塩の女王様は筋肉ムキムキでした
「うわ~、すごい賑やかだな~」
エスタトゥアは驚いた。なにしろ今見ている町はとても大きいのだ。
最初に見たプリメロの町ほどの規模で、コミエンソほどではない。
だが町は真っ白い壁に正方形で囲まれており、五メートルほどの高さで、並の獣では飛び越えることはできないだろう。
仮に登り切ったとて町を護衛する兵士たちによってあっという間に切り捨てられるのがオチだ。
「ああ、この町はサルティエラという。塩を売買して大きくなった町だ」
「こんな内地に塩なんかあるのかよ。塩ってのは海から取れるものじゃないのか?」
「内地でも塩はある。岩塩とかね。遠くの国では塩鉱で塩を得るんだ。
海でも塩田で作ることは可能だがな。もちろんそちらでも塩は作られている。
ただしここで取れる塩はちょっと特殊なんだ」
ヤギウマ、クエレブレが牽引する幌馬車は町の中に入る。
幌馬車はぼろぼろで、荷物の大半はめちゃくちゃになってしまった。もはや行商は続けられなくなってしまう。
今残っている商品をすべてこの町で売る。それがラタジュニアの答えであった。
エスタトゥアは町を見回し、たまげている。
町並みは整理されており、道路の幅も馬車が三台横を走っても余裕のある広さだ。
ゴミは落ちておらず、逆にそれを拾う奴隷がいた。浮浪者や孤児の姿はまったくない。
金を扱うフレイア商会や郵便を一手に引き受けるヘルメス商会はもちろんだが、衣服を扱うアラクネ商会などもあった。
さらに様々な料理店が並んでおり、まるでおとぎの国に迷い込んだ気持ちになった。
基本的にレンガ造りの建物が多いのだが、店頭には多彩な衣服を着たものたちが客引きをしたり、珍しい装飾品で飾られたりするのだ。
ある店は道化師がおどけて店の宣伝をしているし、ある店では着物という東の国にある衣装を着て剣を振った芸をしたり、綺麗な女たちが弦を張った楽器で綺麗な音色を奏でていた。
「すごいな。プリメロ並みの賑わいだ。うちの店よりも華やかかもしれないな」
「わかるか。サルティエラは様々な人材と物が流れてくる町なのさ。
何しろこの町は塩でオルデン大陸を支配していたんだ」
「支配だって? どういうことだよ」
エスタトゥアはわけがわからない表情であった。
ラタジュニアはにやりと笑う。
それは子供に勉強を教える教師のような顔であった。
「塩の町はな。オルデン大陸にある人間の村を支配していたんだ。
人間、いや生き物にとって塩は必需品だ。それがなくては生きてはいけない。
お前だって村に行商人が来たのを見たことはあるだろう。あれはサルティエラの縁組した人間なんだよ」
「そういえばそうだな。村の連中はよそ者を忌み嫌っている割には行商人だけは受け入れていたっけ」
「もっとも商売が終わればすぐに去ってしまうがな。よそ者を長く居させないのが条件だからな」
ラタジュニアはやれやれと首を振った。
エスタトゥアは村八分だったが、行商人だけは年に二度だけやってきて、壺一杯の木の実と塩を交換した記憶がある。
行商人は同じ村の人間ではないから、交流しても問題はないのだ。
「サルティエラとは初代町長の名前だ。そいつは百八十年前に百人ほどの男たちを牽き入れ各村に押し込んだ。そして塩と交換に、毛皮や骨、魚や漬物などを手に入れたという。
そして村長の娘を村に連れ帰ったのだ。もちろん自分の娘を村長の息子の嫁にしたのは言うまでもないな。
村人たちは村長が禁忌を犯しても罰することができず、悶々としていたそうだな」
ラタジュニアは吐き捨てるように言った。親戚の行商人ですら嫌っているのに、村の代表によそ者の血が混じるのは、口の中に鉄くずを飲み込むのと同じだろう。
それでも混血児を殺さないのは塩が必要だからだ。弱い者いじめの理由を取り上げられて、かなり苛立っていたに違いない。
さて幌馬車はとある店に止まった。小さなレンガ造りの店だ。看板にはラタ商会と書かれてある。
ただし看板にはトッポ村出身と書かれていた。おそらくラタジュニアとは遠い親戚であろう。大抵亜人はどこかと血が繋がっているものらしい。
店の裏に回ると、大きな空き地があった。そこには複数の馬車が並んであった。最低でも二十台ほどある。
新品でぴかぴかしたものもあれば、古臭く、幌が繋ぎ合わせのものもあった。
そして今まさに馬車を制作している真っ最中でもあった。年配の人間が弟子たちに叱咤しながら指示を出している。
馬小屋もあり、数十頭のヤギウマたちがメェメェ鳴いている。その首には札がぶらさがっていた。それは誰から預かったのかを示すあかしだ。
どうやらこの店は馬車に関するところらしい。
ラタジュニアは幌馬車から降り、声をかけた。
すると中からネズミの亜人が出てきた。それはハリネズミの亜人であった。
体形はずんぐりむっくりで、温和そうな顔立ちである。年齢は三十代後半ぐらいだ。
ラタジュニアは挨拶すると、向こうも返した。どうやら常連らしく、気さくであった。
そしてエスタトゥアにも挨拶する。
「どうも、お初にお目にかかります。私はトッポ村のラタの息子でございます。
父親は亡くなったので、ラタと名乗っております」
「ああ、どうも。エスタトゥアと申します。
エル商会の商業奴隷です」
そういって手を差し出した。エスタトゥアも差し出し、握手する。
「申し訳ありませんが、幌馬車の修理をお願いします」
「はい。ではどの程度か査定させていただきます」
ラタジュニアは壊れた幌馬車を見せた。ハリネズミのラタは見回すと、これなら丸一日で直せると豪語した。
馬車にある商品はすべて取り出し、クエレブレは店の裏にある馬小屋に繋がれた。
「クエレブレ大丈夫かな? なんかよその人に触られたらキレそうな感じだけど」
「あいつはそんな無法な真似はしないよ。郷に入っては郷に従えと理解している。
相手が非道な行いを起こさない限り大人しいものさ」
逆に言えばそれ以外だと容赦しないということだ。
馬番の奴隷はクエレブレを見て、ひさしぶりと声をかけている。
まったく静かなものであった。とてもビッグヘッドを数体相手に戦い終えたとは思えない。
ラタジュニアは近くにある商会で今まで購入した品物を売った。
オオアライグマやオオヌートリアの毛皮に、干し肉や骨、干しキノコなどを購入していた。
毛皮はどこも同じと思われるが、腕のいい人間がなめすと、とても上質な仕上がりになる。干し肉もそうだ。
ラタジュニアはそういった職人から毛皮や干し肉を購入していたのだ。
最後に残った海産物の入った木箱をひとつだけ残している。
それは特別な人に売るのだという。その人は町の中心に住んでいるとのことだ。
木箱をトゥーススキルで運んでいた。かなり重いはずだが、ラタジュニアは子供が風船を持つ感覚であった。
「ロキじゃないけど、スキルをそんなのに使っていいのかな?」
「いいんだよ。杖は生活の必需品だ。犯罪に使わなければお目こぼしはされているよ」
「なんだか煙に巻かれた気分だな」
周りを見回すと人と馬車が多く行き交っていた。
屋台が並び、軽食や日用雑貨などが所狭しに置かれている。
軽食はエル商会の主力商品であるハンバーガー以外にも、米の飯を握ったおにぎりや、肉を巻いたケバブなど様々であった。
人種も人間はもちろんだが、多種多様な亜人たちが歩いていた。
なんとなくお祭り気分を感じる。村で行われる収穫祭とは全く違うものだ。
もちろんエスタトゥアは村八分だったので、祭りは遠くから見ていただけだが。
☆
「よし。着いたぞ」
徒歩で十分ほど歩いただろうか、賑やかな商業地区から離れて、静かな場所へたどり着いた。
そこは住宅街で道路には街路樹などが並んで植えてある。
緑豊かな公園も多く、先ほどの蜂の巣みたいな騒がしさとかけ離れており、なんとなく異世界に迷い込んだのではと錯覚した。
さてラタジュニアは平然と前歯で木箱を支えていた。重さを感じないわけではないのだが、疲れた様子はまったくない。
こいつもバケモノだなとエスタトゥアは心の中でつぶやいた。
さて一際目立つ屋敷がある。二階建ての建物で、他の住宅と比べると立派であった。
屋敷は鉄の柵に囲まれており、庭には木が多く植えられていた。
門の前には『サルティエラの城』と書かれている。城館なのだろう。
「ここか? ずいぶん立派な屋敷だが誰が住んでいるんだ?」
「ああ、それはな……」
「それは私だ!!」
ラタジュニアが教える前に誰かが大声を上げた。
声の主はどこかと探してみるとそれは屋敷の屋根にいたのだ。
遠目で見ると銅像が立っているように見える。遠近法が狂っているのではと思えるほど巨躯な身体であった。
身長は二メートルほどあり、身に付けている衣装は胸と腰を毛皮がわずかに覆っている程度である。
褐色肌で髪の毛は真っ白い。もみあげ部分は三つ編みにしていた。
そして前に腕を組んでいる。なんとも尊大な雰囲気があった。
「とぉ!!」
そいつは飛んだ。まさに崖から平然と飛び降りるマウンテン・ゴートというヤギの如くであった。
ちなみにそのヤギは崖と崖の間をバウンドして降りるのだ。
それはラタジュニアたちの前に落下してくる。全身をピンと飛ばし、両足が地面に着地する瞬間、足を大きく曲げたのであった。
これは着地するときの衝撃を和らげるためである。着地の瞬間、伸ばした足を曲げることで衝撃を逃がしているのだ。
「よぉ、エル。息災で何よりだ」
そいつはラタジュニアの顔を見てにやりと笑った。
近くで見ると、それは女性であった。胸や腰つきは女性特有の丸みがある。
だが胸板や腹筋はかなり鍛えてあり、鉄の鎧でも着ているのではと疑った。
年齢は不詳だがほうれい線が目立っており、ある程度の年配だと予想は付く。
岩のようにごつごつした顔だが、どこか愛嬌があり、見た目の大きさと違い、親しみがわいた。
「イザナミ様もお元気で何よりです」
「なんの。私ももう年だ。いつお迎えが来てもおかしくないだろうさ」
イザナミと呼ばれた女性は豪快そうに笑い飛ばした。
そしてエスタトゥアの方を向く。なんともいえぬ迫力がある。
思わず縮こまってしまうが、彼女の笑みはその暗さを吹き飛ばす力があった。
「アッハッハ!! 私はこのサルティエラの町長イザナミだ。町の連中は塩の女王と呼んでるがね。
あんたがエスタトゥアだね。噂は聞いているよ。
なるほど、見た目も可愛いし、物怖じしないところも気に入った。
あんたの力がどれだけ通用するか楽しませてもらうよ」
イザナミはバンバンとエスタトゥアの背中を叩いた。
あまりの強さによろけてしまう。
それで非難混じりに答えた。
「噂ってなんだよ。俺のアイドル化計画がこんなところまで届いているのかよ」
「え?」
イザナミはきょとんとした顔になった。
だがすぐに言葉の意味を悟り肯定する。
「あっ、ああ、その通りだよ。アイドルなんてこのオルデン大陸では失われた文化だからね。
二百年前は生きるのに必死で娯楽はほぼ忘れられちまったのさ。
まあ、失敗してもエルの事だ。損などしないだろうが、がんばることだね」
イザナミは笑って誤魔化した。
今思えばイザナミの反応はエスタトゥアが予想したものとは真逆だったのだ。
もっとも当の本人は気づかないままであった。
サルティエラとはスペイン語の造語です。
サルは塩で、ティエラは土。すなわち日本の塩の神、塩土老翁神から取りました。
塩の神様ってこれしか思いつかなかったのです。
そのくせ町長は女性でイザナミだしなんでもありですね。
トゥースペドラーで意識しているのは極端なキャラクターを出すことで、それをエスタトゥアが突っ込む形になっています。




