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15.彼女も再び



――間違いない。りっちゃんだ。


振る舞われた紅茶を口に含むと、ふわりと柑橘系の香りが鼻から抜けていく。

とても美味しい。


アリスは別のテーブルに着いているリディアを横目で見る。


わたし、りっちゃんのこと大好きすぎるね?

前世のときとはまた違う顔してるのに分かるんだもの。


何の根拠もないが、アリスは自分の直感が間違っているとは微塵も思わなかった。

前世と違うのは、リディアはアリスの正体に気づいてないということ。発言からして記憶も戻っていない。

アリスは少なからず気落ちしたが、こちらだけでも分かっていれば御の字だと思い直した。


問題なのは、アリスの嫌な予感ががっつり当たってしまったという点。

リディアの姿を見て、アリスは完全に思い出した。



親友が転生したのは、王子ルートでのライバル令嬢だと。



何で嫌な予感っていうのは当たるのかな!?

前世まえと同じ状況じゃなきゃ、会えたのを純粋に喜べたのに!!


アリスはテーブルの中央に並ぶお菓子に手を伸ばし、お淑やかにヤケ食いする。

ゆっくりと咀嚼しつつもアリスの脳内では不満が爆発していた。


リディアは王子の婚約者だったはずだけど、他にりっちゃんは何て言ってたっけ?

他の令嬢と違うとこがあった気がする。肝心なことが思い出せない……


何とか彼女の行く末を思い出せないか脳をフル稼働させていると、伸ばした手が空を掴んだ。

あれっ、と指先に目線を移すと、お菓子の皿は空になっていた。


ん? もうないの?


アリスが首をかしげると、少し離れた位置から怒気が飛んでくるのを感じた。

何度か味わったことのある感覚に、アリスはサッと青ざめる。

ギギギ……と音がしそうなぎこちなさでキャシーのいる方を見ると、彼女は口元だけ笑っていた。口元だけ。


アリスは瞬時に理解した。

皿を空にしたのは、他でもない自分だ。


うわぁやっちゃったよ……周りのペース完全無視しちゃった。辛うじて次の段のお菓子には手つけてないけど、会話に混ざらすにひたすら食べるとかないわ。

キャシー怒ると怖いんだよぉ。帰りの馬車の中は延々お説教コースだこれ……ううっ……



*****



紅茶とお菓子を楽しんだあとは、子ども達だけでお話ししてみましょうタイムが始まったが、リディアのそばは侯爵令嬢や伯爵令嬢が陣取っており、娘自慢のためだけに呼ばれた男爵令嬢のアリスでは、身分差が邪魔して近づけない。


初対面で帰れって言われちゃったけど、まだ帰りませんよリディア様!

あっ、キャシーそんな顔しないで。自分の意志で皆から離れてるんだからね。


下手に近づいてもまた同じことを言われて終わるに違いないので、アリスは少し離れた位置からリディアを観察することにした。

端から見れば、令嬢の輪からぽつんと仲間外れにされている可哀相な子だが、気にしない。


キャシーの怒気を受けてからは、アリスは気持ちを切り替えて母親達の会話に耳をそばだてていた。

分かったのは、今回のお茶会の目的が単なるリディアの友達作りだけではないということ。


この国の第二王子であるルーファス・オールブライト殿下は、今年で七歳になる。

そろそろ婚約者を決めようという話が持ち上がっているらしく、上級貴族達の間で我が娘を是非婚約者に! というアピール合戦が繰り広げられているのだ。


ハズラック公爵夫人は、最近王妃のお茶会に招待されたこと、ルーファスにお目通りを許されたこと、リディアと彼が仲睦まじげにしていたことなどを頻りに話していた。


そう。このお茶会の主旨は、ルーファスの婚約者候補となる得る侯爵家や伯爵家を牽制するためだ。


挨拶のときに見たマナーがまともだった令嬢達は、婚約者候補に入っているに違いない。アリスが納得するとともに、今日の時点ではリディアはまだルーファスの婚約者ではないことも把握する。


「未来の王妃さまに何てたいどなの? へーふくしなさい?」


情報を整理していたアリスの耳に、女王様の如き高飛車な態度で子爵家の令嬢を蔑んでいるリディアの声が飛び込んで来た。


へーふくって、平伏? 六歳が使う言葉じゃないよね……


子爵令嬢は平伏の意味を理解できていないようだが、リディアの高圧的な態度を受けて、うさぎのようにプルプルと震えて萎縮してしまっている。


「子しゃく家のくせにまだずうずうしくわたしのそばにいるのね。あっちに行きなさいよ!」

「ごめっ、ごめんなさっ……ふぇっ……」


子爵令嬢は泣きながら母親のところへ走って行ってしまった。


リディア様……あなた目付きが鋭いのはどうにもならないにしても、性格に難ありだよ。顔と性格が相まって、ライバルっていうより悪役令嬢って呼んじゃうのも頷けるもの。


アリスはリディアの言動に怪訝そうな表情で溜息を吐く。

リディアの中身が記憶の眠ったままの親友だと確信しているアリスは、複雑な気持ちになってしまった。



「そんなんだから、他のライバルと違ってどのエンドでも破滅しちゃうんだ」



――ん?


自分の口からするりと零れた言葉に、アリスは硬直する。


え? 待って。わたし今何て言った?

どのエンドでも――破滅?


アリスの頭の奥で燻っていた何かが弾け、【リディア・ハズラック】の設定が鮮明に蘇る。


そうだ。一番好きなルートだと、かつて親友に何十回も聞かされていたのだった。


「思い出した……王子ルート……」



【ルーファス・オールブライト】

この国の第二王子にして王太子。老若男女問わず虜にする美貌の持ち主。

民に慕われる王になりたいと、平民出身の生徒にも気さくに接し、学業でも常に全教科でトップ。顔も性格も能力も文句の付け所がない。


【リディア・ハズラック】

ルーファスの婚約者。美女だが傲慢で我儘な性格。

王子にベタ惚れで、彼に近づく令嬢()はすぐさま引き剥がす。王子と親交を深めるヒロインにはとりわけ辛く当たり、エグい虐めを散々行う。



さぁ~て、そんなリディアの末路は?

一、爵位剥奪

二、国外追放

三、死刑

の三本のいずれかです! 破滅オンリー笑えなーい!


爵位剥奪が一番マシに見えるが、貴族として生きてきた人間が、いきなり平民のように働けるわけがない。酷ければ野垂れ死ぬ可能性もある。


何で!? 幼馴染みルートはあっさり流れたくせに!

リディアは原作に忠実なままなの!?

まだ決まってはないけど、王子の婚約者候補筆頭であることは間違いないみたいだしさぁ!


アリスは顔を手で覆って項垂れた。


ゲームのリディアが破滅するのは、何もヒロインを虐めていたことだけが原因ではない。それはほんの一部であり、彼女の傲慢さや我儘からくる言動が大部分を占めていた。

尽くされるのは当然だと周囲の人間を全く顧みず、全て自分の思うままに物事が回らなければ気が済まず、邪魔な相手は容赦なく排除する――破滅は身から出た錆だったのだ。


「ルーファスさまと結こんして王太子妃になったら、そのときはお城に呼んであげてもいいわ。未来の王妃(わたし)にふさわしい子だけ選ぶから、せいぜいがんばることね!」


気が早いし、超上から目線! やめてやめて!


リディアが発言がする度に『悪役令嬢』へ育つ片鱗が見える。

ゲームとの齟齬はないと突きつけられるようで、アリスの心は折れそうだ。


名目上だとしても今回のお茶会は友達作りだったはずだが、リディアにはその気が全然ないようで、令嬢全員を侮っているのがありありと見える。


ゲームのリディアに友達なんかいなかったんだっけ?

お約束って感じで、取り巻きはたくさんいたはず。


王子ルートは親友に話を聞かされるだけでなく、ゲームの画面を見せられて実質一緒にプレイした覚えがある。ぞろぞろと令嬢がリディアの周りに群がっている場面を何回か見た。


ゲームでもリディアには取り巻きしかいなかった。友達と言いつつも、リディアは彼女達を自分の引き立て役で都合の良い駒としか思っておらず、ヒロインを虐めるのも彼女達にやらせて直接手を下すことはなかった。

一方、取り巻きは取り巻きで、王太子の婚約者に取り入ろうと命令がなくても率先してヒロインを虐めていたが、物語の終盤でリディアの悪事がバレて断罪されるや否や、庇うどころか自分は命令されただけで悪くないと保身に走るような薄情者ばかりだった。


このままリディアの性格が変わらない限り、ヒロイン(アリス)と接触しようがしまいが、ゲームの強制力があろうがなかろうが、身の破滅というゲーム通りの運命を迎えてしまうだろう。


りっちゃんを破滅の道に進ませたくない。絶対に。

でもどうやって阻止すればいいの? そばで守りたいけど、仲良くするとか夢のまた夢。取り巻きの下っ端として取り入ろうにも、リディアは身分に価値を見出だすタイプみたいだから男爵令嬢なんてきっとそばに置かない。

ああ、どうしよう……解決の糸口すら見つからないよ……


「なあに? あなた達わたしみたいに優秀じゃないくせに、ルーファスさまのこんやく者になりたいの?」


リディアの対抗馬である令嬢の何人かに婚約者でないことを突っ込まれたらしく、彼女は不機嫌さを全開にして令嬢達を睨み付けた。


「おうちの力だけじゃなれないですっ」

「そうですわ。お勉強もできないといけないですわ!」

「勉強? はあ? あたりまえでしょ。わたしをだれだと思ってるの!? 失礼ね!!」


ちびっことはいえ女の戦いは怖い。バチバチと激しい火花が散っている。


「わたしはあなた達とはちがうの! わたしはもう魔法を習ってるんだからねっ! できる? できないでしょ!!」


リディアが一際大きく声を張り上げたので、項垂れていたアリスは反射的に顔を上げた。

何事かと、彼女達に目線を向ける。


「わたしが一番ルーファスさまにふさわしいって分からせてあげる!」


ちょ……人が真剣に考えてるのに、一体何を始める気ですかリディア様?


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