第29話 新たな疑惑
…………はぁ!? な、ななななな何で!? おいおい、どういう事だよ!!
『……この小娘。何者なんだ?』
さすがの悪魔もまさか見破られるとは思っていなかったのか、本気で驚いている様子だ。
冗談を言っているかとは思ったけれど、あの目はどう考えても冗談を言っているようには思えない。
だったら当てずっぽうか? カマをかけているとか?
いやいや、それこそあり得ないだろ。魔物を目の当たりにして何で俺の名前を切り出せるんだ?
この痴女メイドは確実に、俺が魔物の姿に変身している事を見破っている。
でも、どうして分かったんだ?
少なくとも姿や魔波ではバレる事なんてなかった。魔物に変身していると分かったきっかけは、むっくんと話した事……つまり、声だ。
しかもそれは魔物相手じゃないと通じないから、人間に俺の言葉が通じる事は無い。
コルトが連絡してきた時、俺の言葉が通じなかったのが物語っている。
おかしい……ライムに俺の言葉が通じるはずがないのに、何で?
「つまんねぇ考察は済んだか? 全くうるせー奴だ。ロクに頭の回転早ぇ訳でもねぇくせにピーチクパーチク……まあ、色々と気になるところはあるが今のは聞かなかったことにしてやるさ」
ライムは不愉快そうに自分の耳を指でほじるようなそぶりを見せながら言う。
は!? 俺、ほとんど喋ってないぞ!? ていうか、ライムと二人きりになってから一言も喋っていないはずなのに。
ていうか、何が頭の回転早い訳でもないくせにだよ。色々と許容できない事が起こって混乱してるんだよ。少しは察しろよな。
「おいおい、口の利き方がなっていないようじゃねぇか。こりゃ、泣く子も噎び泣くライムちゃんとっておきのお仕置きが必要みたいだな」
ライムはニヒルの笑みを浮かべながら俺を睨み、右手の拳を構えた。
その直後、右手の拳には段々と小さな光の粒子のようなものが集まっていく。
それはモニカの部屋全体から湧き上がっているようだ。
……って、おいおい。それで何するつもりだよ。拳が恐ろしいくらいに光って見えるんだけど。
「おいおい、そうビビんなよ。オメェの今の体なら一発で粉々にしてやれるからよ」
ライムはそう言いながら拳を握ったまま俺ににじり寄る。
ま、まさか……本気なのか!? ふ、ふざけんな! 何が泣く子も噎び泣くお仕置きだ! こんなの泣くどころか死ぬわ!
ていうか、そもそも泣く子をもっと泣かせてどうする!? ここは泣く子も黙るだろ!
「なんだよ、アホのクセに石頭なのか? こりゃ、私の拳でも砕けそうにないなぁ」
ふ、ふざけんなよ! 今さっき一撃で粉々にするとか言ってたじゃねぇか!
本当、こいつやっぱり苦手だ。
「はぁ……やっぱお前つまんねぇ。ノリ悪すぎるだろ。まあ、茶番もこのくらいにしておくか……」
俺の反応に興が冷めたのか不満げな表情をしながら握っていた拳を開いた。それと同時に拳に集まっていた光も消滅する。
ライムは再びモニカのベッドに腰を下ろし、腕を組んだ。
やっぱり、俺の考えている事が読めるみたいだ。でも、何で急に? 今までも読めていたって事なのか?
「まあ、オメェがそう考えるのも無理はねぇよな。だけど残念、不正解だ」
どういう事なんだ? ま、まさか……魔物の考えている事が分かるって事か?
「正解! 博士ご立派!」
ライムは完全に馬鹿にしたように手を叩きながら大袈裟に褒める。
いちいち癇に障るな……。
「私は物心がついた頃から魔物の言葉や思考が読める力があるんだよ。読めるとは言っても私の意識なんて関係なく聞こえるんだけどな。テメェの声が聞こえたときは驚いたぜ? というか、何でオメェはそんな姿になってんだよ」
まあ、そういう反応になるよな。
でも、どう説明したらいいか……思考が読めるなら余計な事をいう訳にはいかないし。
ていうか、こうして考えている事ですらダダ漏れって事だよな。
こりゃ、かなり厄介な相手だ。ライムは衛兵と繋がっているし、本当の事を説明する訳には……。
「はぁ……オメェさ、やっぱり底なしのバカだよな」
ライムは俺を蔑むような目を向けながら頭を抱えてしまう。
あっ…………ああああああ!! 俺の悪い癖が!!
「心配すんなよ。ここで聞いた事は他には漏らさないと誓ってやるさ。もちろん、オメェ達の不利になるような状況にもしない。オメェはモニカが気に入っている奴だし……それにお前は何か知っていそうだからな」
いつになく真剣な面持ちのライム。さっきまでの俺を馬鹿にするような目つきとは変わって凛とした真実を見通すような目に変わった。
はぁ……もうダダ漏れなら構うもんか。
ライムの性格はどうあれ、こいつに話せば何か協力を得られるかもしれないな、それにライムにニルの事を話しても大丈夫だろう。
「やっぱり、あの子が関わっているのか。救護室からあの子が消えてから急に街に魔族が侵入しているなんて騒ぎが起こっているし、衛兵もその子を探しているみたいだしな……一体何があったんだよ」
「……昨日の朝、公園で死体を見ただろ?」
俺はライムに全てを打ち明けようと話し始めた。
話は長くなるが、ここから説明しないと始まらない。
「ああ。確かに見たな」
「あの死体は、ニルの知り合いだったんだが……どういう訳か、俺がその人を殺したとニルは思い込んでいたんだ。それに……ライムは、魔族狩りについては知っているか?」
「――!?」
確認のために問い掛けると、ライムは一瞬目を見開いて驚いたようなそぶりを見せた。
やっぱり……知っているみたいだな。
「ああ。私も話には聞いている。そういうのはこの世界の闇の部分の話だからな。魔族狩りに国の貴族や国王が精通しているって話だ。それで連中も好き放題やっているらしいが」
「俺も、自分の仲間にはそう言った話を聞いたよ。そいつが言うには、ニルは魔族だって話も」
「……そういう事か。魔族狩りに襲われてこっちに隠れ住んだって事なのか。でも、それとオメェと何の関係がある?」
「ニルは俺の事を魔族狩りの関係者とも勘違いしているみたいなんだ。それで俺はその……昨日の夜に、ニルに襲われて殺されたんだがな……自分の武器の力で魔物に変身しちゃったみたいで、今は元の姿の傷を癒す目的で仮の姿になっているって感じだ」
俺は少し口ごもりながら全ての真実をライムに話した。
ライムは最後まで聞くと腕を組みながら僅かに視線を落とし何かを考えるように眉を顰めた。
言葉は選んだつもりだが、ほとんど本当のことを言ったつもりだ。
「そうか……つまりお前はあの子から勘違いに勘違いを重ねられて仇を討たれたんだな。街中じゃオメェの死体がバレてしまう危険性があるから、おそらく街の外にお前をおびき寄せて殺したんだろうが……それがあの子の……魔族の存在が発覚する原因になったって訳か」
「多分……な。今は俺と他に後2人、ニルを救い出すために探し回っているんだが……潜伏の魔法が衛兵には通じなくて、逆に俺が追われる羽目になったんだよ。それでたまたま通りかかったこの屋敷に逃げ込んだんだけど、アルさんの襲撃を受けて……あとはまあ、色々あって保護されているんだよ」
「なるほどな。そういう訳か…………?」
俺の話を聞いて再び腕を組んで考えるように視線を落とすライムは、しばらく沈黙した後、何かに気付いたのか口を開いた。
「クローディアが攻めて来てから街の正門に導入された、あの対魔族用魔波探知機能。確かに魔族の魔波に反応する機能ではあるけれど…………魔族を特定できる機能は無いはずだ。夜中にオメェが殺されたとしても正門を抜けなきゃ外に出られないし、その時にそれが反応していてもおかしくはない。けど……何でそれが、この短時間でその子の魔波だって特定されているんだ?」




