長を努めている、あのエッジ伯爵家の次男だ。本人もライアスが黒騎士団に入団したのと同時期に白騎士団に入団しており、学徒隊の一員に混じって一線で活躍できる実力がある。
「それより、一人相手に寄って集って何をしている? それが騎士になる者がすることか?」
曲がったことが許せないクリストファーは、冷静ながらも蔑みを隠さない目でマガリッジとその仲間に尋ねる。
マガリッジ以外はクリストファーの気迫と漏れ出る僅かな魔力に口を噤んだが、肝心のマガリッジは鈍いのか何なのか、舞台の演出のように大げさに手を広げた。
「いえそんな! 私は身の程を弁えろと注意をしているだけですよ。戦場でも足手まといは仲間の命を危険に晒すだけでしょう? ええそう、早いうちから理解させてやろうという親切心でもありますね」
当然のことをしているとばかりの主張に、クリストファーの額にうっすらと青筋が立った。ライアスも表情がどんどん無くなっている。
「なぁ、マガリッジ。おまえは騎士団に入団したばかりだろう。学徒隊での実地経験も無いはずだ。いつ戦場の過酷さを知った?」
「……へ? えっ、それは」
「同時期に入団したノーリッシュを卑下し、まるで実体験を語るかのように説き伏せる資格があると?」
「……あ、いや、その……」
マガリッジはやっとクリストファーの怒りを感じ取ったらしい。マガリッジの威勢が急速に萎んでいく。
冷や汗を流したマガリッジは、クリストファーとノーリッシュとの間で視線を彷徨わせると、いらない根性を発揮してなお言い募る。
「しかし! こいつは"光落ち"ですよ!? こんな出来損ないを――」
ぶちっ。
「「落ち着け」」
二人の教官に止められたのは、マガリッジ――ではなく、ライアスとクリストファーだった。
堪忍袋の緒が切れた二人は、まさに今、拳を握りしめてマガリッジに殴りかかる寸前であった。
「おまえ達……手が早いのはどうにかならんのか」
年嵩のいった男――オーダムがやれやれと首を振る。騎士科の教官の一人で、ライアスは彼のクラスに属している。
「最初は言葉で諫めました」
オーダムに答えるクリストファーの隣で、ライアスも頷く。
「ちゃんと我慢しました。クリスの横で大人しくしていました。ギリギリまで」
言葉の通り、ライアスはこれでも我慢していたのだ。
マガリッジは家格が上のノーリッシュに対して、"光落ち"を理由にあれこれほざいていたが、いざ自分が下の家格の者から何か言われたら逆切れするタイプだろうことを見越し、これ以上騒ぎを大きくしないようクリストファーに仲裁を任せてめっちゃ我慢していたのだ。
「結局手が出とるだろうがい!」
「オーダム教官が止めてくれたから未遂です。結果オーライです」
「阿呆が。止めなかったらエッジと一緒に容赦なく殴っとったろう! あのままいきゃあ、全治一ヶ月は固かったぞ!」
「騎士科には怪我がつきものです!」
「口の減らん奴め……!」
「痛っ! 痛いですオーダム教官!! 痛いです!!!!」
ライアスはオーダムの大きい手に頭を掴まれ、ギリギリと力を籠められる。片手なのに握力ゴリラのせいで相当に痛い。昨年からの付き合いである彼らは、教師と生徒というより、『祖父と悪ガキの孫』のような関係性である。
一方、もう一人の教官ペイジとクリストファーは、教師と生徒のお手本のような関係性だ。ペイジは淡々とやり過ぎはいけないと諭し、クリストファーは素直に謝罪している。
「さて、授業を始める時間だ。皆、鍛錬場で準備を始めろ。――マガリッジ及び"光落ち"の蔑称を使用した者は授業後、教官室に来るように」
マガリッジ達の青ざめた顔が見えているのかいないのか、ペイジは表情を変えずに淡々と告げると、修練場に入っていった。
「じゃあな、ライ」
「うん、またね」
ペイジの授業を受けるクリストファーが、ライアスの肩をぽんと叩き、急いで修練場に向かう。
他の生徒達も戸惑ったり安堵したりしながら、のろのろゾロゾロと後に続いていくが、「もたもたするな!」というペイジの檄が飛び、慌ただしく走っていく。
その集団が移動したあと、一人、残った者がいた。
ノーリッシュだ。
彼は何か言いたげにライアスを見つめ――いや、睨んでいる。
「満足か?」
「え?」
話しかけられた驚きと、質問の意味が咄嗟に分からないライアスに、ノーリッシュは憎々しげに言葉を吐き出す。
「"光落ち"を助けるのは気分が良かったか?」
――……そういうことか。
いや、助けたって言うか、こちらが勝手にキレて手が出ただけだけど……しかも、結局騒動収めたの教官達だし……
意味が分かったライアスの返事は待たず、ノーリッシュは堰を切ったように話し出す。
「君もノーリッシュ家の名は知っているんだろう。偉大な魔導師を多く輩出している、国でも有数の名家だ。そんな家に生まれながら"光落ち"として生まれた私の惨めさが分かるか!? 魔力判定を受けた七歳の誕生日から、毎日毎日どんなに研鑽しても、出来たのは紙で切った小さな傷を数分もかけて治療する程度だ!」
光魔法は他属性の魔法に比べ、下級魔法でも扱いの難しさに定評がある。
適性者でなければまず光魔法の習得は諦めるレベルだ。適性者でも軽傷を治療できるようになるまでに三~四年ほどかかる。
勿論、年齢や経験、魔法への理解度など様々な要因によって個人差は出るもの、平均としてはそれくらいだ。
しかし、ノーリッシュは七歳から今年まで……つまり五年ほどの歳月をかけても、自然治癒で問題無さそうな軽傷中の軽傷しか治せないということだ。
ライアスは血反吐を吐く指導を受けてきたとは言え、下級光魔法なら早々に習得した身だ。何と言葉を掛けていいか分からない。
「子爵家子息ごときに言い負かされ、無様に震えているだけの私は、さぞ弱々しく滑稽だっただろう! 元が平民の君には、侯爵家の一員としての重さも、魔導師排出の名家という重さも、何も無いのだろう!? なのにっ……なのに、なんで、そんなに……! 君のように、総合優勝が出来るほどの才能が……私だって欲しかった!!」
叫ぶように話していたノーリッシュは、震える唇を噛み締めた。
そして、泣き出しそうに、小さな小さな声で、ぽつりと吐露する。
「……そうすれば……兄達にも両親にも、『欠陥品』と呼ばれないのに……」
最後の一言は、どの叫びよりも重たかった。
両親にも使用人達にも愛されて育ったアリスにとって、その言葉を投げられることを想像するだけで、心臓が凍るようだった。
ライアスが今の実力まで駆け上って来れたのは、限界を超えるほどの努力をした結果でもあるが、何より周囲の協力と愛情があったからだ。
皆がいなければ、前世の絶望を引きずったまま、動くことすら出来なかったかもしれない。
何も言えず黙ったままのライアスに、冷静さを取り戻したらしいノーリッシュは、気まずそうな表情を浮かべる。こんなことまで言うつもりじゃなかった、というような顔だ。
「…………すべて、ただの八つ当たりだ。声を荒げて、申し訳なかった。……失礼する」
ノーリッシュは固い口調で謝罪すると、少しふらつきながら修練場へ消えていった。
ライアスは暫く、ただ立ち尽くした。




