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最弱職のイレギュラー  作者: 華藤丸也近
第2章 俺以外の“転生者”
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第25話 九死に一生

 まずい! 悲鳴を上げられたら、それを聞きつけた衛兵が駆けつけてしまう!

 俺はなるべく、モニカを襲う意思がない事を示すために様子を窺いながら後退する。

 モニカは俺を怖がっている様子はないが、目を丸くしたまま俺を見つめているようだ。

 でも、恐怖で固まってしまっているだけかもしれない。悲鳴を上げられる前に逃げなきゃ。

 そのままゆっくりと後退していると、不快な臭いが強くなっていく。

 くそ……後ろの森は結界が張ってあるから正直入りたくない。

 けれど、今ここから逃げようにも街に逃げ込めばこっちに来た意味がなくなってしまう。

 仕方ない……ごめん、モニカ!


「きゃっ!?」

 

 俺は意を決して、モニカに飛び掛かった。

 モニカはそれを避けようと後ろへ下がったが、バランスを崩して地面に倒れてしまう。

 これだ! 今しかない!


 俺は空中で身を捻らせ、落下地点がモニカの上にならないように調整する。

 地面に倒れたモニカのすれすれの位置に落下した俺は、モニカが起き上がる前にその場から立ち去った。

 よかった……あとほんのわずかにずれていたら、モニカを踏みつけていたところだ。

 小さい方のマガリイノシシとはいえ体長1メートルほどのマガリイノシシに下敷きにされるなんて堪らないもんな。


 モニカから逃げ、俺はそのまま領主の屋敷の前まで駆け寄る。

 街中はあれほどの騒ぎだというのに、恐ろしいほど静かだ。

 かと言って人の気配がないという訳ではなく、執事やメイドが屋敷内を行ったり来たりしている。

 ただ、慌ただしくしている様子はなくて、至って普通にいつもの仕事をこなしているようにも感じる。

 モニカああして外に出ているっていう事は、騒ぎに対してそこまでの危機感はないらしい。


 だが、変だな。

 まだ疑いの範疇とは言っても、魔族騒ぎが起こっている事は間違いない。

 クローディア戦の時はモニカやライム、アルさんが駆けつけていたが、今回は反応が全然違う。

 今回は魔王国の、精鋭部隊の関係者じゃないからそこまで脅威だと感じていないのか?

 いいや、あの時は緊急伝達で街中に情報が行き渡っていた。

 今回は疑いの範疇でそれが決まった訳じゃない、だとすれば余計な混乱は招かないようにしているんだろう。

 とは言っても、あの衛兵達。その辺の配慮はあんまり出来ていないようだけど。


「はぁ……今は自分の心配するべきだろうに。どうしたら良いんだ?」


 屋敷の外壁に身を隠しながら俺は屋敷の中の様子を窺う。

 別に屋敷の中に侵入する必要はない。しばらくの間だけ、街中から離れられればいいだけ。

 …………いや、ちょっと待て!?

 むっくんの魔法があの花の香りの効果で完全に打ち消されているから、俺の姿は誰にでも見えてしまう。

 それに魔波だって、今は感じ取れるようになっている。

 これはかなりまずい……たいして考えていなかったけど、よく考えたらマジで危ない状況なんじゃ。

 これじゃ、コルトやむっくんにも時間通りに合流が出来ないな。街に戻るなら夜中しかない。

 コルトの通信魔法だって消滅してしまっているからこちらからは呼び掛けられないし、今の俺の言葉が通じるのは魔物だけだ。

 詰んだな……少なくとも、夜中までは。

 俺は屋敷内の人間に見つからないよう身を隠しながら屋敷の裏手まで回る。

 こっちで夜まで時間をつぶすしかない。相当時間はあるし、その間暇だけど……状況が状況なだけに仕方がないだろう。

 姿は見つからないはず。あとは、屋敷の住人や使用人が俺の魔波に気付かなければいいんだが……ライムが一番の鬼門だな。

 あいつはあれだけの距離があるのに、俺の存在に気付いて目を向けたんだから。

 見つかったらアウト、最悪の結末。

 

「まあ、日が暮れる頃には衛兵の捜索も中断されるだろうし……ライムが帰ってくる前にはここから離れなきゃならないな」


 門の近くの林道に隠れていれば木々が死角になって姿までは見つかる事は無いだろう。

 問題は、魔波に警戒しなきゃならないんだけど……何も感じないから俺がどれだけの魔波を放っているのか分からないな。


「何者だ!?」

「――ッ!?」


 屋敷の裏に隠れて夜中までやり過ごそうと休んでいると、勝手口の方から誰かが飛び出してきた。

 懐に差した剣を引き抜こうと柄を掴みながら、俺に目を向ける。


「なっ!? ア、アルさん!!」


 勝手口から飛び出してきたのはモニカの従者のもう一人、アルさんだった。

 まずい! この人がいた事をすっかり忘れていた!

 正直、あんまり話した事なかったから忘れていたけど……クソ、警戒しておくべきだった!

 クローディア戦ではアルさんは戦闘に参加していない。俺はこの人の戦闘力を知らない。

 だが、見ただけで分かる。この人はライムとはまた違った危険な感じがする。


「マガリイノシシ? 低級魔種か」


 アルさんは一瞬眉をキュッと寄せてそう呟いたが、全く物怖じしないどころか驚きもしなかった。

 魔物がここにいる事おかしいと思わないのか? それとも、マガリイノシシ程度ならサクッと倒せるから問題ないとでも思っているんだろうか?

 何にしても、このままではまずい。ここは一旦逃げるしか……。

 

「瞬裂衝」


 アルさんは剣の柄に手をかけたまま、体勢を低くしているが微動だにしない。

 何か言った気がするけど……攻撃はしてこないのか?


「ん?」


 だが、何か一瞬だけ体が動いたような感じがして俺は目を凝らしてアルさんを見つめる。

 その瞬間、凄まじい風圧が俺を襲い、俺の体は何か鋭い刃物にでも斬りつけられたかのような傷が出来ていた。

 躊躇のある攻撃だったのか、衝撃に比べて傷は浅い。


「ぐっ!? な、何だ?」


 い、一体何が!? この距離で間合いも詰めずに攻撃を繰り出した!?

 いいや、問題はそれじゃない! この体に、仮の体に傷を負ってしまった。

 もうさすがに運良く生きていたなんて事はないだろう。悪魔が言ったように俺は死ぬ!

 い、嫌だ! こんな事で死にたくない! 嫌だ嫌だ!


『取り乱すな、主よ!』


 死への恐怖をかき消さんばかりの悪魔の声が俺の頭に響く。

 俺はすぐに引き戻されて、頭に響く声に集中した。


『この傷ならば問題はない。だが、これ以上の深手を負えば死ぬぞ! ここは退け!』


 わ、分かった!

 

「瞬裂衝」

『次が来るぞ!』


 この場から離れようと動き出した俺に、アルさんはもう一太刀加えようとする。

 悪魔の叫びを聞きつつその場から走り出した瞬間、目標を失ったアルさんの攻撃は屋敷を取り囲む鉄格子の一部を破壊した。

 一発目は様子見で、二発目で仕留めるってか。怖い、怖すぎる! それにあの攻撃、アルさんは一切動いているようには見えなかった。

 あんな速度の速い攻撃……避けれたのがそもそも奇跡じゃないか。

 逃げ出した俺をアルさんはすぐに追いかけてきた。剣の柄に手を掛け、体勢を低くした状態のままだ。

 おいおい……走りながらでも攻撃できます、なんて言わないよな!?


『余所見をするな! 前を見て走れ!』


 怖いんだよ、仕方ないだろ!?

 悪魔から怒鳴られ、俺は言う通り前を向いて走る。

 だがそこには俺の姿を探していたのかモニカの姿があり、追われている俺やアルさんに気付いたのか、こちらに目を向けて呆然と立っていた。

 ヤバい! このままじゃモニカも巻き込んでしまう!

 俺はモニカは巻き込むまいと、走る方向をようと体を捻って街の方へ向かう。

 だがモニカは、しばらく俺とアルさんの姿を見つめた後で何を思ったのか俺の方へ駆け寄ってきた。

 なっ!? ま、まさか! 挟み撃ち!?


「なりません、モニカ様! お逃げ下さい!」


 後ろでアルさんの叫び声が聞こえる。

 そ、そうだ! ここはアルさんのいう事を聞いてくれ! 頼むから討伐しようなんて考え起こさないでくれ!

 俺は一死に願ったが、モニカはアルさんの警告を聞かずに向かって来た。

 クソッ! ど、どうする!? 幸い、モニカは戦闘経験はないし、このまま突進すれば何とかなるかもしれない。

 だが、モニカにケガを負わせるのは……ああもう、後で土下座でも何でもしてやるから、許してくれモニカ!

 俺は意を決して、モニカに飛び掛かろうと態勢を整えようとしたその時だった。

 モニカは俺を捕まえることなく、何を思ったのか俺の横を素通りした。


「止めなさい、アル! この魔物は問題ありません!」


 そこには庇うように腕を広げて俺の後ろに立つ、モニカの姿があった。

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