元凶はウィッチヘッドでした
三角湖の真ん中に小島のような大きさのビッグヘッドが現れた。
まるで火山が噴火し、新たな山が生まれたような感じである。
その余波が観客席にも伝わり、まるで地震のように揺れていた。
観客たちは阿鼻叫喚の如く慌てふためくが、あらかじめ待機していた三つの村の若者たちが的確な誘導をしたので被害は少ない。
アオイとアマはすでにこの場を離れ、観客たちの避難誘導に力を注いでいる。
ガマグチ親分とベンテンの姐さんも若い衆に檄を飛ばしていた。一方でガマグチ親分の息子であるナガレはおろおろとして頼りなかった。
ビッグヘッドは赤かった。正確には赤い髪に赤い髭を生やしていたのだ。
肌の色は褐色で、日に焼けた漁師を連想する感じである。もっとも巨大な顔など初めてだが。
そのビッグヘッドのてっぺんに一人の男が立っていた。
黒いマントを身にまとい、山高帽を被りゴーグルと防塵マスクをつけていた。なんとなく案山子を連想した。
そいつはくぐもった声で笑い出した。なんとも陰気で気分の滅入る声である。
すると男は身体をくるりと翻した。
黒いマントの中から巨大な顔が出てきた。そして山高帽は風に飛ばされた。中身はない。
髪の毛が団子のように結ばれていただけだったのだ。それを人の頭に見せかけたのである。
それはビッグヘッドだったのだ。黒いマントは髪の毛だったのである。
そして中身は美しい女性の顔であった。しかし見るものに寒気を感じさせる冷たさがある。
額には大きなくぼみがあった。
「あれは噂のウィッチヘッドか!!」
ラタジュニアが叫んだ。エスタトゥアは初耳だが、主であり、フエゴ教団の司祭の杖である彼が声を荒げたのだ。ただものではないはずである。
「オホホホホ、ご名答よラタジュニアくん。いかにも私はウィッチヘッド、エビルヘッド様の忠実なる僕よ。
今日はこの子、トールヘッドちゃんを紹介しに来たの。巨人形態で知性は低いけど、その分体が大きいから力はすごいわよ。
それを使って三角湖の人間を皆殺しに来たわけ。わかるわよね?」
ウィッチヘッドはけらけら笑いながら、トールヘッドに命令した。
巨大な手を広げ観客席目がけて叩き付けようとする。
トールヘッドにすれば人間などコバエに等しいのだ。
だがそれをラタジュニアが阻止した。二本の前歯がまるでつがいの龍のように伸びている。
トールヘッドの手に細かい傷をつけていく。
致命傷にはならないが、時間稼ぎにはちょうどいい。
その間観客席は移動していく。実はその下に巨大なミシシッピアカミミガメ、別名ミドリガメが繋がれていたのだ。
巨大化しており、三メートルほどの大きさだ。三角湖に多く住みついている。
餌は湖に住むブラックバスやブルーギル、コイにウォーキングキャットフィッシュ、いわゆるナマズなどを食べさせている。
元々はオルデン大陸にいなかった生物で、大量繁殖するため在来種を根絶やしにしてしまった過去があった。
さて巨大ミドリガメを操り、観客席を動かしていく。いざというときのために船につないで移動できるようにしているのだ。
それを作ったのはナガレだ。彼は細工物が得意だが、からくりも得意なのである。
トールヘッドはしつこく観客席を狙うが、各村の若者たちは弩を持ち出し、ちまちまと攻撃していく。
おかげで被害は出ずに済んだのだ。
「オホホホホ、さすがですね。ですがこれはどうですか!!」
ウィッチヘッドが口笛を吹いた。これは他のビッグヘッドたちに命令を下す音色である。
その瞬間、水面から一気に飛び出したものがあった。
それは水色の肌のビッグヘッドである。身体を風船のように膨らませていたのだ。
両手両足には水かきがついている。眼球の部分は水晶玉のように濁っていた。
鼻穴も小さく、まるで長時間水中での活動に適した体型であった。
そしておちょぼ口で、舌を槍のように扱っている。
さしずめ舌の水兵といったところか。それが数十体もいるのだ。
そいつらは観客席に向かって舌の槍を振るう。木の壁は壊れ、タング・シーマンたちは中に入ろうとしていた。
「そんなことはさせません!!」
ヘンティルが叫ぶ。彼女は深呼吸をすると、湖の水を飲み始めた。それを腹一杯飲むと、タング・シーマンたちに向かって吐き出したのである。
水は中に入ろうとしたタング・シーマンの額を貫いた。頭を潰されぐったりとなる。
その後に木へ変化した。
ヘンティルは司祭の杖であった。肺の水芸人といい、肺機能を利用した能力である。
彼女は飲み込んだ水をその力で吐き出した。威力は水圧カッターの如きだ。
水の力は恐ろしい。一滴でも長い年月をかければ石の畳に穴を開けられるし、大量に流れれば家などを粉砕してしまうからだ。
「つーか、すごいなあの人。なんで水を吐きだすんだろ?」
エスタトゥアは感心しながらも疑問に思った。
それを妹のイノセンテが答える。
「なんとなくですが、干しキノコみたいなものです~。干せば長持ちするけど、水に付ければ元に戻る感じです~」
「いや、答えになってないだろ? なんであんな攻撃ができるのか疑問に思わないのか?」
「そうですね~。なんとなくお姉さまならできると思うです~。ポージングして笑いながら水圧カッターを出す。なんかすごいと思いませんか~」
答えになってない返答にエスタトゥアは閉口した。
一方でイノセンテ自身は自慢の巨乳でタング・シーマンたちを始末していく。
完全にリーチは短いが、舌の槍を弾き、額に巨乳を叩き付ける戦法は怖かった。
「これはスキルではないですけど、ブレスト・アーツといいます~。
私の胸は鈍器のように重く、一振りで相手を倒せるのです~。
すごいでしょ?」
イノセンテは同意を求めるが、エスタトゥアは答えなかった。
一方で戦いは続く。タング・シーマンの他に小人形態のビッグヘッドが現れたのだ。
大きさはスイカほどで、水中から飛び出したかと思ったら口から水を鉄砲のように噴き出すのだ。
ヘンティルほどではないが、かなりの衝撃で若者たちは大打撃を受けている。
アーチャー・シーマンと呼ばれる種類で、他のビッグヘッドたちを補佐する役割を持っていた。
「ひぃぃ! なんで私がこんな目に!!」
ルナは完全に敵に囲まれ、恨み言を吐いていた。
そのくせ天性の勘なのか、アーチャー・シーマンの攻撃は紙一重でぎりぎり躱している。
そして無意識にひじうちをかましたりするのだ。
おかげで敵を足止めできているので問題はなかった。
「あいつはアトレビドが言っていた奴だな。おそらく額あたりに巨大な神応石が埋まっているはずだ。
そいつを取り出せれば」
ラタジュニアが悩む。トールヘッドは大きい。断崖絶壁を登るのと一緒だ。
そして向こうは手がある。必ず邪魔をするだろう。
「わたくしたちもお手伝いいたしますわ! ザマさん、あなたも腹をくくりなさい」
「はいお嬢様。本当は逃げ出したいけどがんばります」
カンネはやる気を起こし、ザマはその反対であった。
「ここはあちきにおまかせを」
小舟が近づいてくる。それはツナデ村の村長、ベンテンであった。
「話はききやした。あちきならラタジュニア殿を額までひとっ跳びできんす」
「そうか! あなたの力ならそれは可能だ。お願いします!!」
ラタジュニアはすぐに賛成した。ベンテンは彼の肩に乗る。
肩車の状態だ。カンネは妬んだが無視する。
そしてベンテンは団扇を手に持ち、両手を垂直に広げた。さらに体を右回転させる。
それが一周ぐるりと回ったのだ。人間の体形ではありえない話である。
さらに何回も体をねじったのだ。
やがてねじり終わると、一気にその力を解放していく。
ラタジュニアの巨体は宙を飛んだのだ。
それは竹トンボの要領であった。ベンテンの身体は柔らかい。特に骨は耳の骨ほどの柔らかさだ。
故にゴムをねじって回転させるプロペラ飛行機のような真似ができたのである。
一気にトールヘッドの額に飛び乗ると、額の神応石を抜き取ることに成功したのだった。
だが神応石はじろりとにらみつけると、ウィッチヘッドの元へ飛んでいった。
「ふー、まさかあっさり抜き取られるとは思わなんだわ」
それは小人形態のビッグヘッドだった。そいつはウィッチヘッドの額にすっぽりと収まった。
「オホホ。まさかここまで早期に解決されるとは思いませんでしたわ。
ですが、目的は果たされた。エスタトゥアさんには感謝しなくてはね」
「エスタトゥアだと? そうか、お前がクチナワ親分を操り、エスタトゥアをも操った犯人だな」
「その通りですわ。彼女は特別な力を持っている。まさかあなたが育てたとは意外でしたけどね。
気分はどうですか? エビルヘッド様と無縁でいられると思ったのに、関わってしまった現実は?」
ラタジュニアは答えず、歯で攻撃した。
だがウィッチヘッドは髪の毛を翼のように形作る。そして半グライダーのように空を飛んでいったのだった。
その様子をラタジュニアは見つめるしかなかった。
こうして三角湖の騒動は幕を閉じたであった。
次回で水泳大会編は終了です。
ですが今回は失敗だと思っている。なぜならキャラの数が多すぎたことです。
そのため通常は6話で収めるところを今回だけ12話に増やしました。
次の章は反省を生かし、きちんとまとめたいと思います。
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