表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トゥースペドラー ハムスターアイドルが無茶な人たちに絡まれます  作者: 江保場狂壱
第四章 エスタトゥアにライバルができた
22/64

獣たちの蹂躙祭にカンネ様がやってきました

「なんだこりゃあ!!」


 エスタトゥアはサルティエラの町にある物見台ものみだいに昇っていた。

 ラタジュニアとイザナミも一緒である。町は正方形の街区をもっていた。

 高いところで見るとまるでおもちゃの家を見ている気分になる。

 下では兵士たちが住民たちの避難勧告を務めていた。


 東の方を見たが、目の前に広がる光景はなかなかのものであった。岩山がごつごつと盛り上がっている。

 なんでも二百年前の天変地異で地形が盛り上がってできたそうだ。

 そして麓は森と草原が広がっている。


 ちなみに北は塩山を含んだ岩山がそびえ立っている。

 西の方が大きな河があり、いくつも分かれていた。名前は八蛇河はちへびがわと呼ばれ、大陸中の河に行き来できるという。

大型船が何隻も行き交っていた。ある意味河の大動脈といえるところだろう。

 南の方は窪地が広がっていた。


 エスタトゥアは遠眼鏡を手に森の方を覗いてみた。

 そこには異様な光景だった。それは獣の大群である。

 牛のように大きなアライグマが数百頭も駆けているのだ。それは圧巻する景色である。

 どいつもこいつも口から泡を噴き出していた。興奮状態なのである。


 さらに南には別の大群が土煙をあげていた。

 それはヌートリアであった。アライグマと一緒で牛みたいな大きさだ。

 たぶん大人と衝突すればそっちのほうが吹き飛んでしまうだろう。

 そちらも数百頭が駆けているのである。


「いったいなんなんだ、ありゃあ!? まるで草原が獣の絨毯に覆われているぞ!!」

「あれはアライグマにヌートリアだよ。元々この地にはいなかった外来種エイリアンさ」


 エスタトゥアの疑問をイザナミが答えた。


「エイリアンてなんだよ、お菓子の名前かなんかか?」

「あいつらはミカエルヘッド様が肉と毛皮を手に入れるために持ってきたのさ。

 ところがキノコ戦争の胞子があいつらの身体を蝕んだ。

 今ではあんな巨体になっちまったんだよ。もちろん本人たちは望んで大きくなったわけじゃないがね」

「キノコ戦争の胞子ってなんなんだよ……」


 エスタトゥアは呆れていた。


「今はあいつらをどうするかが問題だな。うちの兵隊たちがなんとかしてくれるだろう。

 もちろん万が一という場合もある。住民の避難が最優先だな。

 家や物はまた作ればいいが、腕のいい職人が死んじまったら大損だからな」


 イザナミは遠目で言った。豪快な人間だが、指導者としても立派である。

 人は見た目とは違うのだなとエスタトゥアは感心した。


 町の外では黒い鎧を着た集団が出ていた。兜とマントも真っ黒だ。槍を持ち、剣を佩いている。

 それに黒いヤギウマが数頭、馬車を引っ張っている。

 馬車の上には金属の筒が複数まとまったものが置かれていた。

 それが三十台もあった。


「あれはガトリング砲といってね。ヒコ王国から購入したのさ。

 目玉が飛び出るような金を取られたが、今ではお買い得だと思っているよ」

「ヒコ王国……。はるか西にある商人の国だったっけ」


 エスタトゥアはエル商会でブランコの教えを思い出した。


「ああ、そうだ。あの国はキノコ戦争でも文明を維持してきた。

 フエゴ教団のような技術力はないが、その気になれば金と武力でオルデン大陸を支配できるだろうね」

「それってマジかよ」

「大マジだ」


 イザナミは言った。エスタトゥアは驚き、ラタジュニアが肯定する。


「さあ、獣どもを一掃するよ。所詮は獣の頭だ。人間様に適うわけがないのさ」


 兵士たちは津波のように迫ってくるアライグマとヌートリアたちに向けて、ガトリング砲を向ける。

 その後方を兵士たちが槍を構え、弩も敵に狙いを定めていた。

 ガトリング砲だけに頼らず、死にぞこないを相手にするためだろう。


 一際立派な鎧を着た男が号令をかける。

 地鳴りが起きている。土煙を上げ、大地が太鼓を鳴らすように揺れていた。

 アライグマやヌートリアは通常はそれほど脅威ではない。狩人が数人がかりで殺すことができる。

 だが数百体を相手にしたことはない。あれほどの大群なら小さな村などあっという間に飲み込まれてしまうだろう。

 サルティエラの町の規模は大きい。門を閉めれば一時は防げるかもしれない。

 だが大群の力は恐ろしい。数に任せ数十頭が壁に昇り、住民たちを無差別に襲う可能性はある。


 もちろん町長であり、塩の女王とあだ名されるイザナミはその可能性を予測していた。

 獣たちが集団で襲撃することを前提に兵士たちを訓練していたのである。

 町の外でも獣たちを相手に演習を続けていた。


 今その結果を試すときである。

 青空の下、花火の鳴る音が響いた。

 その度にアライグマやヌートリアは蜂の巣になっていく。

 そして血をダラダラ流して死んでいった。


「ヒィ、なんだありゃあ。獣たちがあっさり死んでいくぞ!?」

「あれがガトリング砲の力だ。人間相手ならひき肉になるほどの威力だ」


 イザナミが顔を曇らせていた。ガトリング砲の威力に恐怖を抱いているようだ。

 自分の実力と思っていないのは立派である。


 一方でアライグマたちは死骸の山を築いていた。

 ガトリング砲は直線しか発射できない。なので獣たちはガトリング砲の軌道をよける。

 だが兵士たちはそこを弩で射貫いた。額に矢が突き刺さり絶命する。

 即死にならなくても矢をハリネズミのように突き刺さればやがて死ぬ。


 さすがのアライグマたちは恐怖におびえ、逃げていったのだった。

 これでもうおしまいかと思った。


「大変です。イザナミ様」


 エスタトゥアの前にヨモツがひょっこりと顔を出した。

 思わず悲鳴を上げてしまう。

 相当高い物見台なのに、はしごを使わずのぼってきたのだ。

 目が不自由なのか、腰を抜かしたエスタトゥアを無視してイザナミに報告する。


「西の河から巨大アメリカザリガニと巨大ウシガエルの大群がやってきました。

 さらに南からは巨大アカギツネと巨大アカシカの大群が攻めてきます。

 さらに北からは巨大ホシムクドリと巨大ドバトが飛来してきました。

 どれも数百単位です」


 ☆


「げげぇ、まじかよ!!」


 エスタトゥアはさらに真っ青になった。ハムスターの亜人なので顔は毛に覆われているが、それでも顔面蒼白だとわかるほど震えている。


「ふむ。災厄が立て続けに畳みかけるな。だが十歳の頃と比べるとはるかにマシだがな」

 

 イザナミは腕を組みながら、まったく余裕しゃくしゃくである。これが百年近く生きていた女傑のなせる業であろうか。


「私は九十九だ、百じゃあない!!」

「誰に突っ込んでんだよ。今はそれどころじゃないだろうが!! 戦える人は今どれだけいるんだよ!!」

「大丈夫。あそこにいるのは四分の一だ。残りの三方は別の兵士が守っている。

 ガトリング砲も九〇台揃ってあるぞ」

「それなら安心だな」

「いいえ。それは叶いません」


 エスタトゥアが安堵すると、ヨモツが否定した。


「何者かに残りのガトリング砲が使用不能にされていました。

 全部塩水をかけられています。すべてさびついておりました。

 使えるようになるまで丸一日かかります」


 エスタトゥアは頭がくらっとしてきた。


「えっと、あんたの力でなんとかならないのか?

 暴徒たちを一瞬で鎮めたじゃないか。よくいい女を見てトイレ行った後の男たちみたいにスッキリしていたぞ」

「無理です。私の技は人間にしか使えません。理性のある人間しか通用しないのです。

 本能のみで動いている獣にはどうしようもないのです。

 要は不能な人間に卑猥な行為を見せても盛り上がらないのと同じですね」


 ヨモツがしょんぼりとしていた。

 だがすぐに喘ぎ声を出し始めている。


「ああ、わかります。あなたの視線が私に軽蔑の眼を向けているのがわかります。

 ああ、私を役立たずの能無しと罵しる心の声が聴こえますわ!

 火照る、火照ますわ!! もう濡れてきてしまいますわ!!」


 ヨモツは発情した猫のように鳴き始めた。エスタトゥアはうんざりした顔になる。

 一方でイザナミとラタジュニアは冷静なままであった。


「安心しな。兵士の数は足りないだろうが、人を雇えばいいんだ。

 町中にはすでに触れを出している。エイリアン共を倒した者には報奨金を出すってな。

 私の倉庫には弩が三千丁揃えてある。素人でも下手な鉄砲数撃ちゃ当たるってね」


 イザナミはすでにこうなることを予測していたようだ。

 いったい九〇年前にどんな災害がこの町を襲ったのか、想像するだけでも身震いする。

 次にイザナミは物見台から飛び降りた。そして西の方へ向かっていく。

 

「一応私は河の方へ行くよ。ヨモツは北を頼む。ほらいつまでも悶えているんじゃないよ。

 エル。悪いがあんたは南を頼んだよ。お金はあとでたんまり払うからね」


 イザナミは腕を組み、直立不動のまま、高速で進んでいった。

 足の指をシャカシャカ動かすだけで、ヤギウマより早く移動する様は悪夢である。

 一方でヨモツは家の屋根を伝い、バッタのように飛びながら進んでいく。

 高祖母こうそぼ玄孫やしゃごはまったく似た者同士であった。

 どちらもこの塩の町の守護者として看板に偽りなしである。


「さて、俺は南に行くとしよう。行商の損失をここで取り戻さないとな。

 帰ったらブランコに何を言われるかわかったもんじゃない」

「いや、巨大なアカギツネとアカシカを相手にするんだぞ。

 小言の方がマシじゃないのか?」

「いいや。俺にとってはブランコの小言の方が恐ろしい。

 さらにあの冷たいまなざしに見つめられると、身体と下の袋が冬に放置した皮袋みたいにがちがちに硬くなるんだ。

 あれを味わうくらいなら、大型獣を相手にするほうが何百倍もマシだな」


 ラタジュニアは震え上がった。確かにブランコに絡まれる恐怖より、見境ない獣たちを相手にした方がまだ救いがあった。

 エスタトゥアも自身に撫でまわすブランコの蠢く手にサブイボが出てきた。

 

 物見台の下にはクエレブレが待機していた。ラタ商会で馬車の修理をしており、そこの馬小屋で待機していたはずである。


「クエレブレ。お前が俺を連れてってくれるんだな。ありがとう」

 

 クエレブレはこくんとうなずいた。その目付きは鋭かった。

 ラタジュニアは鞍を用意するとクエレブレに乗った。

 そしておたけびをあげると、そのまま南の方へ駆けて行ったのである。

 

 エスタトゥアはただひとりぽつんと取り残されていた。


「ちょっとよろしいですか?」


 そこに誰かが声をかけた。

 それはライオンの亜人の女性であった。高貴そうな女性だ。

 女性なのに彼女の髪の毛は立派なライオンのたてがみと同じである。

 来ている服は茶色い革のドレスで、胸を覆い、太ももぎりぎりまで裾が高かった。


 後ろには黒豹の亜人の女性が寄り添っていた。

 真っ白いエプロンを身に付け、メイドキャップを頭に付けていた。

 ぱっと見では彼女はライオンのメイドであると予想される。

 だが黒豹独特の黄金色の瞳は、すべてのものを見透かしているような気がした。


「えっと、アンタ誰だい?」

「あら、あなた。わたくしを知らないんですの? これだから無知な庶民と話などしたくないのですわ」

「なんだ、アンタ。いきなり失礼にもほどがあるだろが!!」


 いきなり慇懃無礼な態度を取られ、さすがのエスタトゥアも不機嫌になった。

 初対面の人間に自己紹介しないなど、マナーがなっていない。

 そこへ後ろの黒豹メイドがフォローする。


「お嬢様。この方は無知なふりをしているのです。なぜならお嬢様はナトゥラレサ大陸一の大商会、ハンニバル商会の令嬢、カンネ様だということを知らないわけがないのです」

「えっ、俺知らな……」

「知らないわけがありません。そうナトゥラレサ大陸一の大商会、ハンニバル商会の令嬢、カンネ様を知らない人がいるわけないのです」


 彼女は語尾を強めて迫った。

ライオンの名前を教えてくれているのだ。エスタトゥアは無言で黒豹メイドに目礼した。

 彼女も同じく目礼する。


「ちなみに私はカンネ様のメイド、ザマと申します。以後お見知りおきを」


 ザマはぺこりと頭を下げた。

 エスタトゥアはカンネという名前を思い出した。

 それを口に出そうとしたが、カンネに遮られる。


「その通りですわ! わたくしはナトゥラレサ大陸一の大商人、ハンニバルの娘、カンネですわ!!

 そしてエル商会会長、ラタジュニア様の婚約者フィアンセであることは百も承知ですわね!!」

「いや、知らな……」


 ザマに肘をつかれ、エスタトゥアは黙ってしまった。たぶん言っても無駄な性格なのだろう。

「つーか、あいつの婚約者って言ったのか!?」


 エスタトゥアはたまげた。獣の襲撃よりも衝撃的であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ