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ザマさんは大きな胸に憎しみを抱いております

「というわけであなたには三角湖水泳大会に参加することが決定しました」

「何がというわけで、だよ!! なんだよ水泳大会って!!」


 エスタトゥアは正午に解放された。今は客間に集まっている。

 数十人は余裕に収容できる広さであった。奥には神棚と呼ばれるものがあり、しめ縄などが飾られていた。

 おそらくは村の集会に使われる部屋であろう。


 まず屋敷の主であるガマグチ親分に娘のアマ。そして息子のナガレが正座していた。

父親と娘は堂々としているのに対し、ナガレは終始びくびくしており、視線を合わせようとしない。

 おそらくこちらが彼の本質なのだろう。座敷犬のようによその家ではおとなしくなってしまうようだ。

 

 ついでにラタジュニアとカンネもいた。二人は腕を組みあっている。

 見た目は愛をささやきあう恋人同士にも見える。

 実際はカンネが無理やり相手にくっついているのが正しく、本人は苦笑いを浮かべていた。

 それを見たエスタトゥアは面白くない顔になる。


 クチナワ一家からはアオイと祖父のクチナワが来ていた。その後ろにはヘビの亜人の女性がふたり付き添っていた。

 完全に年寄りの面倒を見るためだろう。クチナワ一家の主はアオイなのだ。彼女は女王なのである。


ついでにザマも一緒である。

 彼女は昨日の矢傷など問題ではないようにふるまっていた。

 包帯はすでになく、ぴんぴんとしていた。まさに野生動物と呼ぶにふさわしい。

 頭のメイドキャップとエプロンが不釣り合いではあるが。

 

 もう一人ヤマナメクジの亜人が座っている。彼女の名前はベンテンといい、ツナデ村の村長を務めていた。

 彼女は調停役として来ているのである。

 三角湖ではどちらが言い争えば、もう一方が調停する形になっている。

 もっとも争うのはオロチマ村とジライア村がほとんどで、ツナデ村が問題を起こしたことは一度もないそうだ。


 先ほどアオイの口から水泳大会に参加するよう言われたが、エスタトゥア自身理解がついて行かなかったのだ。

 そもそも水泳大会という言葉自体初めて知ったくらいだ。


「それについてはうちが説明しましょう。あちきはツナデ村の村長を務めさせていただいておりやす、ベンテンというものでござんす。

 お初の方も顔見知りの方もよろしゅうたのんます」


 ベンテンは口上を切る。なんとも威勢のいい女性だろうか。ナメクジの亜人とは思えない気風の良さである。


「この度はクチナワ一家とガマグチ一家の騒動をあちきが調停させていただきやす。

 双方にも海よりも深いわけがございやしょうが、事はもう頭同士の話し合いでナシをつけるには大きすぎておりやす。

 せやかてこのまま何もしないではシコリが残りやす。

 そういうわけで今回は三角湖伝統の決闘法、水泳大会を開催させていただきやす」

「水泳大会ってなんだよ?」

「古来よりニホンという国に伝わる決闘でございやす。双方が三角湖の真ん中にある三すくみ岩で決闘場を設置しやす。

 双方とも4名の女性に出場していただき、五つの競技を行い、三勝したら勝ちになりやす。

 大会は今から一週間後、三すくみ岩で設置した会場で行いやす。本日は出場者を決めていただきとう存じます」

「いや、だからってなんで俺が出なくちゃならないんだよ!!」


 エスタトゥアは抗議した。水泳大会という得体のしれないものに参加などできるはずがない。

 なんとなくだが嫌な予感はするのだ。今まで盗賊やビッグヘッドに襲われ続けたために危機に対する勘が鍛えられたのだろう。


「なにゆうてんねん。あんさんは騒ぎの元やろ? 張本人がでなんだら話にならへんねん」


 アマに突っ込まれた。確かにエスタトゥアが出なければ納得はできないだろう。

 ラタジュニアも「お前が出なくては話にならない」と諭される始末だ。

 渋々彼女は参加を決意する羽目になった。


「安心してください。あたしも参加することにしましたから」


 アオイが胸に手を当てて言った。出会って一日しか経っていないがなんとも頼もしく思えるのは気のせいだろうか?

 少なくともカンネよりは信頼できそうな気がするのは内緒だ。


「なんや、アオイ姐さんが出るならワイも出るで」


 アマも手を挙げる。ガマグチ親分は反対しなかった。どうせアマは女なので跡継ぎは無理だ。彼女の婿に任せるつもりなのだろう。


「それでしたらわたくしはこちらにつかせていただきますわ。エスタトゥアさん!!

 どちらが正妻にふさわしいか勝負ですわよ!!」

「いや関係ないだろ。つーかこれは制裁を決めるためじゃねーよ!」

「これは試練ですわ、神がわたくしにあたえてくだすった試練なのですわ!!

 水泳大会がどういうものかさっぱりわかりませんけれど、このわたくしにかかればおちゃのこさいさいでございますわ!

 オーッホッホッホ!!」


 カンネがエスタトゥアに指を差す。というかクチナワ、ガマグチ一家の争いなのに平気で私情を挟むカンネはある意味大物であった。


「では私は誰につけばよいのでしょう?」

「ザマさんはエスタトゥアさん側につけばよろしいですわ。相手がわたくしだからといって手加減する必要などありませんことよ?」

「さようでございますか」


 カンネがそういうとザマの眼がきらりと光った。ああ、こいつは競技中にカンネに何かをしでかすとエスタトゥアは感じた。


「ですがお嬢様。それですとこちら側はひとりそちら側はふたり足りないと存じますが……」

「大丈夫ですわ、心強い助っ人がおりますもの。さあ入ってきてくださいまし!!」


 カンネが声をかけると、襖が開く。そこにはキノコの亜人が座っていた。

 正確にはツキヨダケの亜人であった。エスタトゥアは彼女に見覚えがあった。

 彼女は水色の浴衣を着ているが、キノコの傘に似た髪型は忘れることはできない。


「ルナさん!? なんであなたがこんなところに!!」


 エスタトゥアは驚いた。ルナはキノコの亜人が多く住むオンゴ村の料理店で働いていた女性だ。

 ツキヨダケの亜人で、ムキタケに似ているが毒キノコである。毒キノコ系は男性が多く、顔立ちは中性なのがほとんどだが、ルナは見た目通りの女性なのだ。

 それがなぜこんな遠いジライア村に来たのかわからない。

 そこをアマが説明した。


「この人なぁ。黒蛇河くろへびがわから流れてきたんよ。しかも今回で三度目や」


 なんでもルナは黒蛇河でアメリカザリガニを捕獲していたらしい。

 ザリガニは泥臭くてすぐには食べられないが、村にある湧き水で一週間ほど泥を抜くとおいしく食べられるのだ。

 彼女は店が休みの日は仲間たちと一緒にザリガニの捕獲に行くのだが、これまで三度も川の中に落ちてしまい、三角湖まで流れていったという。

 

「いや、なんで溺れずにここまで流れ着くんだ?」

「簡単ですよ。エア仮死状態になることで水を飲まずに済んでいるんです。すごいでしょ?」


 確かにすごい。だがすごいの意味が違う。


「この人なぁ、三度もうちの村に流れてきたんよ。最初はどざえもんかと思うてゴザの上に寝かせたら、いきなり目が開くんや。それを三度もやってみい。

 引き上げたエンタツのおっちゃん、腰が抜けて今も布団の中でうなっとるわ」


 アマの皮肉に、ルナはうつむいてしまう。そりゃあそうだろう。水死体と思っていたら実は生きてましたというオチは心臓に悪い。

 それも三度もやられては呪われたと思っても仕方ないだろう。

 ちなみにエンタツというのはジライア村で数少ない漁業を行い人らしい。ジライア水運で働くアチャコの双子の弟だという。


「そしてあたしがクチナワ一家につきますわ!!」

「そして私はガマグチ一家につくです~」


 突如ベニテングダケの亜人とサシハリアリの亜人が入ってきた。

 ベニテングダケは筋肉ムキムキでマイクロビキニを着ていた。

 サシハリアリの方はグラマーな体つきである。

 初対面なので誰かわからない。


「初めましてあたしはベニテングダケの亜人ヘンティルよん。オンゴ村の村長の娘ですわ」

「ちなみに私はサシハリアリの亜人で、ヘンティルお姉さまの妹です~。今日はルナさんを迎えに来たので、ついでに参加することに決めました~」


 なんともノリの軽い姉妹だろうか。


「うう、まさかヘンティルたちが迎えに来るなんて。店長怒っているだろうな……」

「もちろん怒っていたわよ。毛が逆立っていたから要注意ね」

「うう、帰りたくない……」


 ルナは頭を抱えていた。自業自得とはいえ、見ていて哀れになる。


「じ――――ッ!!」


 ザマはカンネとアマ、ルナやイノセンテを交互に見つめていた。

 全員胸が大きい。カンネは12歳だが成人女性並みのプロポーションの良さを見せつけていた。

 胸の谷間はまさに千尋の谷であり、深みにはまればもがき苦しむことになるだろう。


 アマは小柄ながらも胸がたぷんたぷんと揺れていた。カエルが頬を膨らますかのように形の良い胸であった。


 さらにルナも結構なものを持っていることが分かった。最初に出会ったときはトーガというゆったりした衣装を着ていたから気づかなかったようだ。

 少々下を向いているが、牛のような(コミエンソには本物の乳牛がいるので、一度エスタトゥアは見学していた)乳房である。

 イノセンテはメロン並みの大きさを誇っていた。


 ザマは自分の胸を見る。彼女はカンネのメイドだ。いつも通りの白いエプロンを身に付けている。

 胸はまったく目立っていない。貧乳と言って差し支えないだろう。

 そもそも彼女は黒豹の亜人だ。森の狩人である彼女に大きな胸など不要なのだ。


 さらにエスタトゥアを見る。彼女は幼女体形で胸はない。

 アオイのほうも胸はなかった。ぺったりとした胸で洗濯板のようである。

 ザマの瞳から涙が零れ落ちた。

 ちなみにヘンティルは筋肉を見せつけているので無視した。


「エスタトゥアさん、アオイさん!!

 三人でがんばりましょう!!」


 ザマは二人の手を取り合った。あまりの勢いにきょとんとなる。

 ちなみにヘンティルは無視されたが、本人はポージングを取るだけで気にしてなかった。

 

「ない者同士、恵まれた者たちをコテンパンにやっつけようではありませんか!!

 私たちの力をお嬢様たちに見せつけてやるのです!!」


 ザマのセリフは貧しいものが富を持つ者に対する敵対心と思うだろう。

 だがエスタトゥアは気づいてしまった。ザマの視線はカンネたちの胸に集中していることに。


「あのー、ザマさん、もしかしてむね……」


 エスタトゥアが言い切る前にザマは彼女を睨みつける。

 まるで草食動物を狙う肉食動物の如きだ。


 一方でアオイはザマの真意に気づかず、雇い主であるカンネに含む物があると勘違いしていた。


「ザマさん。あなたは何か腹の中にためているものがあるようですね。

 よござんしょ。あたしもこの勝負負けるわけにはいきません。三人で勝利をもぎ取ろうではありませんか!!}


 アオイとザマは意気投合した。エスタトゥアだけ冷めた目で見ている。


「というか殴られたナガレさんは蚊帳の外だな」


 ナガレの方を見るが、彼は一言もしゃべらない。緊張で声が出ないようだ。


「あの人はガラの悪い男たちに命令することなどできないのです。気弱で声も小さいしね。

 というか声を大きくすると命令口調になってみんな反発しています。

ガマグチ親分やアマさんは怒鳴りつつも、きちんと仕事でわからないところを指導してます。

 ナガレさんは手先が器用ですから今回の件でジライア村を離れ、コミエンソ当たりの職人に婿養子に行くべきですね。

 あの人の腕ならあっという間にお金持ちになれます。もちろん財布をきちんと管理するお嫁さんは必須ですけどね」


 アオイもアマと同じ意見のようであった。なんとも情けない男であった。

 もっともガマグチ親分という屈強で器の広い父親を持ったために反動でおとなしくなってしまったかもしれない。


 こうしてエスタトゥアたちは水泳大会に出ることになった。

 ラタジュニアはフエゴ教団の教会に行き、ブランコに電報を打つことにした。

 そして帰ってきた返事はこうだった。


『ユツクリ、オハナシ、イタシマ、ショウ、ブランコ』


 それを読んだラタジュニアはうんざりしていた。

水泳大会編はあと6話ほどで終わらせる予定です。

というか準備のために6話を使うとは思わなかった。

それに水着を着るのがハムスターにライオン、黒豹にツキヨダケ、ヤドクガエルにアオダイショウの亜人という非常にイカれた配役に我ながらどうかしてますね。

そう創作とはいかれてなくてはできないものなんだと自分に言い聞かせております。

受けるかどうかは別だけどね。みんな水着が好きだと思うけどな。

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