16.今世の彼女は①
何が始まるんでしょうね?
遠巻きにしていたアリスも含め、令嬢全員が中庭に連れて来られた。
人の手によって作品のごとく仕上げられた植木や花壇はなく、刈り揃えられた芝生と何種類かの木が生えているだけのシンプルでだだっ広い庭だ。
「わたしの属性は“土”よ。植物をあやつるのがとくいなの!」
え?
権力に物を言わせて(親に言いつけて)ライバル達を黙らせるのだと思っていたが、リディア自身の魔法を披露する方向でいくらしい。
「今からこの庭いちめんに花をさかせてみせるわ!」
土属性持ちは植物を操るのが得意だとリディアはドヤ顔で言ってのけたが、アリスがアルバートの書斎で読んだ本には、植物魔法は上級魔法として分類されていたはずだ。
植物魔法は非常に繊細な魔力コントロールを必要とし、芽を出すだけで何年もかかる者や、土属性であっても植物魔法が使えない者さえいるという。
だというのに、六歳のリディアは花まで咲かせるだけでなく、一面に咲かせると豪語している。コントロール力だけでなく、魔力量にも相当の自信があるのだろう。
アリスは引っ掛かりを感じた。
属性までは覚えていないが、ゲームのリディアは魔法が不得意ではなかったか?
ヒロインへの虐めがとりわけ酷かったのは、ルーファスのそばを許されていたことだけでなく、ヒロインが希少な聖属性という才能を十全に使いこなすことへの嫉妬があったと描写されていたような気がする。
「……お嬢様。今日は先生もいらっしゃらないですし、万が一のことがあっては危険です。別の方法を考えませんか?」
「せ、せめて一輪になさっては? 庭一面となると膨大な魔力を消費してしまいます。お嬢様の身体に何かあったら……」
招待客を案内してくれた執事とリディアの専属メイドらしき女性が、逸るリディアを慎重に宥めている。
「今やらなきゃいみないでしょ!? この子たちにわたしのすごさを分からせるんだから! お花畑を作るのよっ!」
いや、一輪だけでもすごいよ。二人の言うこと聞きなさいって、リディア様。
アリスも心の中で使用人の二人を援護するが、リディアは聞く耳なんて持ってないよなぁと黙って事の成り行きを見守る。
令嬢達もそわそわとリディアの魔法を待っているようだ。
生活に魔法が溢れた国なので、魔法を見たことがないわけはないが、自ら使うとなるとまた別だ。ここにいる令嬢達くらいの年齢では、まだ魔法を習っていない者の方が多い。
「じゃあいくわよ!」
二人の制止をサクッと無視して、リディアは声高々に宣言すると、掌を下にして何かを引き上げるような動作をした。
ぴょこん! ぴょこ、ぴょこ、ぴょこっ!
「きゃあ!」
「芽が出ましたわ!」
令嬢達から歓声が上がる。
こっ、これは……!
やり方はちょっと違うけど、前々世でみた某アニメ映画のシーンそのもの!!
後ろの方にいたアリスも、もっと近くで見たいと令嬢達の間から顔を出す。
「花をさかせるわよ!」
何かを摘まむような状態の五本の指を、パッと開く。
ふわっ。
リディアの趣味なのだろう。真っ先に咲かせたのは綺麗な薔薇だった。
「もっと色んな花をさかせるわ!」
ふわ、ふわ、ふわり、と、薔薇の次にはマーガレット、チューリップ、パンジー……季節関係なく様々な花を咲かせていく。
アリスは花の知識が乏しいので知らない花もたくさんあるが、一つ言えるのは、多様な花を大量に、しかも美しく咲かせるのは植物の知識と魔法の才能がないと無理だということ。
しかも、普通の六歳の子どもなら倒れてしまいそうな魔力消費量だというのに、リディアはピンピンしている。
アリスは素直にリディアに尊敬の念を抱いた。
……性格はともかく。
「これで分かったでしょ? わたしがルーファスさまにふさわしいって!!」
リディアが腕を組んで、ふんっと鼻を鳴らす。
彼女に噛みついていた令嬢は、一瞬きょとんとしたあと、はっと気がつき悔しそうな顔をして俯いた。
リディアの咲かせた花に、見惚れてしまっていたからだろう。
使用人の二人は、何事もなく花が咲いたのでホッと息を吐いている。
「もっとすごいこともできるわ! みてなさい!」
ルーファスってたしか、ヒロインが自分の能力をひけらかしたりしないで、他人のために使うところが好きなんじゃなかったかな。
花畑を作るまでは分かる。ライバルを牽制したいよね。でも、これ以上は必要ないんじゃないでしょうか、リディア様。
調子に乗ったリディアは花畑を作るだけでは飽き足らず、さらに何かするようだ。
彼女の目の前に咲く赤い薔薇に手をかざし、練った魔力を注ぎ込んでいくと、彼女の魔力を吸った薔薇が少しずつ大きくなっていく。
薔薇の高さはさほど変わらないのに、花そのものが本来の大きさよりも極端に巨大化しており、大人の顔くらいある。
凄いは凄いが、歪な形に成長した薔薇は、美しさを通り越して若干の恐怖を感じさせた。
「……おかしいわね。花だけ大きくなったわ。ちゃんと先生と同じようにやったのに」
どうやらリディアが思い描いた結果ではなかったようだ。
何やらフツブツと呟いたあと「もうちょっと魔力をあげればいいんだわっ」と、リディアが巨大化した薔薇に更なる魔力を注入していく。
待て待て。そういうのって大抵碌なことにならな……
めきゃ。
……い、んだよ。なんだあれ!?
魔力を過剰摂取した赤い薔薇が奇妙な音を鳴らすと、花びらに黒と紫の斑点模様が浮かび上がった。目玉のような気味の悪い模様と毒々しい色が、見るからに異常だ。
「きゃあああ!」
令嬢達の悲鳴が上がる。
「なっ、なにこれっ! わたしこんなのやろうとしてないっ!」
リディアは腰を抜かし、変わり果てた薔薇を見上げてカタカタと震えている。
めきゃ、めき、と耳障りな音が鳴る度に、薔薇の茎から鋭くて太い棘が生える。
気持ち悪いと思いつつもアリスが薔薇を凝視していると、棘の先から何か液体が出ているのが見えた。
やばい。
本能的に悟ったアリスの背筋がすぅっと冷え、リディアに向かって叫んだ。
「りっ、ディア様! 早くその薔薇から離れてっ!!」
「え?」
ブシャアァァッ! と、薔薇の棘から勢いよく謎の液体が噴射された。
アリスの声にいち早く反応したのは、使用人の二人。執事が液体を空中で停止させ、メイドはリディアを庇うように覆い被さった。
執事が液体の一粒だけをゆっくりと地面に落とすと、ジュッと音を立てて地面に穴が開く。
――酸だ。液体の正体に、その場にいる人間の肝が冷える。
令嬢達は、何が起こったか分からずパニックに状態に陥っていたが、駆けつけた他の使用人達が母親の元へ順次避難させている。
「アリス様っ!」
少し離れた位置で見守っていたキャシーが、アリスに駆け寄って来る。
「キャシー! ありがとう!」
アリスの掛け声に反応したキャシーは、薔薇の棘から出た液体は視認できていなかったものの、咄嗟にアリスに防御魔法をかけてくれていた。
「ご無事ですか!!」
「うん、キャシーのおかけで全然平
ビュッ!!
薔薇の棘に残っていた液体が、アリスの左肩を掠めた。




