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ひさしぶりにブランコに叱られました

「ふぅ、ようやく戻ってきたな」


 ゴールデンハムスターの亜人エスタトゥアは馬車から降りて両腕を伸ばす。空は晴れており、すがすがしい。

 ここはコミエンソ。フエゴ教団の本山だ。

 人がアリの巣の如く多く、さらに様々な食材や物が流れてくる町でもあった。

 エスタトゥアは商業奴隷というもので、エル商会のラタジュニアが主人だ。

 ラタジュニアとはカピバラの亜人で主に外食を扱っている。


 それとは別に行商をおこなっており、オルデン大陸中を馬車で回っていた。

 その時彼はエスタトゥアの住む村に異変を感じたのだ。遠くから黒煙が見えたからである。

 村は獣人族に襲われていた。人と交わらず人を喰らう人種だ。

 エスタトゥアはその村で村八分にされていたが、生き残ったのも彼女一人であった。

 彼女の危機を救ったのがラタジュニアでそのまま商業奴隷に登録されたのである。


「懐かしい空気ですわね。もう何年も来ていない気分ですわ」

 

 次に馬車を降りたのはライオンの亜人であった。

 胸は大きく、腰は括れており、尻はでかい。美人と呼ぶにふさわしいがこれでも12歳だ。

 名前はカンネという。生まれはオルデン大陸より南にあるナトゥラレサ大陸だ。

 海を越えねば来れないのである。その中でも闘神王国ファイトキングダムという国で育ったのだ。


「お嬢様が来たのはほんの数週間前でございます」


 カンネに突っ込みを入れたのは黒豹の亜人だ。

 スレンダーな体つきで、胸は平坦だ。メイドキャップにエプロンを身に付けたメイドである。

 名前はザマ。カンネの実家であるハンニバル商会の従業員であり、カンネのお付きのメイドだ。

 もっとも彼女に対する忠誠心は低く、いつか店を乗っ取ろうとする野心を抱いている。

 カンネは鈍く、口にしても冗談として扱われていた。


「おほほほほ。そうでしたかしら。でも愛しい人と一緒の時間は濃密ですわね。

 逆に興味がないと時間は亀のように鈍く感じますわ」

「それはいえてますね。私もお嬢様を相手にすると時間がナメクジの歩みのように思えます」

「あらあら、ジョークが上手ですわね」


 こんな風にザマが皮肉を言っても気にしないのがカンネであった。

 エスタトゥアはそんなふたりを知っているので放置していた。

 構うと余計な時間を喰うのを理解しているからである。


「あっ、お嬢様。今エスタトゥアさんはお嬢様の事を面倒臭い奴だと思っているようですよ」

「なっ!? 余計なことをいうな!! メンドくさいだろ!!」


 思わず本音を暴露するエスタトゥアだったが後の祭りであった。

 見る見るうちにカンネの表情が赤くなる。怒りで燃えているのだ。


「なんですって!? このわたくしのどこが面倒臭いのですの!!

 この容姿端麗、才色兼備、頭脳明晰のわたくしを侮辱することは許しませんことよ!!」

「うわぁ、メンドくせぇ!! 自分でいうなよ、このバカ!!」

「バカ!? このわたくしをよりにもよってバカ呼ばわりしましたか!!

 許せません、ええ、許せませんとも!!

 なぜわたくしがバカなのか説明を求めますわ!!」


 もうエスタトゥアは繕うことを放棄した。こいつには何を言っても無駄だ。

 ザマはそっぽを向いて口笛を吹いている。後で覚えてろよと心の中でつぶやくのであった。

 その空気を破るひとつの影が飛び出た。


「わーーーい! エスちゃんですのーーー!!」


 エスタトゥアに勢いよく飛びついた。思わず後ろに倒れこみ、尻もちをつく。

 それはシマリスの亜人であった。6歳ほどでぬいぐるみといっても納得できる容姿だ。

 彼女の名前はポニト。エル商会の商業奴隷である。薄緑色の仕事着にエプロンを付けていた。

 両親は北区にある商店街でパン屋を営んでいたが、ラタジュニアに乗っ取られたのだ。

 もっとも父親は商売が下手なので、今の方が生活が豊かというありさまである。


「おお、ポニトひさしぶりだな。元気にしていたか?」


 エスタトゥアは優しくポニトの頭を撫でた。

 ポニトはすぐ照れる。ふかふかしてて触り心地が最高である。


「うん!! ポニトはがんばったの! ブランコしゃんのお手伝いをきちんとしたの!!」

「そうか、よくやったな。すごいぞ」

「ぷふふふふ……」


 エスタトゥアに褒められてポニトはますます赤くなる。

 

「おいおい、ポニト。私たちは旅から帰ってきたばかりだ。

 今は後片付けをするから、仕事に戻りなさい」


 カピバラの亜人が声をかけた。彼がエル商会の主であるラタジュニアだ。

 カピバラなだけに体格はよい。どっしりとした感じである。

 ラタジュニアは馬車を牽くヤギウマのクエレブレを撫でた。

 クエレブレは通常のヤギウマよりさらに一回り大きかった。

 伝説の竜の名を付けられており、立派な角は英雄エルシッドの使う名剣ティソーナとコラーダを連想する鋭さがある。


「むむむ……。エスちゃんと一緒にいたいの~。でもお仕事をさぼっちゃだめなの!

 う~ん、悩んじゃうの~」


 ポニトは頭を抱えて悩みだした。仕事を優先にできないところが子供の限界だ。

 もっともラタジュニアは叱咤などしない。その様子を見て微笑んでいる。

 あまりのかわいらしさにエスタトゥアは後ろからぎゅっと抱きしめた。

 抱かれたポニトは幸せそうに顔をとろとろにしている。カンネは羨ましそうに横から見ていた。


「……旦那様。ご無沙汰しております」


 そこへ白蛇の亜人が現れた。なんとも冷ややかな口調である。

 彼女の名前はブランコ。エル商会の会計を務めており、ラタジュニアの留守を預かる身でもあった。

 蛇の亜人ゆえに表情は読みずらいが、内面から怒っているのが感じられる。


「……やあ、ブランコ。ただいま帰ったよ。留守の間ごくろうさん」


 ラタジュニアは頬を引きつらせながら挨拶をする。

 だがブランコは彼を睨みつけた。


「ええ、旦那様は悠悠自適に行商に出ている間、こちらは大忙しでした。

 仕入先の農家や狩人たちにトラブルが起きましてね。そっちの対処に大忙しでしたね。

 さらに店にも難癖をつけるならず者が暴れたりと大変でした。ええ、それはもう大変でしたよ」


 ブランコは皮肉たっぷりに答えた。別に仕事が面倒だからではない。

 むしろ忙しい時こそやりがいを感じる性質だ。困難を乗り越えてこそ幸福は訪れるという精神の持ち主である。

 彼女が許せないのは、ラタジュニアが必要のない行商に出ることだ。エル商会は外食産業でハンバーガーを主に売っている。

 地産地消で地元の農家から小麦や野菜を格安で購入し、肉は地元の狩人から仕入れている。

 ジュースなどの飲み物も地元で仕入れていた。別に行商に行かなくても利益は出ている。


 それなのに若き会長は行商を続けていた。父親のラタが行商で身代を起こした影響なのはわかる。

 それに広く多くの人に知ってもらいたい気持ちもわかる。だが従業員を使えばいい。

 商業奴隷なら商品を持ち逃げしても安心だ。なぜなら物を売るには許可証が必要であり、それがなければ売買はできないのだ。

 もちろんヤミで売ることも可能だが、安く買いたたかれるし、騎士団に見つかれば重罪になる。


「手紙を読ませていただきましたが、旦那様も大変だったようですね。

 オンゴ村では獣人族の生き残りに襲われ、サルティエラでは大型の獣に襲撃され、さらに三角湖でも問題が起きたそうじゃないですか」

「ああ、それな。大丈夫きちんと解決―――」

「解決すればいいわけではありません!! 結果論で物事を語らないでください!!」


 ブランコが爆発した。思わず周りの空気が弾けた気がする。

 エスタトゥアは腰が抜け、冷汗が出た。カンネとザマも同じように肝を冷やしている。

 ポニトはエスタトゥアが耳をふさいでいるので、ブランコの雷鳴を聞くことはなかった。


「大体旦那様は商会を経営する自覚がありません!! 私たちの生活はあなたの双肩にかかっているのですよ!!

 それなのに行商と称してあっちへふらふら、こっちへふらふらしてはトラブルに巻き込まれて帰ってくる。

 何事もなく帰ってきたことなど一度もないではないですか!! いつか必ず死にますよ!!」

「ああ、その件な。なんか俺のせいみたいなんだよ」


 エスタトゥアは恐る恐る右手を挙げた。彼女はなんでも特別な出生だという。

 父親はハムスターの亜人で、母親は人間だ。だが父親はあえて人間との間に子供を成した。

 それは生まれた子供が村八分となり、いじめられることを望んだのだ。

 理由は父親がエビルヘッド教団、略してエビット団の工作員だった。

 神応石しんおうせきと呼ばれる人間の脳に必ずある石に影響させるためである。


 エスタトゥアは父親が残したとある植物を食べていた。それは念呪草ねんじゅそうという神応石を肥料にしたもので、食べると常人に比べてスキルを発現しやすいという。

 彼女が商業奴隷になる際にフレイヤ商会から身体検査を受けた。

 その時彼女の神応石は常人より大きく、影響を受けやすいとわかったのである。


 これはサルティエラのソルトスタジアムで始球式に出演したとき、フレイヤ商会会長オロから説明されたことだ。


「というわけで大半は俺の責任なんだよね。だから旦那様に責任は―――」

「おおありです」


 エスタトゥアの擁護をブランコはバッサリと切った。


「私も知っています。これでも昔教団学校に通ってましたからね。もっとも才能がなく卒業後は家を出て旦那様に拾ってもらいましたが。

 だからエスタトゥアさんのことも十分理解しています。

 だからこそ彼女を連れまわせば、どうなるか火を見るよりも明らかなはずです!!

 旦那様が災難に巻き込まれても心配はしません。叱りますけどね。

 ですが!! か弱いエスタトゥアさんが騒動に巻き込まれる可能性は推測できたはずです!!

 それをあなたは無責任に彼女を連れまわし、怖い目に遭わせた!!

 もし彼女の身に何かあったら責任は取れるのですか!! どうなんですか!!」


 ブランコはものすごい剣幕であった。ラタジュニアは命じられてないのに地面に正座する。

 しょんぼりと縮む姿は何とも言えなかった。


「なっ、従業員の分際でエル様に意見などと!! 許しませ―――」

「ああ?」


 ブランコに睨みつけられた。カンネは思わず固まってしまう。

 彼女に睨まれると体が恐怖で動けなくなったのだ。

 蛇に睨まれた蛙ではなく、蛇に睨まれた獅子であった。


「ほぅ、お嬢様を黙らせるお方がいるとは。さすがですね」


 ザマはほくそ笑んだ。エスタトゥアは呆れて物が言えなかった。

 ポニトは何も聞こえないし、見えていない。

 純粋な彼女を毒から守るためにエル商会へ入っていくのであった。

面白かったらブクマ・評価をもらえると嬉しいですね。

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