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最弱職のイレギュラー  作者: 華藤丸也近
第2章 俺以外の“転生者”
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第26話 ペット

「どういうおつもりですか! いくら初級魔種とはいえ魔物は危険な存在です! 早くそこを離れて下さい!」

「いいえ、離れません! これ以上この魔物を襲うのは止めて下さい!」

「お、襲うなどと……私はそんなつもりでは」


 モニカはアルさんに怯むことなくその場に立ったまま、真剣な表情でアルさんに向けて言い放った。

 アルさんはそれに気圧され、完全に戦意を喪失したようで剣の柄を握っていた手を離し、背筋を伸ばす。

 結構不満げな表情ではあるが、モニカに対する悪意は感じない。こりゃあれだ……呆れてるな、アルさん。

 でも、何でモニカは俺が危険ではないなんて、あれほど自信満々に言えるんだ? 俺が魔物に変身しているだけの人間だと気付いているのか?


『何をバカな事を……気付ける訳がないだろう。吸収した魔物の肉体そのものに変身しているのだから、元が人間だと気付かれる事はあるまい』


 別に俺の考えが正しいなんて思っちゃいないだろ。そういう可能性があるんじゃないかって考えただけじゃないか!

 考えすら否定されるなんて酷過ぎる。思想は自由じゃないか! 人権侵害だ、訴えてやる!


『知った事か。悪魔相手に何を呆けた事を……はぁ、嘆かわしい』


 呆れた口調の悪魔の声が頭の中で響く。

 こ、こいつ……溜息吐きやがった! 

 でも、悪魔の言う様に俺が普通の魔物と違う事に気付いていないなら、どうしてモニカは俺を庇ったんだ?


「とにかく、襲うのは止めて下さい。通常、マガリイノシシは群で行動し、気性の粗い魔物だと聞いております。近くを通りかかりでも知れば、問答無用で襲い掛かるとも聞いております。ですが、見てください。このマガリイノシシは私に襲い掛かろうともしません。人に馴れているので、きっとペットか何かだと思います」


 ぺ、ペット!?


『ふっ……面白い事を言う小娘だな。確かに、魔物をペットにする人間もいなくはないが……主をペットとはな。ふふふ、いや失敬』


 どうやら悪魔にはモニカの発言はツボだったらしい。声を押し殺して静かに笑っている。

 そんなに面白いか、そうかそうか。お気に召したようで何よりだな。

 でも……ペットと言われるとはねぇ。まあ、この場を乗り切れるなら何でも良いけど。人間→魔物→ペットってどんどん格下げして言っている気がする。

 大体、魔物をペットに出来るなんてこの世界に来てから一度も聞いてないし……見た事もない。

 それにマガリイノシシをペットにするって無理があるんじゃ? 気性が荒いなら尚更だと思うけど。


「モニカ様がそこまで仰るのであれば……ですが、飼い主が誰なのか突き止めなければならないでしょう?」

「それもそうですね……って、あああ!?」


 顎に手を当てながら俺に目を向けたモニカが、いきなり大声を上げて俺の体に顔を近付ける。

 さっきからズキズキと痛む、アルさんから受けた傷。

 酷い傷ではないけれど、それでも出血はしていて体毛の毛先から血の雫がぽたぽたと地面に落ちていた。

 マガリイノシシくらいの頑丈さと素早さが無かったら、今頃真っ二つだったに違いない。 


「アル! 怪我をしているじゃないですか! もし本当にペットだったら大問題ですよ!」

「し、承知いたしました。 今すぐケリアルをお持ちします」


 眉を顰めたアルさんはその場で軽く頭を下げると、屋敷へと戻っていった。慌てた様子はなかったがさすがにまずいと思ったのだろう。

 本当すみません、アルさん。アルさんは何も悪くないんです。俺がこんなところに来なければ良かったんですから。

 後でそれとなく謝っておかないと……自分のせいでモニカに悪く思われるのは可哀想で仕方ない。


「お待たせして申し訳ありません。ケリアル、お持ちしました」

「ありがとうございます、アル」


 モニカはアルさんが持って来たケリアルを受け取ると、瓶の蓋を開けて手のひらに中の薬を取り出した。

 ローションのように粘度の高い薬を指ですくい、傷を負った箇所の周りをなぞるように塗り広げる。


「いいいい!? 痛い! 痛い痛い! 何これ、痛い!」

「あ、暴れないで! 今、傷を癒しているところだから」

「私が押さえています」


 首を振り乱して痛みに悶える俺をアルさんは上から体重を掛けるように俺に抱き付き抑え込もうとする。

 な、何じゃこの人!? 体が大きいし硬い!? 見かけによらず筋肉凄っ!? 

 て、ていうか、押さえ込む力強すぎ! マジで少し緩めて! 骨が砕ける! 痛い!

 傷を癒す痛みとアルさんに押さえ込まれている痛みとが合わさり、俺は押さえられながらも脚をバタつかせて暴れた。


「終わりました。傷は塞がりましたよ」


 しばらく暴れていると、モニカの安堵の声が聞こえた。

 暴れていて気付かなかったがどうやら傷は塞がり、痛みも嘘のように感じなくなった。

 アルさんの拘束も解けて、俺は痛みから解放される。

 はぁ……良かった。傷を癒す痛みで死ぬ事は無いけれど、アルさんの押さえ込みが強すぎて圧死するところだった。

 男に抱き付かれて死ぬとか想像するだけでゾッとする。むっくんは例外だけど。


「しかし、これからどうされるのですか? モニカ様が仰られたようにこの魔物に飼い主がおられるのであれば、今も探しているのでは?」

「そうですね。首輪が付いていないところを見ると逃げ出してきた可能性もあるので、このまま街に連れていけば混乱を招くかもしれません」


 首輪が付いていればペットとして認められるのか。

 そういうの、早く聞いていれば良かった。というか、潜伏魔法で隠れるよりもよっぽど安全だったんじゃ?

 いやいや、文句を言える立場じゃないよな。むっくんはそれが安全だと思ってしてくれた事なんだから。


「ギルドへ報告し、貼り出して頂くのはどうでしょう? 飼い主本人が探して見つからないのであればギルドで捜索依頼が出るはずですから、情報を提供しておけば依頼を出す前に見つけ出す事もできるでしょう」

「そうですね! それが一番安全で、迷惑が掛からないと思います」


 アルさんの提案にモニカも賛同する。

 そうだな。俺もその方が安全だとは思う。

 さすがに街中を歩き回った俺としては、もう衛兵に鉢合わせになるのは避けたい。

 第一、飼い主が来るまでギルドで保護なんてなったらそれこそ抜け出すのは困難だ。まあ、どのみち保護になるんだろうけど。

 頼むから、そっちで保護してくれ。ギルドで保護は御免だ。どうなるのか全く分からない。


「では私は必要な書類をまとめて、ギルドへ提出して参ります。その魔物はモニカ様が保護されますか?」

「ええ。父上には私から報告しておきますよ」

「承知いたしました。それでは……」


 アルさんはモニカにゆっくりと頭を下げて、再び屋敷へ戻っていく。

 とにかく、自分の望む方向に話が進んで良かった。後は上手く夜中までやり過ごしてこっそり抜け出すようにしないと。

 そのためには抜け道を探しておかないといけない……やることは山ほどあるな。

 色々と考えていると、モニカは俺の体をいきなり撫でてきた。しばらく撫でた後で、俺を撫でた手を見つめて険しい顔をする。

 その手を顔に近付けて、匂いを嗅いだモニカは更に険しい表情をする。

 し、仕方ないだろ! 獣なんだから、獣臭くて当然だ!


「あなた、相当汚れているようね。怪我したところも血が付いているし……」


 モニカはその場で腕を組みながら何かを考えているようだ。

 獣臭さは別として、まあ血で汚れてしまっているのは確かだな。まあその辺は別に気にするようなところじゃないだろうし、洗い流せないんだから仕方ない。


「そうだ!」


 顔を顰めていたモニカの表情が途端に明るくなる。

 上機嫌のモニカは俺を抱きかかえ、無邪気な微笑みを俺に向けた。

 何か思いついたのか? まあ、桶にためた水で洗い流す程度には出来るだろうからそれを思いついたんだろうな。それだったら外でもできるし。

 

「一緒にお風呂に入ろっか!」


 ……………………………………………………………………………………え?


『おお、これは何と。予想外の展開』

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