第2章 最終話 最高の笑顔
「馬鹿か、お前は!!」
宿中に響き渡る、コルトの怒声。
カウンター脇のソファーに座りながら、あぐらをかいて腕を組むコルトを前に俺達は立たされていた。
俺はニルに殺された事やニルが化け物になった事については伏せた上で、事の顛末を話した。パイソンさんの事や俺がそこに偶然居合わせて、パイソンさんと一戦交えた事。そして謎の乱入者の事についても。
まあ、そうだよね。怒られるのは分かっていたけれど。
「で? お前はキメ顔でそいつに臭いセリフ吐いて、キメ顔でそいつを連れて帰って来て、キメ顔でそれを私に報告しに来たって訳か」
「キメ顔キメ顔言いうなよ! 俺だって今更恥ずかしくなって堪らないのに。正直、死にたくなったよ!」
「じゃあ死ね。可及的速やかに死んでもう一回死ね」
「酷い!!」
コルトは不満げな表情をしながら眉を寄せて俺を睨む。
「あああああっ! はぁ……」
その後、呻きながら頭を掻いて背もたれにだらしなく寄りかかると呆れたように嘆息する。
「まあまあ、そう怒らなくても良いじゃない? 理由はどうあれシロちゃんも戻って来てニルちゃんも助けられた訳だし、正直アタシはキュンとしたわ」
カウンターの奥で人数分の紅茶の準備をしていたむっくんがお盆にティーカップを載せて持って来た。
それぞれに一つずつティーカップを配り、最後に自分の分を手に取ってコルトの隣に腰を下ろす。
「あのなぁ……別に、連れ帰った事に関してはどうでも良いんだよ。どっちにしてもこいつが助けようとしていた訳だから覚悟の上だったからな。だが、どれだけ私やこいつに心配かけたのか少しは反省して欲しいぞ。言ったはずだ。お前が死んだ時、悲しむ奴の事を考えろってな」
「ご、ごめん。なかなか帰れなかったんだよ。むっくんの潜伏魔法が見破られて衛兵に追い回されて大変だったんだ。夜中まで領主の屋敷で保護してもらってたんだよ」
「あら!? そうだったの!? ご、ごめんなさいね。でもおかしいわね、この街の衛兵にアタシの魔法を見破れるほどの実力者なんていないはずだけど……」
「い、いえいえ! もう過ぎた事ですから気にしてないですよ」
むっくんは怪訝そうに顎に手を当てながら首を傾げている。
正直、俺にも不可解な事がいくつかあった。
まずは、街の正門に設置されていた対魔族用魔波探知装置が無くなっていた事。
いいや、無くなっていたというより、その存在自体誰も覚えていなかった事だ。まるで初めからそんなものはなかったかのように。
街の衛兵もギルドの役員も誰一人として忘れていた。
それに釣られてか、知れ渡っていた魔族騒ぎもクローディアの一件以外に持ち上がってはいなかった。
何もかも、全てが初めから無かった事にされていた。
あまりにも都合の良過ぎる展開で、逆に自分がおかしくなったんじゃないかと思うほどに不可解だった。
「まあいい。何がともあれ、お前らが無事に帰って来たのは何よりだ。だが……カノンにクミンか」
2人の名前を口にして、コルトは眉を僅かに顰める。
彼らが俺とパイソンさんの戦いに乱入してきた意図は分からないが、少なくとも救われたのは事実だ。
だが、正直味方とも思えないしだからといって明確に敵視していい相手でもない。
「まさか……あの2人がね」
むっくんもコルトと同じように意味ありげに呟きながら紅茶を啜っていた。
「一体誰なんだ? クミンって子の方はこの間、この街に攻めてきたクローディアが名前言ってたろ? 魔王国の精鋭部隊、王位継承権第7位のクミンがどうのってさ」
「ああ。確かにクミン……クミン・クシャーナは王位継承権第7位の実力者でありながら、精鋭部隊・第7分隊の隊長を務めている。あの見た目で想像を絶するほどの力の持ち主だ」
コルトは険しい顔をして視線を落とす。
コルトが他人をそこまで高く評価するくらいだから、クミン・クシャーナとやらはかなり強いのだろう。
現に、あのパイソンさんを倒した相手だ。あの能力に関してはまだまだ分からないが、用心しておく事に越した事はないだろう。
「だが……もう一人の男――カノン—―については、私にも情報がない。奴がどんな能力を持っているかは知らないが、お前の話では触れる事が何か関係しているのかもしれないな」
コルトの言う通り、あのカノンとかいう男は、パイソンさんの武器や体に触れた時に何かしらの変化が起こった。
パイソンさんの姿が急に元に戻ったり、右腕が全く動く気配がなかったり……クミンの悍ましい力に反して、カノンとかいう男の力はもっと不可解で不気味だ。
本当に……あの二人は何で、あの場に現れたんだろうか?
「まあいい。とにかく私は寝る。ここ数日は特に疲れたからな。お前らも休めよ」
「――あ、あの!」
そういって立ち上がり、自分の寝室へ向かおうとするコルトをニルは呼び止める。
だが、次の言葉が出ないのかニルは口を閉ざしてしまう。
「何も言う必要はない」
コルトはそんなニルを察したのか、顔も見ずに背中越しにそう告げた。
「で、でも!!」
「――聞こえなかったのか? 何も聞きたくないと言っているんだ。二度も言わせるなよ」
コルトはニルの言葉を遮って、目だけこちらに向けてニルを牽制する。
その言葉に気圧されたニルは、再び口を閉ざして肩を竦めた。
コルトはその後、一言も口にせずに寝室へ入っていった。
多分、ニルは俺に話した事を話すつもりだったのだろう、それと……俺を手に掛けた事も。
ニルなりにケジメを付けるつもりだったんだろうか。
「そう辛い顔しなさんな」
辛そうな顔をするニルの肩に手を置いて、むっくんはそう呟いた。
「コルトちゃんは別にニルちゃんを嫌っていたり疑っていたりはしないわよ」
「で、でも……ボクは!!」
「ほら! シャキッとしなさい!」
何そうな顔をするニルの頬を自分の両手で強めに挟み込む。
むっくんの行動を怪訝に思ったのか、目を丸くして黙り込むニル。
「そんなにおでこにシワが寄せてたら、可愛い顔が台無しよ? どうせなら、頬にシワを作りなさいな。ほら、にぃーー」
「いでででででででで!!!」
むっくんはそう言いながら挟んでいたニルの頬を摘んで横に引っ張った。
その力が思いの外強かったようで、ニルは声を出して悶えながら顔を引っ込め、自分の頬を押さえる。
「あはは。ちょっと力が強かったようね。ごめんなさい。まあ、とにかく笑いなさいよ。コルトちゃんもきっとそう言うはずだから」
「……は、はい」
ニルはむっくんを見つめて目を丸くしたまま小さく頷く。
コルトもむっくんもニルの事情を聞く事もなく、純粋に受け入れようとしている。
ニルはまだ、それを自分の中で納得出来ていないみたいだけど、今の時点ではコルトは聞く耳を持たないだろう。
何を考えてあんな事を言ったのか分からないけど、コルトなりに受け入れようとしているんだろうな。
「さて、ニルちゃんはどうする? どうせならここに移り住んでも良いのだけれど、部屋は余っているからね」
「……それは凄く嬉しいですが、今は働いているところで部屋を借りているですから、そっちに戻ろうと思うです」
「そうねぇ……残念。まあ、気が向いたらいつでもこっちに来て良いわよ。じゃあ、アタシはこれで」
「は、はい!」
手を振りながらカウンター奥の部屋へ入っていったむっくん。
その直後、緊張の糸が切れたのか「はぁ……」と盛大に溜息を吐いて、脱力する。
相当気を張っていたんだろう。
でも……ニルが追い出されるような事にならなくて良かった。
「でも、驚いたよ。むっくんの姿を見て驚きもしないなんて」
「え? アンデットなんて腐るほど見てきたですから。今更驚きはしないですよ」
「で、ですよね……」
畜生! やっぱり俺だけなのか!
「じゃあ……ボクは戻るですね。きっと、心配していると思うです」
「ああ。また明日な」
「……また、明日ですか」
ニルは繰り返すように小さな声で呟く。
「え? どうかしたのか?」
そんなにおかしな事は言っていないはずだけど……。
「い、いえいえ! ま、また明日です!!」
ニルは焦ったようぬ手を振りながらそう言うと、花が咲くようなとびきりの笑顔を見せた。
最弱職のイレギュラー第2章、これにて完結です。
ここまで長かったですが、お付き合いいただきありがとうございます!
第2章では1話だけ間幕を投稿する予定でございますが、それが終わり次第「最弱職のイレギュラー」第3章、開始になります。
どうぞ今後とも、よろしくお願いします。




